コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです! 作:ペンギン3
一人、静かに教会で祈りを捧げている少女の姿があった。アリウスへの対処でヘトヘトになっていたり、事後処理で駆けずり回っているシスター達の居る中で、その少女は何とか捻出した空き時間に祈りを捧げる。本来の彼女なら今も作業中のシスターを手伝ったのであろうが、それを押してでも祈りを優先していた。
それは特定個人へと捧げられているもの、シスターだから捧げるものではない。どうか、どうかと深々と、友人のことを我がことの様に思いながら。
「マリーさん、申し訳ありませんが、少し……」
そんな彼女、伊落マリーに声を掛けたのは歌住サクラコ。祈りの時間に水を差してしまい、非常に申し訳無さそうにしているシスターフッドの中心人物だった。
「サクラコ様、申し訳ありません。直ぐに戻りますので……」
「違います、そうではありません。マリーさんは良くやってくださっています──やりすぎているくらいに。自身の休息の時間でさえ、その様に誰かを想うことはとても尊いことです。ですが、マリーさんも疲れていらっしゃるでしょう?」
サクラコのその言葉で、マリーは今日一日働き詰めだった自身の身体の重みを思い出した。もう夜の帳は降りていて、それでもまだ俄に騒がしいのは未だに後片付けの収拾がついていないから。
ナギサやミカは病床で指揮をして、正実やティーパーティーのメンバーがシフトを組んで安全確保を行っている。
トリニティ外からも、ゲヘナ風紀委員がそのまま手を貸しており、工務部が居残り残業に従事し(流石に希望者のみ、10倍の残業代と高級プリン付き)、この窮状を見た連邦生徒会からも防衛室からヴァルキューレ警察学校へ要請がいき、出向という形で事後処理を手伝ってくれている。
そんな状況で、自分だけが休むのは……とマリーが思うのも無理らしからぬことではあった。だが、それはマリー自身の問題であって、端から見れば足取りが覚束ないマリーには身体を休めてほしかったのだ。
「申し訳ございませんサクラコ様、この様な状況であるのにあまりお役に立てず……」
「いいえ、それは違います。マリーさんは周りに良く目を配り、必要な場所に必要なだけ手を加えてくださいました。お陰で、とても能率よく作業が進められたと現場での評判はとても良いです。私が気にしているのは、時折心を何処かに旅立たせている所作についてです。……春風メブキさんのことは、私も耳にしました」
サクラコの察しの良さに、マリーは頭を下げて曇った顔を隠した。メブキが誘拐されたことを彼女が知ったのは、先生達が慌ただしく出立の準備をしていたのを偶々見かけたから。
一瞬、ついて行こうか悩んだのだが、自分にできることは限られていると結局ついて行けなくて。今、こうして祈りを捧げるくらいしか出来ていない。ただ、それでもその祈りは純粋で、メブキを想ってのもの。罪悪感などを織り交ぜない、清らかな願い。
──どうか、メブキさんが無事に帰って来れますように。
マリーの願いは、静かに空へと溶けていって。結局、マリーは祈りをやめようとせず、ならばと隣でサクラコも両手を合わせた。
どうか──どうか、この結末が優しく終わりますように、と。
「待ってください!」
それはミサキに案内されて、地下のカタコンベに出立しようとしていた時に、先生達に掛けられた声。振り返ると、そこには珍しく汗を滴らせたシミコの姿があった。必死に、ここまで走ってきたのだと、一目見て理解できる様相。
「シミコ、どうしたの?」
「メブキさんはどこですか!?」
焦っているシミコは、メブキの姿がどこにもないことに気が付いていた。ずっと、その様子を注視していて、今日はセイアに身体を貸しているということにも気が付いていたから。気が付けば、銃撃されたハナコが救護騎士団に運び込まれて、一緒に居たはずのメブキの姿がどこにもない。
