コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです!   作:ペンギン3

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明日のために

 ハナコとアズサの二人は、ナギサが身を隠しているセーフハウスの中へと忍び込んでいた。警備は僅か、正義実現委員会の生徒が数名のみ。それも、ナギサが側に置かずに遠ざけている。つまり、ナギサの居場所さえ特定できてしまっていれば、各個撃破して容易に侵入できる警備状態であった。

 

 古びた扉を、木が擦れる音とともにハナコは開く。中には、物憂げな表情をしたナギサがティーカップを弄んでいた。

 

「……ふぅ、紅茶ならもう結構です」

 

「……可哀想に、眠れないのですね。今日がその日だと、セイアちゃんに聞いていたからですか?」

 

「う、浦和ハナコさん、あなたがどうしてここに!?」

 

「セイアちゃんには、別の場所への潜伏を伝えていたのに、ですか? ふふ、ナギサさんは可愛いですね♡ それはですね、合計87箇所のセーフハウス、そのローテーションまで完璧に把握しているからですよ」

 

「!?」

 

 自分が手のひらで遊ばれている。その衝撃にナギサは動揺して、思考が停止する。その間に、銃が背中へと突きつけられた。動くな、という言葉とともに。

 

「ああ、それと。警備の人たちも全員片付けさせていただきました。自分を守る人員ですら、信用できませんでしたか?」

 

「浦和ハナコさん、白洲アズサさんならともかく、あなたが何故……」

 

「全てを結論づけるのは、まだ早いですよ♡ 私が黒幕なんて、とんでもないです。私やアズサちゃんは単なる駒にしか過ぎません。裏で糸を引いている人物は、他にちゃんといます」

 

「っ、やはりセイアさんを名乗るあの方が!」

 

 ナギサは、自身の頭脳がいつだって明瞭だという自負を持っていた。しかし、この危機的状況においても、その頭脳が正しく機能するとは限らなかった。自身の中にあった疑いと、如何にも疑わしい人物を接合する。至ってシンプルで、根拠のない言葉が口をついて。

 

 ハナコは、今までで一番にこやかに微笑んだ。

 

「やはり本物でしたか、良かったです。どういうカラクリか、消えてもらった筈のセイアちゃんが復活してきたなんて脚本、私は認めていませんでしたからね。間違いでメブキちゃんを消してしまったなら、流石の私も良心が痛みましたから」

 

「──どういう、ことですか?」

 

「冥土のお土産に教えてあげます。セイアちゃんの最後の言葉は、"すまない、ナギサ"でしたよ」

 

 ナギサの動揺を察知して、ハナコはすぐに付け込んだ。自身の想像で、スペクタクルな物語が紡がれる状態のナギサの脳内。そこに恣意的な情報を流すことで、完全に誤解を招くような発言をする。

 

 常時のナギサなら論拠のない疑いが生じるに留められるものが、今すぐにでも自身を殺害できる敵のもたらした言葉という付加価値を持って、事実そのものへと豹変する。

 

 ……因みに、この"すまない、ナギサ"というセリフは、作戦の全貌を聞かされた時に漏らしたセイアの罪悪感からくる言葉だった。

 

「そ、そんな!?」

 

「それに、先生も。大切なお話がありますと言ったら、お部屋の扉をすぐに開いてくれて。生徒を真っ直ぐに信頼してくれて、私も大好きでした」

 

「な、んで、どうして、そんな……」

 

 完全に、ナギサの脳は誤作動を起こしていた。

 自分のせいで、敵のど真ん中にセイアを送り出してしまったという後悔。信じてあげられなかった自身への嫌悪と、ミカにどう説明すれば良いのかという恐怖。

 

 更には、自分の味方でいようと懸命に心を砕いてくれた先生が、既に敵の手に掛かってしまっていた。その認識が、ナギサの心をズタズタに引き裂いて、表面を纏っていた統治者としてのナギサを粉々にする。

 

 因みに、ここでハナコが語ったことは、夜中に先生を訪ねて部屋を開けてもらったと言う意味合い以外の意味はない。

 

