「……なんでこんな虚無作業を俺がやらなきゃいけないんだよ」
深夜の闘技場で、スウェアはワームスフィアの形状を調整して、ひたすら闘技場に落とし穴を縦長に作り続けるという作業に駆り出されていた。
「やりたくないのであれば、構いませんよ?
その代わり皇帝陛下にあることないこと報告いたしますが、それでも宜しければどうぞお断りください」
何でか分からないが、ヴィルヘイズはスウェアの誰にも話していない事情を知っていて、ことあるごとにそれを種に協力を強いてくる。
「なんて恐ろしいことを言うんだ……最後まで付き合うよ」
「言質いただきました」
録音の魔法が付与されている魔法石を持っていたヴィルヘイズは『付き合うよ』の部分だけ録音して、無限リピートしていた。
「……悪用しようとしてないか?」
「個人の趣味の範囲なので悪用のしようがありませんね」
「悪用では?」
何か良からぬことに使われそうな予感がするスウェアは冷や汗を垂らす。
テラコマリから聞いた愚痴ではすぐに匂いを嗅いだり際どい所を触ってこようとする変態と聞いていたせいで、個人の趣味の範囲が怖くて想像したくなかった。
五十二ヵ所目の落とし穴の底に竹槍を仕込み終えたスウェアに、ヴィルヘイズは何食わぬ顔で次の作業を振ってきた。
「あとは九十六個の地雷を埋め込みましょう。今度は浅く掘っていただくだけなので簡単な作業でしょう」
「お゛お゛お゛お゛お゛ん゛っ゛!」
いくら何でも罠の量が多過ぎる。
落とし穴と合わせれば百四十二個も罠があり、闘技場全体が罠と言っても過言ではない。
単純作業に終わりが見えたと思ったら倍近い量の作業を追加で振られたスウェアは奇声をあげる。
「はぁ、仕方ありませんね。どうしても、というのであれば……そうですね。私の血でも飲みますか?」
「いらんわ! 自分の血を安売りすんな……たく」
分かりやすい餌で誘ってやる気を引き出そうとするヴィルヘイズに対してスウェアは悶々としながら地雷を埋めるための穴を掘り始める。
「普段からメイドにご奉仕されたいとか、腐った願望を垂れ流しているくせに、私からの誘いは袖にするのですね」
普段から友人と性癖のアレコレを話していたり、テラコマリのメイドになった時も、彼女にメイドについて語っていた割にはヴィルヘイズからのアプローチには全く靡かないことを不思議に思う。
「そりゃ、お前がテラ子のメイドであって、俺のメイドじゃないからな。他人のメイドに手を出す趣味なんてないし」
「寝取ってしまえば良いのです。コマリ様への忠誠心と快楽の間でぐずぐずに蕩けていく私を見て愉悦に浸れば良いのです」
「テラ子と寝てから言え! 寝てから! というかそんな趣味はねぇよ! こっちからしたらお前のその距離感の方が分かんねぇよ」
スウェア視点。見ず知らずの女がテラコマリのメイドになり、かなり際どい誘惑を仕掛けてくるというのはヤバめなハニートラップですと宣言されているような物である。
彼女はスウェアのことを知っていても、スウェアは彼女のことを知らない。
未成年が通えない如何わしい銭湯でもないのだから、親交の少ない相手と一発。などというのはあまりにもロマンがない。
「……このタオルは返しておきます。私にはもう必要ありません」
少しだけ拗ねたような口調のヴィルヘイズが落とし穴を避けて、スウェアの頭にタオルが被せられる。
急に視界が真っ白になっても驚くこともなく、冷静にタオルを顔から剥がすと見覚えのある刺繍が付いていた。
「返す……? これうちの家紋じゃ……あ、あー! 三年前の濡れ女!?」
「濡れ女」
思いの外、スウェアから妖怪みたいな認識をされていたヴィルヘイズは思わず復唱してしまう。
そもそも彼にどう思われていたかどうかはどうでも良いことなのだが、何故だかもやっとする。
「何があったかは知らないけど、元気そうなら良かったよ」
死んだ魚のような目をして、ずぶ濡れでも自分の身なりを気にせず歩くような人間の精神が健常な訳がない。
それが今は元気に働いているのなら、スウェアとしては何でも良かった。
例え、主のテラコマリにセクハラをしていようがイキイキしているのであれば、それで良い。
「そういう所ですよ」
覚えていなかったくせに、スウェアの心配と安心は偽物ではないことが分かってしまうことがヴィルヘイズは許せない。
無自覚にそういうことを色んな相手にしていると思うと自分の中にある記憶が特別ではなくなってしまうような気がしてしまって、そう思ってしまった自分に対して不快になる。
「何が……?」
「コマリ様もこんな男と三年も一緒だと思うと苦労すると思っただけです」
「何でそこでテラ子が出る?」
