コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです! 作:ペンギン3
あれからね、たくさん頑張ったの。
早起きして勉強して、ご飯中は単語帳と睨めっこ。それから、ずっとハナコちゃんに付きっきりで、コハルちゃんと一緒に問題を解きまくる。参考書を全部解き終えちゃったら、また頭からやり直し。エロゲーでも、ククッ、締まりが良いな女ぁ! って感じで何度もえっちする陵辱展開があるし、それと同じだね*1。
それでお勉強さんを無茶苦茶にしてから、夜の休憩時間もコハルちゃんと問題の出し合いっこ。多く正解したほうが勝ちで、負けたら耳もとこしょこしょ生ASMRを勝った方にしなきゃダメなの。
私もね、コハルちゃんの耳に"コハルちゃんは賢いの、賢しこなの""世界で一番頑張り屋さん、頑張ってて偉いね?""ちんすこう"って囁いてあげたら、お顔を真っ赤にしてたよ!*2 私ってやっぱり才能あるんだね、ASMRの!
そうして、今までコッソリやってた、コハルちゃんと隠れてえっち本を読む集まりも封印して、煩悩滅却エロ股エロスの精神で*3、轟々と燃え上がるえっち心を勉強に振り向けた私たちは一念勃起*4して。
そうして挑んだ、4回目の模試。結果は……。
第4次補習授業部模試、結果──
浦和ハナコ:100点
結果──合格
阿慈谷ヒフミ:85点
結果──不合格
白洲アズサ:83点
結果──不合格
下江コハル:77点
結果──不合格
春風メブキ:69点
結果──不合格
やっぱり、中々届かない。90点、69点だからあと21点。中々遠いね、あと1ヶ月くらい時間が欲しい……けど、やれるだけやるしかないの。だって、ミカさんと約束したもん。諦めないって、頑張るって。みんなだって一緒に居てくれる、だから絶対に合格できるよ!
「ところでコハルちゃん、21に括弧を付けて(21)って寄せ気味に早く書くと、ロリって文字に見えるんだよ?」
「頭おかしいんじゃない?」
「でもね、ほら。コハルちゃん見て?」
「え、ほんとだ……」
コハルちゃんも、この世の真理に辿り着いて、また一歩賢くなってしまった。このまま、21歳までトリニティに居られるように頑張ろうね?*5
そうして、私達は勉強しては模擬試験を繰り返して。何回も間違えては、その部分を学び直して。ずっとお勉強してて、まるでお勉強さんを開発してる気分になる。一つになるってこういう気分なんだって、段々分かってきちゃう*6。
「アズサちゃん、私たちって最初にお勉強さんを巡るライバルになったよね?」
「うん、そうだった。でも、今でもメブキはライバルだ」
「ありがと、でもね、点数にも差が出てきちゃってる。アズサちゃんの方が、今は賢いの」
「点数の上がり方ならメブキの方が上。多分、追いつかれる」
アズサちゃんは、いつだって素直で、私のことを沢山褒めてくれる。アズサちゃんって私のこと好きなのかな? って勘違いしちゃうくらいに、お褒め力(略称オホ力)が高すぎるの。その内、私がアズサちゃんに堕とされちゃったら、オホ声ASMRでアズサちゃんを洗脳するから、ラブラブ両思いになろうね?*7
「アズサちゃん、私ね、アズサちゃんに会えてなかったら、人生お先真っ暗だったんだよ。テスト前に、一緒にシャーレでお勉強したよね。あれが無かったら、もう諦めちゃってたかもしんないの。だから、ありがとう。それと、最後まで一緒に頑張ってください!」
「私も、メブキが初めての学友だった。机を並べて勉強する、それが悪くないことだと教えてくれたのはメブキ。だから、心配しなくても最後まで一緒だ。仲間と友達は見捨てない、例えそれが任務に反していたとしても」
凄腕エージェントなのに、依頼よりも私を優先してくれるってアズサちゃんは言ってくれた。それが嬉しくって、胸が柔らかくなった気がする。アズサちゃんは、おっぱい育てるマイスターなのかもしれないね? なら、アズサちゃんに何かあった時、私もアズサちゃんの味方をしてあげなきゃだよ。私だって、アズサちゃんのお友達なんだから!
