コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです!   作:ペンギン3

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エデン2章エピローグです。


フラグメント3

 第3次特別学力試験後、皆の合格が決まってからのこと。桐藤ナギサが目を覚ましたのは、その日の夕方であった。

 

「……ここ、は?」

 

「な、ナギサ様、おはようございます!」

 

 病室のベッドで目が覚めて、ぼんやりとしていた意識。それが、その声を聞いた途端、跳ね上がる様に浮上する。ぎこちない動きで振り返れば、そこにはヒフミが心配そうに自身を覗き込んでいることに気がついて……。

 

「ひ、ヒフミさん!? ど、どうして……」

 

 裏切ったのか、或いは私は生きているのか。そんな言葉が口から出かけて、寸前で飲み込んだ。あれ、おかしくないですか? とようやくここで気がついたから。

 

「事情があったからとはいえ、ナギサ様をアズサちゃんが撃ったなんて……そんなの、苦しくて悲しかったですから……」

 

 若干涙ぐみながらナギサの手を握るヒフミは、なんかいつも以上に距離感が近かった。いつもは適切な距離を取り、程よいお付き合いをする人なのに、とナギサが困惑してるうちにヒフミは更に続ける。

 

「ナギサ様にも、事情があったと先生から伺っています。でも、それでもやっぱり、ナギサ様にはそう言うことをして欲しくなかったです。だから、だから……っ」

 

 先生、という言葉がヒフミの口から出てきたところで、ふとナギサは正気に戻った。そうだ、先生とセイアさんは!? とハナコの供述が脳裏にフラッシュバックして。

 

「お二人は、先生とセイアさんは無事なんですか!?」

 

「な、ナギサ様?」

 

「答えてください、ヒフミさん!」

 

 半ば悲鳴にも似た問いかけに、ヒフミは動揺しつつも答えた。ハナコに、"ナギサさんは任せましたよヒフミちゃん♡"とお茶目に告げられてたことを思い出しながら。

 

「先生は、ミカ様とお話ししてます。相談事? とかで。終わったら、二人でこっちに来るそうです。セイア様もご無事です、メブキちゃんは元気っ子ですから」

 

 一体、ハナコちゃんはナギサ様に何を言ったのでしょうか。ヒフミがそんな不安を胸に抱いたのは、目の前でナギサが涙ぐんで良かったと呟いていたからだった。

 

「私はセイアさんを本物だと認めていませんでした。なのに、彼女が害されたと聞いた時、やっぱり本物だったと心が認めてしまっていました。申し訳なさと居た堪れなさで、どうにかなってしまいそうでした」

 

「は、ハナコちゃん……」

 

 一方で、ヒフミはちょっと引いてしまっていた。ナギサにではなく、ハナコに。それはいくら何でも、やり過ぎなのでは? と思ってしまったから。

 

 あんな目に遭わされてても、やっぱりヒフミはナギサを嫌いになんてなれていなかった。むしろ、この人が弱音を吐いているところなんて初めて見ました、と助けてあげなきゃという気持ちも沸々と湧いてきてすらいた。

 

「先生もです。先生のことを利用して、ずっと振り回していました。それなのに、あの人は見捨てずにいてくれて、私のためにすら奔走してくれて……。だから、あの人までと聞いた時、本当に胸が張り裂けそうで……」

 

 ナギサの独白を聞いて、ヒフミは決意した。ハナコちゃんを、絶対にナギサ様の前に連れてきて謝らせようと。

 ヒフミがナギサに感じていた蟠りなどは、既に全て吹っ飛んでしまっていた。

 

「ナギサ様、みんな無事なんです。だったら、ごめんなさいと謝ればやり直せます」

 

「ヒフミさん……」

 

 いつものヒフミなら弁えてしないが、今は勢いがあった。ナギサの手を握って、その目を真っ直ぐに見る。そうして、セイアから託されていた言葉を、自分の気持ちとして告げていた。

 

「ナギサ様、お一人だと不安になることや、どうしようもないことだってあるかもしれません。たくさんの重責を背負われて、忙しすぎて頼る暇さえないのかも」

 

