コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです! 作:ペンギン3
五体投地とは、両手・両足・額を地面に付けて平伏して祈る行為。主にチベット仏教などで、信心深い信徒の人などが行うとされている。――そして私は今まさに、五体投地していた。
「お赦しを~! まだ人生始まったばかりでぇ!! こ、殺さないでぇ、ください!!!*1」
今なら、足舐めてと言われたら舐められる。屈辱的だけれど、命には替えられない。プライドや誇りは、命あって自身の内にあると確認できるものなのだ。そもそも命乞いしている時点で、プライドとかもう砕け散っている!
「あ、足を失礼してもぉ、よろしいでしょうか?」
「あ、足!? 何する気なの!」
「舐めようと思って……」
「舐める!? ダメ、エッチすぎ! 死刑!!」
足を舐め、恭順を示し、永遠の忠誠を誓い、奴隷となることで生き延びようとするも、それすら拒否されてしまう。
そ、そんな、私の価値ってそんなに低いの? やっぱり、前世で入院暮らしだったから、労働単価が低く見られちゃうのかな……背もちっちゃいし。でも、もう私に差し出して命乞い出来るものなんて……。
「わ、分かりました。
もう差し上げられるものは、この貧相な体の貞操しかありません。あ、あなたの、せ、せせ、せいど、性奴隷にしてください!!!*2」
いっ、言ってしまった!!!
お兄ちゃん……私、今日からこの子の愛に生きていきます。どうか、私の勇姿をそっちの世界から見守って……やっぱり、ヤダ。お兄ちゃんとはいえ、そんな私を見られるのは恥ずかしい。無事に長生きするように、祈っててください。
「バカ! ヘンタイ! エッチ! 死刑!!」
ふ、普通に拒絶されてしまった。どうして……。
もしかして、セールスポイントが足りていなかったから? もっと性奴隷として、良いところを紹介しなくちゃダメなの? 恥ずかしいけど、それなら……。
「わ、私はぁ、貧乳でぇ、処女でぇ、彼氏も彼女も居たことありません! 綺麗な身体です! 抱いてください!*3」
命が掛かっている、それだけ私は必死だった。五体投地をやめて、彼女の足に縋り付く。私に渡せる賄賂は、これ以上のものはないのだ。これを拒絶されたら、もう死ぬしかない。
折角転生したのに、そんなのはあんまりだよ!
「きゅ、急に足に抱きついてきて、私に何するつもり! え、エッチなことするの!? ダメ、ダメよ、そんなの!!」
「うにぁーーーっ!」
「このぉ!」
縋りつかれた彼女は、顔を真っ赤にしながら私を引き剥がそうとする。そして私も、必死になって抵抗した。二人して、地面に転げながら数分の揉み合いの果てに――私は彼女に拘束されてしまった。私はとっても非力だった。
「フフン、私は正義実現委員会のエリートなのよ。エッチな犯罪者相手に、負けるわけないんだから!」
正実はいつも一生懸命青春してて、訓練してる。ひきこもりよわよわ星人の私では、とても敵いっこない。きっと私は、正義実現委員会が隠し持っているギロチン*4で朝露と消えて、キヴォトスで青春とエロゲーを探し求める亡霊になっちゃうんだ。
やだよぉ、これから楽しいものをたくさん見つける予定なのに。死にたくなんてないよぉ。
「うぅ、ぐす……」
「え、泣いてる? で、でも悪いことしてた子だし。それに、すごいエッチだし」
「し、しにたくない、死にたくないよぉ!!」
「え!?」
ポロポロと、涙が溢れる。素敵な場所で、素敵な青春が過ごせると思っていた。けど、私がおバカでウマシカだから、青春には混ざれない傍観者になっちゃって。それでも楽しくて、これから色々知って、体験していこうと思ってた。でも、これで、すごくおバカな理由で死んじゃうんだって思うと、涙が止まらない。お兄ちゃん、妹は異世界転生しても頭の出来は変わらなかったよ……。イマジナリーお姉ちゃん、短い間だけどお世話になりました。*5
「な、泣いちゃダメ! 反省してるなら、死刑じゃないから!」
「うぅ、えっぐ、ごめんなさい、反省してません……*6」
「なんでよ! 反省しないと死刑!!」
「し、死にたくないよぉ!」
「なら反省! エッチ禁止!!」
「無理ですぅ!」
助かる手立てが出来た。なら、とも思うけど。私を構成するものはあまりに少なくて、それを抜いてしまったらもう何も残らない気がして。欠片程度の気をおかしくしたプライドで、折角の提案を蹴ってしまった、
……言い繕っても、これで死んじゃったら酷いよぉ。
「なんでエッチなのに拘るの!」