 後悔は怒りに、感情は静から動へとスイッチする。

 

「どうしてっ! 先生はトリニティとは関係なかった筈の人です!!」

 

「そんなの、簡単です。生徒の味方ということは、ナギサさんの味方なんです。私たちの味方だけでいてくれないのなら、先生は計画を邪魔する変数になってしまいますよね?」

 

「そんなこと、内紛のいざこざに関係のない方を巻き込むなど、あんまりではありませんか!?」

 

 ナギサの悲鳴にハナコは微笑みながら、心は冷めていた。おっしゃることは、至極その通りですねと思いながら。

 

「ナギサさんが言うのですね、そのようなことを」

 

「どう言う意味ですか!」

 

「補習授業部のことです。明らかに怪しい私やアズサちゃんはいいです。万歩譲って、メブキちゃんのことだって仕方なかったと認めます。ですが、ヒフミちゃんやコハルちゃんに対しては、あんまりだとは思いませんでしたか?」

 

 自身の怒りに冷や水をかけられてしまったことを、ナギサは自覚する。そう、敵がやってきた所業は、もれなく自分の手でも行ってきたこと。開き直れるだけの図々しさがナギサにあれば、それとコレとは別、セイアさんと先生の仇! と厚顔無恥に銃を取れたであろう。

 

 しかし、ここに座っているのは、トリニティに対しての責任感から迷走してしまった一人の少女である。自身の良識において、それが正しいと認めてしまったことに対しては、あまりにも潔くあってしまった。それが自分の罪と、確かな自覚があったから。

 

「特にヒフミちゃんとは……仲が良かったじゃありませんか。それなのに、どうしてこんなことをしてしまったのか、ヒフミちゃんがそれでどれだけ傷ついたのか、考えなかったのですか?」

 

 ナギサは胸の辺りを掴んで、自責の念からくる苦しみをやり過ごす。敵の術中なことは分かっている。こうして詰ることで、殺す前に情報を抜き取りやすくしていることも。

 

 けれども、もう限界が近かった。自身の猜疑心のせいで、最悪の結末へと走り出してしまっている。それを止める術はもうないのだと、ナギサ自身が理解してしまっているから。

 

「後悔は……無論、あります。このような状況を引き起こしたのは、私の過ちによるものですから。こうも結果を突きつけられては、認める他ありません。ですが、統治者として間違っていたかと問われれば、それは否です。確かに、あなた方は不安要素だったのです……」

 

 か細く、あまりにも儚いナギサの声。それは最後に残っていた矜持から、ギリギリ口にできた強がり。それを確認して、ハナコは最後の仕上げに取り掛かった。ナギサの疑心の殻を砕くために、一度ナギサを砕く必要があったから。

 

「ふふ♡ ではあらためて私たちの指揮官からナギサさんへ、愛を込めたメッセージをお伝え致しますね」

 

 そうして、ハナコはナギサの耳元へと近付いた。メブキが時々していたASMRごっこが、妙に耳に残ることを知っていたから。

 

「"あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ"」

 

 ナギサの脳裏に過ったのは、純真とも言えるヒフミの笑顔。共にお茶の席を共にして、屈託なく過ごしたあの日々。

 

「まさか、そんな……っ」

 

「目標を確保」

 

 全てがモノクロームへと思い出が色褪せる中、ハナコからゴーサインが出たアズサが発砲する。5.56mmの弾倉を丸々一つ分の銃撃、キヴォトスでもこれを耐えられる生徒などそうはいない。

 

 その銃撃に耐えられず、ナギサは苦悶の表情でその場へと倒れ伏した。そうして、昏倒したナギサはハナコに担がれて、そのまま建物近くに待機していたミネに引き渡される流れとなった。セイアに呼びつけられたミネは、ティーパーティーは相変わらず横柄だと不満を持ったが、ナギサを救護が必要な人物だと認めたので恙無くそれは行われて。

 

「ところでハナコ、あそこまでする必要あったの?」

 