 ナギサは、静かにヒフミの言葉に耳を傾けていた。そういえば、他者からの言葉を、ゆっくりと吟味することさえできていなかったということに思い当たりながら。

 

「ですが、覚えていてください、ナギサ様。私はナギサ様の味方で、いざとなったらナギサ様の力になりたいんです。だから、どうか全てを一人で抱え込まないでくださいっ」

 

 それは、切実なヒフミの本音であった。ナギサのことを尊敬していて、その人が苦しんでいた。それに手を伸ばせなかったヒフミの、今度こそとも言える決意表明。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 それにナギサは胸に手を当てて、染み入る言葉に浸らずにはいられなかった。

 そうだ、ヒフミさんすら信用できなかった私は、本当にどうにかしていたのだ、とも思った。

 

 ヒフミさんは、紙袋を被って銀行強盗なんかしないし、水着を着用した集団を率いたファウストなんて名前じゃない!

 

 ……事実はさておき、ナギサはヒフミだけは信頼してみようと心に決めた。無思慮に、疑うことなく。そんな誰かを作っておくことが、今の自分には必要なことと思えたから。

 

「ヒフミさん、あなたのお陰で救われました。私の今までの愛、十分以上に返していただけましたね」

 

「あはは、少しでも力になれたのなら幸いです」

 

「っ」

 

 ヒフミの何気ない笑い、それがナギサの脳内に木霊する。ふと思い出すのは、ハナコに告げられたあのセリフ──お友達ごっこ。それに支配されかけるナギサだったが……。

 

(言うわけないでしょう! ヒフミさんが!! そんなことを!!!)

 

 自力で、脳内に現れていたヒフミっぽい紙袋を被った誰かに、ロールケーキをぶち喰らわせていた。

 あははというだけの笑い声。それがトラウマになりかけていたけれども、ナギサはヒフミへの愛を以てそれを乗り越えていた。実質、今のナギサは無敵の女でもあったのだ。

 

「どうかしましたか、ナギサ様?」

 

「……いいえ、まずは皆さんに謝罪をしなくてはと考えていただけです」

 

「あ、それはお願いします。コハルちゃんもメブキちゃんも、本当に一生懸命だったんです」

 

 ヒフミの言葉に、己が罪と向き合おうとナギサは決意して。頷いてから、まずは目の前のこの人にと、ナギサは頭を下げていた。

 

「な、ナギサ様!?」

 

「ヒフミさんにも、大変ご迷惑を掛けてしまいました。許してとは請わない……つもりでしたが、ヒフミさんには曝け出してしまいましたからね。本音では、許してほしいと厚顔にも思ってしまっていますが……」

 

 ナギサの窺う表情を見たヒフミは、直ぐに返事をしていた。私はナギサ様とお友達なんだと、恐れ多くもさっき明確に決めてしまっていたから。

 

「はい、勿論です!」

 

 二人は胸を撫で下ろし、それから少しずつ会話をして、新しい距離感を探り合う。ヒフミは少し踏み込んで、ナギサはできるだけ飾らずに。

 

 

 ……そんな二人を、扉の隙間から覗っていたミネは、ナギサのカルテに書き加えた。

 

 経過良好、即日退院可能、と。

 

 

 


 

 

 

 先生は、ミカの話に耳を傾けていた。これまであったこと、ミカが間違えてしまったことの数々を。

 アリウスと本当に仲良くしたかったこと。けれど、相手のことを考慮せずに事を進めてしまったこと。その結果、セイアが暗殺されてしまったと報告を受けたこと。

 

「外患誘致って言うんだよね、こういうの」

 

 違う、とは流石の先生も言い難かった。実際にアリウスは侵入してきて、ナギサやセイアの命を狙っていたのだから。

 

「だから、本当は私は停学……ううん、退学処分にされたって文句言えない。私がこうして、平気な顔で立ってられるのはナギちゃんのお陰。全部、揉み消しちゃったの。折角セイアちゃんが、トリニティの裏切り者は私って、早々に暴いてくれたのにね」

 

