コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです!   作:ペンギン3

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Restoration

 ヘイローを持たない大人が、その場にいる全員から銃を向けられていた。普通ならば、その時点で諦めるか逃げるかの選択肢を取るだろう。

 

「マダム、抵抗するなら撃つ。だから早くアツコを解放して」

 

 だがその大人、ベアトリーチェはアズサの勧告にさえ薄く笑って。銃を向けられることすら、厭うていなかった。まるで、気にする必要など、何一つ無い様に。

 

「あなた達にも見せて差し上げましょう──大人の力、崇高の一端を」

 

 ベアトリーチェが何かを言った瞬間、銃声が響き渡る。撃ったのは、サオリとハナコの二人。

 

 サオリは隙だらけだったからと、その足を。ハナコは何かされる前にと、その腕を。それぞれに銃撃して、それは普通の大人だったら確実に負傷するであろう一撃だった。

 

 ──されど、異形の彼女は、普通の大人ではないらしい。

 

 何かが、変わった。

 人の形をした異形から、異形の形をした怪異へと変貌する。

 膨張しながら拡大していく彼女は、まるで大木の如き異様で降り注いでいた月光の影を遮った。顔面に這っていた無数の目は、開花した花びらの如く咲き誇っている。

 

 もし神秘の反対が恐怖でなければ、彼女こそがその名を欲しいままにしたであろう。ここにゴルコンダがいれば、恐怖の同義語でホラーと名付けたであろうそれが、ベアトリーチェの真の姿。……彼女にとっての、大人の在り方。

 

 銃弾は通らない。それぞれの弾丸は、質量差によりベアトリーチェを穿てなかった。厚い肉が、ベアトリーチェの身体を覆っているから。単純な質量差が、銃弾を阻んでいた。

 

「勝てるなどと、夢見心地にも思わないことです。真に大人な私と子供であるあなた達との彼我の差は、月日の数だけ離れているのですから」

 

 年月の重みだけ、ベアトリーチェは強化されている。自己申告での言葉であるが、この怪物が如き姿を見れば理解せざるを得ない。これは、紛うことなき妖物の類なのだと。

 

「だが、それでもっ!」

 

 誰もが絶句する中、真っ先に引き金を引いたのはアズサだった。真っ直ぐに、怯むことなくベアトリーチェと相対する。大人と子供の差など、彼女には関係ない。ただ、天蓋を覆っている夜の闇を振り解こうとしているだけ。アツコを、サオリを、ヒヨリを、ミサキを……みんなを、自由にしたいだけだから。

 

「それが諦める理由になんて、ならない!」

 

 スナイパーライフルは、確実にベアトリーチェに着弾していた。ただ、その威力を以てしても、ダメージが入らないだけで。

 

「アズサ、あなたは昔から物覚えが悪い子供でしたね。言われたことに疑問を覚え、なすべきことに疑義を挟み、大人の言うことに従わない。兵士として優秀だっただけに、とても惜しい駒でした」

 

 まるで細い木々のようになった手が、触手と化してアズサを襲う。すぐに後退し、遮蔽物を駆使してそれを躱すアズサは、懐を確かめた。……そこには、ヘイローを壊す爆弾が。

 

 通常の火器が通らないのならば、それ以上の火力を叩き込む他にない、それがアズサの結論。だが、それをベアトリーチェに迫撃する余裕がない。触手が空間を覆い、近づこうとする者全てに襲い掛かるから。

 

「すべて、すべて、あらゆるものは意味を持ちません。

 ──何故なら、虚しいのですから」

 

 逃げの一手に集中せざるを得ないアズサを見て、ベアトリーチェは嗤った。無様さと、無意味さしかそこから読み取れなかったが故に。

 

「大人というのは、その背格好だけですか? 子供を嬲りものにして笑っている姿は、まるで大きいだけの乱暴者な子供ですが」

 

 ハナコは、自分の火器ではダメージが通らないのを確認して。ならばと口で揺さぶることで、注意を散漫にしようとした。しかし……。

 

「浦和ハナコ、私は知っていますよ。あなたがトリニティを唾棄していることを、周りの人間を見下していることを」

 

 ただ、ベアトリーチェは揺るがなかった。何故なら、自身の優位性を手に取るように理解しているから。強大な差を自覚しているからこそ、子供の戯言は流せてしまう。

 

「あなたの失望は深く、周りは愚か者ばかりだと理解し、その闇は己が内に巣食っていた。折角、感受性が摩耗してきていたのに……残念ですよ、浦和ハナコ。もしかすれば、あなたこそが、私の後継者足りうる大人になれたでしょうに」

 

「……私が、あなたに?」

 

 あまりの不快すぎる言葉に、ハナコは眉を顰めざるを得なかった。だが、と嫌な予測も頭に過ぎる。もしも、全てに失望して行き場を無くしたら……そんな予測が。

 