 ハナコとアズサ、それぞれがまた新たな役割のためにその場を離れようとした最中での問いかけ。ハナコはバツが悪そうにしながら、けれども言葉を飾らずに答えた。

 

「みんなの心の痛みと私の怒りの分を、勝手に仕返しをさせてもらいました。ナギサさんにも痛みを感じてもらわないと、納得できなかったので」

 

「……なるほど、ハナコは怒らせないようにしよう」

 

 アズサの言葉が、ハナコにはちょっとだけ心外だった。

 

 

 


 

 

 

「セーフハウスを発見、しかし目標は見当たりません!」

 

「先客があったか、まさかあの情報が本当とはな……」

 

 一方、ナギサがいるという報告を受けて、セーフハウスに踏み込んだアリウスの特殊部隊。そこには、もぬけの殻と化した屋内に冷めた紅茶と多数の薬莢が残されるのみ。その現場を見て、桐藤ナギサが別の者の手に落ちたことを、特殊部隊長のアリウス生は認識して。

 

 ナギサの捜索を開始しようとした時に、何者かによる奇襲を受けた。スモーク弾が撒かれ、充満する煙の中から銃撃と簡易ブービートラップによる小爆発に見舞われる。潜伏していた、アズサの攻撃だった。

 

「スパイです、スパイが裏切りました!」

 

 必死に報告する部下に、隊長は少し考える。ここにあらかじめナギサが居なかったのであれば、最初から罠だったとして撤退を指示できる。マダムも、無能な自分のみを処分するだろうと考えた。

 

 だが、現場には争われた痕跡があり、自分達を襲っているのは大部隊でなくたった一人。少人数での撹乱を行わねばならないから、こうして蛮勇を奮っている。そこまで考えて、隊長は結論付けた。

 

 桐藤ナギサは現場から遠くない場所にいて、自分達の動きを察知していたのは、裏切り者のスパイを含めて少人数のみなのだと。

 

「スパイを追撃する。例え罠だとしても、桐藤ナギサを始末できる機会はこの時をおいて他にない!」

 

 そうして、アズサに釣り出される形でアリウスの特殊部隊は、ハナコと先生が戦場に設定した場所へと誘い出された。補習授業部が夏を過ごした合宿所、そこが決戦の舞台だった。

 

 

 アズサが日頃から備えて、幾重にも張り巡らしたブービートラップ群。それが侵入者たちに牙を剥き、少しずつその数を減らしていった。だが、アリウス生も伊達に少女兵としての訓練を乗り越えてきていない。数こそは減らせど、確実にアズサを袋小路へと誘い出して行って。

 

「しぶといが、それだけだ。白洲アズサ、この先に体育館しかないのは把握済みだ!」

 

「なら、付いてきてみれば?」

 

「言われずとも、追え!」

 

 トラップも在庫切れし、もう小細工は通用しない。純粋に数で圧倒できる状況で、アリウスの隊長は旧校舎の体育館へと乗り込んで。そこには、先生と補習授業部の面々が待ち受けていた。

 

「待ち伏せか、だが数が少なすぎる。こんな退路もない状況で、背水の陣のつもりか? ……愚かな、残念ながら増援も来ている。お前達に万が一の勝ち目もない」

 

「その通り、もう退路はない。お前たちは、逃げられない。私たちの勝ちだ」

 

 アズサの宣言に隊長は顔を顰めて、その直後にフィンガースナップの音が鳴り響いた。何事かと警戒しようとした瞬間、アリウスの特殊部隊に四方からの狙撃が襲い掛かる。

 

「何!?」

 

「ナギサは、私のことを信じていなかったが、全ての言い分を聞き流したわけではない。襲撃を退けるために戦力がいると言えば、正実のスナイパー部隊を少数貸し出してくれた。まあ尤も、私たちが余計なことをすれば、撃てと命じられていたはずだが。……先生がいてくれて助かったよ」

 

 体育館二階に潜んでいたのは、静山マシロを始めとする4名のスナイパーだった。セイアの合図と同時に引き金を引き、一方的に攻撃を加えていく。遮蔽物がなく隠れようもないという事実も、この攻撃が一方的なものになった要因だった。