 セイアがメブキの状態で会合した、初めての日のこと。最初は認めていなかったミカとナギサだが、知らない筈のことを知っていて、これから起こることを告げられて、最後にはミカこそが変数だと断言された。その時点で、ミカは黒幕足り得なくなり、聖園ミカという個人を引き摺り出されることとなったのだ。

 

「だから、私はセイアちゃんを信じた。だって、もう完膚なきまでに言い負かされちゃったから。この空気の読めないいじめっ子具合は、セイアちゃんだなーってね、思ったの」

 

「そんなにセイアは口が悪いの?」

 

「あー、セイアちゃんったら、先生の前だとぶりっ子してるんだ。そうだよ、酷いんだから。例えばだけどね──」

 

 ミカ曰く、実際にあった会話の内容はこんな感じだったらしい。

 

 

『ミカ、君はいつも思慮が足りなさすぎる。その有様は穴の空いたカップの様だが、君の思索はどこへ旅立っているんだ?』

 

『セイアちゃんは、いつも一言多いね。ほら見て、セイアちゃんのせいでリンゴを握り潰しちゃった。勿体無いねー』

 

『なるほど、頭に回る筈の栄養すら、フィジカルに回してしまっているのか』

 

『あははー、ウザーい⭐︎』

 

 

 なんか思ってたよりも生々しく、普通に口が悪かった。なんなら、ミカもリンゴを握り潰している。先生はとりあえず曖昧な笑みを浮かべ、コメントを差し控えた。

 

「って、こんな感じ。だから、論破されちゃったところで分かっちゃった。でもね、それでもセイアちゃん、優しくなってた。いつもは言い負かした後、大体君はって畳み掛けてくるのに、その時は違ったの」

 

「そうなの?」

 

「うん、"でも、君には君の考えがあって、出した答えがおかしかっただけだ。それは仕方ない、だから君は私にでなくてもいい。周りに相談すれば、そのズレを修正できるかもしれない。今後早く相談して欲しい"って」

 

 言うほど優しかったか? とも先生は思ったが、ミカ視点ではマイルドセイアらしかった。なので、一旦余計なことは考えずに、ミカへと必要だろうことを話すことに留めた。

 

「ミカはセイアを信じることができて、セイアもミカに歩み寄れた。だから、補習授業部のみんなを助けにきてくれたんだよね?」

 

「悪いことしたのに、私だけが許されてた。それがなんだか落ち着かなくて、私にできることがあればって思ったの。だから、先生が声をかけてくれて嬉しかったな」

 

「私も、ミカが助けてくれて嬉しかった」

 

「そっか……先生の役に立てたなら良かった」

 

 良かったと口にするミカの表情は、思ったほどに明るくない。胸の内にある罪悪感は、自分で自分を許してあげなければ解けないもの。それが、未だにミカを縛っているのだろう。先生はその結論に至って、慰めの言葉を引っ込めた。

 

 ミカが自分で納得できる落とし所を見つけない限り、幾ら自分が許すと口にしても無意味なことを先生は知っていたから。だから──。

 

「ミカ、君に話がしたいと言ってる子がいるんだ」

 

「それってメブキちゃん? それなら私も、セイアちゃんのにが〜い舌を甘くしてくれて、ありがとうって……」

 

「それはまた後日にね。今回は、違う子だよ」

 

「えー?」

 

 パッと思いつく限り、ミカの心当たりはメブキくらいなものだった。だから、それを否定されると誰が来るなんて全く予想がつかない。だから、先生の入ってという言葉で、その子が近くにいたことに初めて気がついた。

 

「あー、アズサちゃんかー」

 

「聖園ミカ、久しぶり」

 

「うん、本当に初めて会った時以来だね」

 

 白洲アズサ、ミカがアリウスから引き入れて転入を許可した生徒。そして、セイアが暗殺されたと聞いた時、それが可能な唯一のアリウス生でもあった。

 

 結局、アズサは手を下していなかったし、セイアも無事でシスコン狐と化していたので問題はなかったが、それでも少しのわだかまりをミカは抱えていた。騙された気分になって、拗ねているとも言える。

 

「それで、なんの用かな?」

 

 警戒気味に尋ねたミカの言葉に、アズサは真っ直ぐとした視線で答えた。

 