口は動かしても、手は止めず。
作業を淡々とこなし、闘技場への仕込みが終わった後の作業は素人には触らせられないと言ってスウェアを帰らせる。
そもそも何故こんな作業をしていたかというと、スウェアと決闘をする予定だったヨハンをテラコマリがブーケファロスで轢き殺してしまったせいで、後日怒り狂った彼がテラコマリに決闘を申し込んだことが理由だった。
◇ ◇ ◇
「……一年くらい有給が欲しい」
そして、ヨハンとの決闘はヴィルヘイズが彼の食事に毒を盛り、スウェアと共に仕掛けた地雷や落とし穴が炸裂してテラコマリは何もせず勝利してしまった。
魔法の才能も無ければ、武術に秀でていないテラコマリは一応それっぽいことを言ってヨハンを見せしめとして殺したのだが、なんだかんだで慕ってくれている部下達を騙していることに罪悪感を覚えながら、ガンデスブラッド邸の大浴場で湯に浸かっていた。
因みに、決闘が終わった直後にテンションが上がって闘技場に乗り込んで来た部下約三百人が残っていた地雷に吹き飛ばされて死んだが、それは気にしていない。ただの自業自得である。
「……なんだかんだでまた助けられたな」
今回の件も含めて、常日頃色んな所でヴィルヘイズにカバーしてもらってることも多い。
同時にやれ寝起きの枕を嗅がせろだの、やれ裸で添い寝したいだとかとんでもない要求を口にしてくる変態メイドではあるが、助けられたことに感謝しないのは、恩知らずだともテラコマリは思う。
「今度アイツにも褒美くらいくれてやるか……」
「では、今すぐにでもお願いいたします。
追加料金を支払えばオプションも付けていただけますかね? とりあえず三万ほど追加して──」
「やっぱりねぇわ!」
そのせいか迂闊にも口にしてしまった言葉を聞いて湧いてきたヴィルヘイズについては予測出来ていたテラコマリは、自身が出せる全力で逃げ出す。
「ハスハス……はぁはぁ! やっぱり直です! 直吸いこそが正義です……! ふへへ……」
「ぎゃぁああぁっ!?」
死にかけのバッタのような動きで逃げるテラコマリを捕まえて髪に顔を埋めて匂いを堪能することなど、ヴィルヘイズには造作もないことである。
「ご馳走さまでした」
「…………疲れた」
数分間に渡ってコマリ吸いをされてどっと疲れが出たテラコマリはぐったりしていたが、ヴィルヘイズは肌に艶が出ていた。
「まぁ、ヴィルも指に豆が出来る位には仕込みに手間掛けてくれたなら私が身体を張らない訳にはいかないよな」
「……気付いていたのですね」
「そりゃあな。普通メイドの異変くらいすぐ気付くだろ」
ヴィルヘイズの手のひらが身体に触れた時点で気付いていたが、褒美の最中にそれを指摘するのは無粋だと思ったテラコマリは敢えて黙っていた。
決して、抵抗するのを諦めていた訳ではない。
「……そういう所ですよ」
「私のために頑張ってくれたヴィルが居なければ、私は死んで爆発してた。
だから、私のために負った傷を隠されるのは嫌だ。その傷は私も負うべき傷だろ」
身の危険を感じてヴィルヘイズから少しだけ距離を取っていたテラコマリは彼女の指の豆を労るようになぞる。
豆に触れた瞬間、患部が痛むのかヴィルヘイズから少しだけ声が漏れていたのを聞いて、なんかちょっと絵面アレだぞ? っとなったテラコマリは何事もなかったかのように手を離す。
「とにかく、アレだ。ありがとう……うん。それが一番大事だ」
普段は虚勢を張って、将軍を演じている何処にでも居そうなか弱い少女でしかないのに、たまに、ごく稀に、人の上に立つ器を覗かせるテラコマリにヴィルヘイズはつい言葉を溢す。
「コマリ様は変わっていませんね」
「いや、出会って一年も経ってないだろ」
「そういうことではなく……」
実はスウェアと同じように、テラコマリとヴィルヘイズも三年前に出会っているのだが、その話をするのは今ではない気がして、口を閉じた。
「なんだっていいけど、私はダメダメ吸血鬼だ。よく分からんけどスウェアが軍で働いている以上、今ずっと近くで守ってくれるのはお前なんだ。居なきゃ困るんだから頼むぞ」
本音を言えば、記憶はないけれど三年前のようにスウェアに守って貰いたいテラコマリではあるが、七紅天としての自分の近くに彼が側近として居たのなら、間違いなく甘えてしまうし、虚勢も張れないかもしれない。
だから、今は変態ではあるが、あくまでも従者で居てくれるヴィルヘイズに対する感謝と信頼は確かにあった。
ヨハンとの決闘は原作とやってること変わらないなと思ったのでカットでいいや……ってなりました。
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