「もしくは、桐藤ナギサもですか。あのまま疑心暗鬼に惑い、全てを疑い、誰も信じられず敵を作っていく。そうして成長していくことで、私の様な大人になれるというのに……あの先生は夢見事で子供を子供のままにしてしまう。実に不愉快な存在です」

 

 ここには居ない先生を想い、ハナコは小さくその名を呟いた。先生や補習授業部の皆がいなければ、行き着く先はアレだった。そう思うと、自分は間違えたくないと心から思えたから。

 

「目です、花弁の様な目を狙ってください!」

 

 そうして、会話の中でハナコは不自然を見つけた。顔に行く攻撃だけは、的確にベアトリーチェが防いでいることに気が付いたのだ。

 

「承知した!」

 

 ハナコの指摘に、すぐに応えたのはサオリとヒヨリだった。

 

 サオリはそのまま高い身体能力を活かして、ワイヤーなどを活かして空中を滑走する。そうして、ベアトリーチェの触手に絡まれながらも銃撃を敢行した。

 

 ヒヨリは、今の今まで息を潜めていた。ずっと、息を殺して機会を窺っていたのだ。だから、ハナコの言葉と共に、すぐさまライフルの照準を合わせることができて。正確無比に、確実にベアトリーチェの顔面に銃弾を叩きつけることに成功していた。

 

 ……だが、ベアトリーチェは嗤って、それをそのまま受け入れた。確かに銃弾は抉れて、ベアトリーチェに痛みと傷をもたらした。

 

 ──しかし、再生する。

 

 穿たれたはずの穴は、肉が蠢くのと同時に無くなっていて。

 

「痛いですね、サオリ。夜でなかったら、どうなっていたことか。……大人に暴力を振るっていいと、誰が教えましたか!!!」

 

 笑っていたのに、突如として叫んで。ベアトリーチェは掴んでいたサオリを、そのまま壁へと何度も叩きつけた。

 

「ぐっ、あっ!?」

 

 歯を食いしばって衝撃に耐えるが、毎秒トラックに追突されるが如き衝撃に襲われ続けて、サオリの身体は血だらけになっていく。骨が折れて、血があちこちから滴っていく。

 

「り、リーダー!」

 

 その惨状に、ヒヨリは泣きそうな声をあげて、その直後に爆発と共に天井が崩れ落ちてきた。それは、ミサキが援護するために行った質量攻撃。瓦礫でベアトリーチェを攻撃し、サオリを助けるための一手。

 

「フフ、駒の性能を自ら確かめるのも悪くはありませんね」

 

 その判断に笑みを浮かべながら、ベアトリーチェはサオリを手放して触手で瓦礫を防いでいた。宙より落っこちてきたサオリは、アズサが咄嗟にキャッチした。

 

 血まみれの肢体、だらんとした右足、血で濡れた左目。

 サオリの惨状を両の手で実感して、アズサは込み上げる怒りを抑え切れはしなかった。

 

「マダム、あなたは何を望んでいるっ! ここまでして、他人を害して虚しさまで強いて、一体何がしたいんだ!!」

 

 アズサの叫びに、返ってきたのは嘲笑。子供の嘆きなど、幾らでも見てきたベアトリーチェには響かないもの。常に、一つの答えだけを彼女は提示してきた。

 

「アズサ、あなたも身に染みて理解できたでしょう?

 ──全ては虚しいのです。ですから、私は崇高を目指しているのですよ」

 

 いつまでも、どこまでも余裕を浮かべながら、アズサをサオリ共々血に沈めようと触手を伸ばしたベアトリーチェは……。

 

「──いい加減に、してください!!」

 

 そこで、今まで沈黙を保っていた、羽虫くらいにしか思っていなかった少女のことを認識したのだった。

 

 


 

 

「あんた誰よ、メブキはどこにいるの!!」

 

「そ、そういうこった!?」

 

 急に、おっきなコハルちゃんのお声が聞こえてきたの。びっくりして書斎を見渡すけど、どこにもコハルちゃんはいない。……もしかして、イマジナリーコハルちゃんになって、私と一緒に遊んでくれようとしてるのかな? 生き霊になって、一緒にイキようってことなの?

 

「コハル、落ち着いて。まず、私から話をさせて」

 

 その他にも、先生の声が聞こえてきたよ。……みんなに会いたすぎて、幻聴が聞こえてきちゃってる? ゴルコンダさんにいじわる質問されちゃって、心がみんなを欲してるから聞こえてくるのかな?

 

「来ましたか」

 

 でも、ゴルコンダさんは楽しげな感じで、壁に掛けられてた絵画の前に立ったの。それで、話し始めると、絵画の向こう側には先生とコハルちゃんが現れたの! ……にゃんで?