「感謝を伝えに来た」

 

「かん、しゃ?」

 

「うん、この学校に連れてきてくれたこと」

 

 目を白黒させていたミカは、でもとアズサの感謝を押しのけようとする。結局のところ、一から十まで自分の都合で動いていただけという意識がミカにはあったから。

 

「アズサちゃんは、風が吹けば風に感謝する桶屋さんなのかな? そんなの偶々で、アズサちゃんのためにやったんじゃないよ」

 

「そうかもしれない。だけど、そうしてくれてなかったら、今の私はなかったから。……トリニティに来て、私は自分が変われたと思ってる。だから、ありがとう」

 

 否定なら、いくらでもできた。何なら、露悪的にバカにすることでアズサの気持ちを汚せることも。でも、このささやかで、萌芽している花を摘むような行為を、ミカは良しとしなかった。

 

 だって、試験であの問題を出したのはメブキだけじゃなくて、補習授業部のみんなにだって出していたのだ。

 

『A.全ては虚しいと教えられてきた。だから、この学園でそうではないと知った時、世界がまるで上下反対だと気がついたみたいだった。この学園で、学ぶことの大切さを教えてもらった。知りたいことだって、たくさんできた。だから、本当に感謝している』

 

 アズサの心の内をミカは盗み見ていた。だから、その言葉と気持ちを、蔑ろにする気も起きなかったと言える。

 

「そっか……なら、私も感謝しておくべきかな?」

 

「何故?」

 

「ありがとうって言われるの、結構好きかもって気が付いたから」

 

 ちょっとだけ、救われた気がした。そんな言葉は、アズサの気持ちに水を差してしまう気がしたから飲み込んで。少し笑ってくれた目の前の子に、そういえばこの子も似たような立場だったと親近感が湧いてきた。

 

「先生、一体どこまで分かってたのかな?」

 

「偶然が多すぎて、分からないことだらけだよ。……でも、ミカがさっきよりも良い顔してることだけは、分かるよ」

 

 先生をちょっと睨んでから、ミカは溜息を吐いた。こんなの、気持ちが分かる彼くんじゃん、なんて思った自分の能天気さに。救われたと思った途端にこれは、あんまりに現金過ぎると反省も込めて。

 

 アズサは何かを察知したように、先生にピトッとくっ付いていた。

 

 

 


 

 

 

「やーっ! 私ここに住むもん!*1

 

「バカ言ってないで帰るの! みんな居なくなったら、あんた一人になるけど良いの!?」

 

「居なくなったらやーだ!!」

 

 私は合宿所のベッドにへばりついて、いっぱい嫌がっていた。

 だって、ここにはみんながいて、沢山思い出ができたんだもん。離れなきゃいけないのが寂しくて、明日から一人のお家なのが切なくて。だから、コハルちゃんが引っ張り出そうとするのに抵抗する……力負けして、ズルズル引き摺られちゃってるけど*2

 

「メブキちゃん……寂しいですよね、私もです。ですが、それでもまた明日は来ます。ここでは沢山思い出を作れましたけど、また新しい思い出をみんなで作りに行きませんか?」

 

「ハナコちゃん……」

 

 ハナコちゃんが頭をよしよししてくれて、全身の力が抜けちゃった。今の私は、まな板の上の恋、もしくはコハルちゃんの前のえっち本くらいに無抵抗。えっちなことしないでね、コハルちゃん。

 

「ふーん、ハナコの言うことなら聞くんだ」

 

「あら、妬いてるんですか? コハルちゃんは可愛いですね♡」

 

「なっ、違っ!? 誰がこんな泣き虫メブキなんか!!」

 

 コハルちゃんに言われて、目がウルウルしてたことに気がついた。そっか、わたし泣いちゃうくらい楽しかったんだね、ここでの毎日が。……やっぱり、やだなぁ。

 

「明日、目を覚ましても一人っきりなんだよ? 隣にコハルちゃんいないし、ハナコちゃんもみんなもいないの。直ぐに先生におはようだって言いにいけない……それってね、辛いことなんじゃないかなって思うの」

 

 やだ、寂しい、切ない。そんな気持ちがずっとグルグルしたままで、ジタバタしたくなってきちゃう。とりあえず、目の前にいるコハルちゃんにだいしゅきホールドする。コアラのメブキ、子持ちのコハルちゃんだね?*3

 

「うわ、何するのよ!? 邪魔! なん! だけど!」

 

 でも、えっちな気持ちが無限大のパワーを生み出すコハルちゃんは、いわば人間ドスケベ発電所。日夜、自家発電をしている人たちに、明るい光を届ける性義の味方なの。正義の味方は、衛宮さんちの士郎くんになっちゃうからダメなんだよ!