それに気が付いた時、シミコは突き動かされるようにメブキの姿を探していて。ついぞ、見つけることが出来ずに、先生のところまで駆け込んできたのだ。恐らく、メブキの身に何か起こっているのだと察知しながら。
「誘拐されたんだ、だから取り戻しに行ってくるよ」
端的な先生の言葉で、シミコは顔色を変えた。
そうして、何か思い悩むようにしながら、懐から一つのメモ用紙を取り出し、それを先生へと差し出した。
「これは?」
「メブキさんに必要だと思って、調べたものです。情緒的で意味は良く分かりません、ですが持っていってください。図書委員会のウイ委員長は、これがキッカケになる筈だと重点的に調べてました。なら、それにはきっと意味がある筈なんです」
シミコに断言されて、先生はそのメモに目を落とした。そこには、詩文的なものが無秩序に散らばっている。まるで、物語を書く際のプロットの様に。点と点が散らばっているだけで線が見えないそれは、本当に意味があるのか分からないもの。
「空に語りかけろ、祈りを届けろ、キヴォトスで一番空に近い場所……。空に一番近いのは、多分サンクトゥムタワーだと思うけど……」
意味があるのか無いのか分からない文章の羅列。先生としても、直ぐにここから何かを判断するのは難しくて、頭の片隅へとシミコが渡してきた情報を仕舞い込む。必要な時に、直ぐに思い返せるように。
「死は不可逆なもので、それに逆らうことは出来ない。されども、生すら与えられずにキヴォトスに招かれたのならば……」
シミコが呟いたのは、古書にも正確に記されてはいなかった形のない寓話。ただ、調べる内にその輪郭には触れることが出来て、僅かながらの希望として理解しているもの。
「メブキには、ちゃんとした学生生活を送ってもらうよ。それが、先生としての私の責任でもあるから」
先生の言葉に、シミコはその瞳を見て頷いた。信じていますと、言葉にせずに。
「すみませんが、どうかよろしくお願いします。友達なんです、私にとってもメブキさんは」
「任せて」
縋るような言葉に安心して、シミコはふらついて壁に手を掛けた。メブキのことが心配で、ずっとずっと寝ずに調べ物をしていたから。それに感化されて、ウイや他の図書委員達まで一緒に調べ物をしてくれた。この意味が揃っていないメモは、図書委員達からのメブキに対する思い遣りで出来ていた。詳しい事情は分からないけれど、メブキの助けになれますように、と。
「シミコが休んでいる内に、ちゃんとメブキを連れ帰ってくるから」
「──待っています」
一緒について行けない不覚を悔いながら、シミコは先生と補習授業部を見送った。あの無邪気な笑い声と、馬鹿らしすぎる言動をまた聞ける様にと願いながら。
「みんなはアズサちゃんとお友達だったんだね」
「そう、小さい時からみんな一緒」
「幼なじみさんなんだ」
幼なじみ、とっても良いフレーズ。私も、毎日誰かを起こしに行ってあげる幼なじみさんになりたいかな。それでね、起こす時に言ってみたいセリフもあるんだ!
「アツコさんアツコさん、ならね、"うわっ、おっきい……"って誰か起こす時、言ったことある?*1」
「何が?」
「ツチノコ!」
「ないかな」
残念ながら、ここにいる全員生えてなかったみたい。私は、いつ伝説のフタナリさんに会えるんだろうね? えっち本では、ポコポコ生えてるものなのに*2。……フタナリさんの原生地とかあって、そこに行かないと会えないのかな?
「ふん、知っているぞ。ツチノコは架空の生き物なのだろう? そんなもの、まやかしに過ぎない」
素っ気なく言うモデルさんは、全然フタナリさんや男の子の生態について詳しくないみたい。お股に住まうツチノコはちゃんといるし、朝になると心のえっちが抑えられなくなってムクムクしちゃうのにね?*3
でも、アズサちゃんもピュアピュアだったよね。……もしかしてだけど、エージェントさんになると性教育が受けられなくなっちゃうの? 性欲をうちに溜め込んで、ムラムラを力に変えちゃう絶頂管理社会に身を置いて*4、今日も今日とて任務を遂行しちゃうんだね!