 

「チッ、本格的な罠だったか。全員、狼狽えるな、突撃しろ! 狙撃とて、乱戦になればやり難いはずだ!」

 

 だが、アリウス側も、必死に抵抗を続けていた。しばらく耐えれば、増援が来る。ここで自分達が敗れると、各個撃破の憂き目にもあう。だからこそ、必死に抵抗を開始して。

 

 だが、先生の指揮と懸命な補習授業部の防戦を崩せず、マシロ達の狙撃によりアリウス側はその数を確実に減らしていった。──そんな時のことだった。

 

 

「もう、やめなよ」

 

 コツコツコツと靴音が、銃声の合間にやけに響いて聞こえてくる。それは、体育館へと現れた、たった一人の侵入者のもの。

 

「聖園、ミカ……」

 

 アリウス側の隊長が、呆然とその名を呼ぶ。

 引き金を引くなら今だが、この状況では道義に反しているか、とマシロ達スナイパーは自重して。

 

「遅かったじゃないか、ミカ」

 

「あー、そんなこと言っちゃうんだセイアちゃん。折角、アリウスの増援部隊を片付けてきてあげたのに」

 

「な、何を、言っている!?」

 

 然も日常の延長のように会話を始めた二人に、隊長は取り乱さざるを得なかった。

 

 セイア? 百合園セイアは始末したと、そう報告を受けていた。だが、あそこにいる、写真とは別人の生徒がそう呼ばれている。そこから、もう嘘だった? 聖園ミカは、我々の味方ではなかった? 一体、いつから謀られていた?

 

 あまりの事態に、まだ戦闘可能なアリウス生達も、浮足立たずにはいられなかった。

 

「何って……簡単なことだよ、教えてあげる」

 

 ミカはキョトンとしてから満面の笑みを浮かべると、人差し指を口元で留めて言った。無邪気な風を装って、そういうものだよと演技しながら。

 

「アズサちゃんだけじゃない──私も裏切り者。トリニティを裏切った後、アリウスも裏切ったの」

 

「なっ!?」

 

 信じられない、いいや、信じたくない情報に絶句する。それが本当だとすれば、とんだ茶番劇もいいところだ。最初からアリウスは、聖園ミカに玩具にされていた。そんな事実が、アリウスの部隊を打ちのめした。

 

「vanitas vanitatum、か」

 

 もはや、ナギサを暗殺することは不可能だ。故に、せめて一矢報いようとアリウスの襲撃部隊はミカへと狙いを定めた。後方からは補習授業部の攻撃が、頭上からは狙撃が降り注いでくる。次々に倒れていく襲撃部隊の隊員たち、その中で唯一ミカの元まで辿り着いた隊長は手持ちの火器全てを、その土手っ腹に叩き込もうとして。

 

「うん、ごめんね」

 

 ミカの拳一つだけで、防弾チョッキ越しでも防げなかった衝撃で意識が遠のいていった。

 

 

 


 

 

 

「終わったね」

 

「うん、取り敢えずはと言ったところだが」

 

 全てが終わって、各々の力が抜ける。体育館には、騒ぎを聞きつけた正義実現委員会が突入してきており、次々と倒れ伏したアリウス生を拘束していた。補習授業部の面々は、それを確認して気が抜けた様に脱力しそうになっていた。

 

 

「コハル、かなり善戦してた。正直ビックリした」

 

「マシロ……あんたこそ、ハスミ先輩ほどじゃなかったけど、中々やるじゃない」

 

 正実組の二人は、お互いの健闘を讃えあって。

 

 

「アズサちゃん、怪我はありませんか?」

 

「大丈夫、試験を受けるのに支障はない」

 

「怪我してるってことじゃないですか! ペロロ様の絆創膏貼りますから、どこに怪我したのか言ってください!!」

 

 アズサは動き回ったために、体力の回復に努め。ヒフミは、さっきの戦闘で怪我をした面々の手当てへと奔走して。

 

 

「先生、来ちゃった」

 