第5次補習授業部模試、結果──
浦和ハナコ:100点
結果──合格
阿慈谷ヒフミ:93点
結果──合格
白洲アズサ:94点
結果──合格
下江コハル:90点
結果──合格
春風メブキ:77点
結果──不合格
階段を一足飛びにするみたいに、点数が上がっていってる。でも、私以外のみんなは合格点に届いてた。だから、シャーペンを握る力が強くなっちゃう。届いてなくて不安で、でも成果はちゃんと出てるから。まるで、噂に聞いたAVで女の人がイッてるイッてない論争みたい。私の点数、お勉強さん気持ちいいの? って聞いても、お勉強さんはお返事してくれないから*8。
「私ね、この夏で一番仲良くなったのって、ハナコちゃんなんだ」
「そうなんですか、嬉しいです。私も、ここ最近で一番仲良くなったと思ったのは、補習授業部のみんなですから」
「じゃあ、ハナコちゃんとは両思いなんだね! 挙式はいつが良いかな?」
「メブキちゃんとなら、いつでも♡*9」
でも、お勉強さんとは頭だけの関係なの。私、ハナコちゃんと結婚するから! だからお勉強さん、ハナコちゃんとの結婚前夜にリベンジポルノ扱いで、私の点数を全トリニティに発信したらダメなんだよ?*10 そんなことしたら、結婚式で私のことを見つめる視線がウマシカを見る目になっちゃうからね!
「ならね、6月が良いな。私、6月の晴れた日に、ウェディングを着て歩くの、ちょっと憧れがあるの!」
「梅雨の晴れ間、素敵ですね」
「うん! 男の子分が足りないって思うなら、先生を間に挟もうね」
「流石はメブキちゃんです。きっと式当日は、色んな悲鳴で彩られてしまいますね♡」
確かに、ハナコちゃんのウェディングドレスを見た日には、みんな幸せな気持ちになって、思わず嬌声が溢れちゃうよね*11。黄色い悲鳴に溢れた結婚式、先生には連日でみんなの旦那様になってもらわないとだから沢山結婚式してもらわなきゃだけど、その分きっと慣れていくから大丈夫なはず。
イマジナリーお姉ちゃんは、挙式をあげるのは最後だよ。それまで、ウェディングブーケを沢山みんなで投げるから、全部受け取っててね。そうしたら、きっと一番素敵な式に、神様がしてくれるはずだから!
「楽しみだね、ハナコちゃん!」
「はい。ですが、そのためにも、目の前の試験を乗り越える必要があります」
「ハナコちゃん、私頑張るから、いっぱい応援してね!」
「はい、メブキちゃん。頑張れ♡ 頑張れ♡」
ハナコちゃんの声で、私の耳と脳と身体が分からされてしまい、ビクンビクンしちゃう。蕩ける感じ、多分喜んでる。でも、これで確信したよ。──私って、ハナコちゃんが性癖だったんだね*12。だからお勉強さん、あなたとの肉体(脳みそ)関係、今日こそ断ち切るよ!
第6次補習授業部模試、結果──
浦和ハナコ:100点
結果──合格
阿慈谷ヒフミ:92点
結果──合格
白洲アズサ:90点
結果──合格
下江コハル:85点
結果──不合格
春風メブキ:84点
結果──不合格
……ごめんねハナコちゃん、みんな。まだ、お勉強さんを振りきれなかったよ。試験、明日なんだけどな……。
「メブキちゃん、大丈夫です。きっと」
自分の答案と睨めっこして不安になってると、ヒフミちゃんが側に来てくれた。そんなに、不安そうな顔になっちゃってたかな?