……私もおにゃにーデビューはまだだけど、それって大変だってことは分かるよ*5。だって、ムラムラしたままだと、対魔忍みたいに捕まった時に即堕ちしちゃうもん。
「……なんだその目は」
「えっとね、もし大変なことになっちゃったら、すぐに言ってね? 私じゃ何もできないかもしれないけど、先生とかにお知らせしちゃうから!」
私、他力本願寺の尼さんだから、あんまり役に立たないの*6。でも、みんなで力を合わせれば、きっとなんとかなるって思うから!
「何故ツチノコから話が飛んだ、意味が分からない」
「ツチノコはね、先生も飼ってるから!」
「何、本当なのか?」
「本当だよ!*7」
キヴォトスでは見掛けないが、外来種なのか? ってモデルさんは悩み始めちゃってる。ロボさんは分からないけど、動物系市民の人は付いてると思うよ、ツチノコ。
「モデルさん、今度一緒に見に行ってみる?」
「……寝言をよく喋る、先生とはいずれ敵対する関係だ」
さっきまで興味深そうだったのに、急にスンッてなっちゃった。それに、先生と敵対するって言ってる。……と、止めた方がいいのかな?*8
「あにょ、あにょあにょっ!」
「……緊張をするな、これ以上漏らされれば任務に支障が出る」
さっきみたいに銃は取り出さないモデルさんは、ちょっとだけ優しい。もしかすると、愛する人のお漏らしじゃないと興奮できないって純愛お漏らしに目覚めちゃったのかもしれないね?*9
「えと、えっとね……」
だから私もお漏らししない様にって思うけど、なんか意識しちゃうと膀胱の辺りが喋り出しちゃう感じがするの。"私の名前はユルユルにゃんにゃん、お漏らし大明神だよ"って*10。
下の口ってこんなに喋れるんだって、いま絶望しちゃってるの*11。だってモデルさん、意識しちゃうとやっぱり怖いから……。
「……サッちゃんだよ」
「ほえ?」
そんな膀胱がうるさい中、アツコさんが誰かの渾名を口にしたの。
「サオリだから、サッちゃん」
「サッ、ちゃん?」
「おい姫」
「ね?」
チャーミングに、アツコさんはモデルさんの方に振り向いたの。……え、モデルさんの名前なの!? サッちゃん、見た目に反して素朴すぎる名前だよ! だって、ダサTシャツ着てても違和感ない名前だもん!*12
「サッちゃん……さん?」
「…………」
「サッちゃん」
「………………分かった、サッちゃんと呼べ」
「サッちゃんさん、ありがとう!」
悩ましげだったけど、良いよって言ってくれた! なんか、お名前一つでだいぶん違う気がするね? マーライオンだって、お名前が魔羅ライオンだったらシンガポールは男根勃起社会だと思われてただろうし*13、やっぱり愛嬌って大事だと思うの!
「あのね、サッちゃんさん。先生は良い人で、アズサちゃんの味方だから……だからね?」
アツコさんのお陰で落ち着けたから、ようやく言葉を口にできる。下の口じゃ伝えられないことを、上の方できちんと伝えられるの*14。
「ケンカ、しないであげてください。イジワル、しないであげて欲しいです!」
思い切って、考えてたことを口にできたの。先生とサッちゃんさん達が戦うところ、見たくなかったから。だって、アズサちゃんは絶対ションボリしちゃうし、先生も怪我しちゃうかもしれない。誰にも良いことなんてないもん。
「……残念だが、それは無理だ」
サッちゃんさんは帽子を深く被り直しちゃって、おめめが見えなくなっちゃう。でも、声だけで分かっちゃうの、そんなこと言われても困るって。とってもカチカチの声音だから。
「アズサちゃん、しんどくなっちゃう……」
「それが世の摂理、理だ。vanitas vanitatum, et omnia vanitas、覚えておくと良い」
「ばに、バニー? えっちな言葉?*15」
「えっちな言葉ではない。全ては虚しいものである、そういう意味の言葉だ」
……あっ、プール掃除してた時に、確かアズサちゃんが言ってたやつだ!*16 おにゃにーして賢者モードになった時にいう言葉だよね*17……あれ? でも、サッちゃんさん達はおにゃにーを禁じられてて、ムラムラして攻撃的になってるハズだけど……うにゃ?