「ミカ、助かったよ。ありがとう……でも、ちょっと聞きたいことがあるかな」

 

「うん、私も先生に聞いてほしい。私が何をしちゃったのか、これからどうしていきたいのか」

 

 ミカは先生に、自身の罪とこれからの償いについて話をして。

 

 

「セイアちゃん」

 

「ハナコ、想像以上に達者にやれたじゃないか。まさか、本当にここまでできるなんて……知ってはいたが、実際に目にすると驚きを隠せないね」

 

 そして、この二人の間には、少し冷たい風が吹いている。感心した風なセイアに対して、ハナコの視線は厳しいままだった。

 

「少し、体育館裏で話をしませんか?」

 

「ここではダメな話かい?」

 

「はい」

 

 

 ハナコに連れ出されて、セイアも渋々とその背中を追いかける。二人っきりで、誰も聞き耳を立てていない状況。メブキならば、告白かな? と勘違いを始める局面で、ハナコが口にしたのはセイアの干渉についてだった。

 

「どこからどこまでが、セイアちゃんの差配だったのですか?」

 

「何の話なんだ」

 

「……例えば、今日のナギサさん。アリウスに情報を流しているのがミカさんだと、セイアちゃんは知っていた。幾らミカさんがアリウスを裏切った……セイアちゃん風に言えば表返ったのだとしても、危険が無いわけではありませんでした」

 

「そうだね、だがこのタイミングが最大のチャンスだった。それを逃せば、私達からナギサに働きかけられる機会がいつ来るかなんて、分かった物では無い」

 

 セイアの言葉に、ハナコは眉ひとつ動かさずに、次の問いを投げかけた。堂々と、セイアが今日のことは手の内にあったと認めたのをしっかりと脳裏に明記しながら。

 

「では、補習授業部のことについては……」

 

「それは、ナギサが設立した物だよ。それは間違いようの無い事実だ」

 

「セイアちゃんの思惑は、そこに一つもなかったと?」

 

「……そうは言わない。意見を求められた時に、作ることを推奨した」

 

 ハナコの表情が、若干険しくなる。話の雲行きが怪しくなっていることを自覚しつつ、セイアはハナコが何を聞きたいのかを朧げに察知していた。

 

「最初は、メブキちゃんのために作った部活動なのかと思いました」

 

「そうだね、それもあった。君たちと切磋琢磨することによって、点数は驚くほどに向上したからね。メブキ一人だけだったら、こうは行かなかった筈だ」

 

 肯定して、だがそれ以外の意図もあったことをセイアは認めている。ハナコは続けた。

 

「次に、アズサちゃん。彼女に予言までして、補習授業部へと導いた。確かにアズサちゃんは、それで救われたことでしょう」

 

「アズサ個人の意思が、大きく関わっていたことだ。私の言葉ひとつに、そこまでの効力はない」

 

 淡々と、ハナコの問いかけに答えを返していく。ここで問いかけに水を差しても、ハナコの胸のわだかまりが解決しないことは分かっていたから。

 

「──最後に、私。セイアちゃんは、私がトリニティを離れようとしていたことを、知っていたのですね?」

 

「……そうだね、君のためでもあった」

 

 その言葉で、ハナコが一歩詰め寄った。その目が語っている、とても面白くないのだと。

 

「セイアちゃんは──私にお友達ごっこをさせようとしたのですか?

 私を引き留めるために、みんなのことを利用していた。そういうこと、なんですか?」

 

 全部が全部、セイアによって作られた状況なのか。こうなると確信していたから、わざわざこういうシチュエーションで、そういう状況を作り出したのか。もしそうだとしたら──セイアに対して、ハナコは心が開きそうになくなりそうだった。

 

 ナギサへと告げたあの言葉、お友達ごっこ。それは自分の不安をそのまま言葉に表した、八つ当たりのお裾分けだったのかもしれない。

 

「違うよ、それは断言できる。私は単に……君にも、心を落ち着けられる場所があってもいいと思っただけなんだ」

 

 ただ、セイアは明確に否定した。真っ直ぐとハナコを見て、明確な意思を持って。

 