振り返ると、ヒフミちゃんはいつもみんなを気にかけてくれてた。ずっと部長として補習授業部を、私達を支えてくれてたの。この模試だって、先生とヒフミちゃんが過去問から作ってくれたものだし。みんな一生懸命だったけど、その中で一番みんなを合格させてくれようとしてたのはヒフミちゃんだった*13。
「うん、ありがとう。……私、最初の模試の点、28点だった。ヒフミちゃんやみんなのお陰で、点数が三倍になったよ。私、亀さん並みのスピードだけど、いっぱい頑張ったよね? 先生の亀さんみたいに、立派になれたよね!」
「はい、メブキちゃんは立派です」
ヒフミちゃんの言葉が心に沁みる。うん、確かに私、頑張ってたもん。嘘じゃないし、それは堂々と胸を張って言える。……でも、それでもダメなら絶対に後悔しちゃう。自分だけでも心が痛いのに、みんなも巻き込んじゃうなら、私きっと耐えられない。
「ヒフミちゃん、私ね、怖いよ……」
弱音がポツリと漏れちゃうと、ヒフミちゃんはお手てを繋いでくれた。一生懸命、これまで私たちを支えてくれてた手。あったかくて、柔らかくて、とっても女の子って感じの。……私が男の子なら、ヒフミちゃんルートに入っちゃってたや。
「そうですね、私も不安です。……でも、みんなで頑張った日々を、私は信じたいです。私たちが過ごした毎日が、きっと助けてくれます」
そうかな? と疑う気持ちと、そうかも! と納得する気持ちが混ざっちゃって、胸の中がゴチャゴチャしてきちゃった。
そんな私に、ヒフミちゃんは柔らかく頭をポンポンとしてから、一緒に間違えたところを復習してくれたの。そだね、お勉強してるうちは、ややこしいことに頭を使う余裕なんてないもんね。
「ねぇ、ヒフミちゃん」
「もう一度、やり直したいところがありますか?」
「ううん、違くて」
一緒に間違えたところを解き終えてから、頭はひとまず落ち着いて。ふと、あることを思い出したの。それは、夏休みにやりたかった、沢山のこと。
「私ね、夏休みにね、海に行って、かき氷を食べて、お祭りに参加して、花火が見たいの」
それは、試験前に諦めちゃって、せめて補習前に遊び倒そうとしていた夏休み前のこと。みんなにモモトークして、ダメだよって諭されちゃった時の予定。あの時は仕方なく諦めたけど、やりたいことの中にちゃんと今も残ってる。
「アズサちゃんと海に行くってした約束に、私のも付け加えて良いかな?」
「っ、勿論です、メブキちゃん!」
ヒフミちゃんが、ギュッと抱き締めてくれる。私も、気が付けばヒフミちゃんにスリスリしてた。これ、甘えてる感じがして、結構好きなの。覚えてないけど、多分夢の中でイマジナリーお姉ちゃん相手にもいっぱいやってると思うな*14。
「一緒に海に行って、たくさん遊びましょう!」
「うん、その為にも、私も諦めずに頑張るね」
やっぱり無理なのかなって落ち込みかけちゃったけど、夏はまだ続くんだって、これからもみんなと一緒にいたんだって気持ちで、自分のやる気をおっきさせる。萎えかけてた心のおにんにんとおまんまんに、みんなの水着が見れちゃうんだよって話しかけると、ほんと? て気持ちでムクムクしてくる。今の私は、充血率100%のメブキちゃんと化しちゃったんだから!
だから試験、合格したい、ううん、絶対に合格するよ!!