 

「ダメ、だってやなんだもん!」

 

「お子ちゃまメブキ! そんなだから背が伸びないのよ!」

 

「お子ちゃまじゃないよ! でも、今だけメスガキメブキになったげるね!」

 

 私は抱きついたまま、コハルちゃんの耳元で囁き始める。鍛え上げたこの舌技(ぜつぎ)、しかと耳に刻んでね!*4

 

「ざーこ♡ ざーこ♡ コハルちゃんのよわよわおにんにんは、直ぐ出ちゃうの*5。母なる地球にいっぱいこぼしちゃって、一年後にたくさんのコハルちゃんが産まれてくるの*6。母なる地球を孕ませた感想はどう?」

 

「あんたとエッチなことなんて、絶対にしないし! そもそも、生えてない!!」

 

 私はコハルちゃんに投げ飛ばされちゃって、ハナコちゃんにキャッチされたよ! 柔らかいね、まるで聖母様に包まれてるみたい。……この柔らかさ、母なる地球はハナコちゃんだったの?

 ハッ、ということは!?

 

「コハルちゃん、ハナコちゃんを孕ませようという野望、この春風メブキが許さないよ!*7

 

「まあ、コハルちゃんってば大胆さんですね?」

 

「え、快感?*8 コハルちゃん、ハナコちゃんに何してるの! も、もしかして、精神攻撃でえっちな気持ちにしちゃってる!?」

 

「コハルちゃんは、いつ見ても可愛いですね♡」

 

「ハナコちゃんが誘惑されてる……やっぱり! コハルちゃん、めっ!」

 

 ハナコちゃんの懐を離れて、コハルちゃんのオデコをツンとする。ダメなことしたら、ちゃんと叱ってあげなきゃね。先生も、私がイケナイことしたら、ちゃんと怒ってくれてたし。うん? どうしたのかなコハルちゃん、そんなにプルプルして。まるで、噴火前の火山みたいだね?

 

 そういえば、えっちの時に達するのを火山に例えてたえっち本とかあったけど……コハルちゃん、まさか潮吹きしようとしてる? クジラさんになりきって、ハナコちゃんの関心を買おうとしてるの!?*9

 

「コハルちゃん、ずっとお勉強さんに束縛されてて、ムラムラしちゃってるんだよね? でもね、ハナコちゃんに性欲をぶつけちゃダメなの。一緒にえっち本を読も? 私、頑張ったご褒美にコハルちゃんとえっち本読みたいよ!」

 

「あら、二人はそんなことをしてたのですか?」

 

「そうだよ!」

 

「とっても素敵ですね、今度仲間に入れてくれますか?」

 

「えっとね、これはコハルちゃんとの秘密だから、ハナコちゃんでもダメなの、ごめんね?*10

 

 ね? とコハルちゃんに話しかけると、震えはピタッと止まった。良かった、分かってくれたんだね。……あれ、どうしたのコハルちゃん、急に私の両肩を掴んで。わ、押し倒されちゃった!