「えっちなの無くなったら、私は何にも無くなっちゃう! 空っぽだもん!」
「そんな訳ないでしょ!」
「あるもん!」
私は思ってたよりも、頑固だった。死にたくないけど、エロゲー的なものへの拘りは捨てたくない。私が青春を好きになった切っ掛けで、憧れの元にもなったから。
この子が正しいのはわかってる、だって覗きは犯罪だから。でも、これだけは捨てたくない。分かってと理解なんて求められないから、それならもう……。
「……………………じゃあ、みんなをエッチな目で見るのはダメ」
苦渋の決断を下すように、この子は言って。私は、多分困った顔をしてる。どうしよ、と。
いっぱい譲歩してくれてるのは分かるけど、私はどこに青春を求めれば良いのだろう。自分で見つけようとしても、また変なことしてみんなに引かれて、悲しくなるだけな気がする。
……やだよ、そんなの。
「ごめん、なさい」
「ダメなの?」
「悪いことだから治そうって思うけど、どうすれば良いか分かんなくて」
「……………………………ちょっと待ってて」
正実のあの子は、そう言うと駆け足で屋上を後にした。逃げ出すなら今のうち、だけど。いっぱい考えて悩んでくれて、譲歩もしてくれようとした子に、そんなことするのは酷いなって思って。
涙を拭って、目を閉じてそのまま待つことにした。心を落ち着けて、ゆっくり深呼吸。……うん、落ち着いてきた。
まずあの子が帰ってきたら、ごめんなさいと謝ろう。口論の最中に泣いちゃうって行為は、勝手に相手を悪い人認定するような酷いことだから。それで、ありがとうとも言おう。いっぱい悩んでくれて、嬉しかったと。ここまで私に一生懸命になってくれたのは、家族以外だと看護師さんくらいだったから。
その後は……また、来世に期待かなぁ。転生があったんだから、次もあると思うし、うん。
静かに、澄み切った気持ちで彼女が来るのを待っていた。だから、階段から足音が聞こえたのが微かに聞こえて。戻ってきたんだと分かったけど、何故か屋上の扉の前で止まってしまったみたいで。どうしたんだろうと思ってると、ゆっくりと、恐る恐るって感じに扉が開いた。
戻ってきた彼女は、とても用心深く周囲を見渡している。彼女が取りに行っていたのは、自分の鞄だったみたい。両手で抱えて、まるで守らなくちゃいけないものがあるみたいな挙動。そうして、私の前まで来た彼女は、唐突に私の手を掴んだのだ。
なして?
「来て、こっち!」
思っていたより力強く手を引かれて、誰からも見えないであろう屋上の影になっている場所に連れて行かれた。
「本当、ほんっとうにしょうがなくよ! あんたがエッチなの治せないで、みんなにエッチな目を向けるのを防ぐためなんだから!」
「ほぇ?」
彼女は取りに行った鞄から、ガサガサと一冊の本を取り出した。
肌色が大きく、隠さないといけない場所が隠れてない。挑戦的に笑いかけている表紙が、こちらを挑発しているようにも感じる。
こ、これは!?
「え、えっちなほーー」
「うるさーい!」
思わず叫ぼうとして、私は即座に口元を塞がれてしまった。もごもごしてると、彼女が耳元で囁いた。くすぐったくて、ふにゃっと変な声が出ちゃった。
「これはね、保健の副読本なの。エッチな本じゃないから、勘違いしちゃダメ。分かった?」
こくこく頷くと、開放された。副読本……なるほど、とても大事な建前。これはえっちな本じゃなくて保健の副読本なんだと唱えれば、魔法が掛かって勉強道具に早変わり。思わず、おー、と感心した目で彼女を見た。
お顔は真っ赤で、何かを耐えているみたい。……私、無理させちゃってるのかな? でも、彼女は地べたに座って、早くあんたも座りなさいよと、ペチペチ隣のスペースを叩いてくれてる。なので、恐る恐るも隣に座らせてもらった。
「め、捲るからね」
「う、うん」
彼女が持ってきてくれたのは、えっちなマンガだった。エロゲーばっかりやってて、一つ一つの描写に絵がついているのは初めてで。……すっごく過激なものを読んでる気がしてきた。
「ひゃっ……す、すごいね」
「な、中々ね」
うわぁ、とか。ふえぇ、とか。
そんな声ばっかり出てしまう。心臓がドキドキして、思わず口元を隠してしまいそうになる。隣を見ると、同じく真っ赤でプルプル震えていた。
えっちだ、とてつもなくえっちだ! 青春要素はなくても、それを上回る勢いでえっちすぎる。青春のトキメキの部分を、えろえろで全部千切ってしまえば関係ないと言わんばかりに。なんか求めてたのと違うけど、そんなの関係なく真っピンクになっちゃう勢いの副読本だ!