 

「お久しぶりですね、先生。以前のテクストは、読み解けましたでしょうか?」

 

「……ゴルコンダ」

 

「ふむ、なるほど。宿題ではありませんし、義務でもありません。考察とはデザートのようなもので、物語を堪能してから行うもの。また怪談を目にする機会があれば、その時にでも」

 

「メブキはどこ?」

 

 先生とゴルコンダさんはお知り合いみたいで、何だか楽しそうにゴルコンダさんはお話してる。でも、先生はすっごく真面目顔で、いつもの先生と違ってちょっと怖いかも?

 

 まって、いま先生私の名前を呼んでくれてたよね? ゴルコンダさん、お隣失礼しますね!

 

「ここだよ!」

 

「は? メブキ、なんで絵の中なんかに居るの!!」

 

「コハルちゃんと先生も、絵画の中に居るみたいに見えてるよ!」

 

 ペタペタって絵画を触ってみても、にゅっと手が沈んだりしない。コハルちゃんと先生は2次元になっちゃったみたいに、ぺったんこだった。多分、今なら私のお胸はコハルちゃんのそれを上回ってるんじゃないかな?

 

「これは……どういうこと?」

 

「簡単なことです。寄る辺のなかった彼女を、私の書斎に招き入れただけのこと。残念ながら、肉体に縛られている方では、立ち入ることは出来ませんが」

 

「そ、そんな、メブキやっぱり……」

 

「うん、死んじゃったの。ごめんね、コハルちゃん、先生……」

 

 多分、こっちは夢みたいな場所で、向こうは現実の世界なんだね。だから、出ようと思っても出られないし、次元が違うようにも感じちゃう。

 

「どういうこったぁ!?」

 

 コハルちゃんが近付いてきて、絵画をペタペタしてる。もしかしてって思って、私も絵画越しにコハルちゃんと手を合わせてみる。けど、残念だけど温かくなかった。手と手の温かさが伝わるかなって思ったけど、そんなことはないみたい。……なんか、寂しいね?

 

「そういうことなのです、先生。メブキさんと貴方がたは隔たれ、交わりあえぬ領域にある。ここに居るメブキさんは、水面に映る月も同然です」

 

「えへへ、私お月さまだって! 美少女って言われちゃったね!!」

 

「……フザケないで」

 

「コハル、ちゃん?」

 

 いつもみたいにコハルちゃんと会話しようとして、でも出来なかった。だって、コハルちゃんのお目々には涙が浮かんでて、ポロリと零れ落ちていってたから。

 

 ……私のために、コハルちゃんは泣いてくれてるんだね。分かってたけど、嬉しいって気持ちとごめんねって気持ちが一緒にやってきて、胸がグチャグチャする。ゴルコンダさんにいじわる質問されてた時には耐えてたのに、ちょっと私も耐えられなくなっちゃいそう。

 

「いっつもメブキのことで仲間外れにされて、一回死んじゃってたって聞いたから護ってあげなきゃって思って、なのに急に誘拐されて! ……助けに来たのに、もう死んじゃってたなんて、意味わかんない!!」

 

 コハルちゃんが泣いちゃってるのを見ると、私もポロポロってなっちゃった。眼の前がウルウルして、良く見えなくなって。急にこんなことなっちゃって、ビックリしたよね? ……死んじゃってごめんね。

 

「あ、あの、ね、コハルちゃん。おうちにね、もしもの時にって、思っ、て、ね。遺書、書いた、から。読んで、ね?」

 

「イヤ、絶対にイヤ!!」

 

「コハルちゃん……」

 

 二人で泣いて、でもどうにも出来なくて。……おかしいね、お別れの挨拶出来て嬉しいって思うべきなのに、全然そう思えない。むしろ、もっとコハルちゃんと、先生と、みんなと一緒に居たいよって思っちゃう。

 

「メブキのくせに、似合わないことしないでよ! 死んじゃヤダ、今度はちゃんと護るから一緒に居てよ!!」

 

「ご、めん、ね、ひっぐ……」

 

 心が痛い、コハルちゃんの気持ちが分かっちゃう。納得できなくて、苦しくて、でもどうにも出来なくて。そんな現実が嫌で、許せなくなっちゃいそう。だって、まだ私は生きてたいって、ゴルコンダさんに気付かないフリしてたのをバラされちゃったから。

 

 辛いよ、苦しいよ……。

 

「勝手に人の心に居付いて、エッチな本を読むのを強制して! 私、普通だったのに! エッチな本なんてダメだって分かってたのに、あんたのせいでもう手遅れになっちゃったんだから! 責任取って、戻ってきてよ! 一緒にエッチな本読みなさいよ、バカバカメブキ!!」