 

「こんのっ、頭空っぽメブキ! ハナコになんてこと言ってるの、バレたじゃないの! 違うんだからね、バカなメブキがエッチなことしか頭に入らないから、一緒にいて監視してるだけなんだからね!!」

 

「コハルちゃんは、メブキちゃんが大好きなんですね」

 

「そうなんだね、えへへ……実はね、知ってたよ!」

 

「違うし!」

 

 コハルちゃんに、ほっぺを引っ張られながら、私はニコニコしちゃう。心配事がなくて、こうして楽しく会話できるのが久しぶりだったから。合宿は楽しかったけど、最後ら辺はやっぱり苦しかったもん。

 

「今日はね、いっぱい、それも夜くらいまでほっぺムニムニして良いよ?*11

 

「お仕置きしてるのに喜んじゃダメ!」

 

「喜んでないよ!」

 

 コハルちゃんはほっぺだから、私はコハルちゃんの頭をなでなでする。コハルちゃんは頑張りました、とっても偉いで賞で。……うにゃ、コハルちゃん、もうほっぺいいの? あ、ハナコちゃん、おっきさせてくれてありがと! あれ、ハナコちゃん、なんか真面目なお顔さんだね?

 

「メブキちゃん、確かにこうしていると楽しいですね。ずっとこうしていたい気持ち、確かに分かります」

 

「……うん」

 

 パンパン(ペロロ様達の交尾音じゃないよ!)*12と服についた埃を払ってくれながら、ハナコちゃんは言う。ここでの思い出、いっぱい楽しかったねって。

 

「だから、帰りましょう……寂しいのなら、今日はコハルちゃんとお泊まり会しても良いですし」

 

「な、なんで私なのよ!」

 

「私は少し、調べたいことがありますから。……だから、後で。落ち着いたら、メブキちゃんとお泊まり会したいです」

 

「ハナコちゃんなら、いつだって良いよ! でも、そだね……ここにいても、みんな帰っちゃうんだもんね」

 

 ヒフミちゃんとアズサちゃんは、用事があってもう先に出ちゃってた。二人分の荷物がないと、ぎゅうぎゅうだった部屋が随分寂しい感じになっちゃってる。私たちがいなくなると、この合宿所もさみしんぼさんになっちゃうね*13

 

「きっと、またこうしましょう。来年の夏、補習授業部でこの合宿所を借りましょう。今度は補習じゃなく、普通の合宿として」

 

 ハナコちゃんに頭を撫でりとされて、私は素直に頷いた。

 そうだった、私にはこれからがあるもんね。今度はイマジナリーお姉ちゃんも一緒して、シミコちゃんやマリーちゃん、ウイ先輩にだって来てもらわなきゃだよ。それで、今度こそプールを使って、水着合宿の時間にしちゃうの!*14

 

「約束、だよ?」

 

「はい、約束です」

 

 ハナコちゃんと指切りする。ミカさんとの約束は守れたから、今度だって大丈夫。約束は守る女、春風メブキだもん!

 

「「ゆーびきった!」」

 

 そうして、ハナコちゃんと約束したから、私はのそのそと帰る支度を始めた。コハルちゃんは今日うちでお泊まりだから、勝手に帰っちゃわないように見張りながら。

 

「…………それじゃ、出よっか」

 

「……うん」

 

「……はい」

 

 でも、私以外の二人も、やっばりしんみりしちゃってた。分かる、胸がぽっかりしちゃってるみたいだもん。

 

 靴を履き替えて、合宿所を出る。ちょっと歩いて、合宿所が遠くになっちゃったところで、私は振り返った。それで、いっぱい息を吸って、思いっきり叫んだ。

 

「またねー!」

 

 また来るから、次の夏だってみんなと一緒なんだから。寂しくて、未練たらたらだけど、きっと次も楽しい筈*15。だから寂しさを合宿所に置いて、私たちは帰路を辿る。

 

 手を繋いでくれたコハルちゃんとハナコちゃんのおててが、何だかとっても頼もしかった。

 

 

 


 

 

 

「斯くして、補習授業部の皆は合格し、それぞれの日常、もしくは新たな生活へと戻っていった。……うん、ここで幕が降りれば文句なしだね。エンドロールが流れて、君は次の学園へその手を差し伸べに行ける」

 

 真夜中のシャーレで、一人の少女が語り始める。先生は、コーヒーを入れ始めていた。

 

「だが、残念なことにまだ早い。君の助けが、まだ必要なんだ。でないと、ここまでの全てが無駄になる。破局へ向かって、暗雲が空を覆い隠す」

 

「イマジナリーお姉ちゃん、ミルクはいるかな?」

 