テスト前最終日の夜、勉強のしすぎで知恵熱を出したメブキは一足早く夢の世界に旅立っていた。元々、無理に無理を重ねていたこともあって、グッスリと眠り込んでいる。その様子を見ていたコハルは、胸がザワザワとさざめいていた。メブキの努力が報われてほしいと、心から感じているのだ。
(メブキは本気で勉強して、バカなのに必死に点数を上げた。……私も自分がバカだって思ったけど、あんたはそれ以上のバカなのに最後まで頑張ってたから、私も諦めなかったの)
メブキの目の周りには薄らとクマができていて、それは他の補習授業部のメンバーや先生も同様だった。連日連夜、睡眠時間を削ってまで頑張っていた証でもある。
ただ、コハルも今日くらいは寝ないと、という気持ちはあったが、気持ちが昂りすぎて出来そうにない。理不尽な妨害のことも考慮すると、不安さえ芽生えてきて。
「また急に、色々と変わったりしないよね?」
「はい、今のところは」
「そうですね、試験の範囲は以前のままですし、合格ラインも変わらず90点以上。場所はトリニティ第19分館の第32号教室。本館から離れていますが、そこまで遠くはありませんし時間も変わらず、午前9時からです」
「でも、前だって急だったし、変わらない保証なんてないもん。そ、それなら、100点取っちゃえば、誰も文句言えないでしょ!」
「コハルちゃん……気持ちは分かりますが、今日はもう休まないと」
「そうですよ、コハルちゃんが頑張っていたことはみんな知ってますから、今日はもう休んで明日に備えたほうがいいと思います」
「休むのも戦略のうち」
「……今までの頑張りを信じよう、きっと大丈夫だから」
それぞれに、もう休みなさいと声をかけられたコハルは、何とか折り合いをつけて、分かったと返事をして。そのままベットに潜り込んだ。先生も自分の部屋に戻って、他のメンバーはすぐに戻ってくると言って部屋を出て。なので、残されたコハルはとりあえず消灯して、目を瞑ったのだった。
……それでも、やっぱり冴えた目は意識を夢へと誘ってくれずに、メブキの浅い寝息だけが聞こえてくる。そんな寝れない夜を、何十分か過ごした後、コハルはむくりと起き上がった。誰も、すぐ戻ると言っておきながら戻ってこなかったから。
(……何よ、早く寝ろってみんな言ってたくせに。やっぱり、勉強しないと不安なんじゃないっ)
ウソツキ、と小さく毒づいてから、コハルはベッドを抜け出した。勉強をするためではない、明日のためにちゃんと寝なきゃダメと、今度は自分が言うために。
そうして、いの一番にコハルが向かったのは先生の部屋だった。理由は単純、まだ消灯されていないから。そして案の定、中から複数人の話し声が聞こえてくる。
「みんな何してるの……」
「コハルちゃんまで……」
「明日は試験なのに、何してるのよ。休むことは大事だって言ったのはそっちでしょ!?」
コハルの糾弾に、ヒフミは申し訳なさそうに、ハナコは僅かに逡巡した顔をして。
「アズサはここに居ないし、緊張するのはわかるけど、それでも寝ないとダメ。メブキが合格して、私たちが落ちちゃったらどうするの! そんなの、可哀想でしょ!!」
コハルのその言葉で、ハナコはコハルも巻き込むことを心に決めた。その試験の開催自体が現状危ういのだ。ここで動かなければ、それこそ取り返しがつかない。
「明日、私たちが受ける試験ですが、会場そのものが隔離されるようです」
「!!?」
「建物全体を……?」
ハナコの言葉に、コハルはやっぱりと暗い気持ちになり、ヒフミは一目で分かるくらいに動揺する。そこから、ハナコはどういう事情があったのかを説明する。
自身がツテを頼って、シスターフッドから情報を仕入れたこと。
当日の会場は、エデン条約に関する重要書類を守るために正義実現委員会が封鎖をしてしまうこと。
ずっと静かなのは、戒厳令が出されていて外出が禁止されていること。
試験を受けるには、正義実現委員会を敵に回さなければならないこと。
ハスミなどに助力を頼むことは、ティーパーティへの反逆と見做されて正実が追放の憂き目に会うだろうこと。
そこまでハナコが話して、重苦しい空気が漂い始めた時の出来事だった。
「……私のせいだ」