「策略を以て、この学園に釘付けにしようとしたのではないと?」

 

「……友達に、そこまでしたくなんてない。それが私の本音だが──信じてくれるかい?」

 

 ここに来て、今度はセイアからの問い掛け。信じられるか、実に単純なよくある問いかけの一つ。ただ、ハナコは言葉に詰まった。ここまで、たくさんの疑心や策略をトリニティで見てきた。今日だって、その中の一つの出来事がこんなにも大ごとになって、牙を剥いたのだ。

 

 ただ、だからといって何も考えずに返事をするのは、ハナコとしても違うなと感じていた。それは思考の放棄で、信頼しているのではなくて、責任を投げつけているだけなのだと感じるから。

 

 だから、ハナコは考えた。私はセイアちゃんを信じて良いのかと。

 セイアはここまで、妹の、メブキのために駆けずり回っていた。それと並行して、昨今のトリニティに対して、様々な干渉も行っていた。

 

 行動に出る前、ナギサが戒厳令を敷いたとシスターフッドで聞いた時のこと。それに付随して、最近のシスターフッドでは図書委員会と提携しているという話もあった。シスターフッド代表の歌住サクラコが、セイアさんからの予言ですと、触れ回っていたことも。

 

 何か、まだ波乱があるということだろうと、ハナコは理解して。それを避けるために、セイアは動き回っていることも理解する。ただ、ここで少し引っかかりも、ハナコは覚えた。これまでのセイアの発言、そこには不確実性が介在しているものが多かったのだ。

 

 他の人には予言をしていると受け取られている、セイアの言葉の数々。だが、セイアがメブキに引っ付いてからは、セイア本人は未来のことについて語りたがらなかった。それは、知っている未来を歪めたくないからだと思っていたが、もしかしたら……そうではない?

 

「セイアちゃん……今も未来は、見えていますか?」

 

「賢すぎるというのも考えものだね。どういう思考を辿ったら、その部分までたどり着けるんだ」

 

 セイアは感心を通り越して、呆れてしまっていた。その言葉と態度で、ハナコは確信する。

 

「未来が、見えていないのですね。今のセイアちゃんには」

 

「うん、そうだ。これまで見えていたものも、未来というよりは運命なのだが。──今の私には、これから起こることが分からない。想定はできても、確証は持てないんだ」

 

 やはり、とハナコは予測が当たったことに頷いて、そこで気がつく。未来が見えなくなった、セイアは運命と称したものが。なら、こうしてセイアが活発に動き出したのは、見えていないからこそより良くできると思ったから? アズサの言っていた、より良い未来のためにという言葉はそういう意味合いだったのか。

 

「セイアちゃんのこと、信じます」

 

 セイアは本当に、善意を以て動いていた。そう考えると、大体の辻褄が合う。もしかしたら、今夜のような珍騒動は、もっと薄暗い結末を以て終わっていたのかもしれない。例えば、ミカがこちらに銃口を向けてくるような。

 

 そこまで考えて、ハナコはむにっとセイアの、厳密にはメブキの胸をペタペタと触った。メブキのものだから我慢していたのに、もう我慢の限界を超えてしまっていたのだ。今日初めて、セイアが驚いた顔をしていた。

 

「セイアちゃんの行動は、こうして振り返れば穴だらけです。全部が上手くいくことを前提に、予備の計画を用意していないなんてもってのほかです。まだ、未来が見えていた時の癖が抜けていません」

 

「ハナコ、やめないか。普通にセクハラな上に、メブキの身体が喜び始めている。もう直ぐ目が覚めるぞ!」

 

「水臭すぎるんです、セイアちゃんは! ……今度から、私にきちんと声をかけてください。確かに、私は利用されることを面白く思っていません。ですが、友達の力くらいにはなれるんですよ」

 

「……悪かった、そうかもしれない。なるほど、私もハナコを信じる必要があったのかもしれないな」

 

 ハナコに捲し立てられて、さしものセイアも勘弁したように反省した表情を浮かべて。更に言い募ろうとしたところで、彼女の表情がガラリと変わった。

 

 さっきまでハッキリ開いていた目はトロンとして、まるで寝ぼけ眼で目の前のハナコを見た。そして──、

 

「は、ハナコちゃん!? わ、私、あれ……お外? 今お外にいるの? あおかんえっち、ハナコちゃんと始まってるの……?