「砂糖だけで結構だ。……こほん、君にだって分かってるだろう? 根本的な問題、それが解決していないことが」

 

「アリウスだよね、はい」

 

「ありがとう……ところで、私の名前はもう知ってるだろう?」

 

「まだ、メブキの身体だから」

 

「それはそうだね、確かに一理ある」

 

 唐突に現れたイマジナリーお姉ちゃん、百合園セイアに動揺することなく、先生は平常運行のままもてなしていた。そしてそれを平然と受け入れているセイアは、間違いなくメブキの図太さに侵食されていた。

 

「それで、イマジナリーお姉ちゃんは何をしようとしてるの?」

 

「戦争を止めたい。アリウスの暗躍によって、複雑な紋様を描いた絵図からの脱却。それが、私の目指すところだ」

 

 砂糖入りでも苦いコーヒーに顔を顰めているセイアへ、先生は更に質問を重ねた。

 

「君のことを、話してくれる?」

 

「……そうだね、協力してもらうのに、こちらが隠し事ばかりをしていてはやり辛いだろう」

 

 砂糖を足して、セイアはスプーンでそれを溶かしながら自分のこと、主に今の自分の能力のことについて話し始めた。

 

「君に話してはいなかっただろうが、私はかつて予知能力を有していた。これから起こる、一本道の出来事を傍観できる能力だ」

 

 再度、セイアはコーヒーに口をつけた。……今度からは、先生の前とはいえ、格好をつけずにミルクを入れてもらう決意をした。

 

「だが、この能力で観測した未来は、おおよそが避けられないもの。決まりきった運命を覗く、大して役に立たないくせに生きているのをつまらなくする能力だ……先生すまない、ミルクをくれないかい?」

 

 既に我慢できなくなり、先生から牛乳を受け取ってコーヒーへと投下する。……マイルドな味わい、これなら飲めそうだとちょっとセイアは嬉しくなった。

 

「だから、変数を入力する必要があった。運命を変えるために、前提を差し替える必要が」

 

「もしかして、それがメブキ?」

 

「そうだね、そのためにメブキを拾った。……こんなに好きになってしまうなんて、思わなかったが。そして、今の所その目論見はうまくいっている。ミカは何もしなければ、裏切り者の魔女として断罪される未来を迎えていた」

 

 先生の問いに答えつつ、セイアは持ち込んだクッキーを先生に勧める。あ、美味しいと言う声に満足し、自分も手を伸ばした。

 

「もぐもぐ……そう言うわけで、次の厄災を防ぐ必要があるんだ、先生」

 

「君はもう、未来は見えないんだよね?」

 

「そうだね、もう決まりきった未来は見えない。……だが、それに伴って、予知は新たな形へと変化した。可能性は数多へと分岐し、薄く広がっていく。今の私はね──」

 

 並行世界、もしもの世界が見えるんだ。

 それが、セイアの明かした秘密の一つだった。

*1
ワガママを言うものではない、コハルもハナコも困っているじゃないか

*2
コハル、本当にいつもすまないね。いつか誠意を返そう

*3
君の情緒はどうなってるんだ!

*4
……元気が出たのなら、とやかく言うのは野暮なのか?

*5
蛇口を捻る感覚で、コハルを男子にするものじゃない

*6
ホラーか?

*7
そろそろ君の発想が、コハルに許されていないんだと気がついてくれ

*8
すけべなことを考えすぎて、おかしな聞き間違いをしているな……そろそろ正気に戻るんだ、メブキ

*9
どんな業を積み重ねたら、そんなことをすることになるんだ……

*10
全部口に出して、事細かに説明しているが?

*11
時間を稼いで、もう一泊を画策するんじゃない。所確幸とやらに、うちの子を預けたままじゃないか。そろそろ迎えにいってあげてくれ

*12
全人類が知っているよ

*13
愛着ができるのは、悪いことじゃない。だが、私と君の家も大切にしてくれると嬉しい

*14
……君は頑張っていたし、それくらいならば良いか

*15
何度だって、皆で楽しいことを見つければいい。そうして、きっと君は成長していくんだね




次回から、日常にしばらく戻ります!
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