先生の部屋の扉が開き、アズサが入室してきたのだ。各々が心配していたと言う中で、ハナコだけはアズサをジッと見つめていた。
「みんなに、ずっと隠していたことがあったんだ。言い出し辛くて、ずっと黙ってた。でも、ここまで来たらこれ以上隠しておけない。──ティーパーティのナギサが警戒していた暗殺者は私、なんだ」
それを聞いた者の反応は、おおよそ二つに分かれた。急になんだと困惑した者、遂に言ってくれたと腹を決めた者の二者である。
「私は元々、アリウス分校の出身。今は身分を偽って、トリニティに潜入している」
「えーと、アズサちゃんがアリウス分校から来ているのは、先生から聞きました。でも、それはトリニティとアリウスが統合できるのか、その実験としてだと聞いたのですが……」
「それは表向きの、聖園ミカを欺くための理由だ。私の本当の任務は、桐藤ナギサ、彼女のヘイローを破壊することだ」
「な、ナギサ様のヘイローを!?」
「嘘でしょ!? それってつまり……」
「私を炙り出すために、ナギサは必死に手を尽くしていたんだ」
アズサの告白は、ヒフミとコハルを絶句させるに足るものだった。一方、ハナコは唇を結んで、何かを言い出しそうになるのを堪えた。アズサが、まだ言葉を続けようとしていたから。それを、先生は静かに見守っている。
「明日の朝、アリウス分校の生徒たちがナギサを狙って、トリニティに潜入してくる。私は、ナギサを守らなきゃいけない」
「あ、明日!?」
「えっ、ちょっ」
「……なるほど。本館に戒厳令が出ている状況、ナギサさんの無茶もあって正義実現委員会も本館にいないタイミング。要人襲撃にはもってこいのタイミングですね。アリウスも、だいぶ頭が回るようです」
展開の速さに、ヒフミもコハルも目を回すしかなかった。だが、それでも理解しなければ、また状況に振り回されてしまう。コハルは叫ぶようにして、自分の抱いた疑問を口にした。
「ま、待って、おかしくない!? アズサはティーパーティーをやっつけるために来たのに、守るって言ってる。話が合わないじゃん!」
「それは……」
「アズサちゃん自身はそう言う目的で来た。そういうことですね?」
「……」
ハナコの言葉は、以前セイアを糾弾した時のような冷たさを帯びていた。思わず黙り込むアズサに、ハナコは畳み掛けるように続けていく。
最初からナギサを守るための二重スパイ。アリウスと内通しながら、その実アリウスを裏切る準備を進めていた。誰の命令で? 誰の意志で? ……ハナコは察していたが、周りに聞かせるために敢えて問いを投げて。
「これは誰に命令されたのでもない、私の意思だ。エデン条約、あの平和の取り決めがなくなってしまえば、キヴォトスの混乱はさらに深まる。その時に、またアリウスのような学園が生まれないとは思えない……」
「だから平和のために、ということですか? ……とても甘くて、夢のような話ですね。今回の条約と同じくらい、虚しい響きです」
「……」
「アズサちゃんは嘘つきで、裏切り者だった。トリニティでは真実を、アリウスでは本音を隠していた。アズサちゃんの周辺には、アズサちゃんに騙された人しかいなかった。ずっと周りの全てを騙していた……そういうことで、あっていますか?」
ヒフミが、思わず気遣う顔でアズサを窺い、コハルは言い過ぎだとハナコを睨む。だが、そんなハナコに、それは正しい認識だとアズサは伝えようとして。
「──それくらいで、勘弁してあげてくれないかな?」
また、扉が開く。千客万来、メブキが……いいや、セイアが部屋へと入ってきた。それに、一人を除いて彼女が誰かを認識して。ただ一人、コハルのみが目をまん丸にしていた。
「メブキ、起きちゃったの?」
「いいやコハル、私はメブキじゃない」
何をと言おうとして、コハルは戸惑っている自分に気がついた。
メブキは、こんなに落ち着いた雰囲気を纏っていただろうかと。メブキは、こんな表情を浮かべただろうかと。最後に──メブキは、私のことを他人みたいに見たりしない筈だと。
「だ、誰なの?」
「初めましてだね、コハル。私は百合園セイア、分かりやすく名乗るなら、メブキの姉だよ」
「は……え? メブキのお姉さん、行方不明って……」
「そうだね、だからこうして、メブキの体を借りている」