「にぁあ!?」
「ひゃあ!?」
ページを指で押さえてると、彼女の指と触れ合ってビックリしてしまう。こんなものを読んでる最中だから、神経が過敏になってて、少しの刺激でもすごく動揺する。
「ご、ごめんね?」
「う、ううん、気にしてないから」
慎重に読んで、ページを捲って、マンガの最後まで読み終えて。私達は、お互いに顔を見合わせていた。ドキドキしてて、腰が抜けてしまってるのか立ち上がれそうにない。多分、一人っきりで読んでたら、そんなことはなかったと思う。えっちなものを他の人と共有しながら読むなんて、初めての経験だったから。
「なんか、凄かったね……」
「うん……」
言葉少なく、けれども私達は分かり合っていた。まるで、背中を預けあった戦友みたいに。
とても不思議な感じ、初めて会った子とこんなことしちゃうなんて。昨日の私に伝えても、そういう妄想? で切り捨てられちゃう内容だ。
「えへへ」
「どうしたの?」
「えっとね、他の人とこんなことしたの、初めてだったから」
「あ、当たり前でしょ! あんたがエッチ過ぎるから、仕方なくやってあげただけなんだから! 私はエッチじゃないの、勘違いしないで!」
「うん、ありがとう」
すごく優しい彼女にお礼を言うと、凄くむず痒そうな顔をして。
「どう、いたしまして」
その言葉で、私は余計ににへらぁ、と笑みが漏れてしまうのだった。
「モモトーク、交換して」
「ふぇ?」
二人揃って腰を抜かして、ようやく立てるようになった後。携帯片手に、そんな提案をされていた。
え、モモトーク? あの友人同士で連絡できるという、伝説上のアイテムの? 前世では家族しか連絡先に入ってなかったのに!?
「い、いの?」
「だってあんた、その、保健の副読本がなかったら、またみんなをエッチな目で見るでしょ?」
「……うん」
「だから、しょうがないから。私が助けてあげるって言ってるの!」
「うん!」
嬉しい、胸がほわほわする!
初めて、家族以外で連絡先を交換した。次もまた会おうねって、そう約束した。嬉しくて胸が弾む、ワクワクで心がざわめく。
これってさ、もしかしてさ。
「せい、しゅん。青春だぁ!」
「何よ、いきなり!?」
「だって青春だよ?」
「意味わかんない」
私にもあった、青春はあったんだ!
まるでラピュタを見つけたみたいな感触、私はすごく感動してる! 明日が楽しみ、なんて思えるのがとっても嬉しい!*7
「えっと、ね。あ、そうだ、名前! 私、春風メブキ! これからよろしくね!」
「下江コハル、別によろしくしないけど」
「こ、コハルちゃんって呼んで良いかな?」
「勝手にすれば、メブキ」
「うんッ、コハルちゃん!」
ツンとしているけれど、この子がすごく優しい子なんだって知っている。だから、そんな態度でもとっても可愛らしく見えて仕方ない。
「コハルちゃん、キリエ歌おう?」
「は、なんで?」
「嬉しいから!」
嫌な顔をするコハルちゃんの両手を掴んで、私は舌っ足らずなキリエを歌う。この出会いに感謝して、この祝福にお礼をするために。まともに歌えそうなものが、これくらいしかないとも言う。
「もう、ほんっと仕方ないんだから!」
私達はキリエを歌った。屋上から楽しげに、精一杯に。
えへへ、今日からよろしくね、コハルちゃん!
流石に変な子がすぎるので、可愛さ成分を足して中和しました。
女の子は砂糖とスパイスと素敵なもの全部で出来ていますが、この子はエロゲーと青春とピンクなもの全部で出来ています。これからもよろしくお願いします。