 えっとね、夜這いされたのは初めてだけど、大好きなハナコちゃんなら優しくしてもらえると思うから、よろしくお願いします!! あっ、でも、あそこの膜は破らないでください!」

 

 怒っていたり、拗ねていたり、そんな感情を持て余していたハナコだけれど、目の前でセイアがメブキに変わったことで、その捌け口を見失ってしまった。何なら、いまハナコはメブキの胸をペタペタしている。ちょっと言い訳し難い展開でもあった。

 

「……ふふ、メブキちゃん、おはようございます♡」

 

「おはようハナコちゃん! えっとね、お顔がいつもの可愛い感じから、かっこいい感じになってるけど、そんなハナコちゃんも素敵だよ?」

 

「メブキちゃんも、今日も可愛いですよ」

 

「ありがと! でも、表情硬いからね……えいっ、ぎゅー!」

 

「メブキちゃん?」

 

「大丈夫だよ、試験怖くないよ。だって、ハナコちゃんだもん」

 

 メブキに抱きつかれて、ハナコは完全に毒気を失ってしまっていた。逃げられたという思いもあれど、メブキの健気さが心に沁みたから。

 

「メブキちゃんも、試験は怖くないですからね。合格して、たくさん遊んじゃいましょう」

 

「頑張るね! 今日こそお勉強さんを分からせて、100点のテストを懐妊するの!」

 

「あら、私の赤ちゃんはどうなったんですか?」

 

「お勉強さんとハナコさん、二人分の子供を産むの! 聖母メブキとして、シスターフッドのみんなを妹扱いできるようになっちゃうね?」

 

「そうですか、それは今から楽しみですね♡」

 

 ハナコにモミモミと胸を触られて、メブキはにゃーんと鳴いてしまった。これは妊娠したなと、意味不明な確信を抱きながら。

 

 夜が明けて、日が登り始める。試験の時間が、刻一刻と迫っていた。そうして──。

 

 

 


 

 

 

 みんなね、私が寝ちゃってる間にお勉強しちゃってたみたいなの。私だけぐっすりしちゃってて不安になっちゃったけど、みんなヘトヘトになっちゃってて、ちょっと心配になっちゃった。寝ずに勉強なんてしたら、私なら壊れちゃってたかも?

 

 一緒に励まし合いながら会場入りして、そうして……時間が来て、先生の開始の合図と一緒に私たちは問題を解き始めた*1

 

 難しい、一月前の私なら全く解けなかった問題たち。でも、今の私はスイスイと解けちゃう。大人の階段を登るって、こんな感じなんだね。分からない問題は後回しにして、必死になって試験に向かい合って……それで、最後の問題。

 

 その問題は、なんか他のものと違ってたの。明らかに手書きで、問題もどの教科にだって属していないもの*2。配点すら書いてなくて、もしかしたら解く必要もないかもしれない。

 

 でもね、私は迷うことなく、その問題に回答できたよ。だってその答えは、ちょっと前に出しちゃってたから。

 

 

Q.トリニティのこと、どう思ってるかな?

 

A.大好き! だって私の初めての学校で、みんなと知り合えて、素敵な思い出に溢れているから。これからも、たくさんトリニティで学びたいです!

 

 

 


 

 

 

第3次特別学力試験、結果──

 

浦和ハナコ──100点(合格)

 

阿慈谷ヒフミ──94点(合格)

 

白洲アズサ──97点(合格)

 

下江コハル──91点(合格)

 

春風メブキ──89 90点(合格)

 

 

 

補習授業部──全員合格

*1
君がこの日のために心を砕いてきたことを、私はよく知っている。頑張れっ、メブキ!!

*2
この筆跡は、ミカの……

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