セイアの言葉を聞いて、コハルの脳は停止してしまった。あまりにキャパに合わない情報を叩き込まれ続けていたのに、トドメに親友が明らかに別人として現れたのだ。端的に言って、コハルは狂いそうになっていた。
「い、意味わかんないんだけど!?」
「君にも説明してあげたいが、何分時間がない。だから簡単に伝えるが、メブキの身体を借りているんだ」
「お、お化けってこと!?」
「ミカも似たような反応だったね。だが、違う。簡単にいけない場所に、身体を預かってもらってるだけだ。とりあえず、細かいことは全て終わってからで良いかな?」
「…………納得いかないけど、分かった。でも、終わったら全部聞くからね!」
「答えられる範囲でなら、喜んで」
コハルが引き下がって、ジトーっとした目をしているハナコへ、セイアは語りかける。アズサのことを、これからのことを。
「アズサはね、より良い未来を目指したんだ。裏切りというより、表返ったとでも言うべきか」
「セイアちゃん、私はアズサちゃんとお話ししていたんですよ」
「アズサは真面目で優しい。自責の念で、自分が悪かった言い訳はしないとしか言えないだろう」
「事実だ」
「違うよ」
アズサの言葉に先生は間髪入れずに否定を挟んで、それにセイアも頷いた。
「先生はことの原因を、なんだと思う?」
「元々の原因は、信じられなかったことだよ。ナギサが補習授業部のみんなを、セイアを信じられていたら。セイアが、私たちに事情を話してくれていたら。もっとお互いを深く信じられていたら、こんな事態にはならなかったんじゃないかな?」
「……痛いところを突くね、先生」
「まだ、隠し事はやめられない?」
先生の言葉に、セイアは苦笑いをするしかなかった。手痛いところではあるが、だからと言って全てを話しても余計にややこしくなるとセイアは思っているから。
「確かに、そうかもしれません。ナギサさんの様に、誰も信じられなくなった人を変えるのは難しいです。何をするにも、疑心の殻を砕かないといけませんから。ですが、アズサちゃんはそこの狐さんと違って、私たちに本心を語ってくれました」
「一言余計だよ」
「……アズサちゃん、ごめんなさい。先ほどのはなんと言いますか、どうしても意地悪したくなってしまったんです。アズサちゃんの真っ直ぐな瞳を見ていると、なんだか心が落ち着かなくて」
何も聞こえてないみたいに、セイアのお小言はスルーされてしまった。セイアは勿論ムッとしたが、ハナコとしてもこの期に及んでまだ黒幕ごっこを楽しんでいるのか、とセイアに対して辛辣なことを考えていたりするのが態度に現れてしまっただけだった。
「補習授業部はちょっと変わった意味で、ある種の舞台の様に注目を浴びる存在として生まれました。本来ならそんな目立つ場所に、アズサちゃんの様な工作員が長くいてはいけません。抜け出すタイミングだって、沢山ありました。……しかし、アズサちゃんはそうしなかった」
以前、夜にアズサと会話した時に、ハナコは確かに聞いた。この学園で一番仲良くなったのは、ここにいるみんなだと。ハナコも同じ思いで、共感もした。だからこそ、本当はわかっていた。アズサの心の裡を、そのいじらしい気持ちを。
「……補習授業部での時間があまりに楽しかったから。そうでしょう?」
「……そうだな、そうかもしれない。ただ、それをアリウスのみんなも感じられたらと、そうも思ったんだ」
「それが、アズサちゃんの言う、未来への戦いなのですね?」
「何かを学ぶこと、みんなで取り組むこと。その楽しい時間を、私は手放せなかった。最初にセイアと会った時に予言された通り、補習授業部には私の運命があったんだ」
最初にセイアとアズサが邂逅したのは、アズサが任務を遂行しにきた時。そこでセイアはアズサの本意を見抜いて、選択肢を提示した。アリウスの生徒たちを、救う機会が欲しくないのかと。
「まだまだ、知りたいことも沢山ある。私やメブキの希望通りに、みんなで色んな場所を回りたい。私だけでなくて、他のアリウス生にもどう生きるのか、選択の機会くらいはあっても良いと思ったんだ」
アズサの告白に、その場の皆が聞き入っていた。その想いの重たさが、胸を確かに打っていたから。もう、アズサを非難する様なことは、しようとさえ思えなくなっていた。