「えっちなことができなくて、悲しくて虚しいって意味ですか?」
「えっちなことができなくて虚しい、という意味ではない。全ては虚無で閉ざされている、そういう意味合いだ」
寂しい言葉……でも、ちょっと分かる。どうしようもない時とか、しんどくて苦しい時とか、全然うまく行かない時ってそうなるもん*18。
……そっか、サッちゃんさんたちは、そこに居るんだ。私が病院にいた時みたいに、ずっとどこにも行けなくなっちゃってるんだね。
「いつか」
うん、分かるから──困っちゃう。慰められたり、そんなことないよって伝えられても、うそっこだって思われちゃうだろうから*19。だって、経験してるんだもん、私。気持ちが分かるから、何とかなるよって言えないの。
……でも、それで仕方ないで終わらせたくもないの。だって、今の私はこんなに元気だから。よわよわメブキじゃなくて、幸せなねこねこメブキになれたから*20。だからね、サッちゃんさん達にも、いつか──。
「いつか、サッちゃんさん達に良いことがありますように……」
神様に、サッちゃんさん達の番が回ってきますようにとお願いする。私の番はもう来て、イマジナリーお姉ちゃんが手を繋いでくれたから。次は誰か、別の人が救われて欲しいって、私もお願いできるようになったから。
「……偽善者が」
「うん、他力本願寺でごめんね?」
私は、何もしてあげられない。だから、このお祈りは無責任えっちみたいなものなの。妊娠してますようにって、勝手にお祈りしちゃってるんだ*21。
でもね、きっと世界の神様は優しいから。私とイマジナリーお姉ちゃんを会わせてくれたから、サッちゃんさん達も順番が来る筈なんだよ*22。
「トリニティらしい、虚飾に彩られた感性だ。そういう余裕を、私たちは憎む」
「うん……」
私は同情とか心配されると嬉しい猫だけど、そうじゃない人もいるって知ってる。だから、赤べこさんみたいに頷いて*23。
「だから、ここからは──このアリウスに足を踏み入れるのならば、そんな陽だまりは隠さなければいけない」
あれ? って、サッちゃんさんの言葉に首を捻っちゃった。だって、まるで心配してくれてるみたいだったから*24。
「憎悪に喝采を、幸福には唾棄を。救いはなく、虚しく寂れ朽ちるのみ」
サッちゃんさんのお顔は、どこか遠くを見てたの。どこを見てるかは分かんないけど、一つだけ私にも分かることがあった。
「出口、だね?」
光が見えて、長かった地下ダンジョンに終わりが見えた。出口は鈍く光ってて、でも私以外の三人とも、全然嬉しそうじゃないの。
「── この門をくぐる者は一切の希望を捨てなければならない」
門なんて、どこにもない。でも、この光の先が、キヴォトスじゃないような、そんな気持ちにさせられる。……だって、暖かくないから。冷たい何かに、絡め取られてる気がするの*25。
何だろう、ナメナメって身体をされてるみたいな感触。まるで触手さんみたい、ドスケベ触手さんがいたりするの?
「ここがアリウス、百合園セイアとお前を別つ土地の名前だ」
……イマジナリーお姉ちゃんと、私を?
呆然とするままに、私は手を引かれちゃってた。何か、もしかすると大変なことになってるんじゃないかって、ここでやっと分かってきたの*26。