「なんだか知った様な口をきいてしまいましたが……分かります、その気持ち。アズサちゃんほど利他的ではありませんが、補習授業部に救われた、その様に思った人物は他にもいたんですから」
そうして、胸を打たれて共感もあったハナコが、誰かという体で自分の過去を話していく。
数々の期待、押し潰されそうな気持ち、本心を見せられない日々、学校を辞めようとしていたことも。
「ですが、その人はアズサちゃんとは違いました。アズサちゃんは書類を偽造して入ってきたのですから、トリニティに正式な学籍がないでしょう? なら、アリウスを裏切ったら、帰る場所は残ってるのですか?」
「……」
「どうなんですか、セイアちゃん」
「もう手は回してある。この試験さえ乗り越えられれば、アズサは名実共にトリニティの生徒だ」
「え?」
「アズサちゃんは、どうやら知らなかった様ですが?」
はて、とセイアは不可思議に思った。
「言ってなかったかい?」
「……聞いてなかった」
釈然としない表情のアズサに、気まずそうなセイアの表情。コハルは、この人おしっこ行きたいのかな? とそれを見て思っていた。
「セイアちゃん、あなたは知恵はありますが、自身が思っているよりも賢くありません。その内、化けの皮が剥がれて、セクシーセイアちゃんになっちゃいますよ?」
「なるか、そんなもの! メブキの妄想ですら、なったことはない!!」
「なるほど、お乳を盛られる方向性ですか」
「…………キレそうだよ」
事実を言い当てられて、セイアは激怒した。キレそうではなく、静かにキレていた。ただ、食ってかかるのは体裁が悪いから、何とか我慢しているだけだ。
なんで分かるんだ、ヘンタイなのか? そんな悪態をついていたが、夢でデカパイセイアにされた時は、ひっそりと嬉しかったりもした。乙女心はかくも複雑なのである。
「セイアちゃんのポカで、アズサちゃんは散々悩んで覚悟を決めることになりました。やめることになると思っていたのに、それでも補習授業部ではいつも一生懸命でした」
不服ながら、アズサを苦悩させてしまっただろう事実は消せない。セイアはムッツリとした顔のまま、ハナコの話を聞いていた。そんな中で、コハルはメブキに渡された紙オムツを用意していた。メブキのお姉さんが漏らしそうになった時、即座にこれを渡そうと言う気遣いだった。
「アズサちゃんは、時折口癖の様に言っていましたね。全ては虚しいものだと。ですが同時に……アズサちゃんはその後ろに、いつも言葉を付け加えてましたね」
「……うん。たとえ全てが虚しいことだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。抵抗し続けることをやめるべきじゃない」
「そんなアズサちゃんがいたから、ようやくその人も気が付いたんです。……学校生活の、楽しさに」
ハナコが気がついたこと、理解したこと、やりたいこと。それを次々に伝えていく。何でもない日常でさえ、愛おしいと感じている様に。
そうして、最後に。
「何も諦める必要はありません。桐藤ナギサさん、彼女をアリウスの襲撃から守りましょう。そして私たちは私たちで無事に試験を受け、合格するのです」
ハナコの言葉に、全員が突き動かされる思いだった。ただ、試験の時間は朝の9時で、事件の時間とも被っている。どうすれば良いのか、考えるには時間はあまりに少なくて。
「……まずは、私たちから動きましょう。これまで様々な嘘や策略の中で弄ばれてきましたが、今度は私たちから仕掛ける番です」
ハナコはそう言って、辺りを見回してから満足げに頷いた。
「何せここには正義実現委員会のメンバーと、ゲリラ戦の達人と、ティーパーティの偏愛を一身に受ける自称凡人な人と、腹黒暗躍シスコンキツネにトリニティの全てに精通した人もいます」
「へ、偏愛!?」
「言葉を選んでくれ、メブキがシスコンという言葉に喜んで起きたらことだぞ」
「その上、ちょっとしたマスターキーのようなシャーレの先生までいるんですよ?」
「ま、まぁ?」
みんなが困惑する姿を見て、今日一番の笑顔をハナコは見せていた。爛々と輝く笑顔に比例して、彼女の脳裏には様々なパターンに区分けして情報と作戦が集積されていく。
「この組み合わせがあれば、きっと。──トリニティくらい、半日で転覆させられますよ♡」