 

「わ、私も、コハルちゃんともう一度、えっち本読みたいよ!!」

 

 コハルちゃんを抱きしめたい、抱きしめられたい。今までで一番そうしたいのに、どうやったって届かない。心が切なくて、張り裂けちゃいそう……。

 

 胸を抑えて、その場に蹲る。

 

 イマジナリーお姉ちゃんが居てくれた時は動いてた心臓の音が、もう聞こえない。ドクンってしてなくて、私のお手々は冷たいままで、熱がなくて。死んじゃってるってこういうことだって、身体がキチンと教えてくれてる。……もう、ダメだよね、きっと。

 

「諦められますか?」

 

 そんな私に、ゴルコンダさんは優しいお声を掛けてきたの。無理しなくてもいいよって、そう言ってくれてるみたいに。

 

「私……」

 

 どうしよう、ここに居てもみんなを困らせちゃうだけなのかな? でも私、生きてたいけど、どうすれば良いのか分かんないよ……。

 

「ねぇ、メブキ。少し私とお話してくれないかな?」

 

「せんせえ……」

 

 胸も頭もグチャグチャで、もう分かんなくなっちゃってた時に、何時も通りの感じに声を掛けてくれたのは先生。やっぱり、先生はお兄ちゃんみたいな感じがするね。いつも通りで居てくれようとして、私を気遣わせない様に頑張って、そんな先生の柔らかい優しいところが本当に好きだったよ。

 

「メブキがしたい事とか、欲しいものとか、何かないかな? まだ、やり残してるってこと、ない?」

 

「……あるよ」

 

「それ、聞いても良い?」

 

「……いいよ」

 

 私、先生に聞かれて、私は思い返す。したいこともやりたいことも、それに約束したことだって沢山残ってるの。

 

「ハナコちゃんとね、約束したの。また来年、みんなで合宿しようねって。今度は大変なことはなくて、普通の合宿が良いなって」

 

「うん」

 

 それは、合宿所から離れる時。凄く寂しかったけど、また来年って思うと我慢できるから。指切りして、みんなと一緒にたくさんいられますようにってお願いした約束。

 

「シミコちゃんとね、約束したの。勝手に居なくならないって、だから安心していいよって」

 

「うん」

 

 シミコちゃんは名探偵で、私が転生しちゃってたってことがバレちゃった時。今まで約束破ったことないよって、心配してくれてて嬉しかったから、そんなことを言っちゃったの。

 

「イマジナリーお姉ちゃんとね、やりたいことが沢山あるの。約束してないけど、イマジナリーお姉ちゃん棒だって作ってあげたくて……」

 

「うん」

 

 いつか、二人で手を繋いでトリニティを歩いてみたかった。いつも夢で会える病室だけじゃなくて、色んな場所で色んな人とお話したかったの。それで、みんなにうちのお姉ちゃんは世界一かわいいんだよ? って自慢したかった。

 

「それにね、何よりね、コハルちゃんとえっち本が読みたいよ……」

 

 あの日から、全部が始まったの。

 コハルちゃんが見つけてくれて、沢山のことが始まって、世界がとっても広がって。色々変わったけど、ただ一つ変わらなかったこと。ずっとずっと一緒してくれて、隣でえっち本を読み続けてくれたコハルちゃん。

 

 正実の訓練で大変だった時も、用事があって忙しかった時も、それでも私のために時間を作ってくれた。放課後の屋上や私とお姉ちゃんのお家、合宿所でも一緒に読んでくれたね。あれだけで、明日も一生懸命頑張ろうって、わたし思えてたんだよ?

 

「メブキは、みんなと沢山やりたいことがあって、守りたい約束も沢山ある。明日も明後日も、1年後の予定だって、パンパンに詰まってるんだね」

 

「……うん」

 

 先生とお話して、気持ちと理性が一致する。心のグチャグチャが一つの気持ちになって、言葉に変わったの。

 

「まだ、頑張りたい。まだ、生きてたいよ、せんせいっ……」

 

 心の底から、ポロリと出た言葉。本気の本気で、まだ生きていたい。やりたいことも頑張りたいことも、しんどいことや大変なことも、全然まだ私には足りてない! もう死んじゃうなんて、そんなのやだよ!!

 

「──任せて」

 

 そんな私の心の叫びに、先生はポンと胸をして。

 

「メブキはまだまだ、学び足りていない。これから色んな人と関わって、色んな所へ行って、色んなことを学んで欲しい。だから、人生を卒業するのは先生として認めてあげられないね」

 

「っ、うん! 助けて、先生!!」

 

 出来るかどうかなんて分からないけど、私は思いっきりそう叫んで。

 頷いてくれた先生は、懐からタブレットを取り出してたの。

 

 


 

 

 先生は覚えていた、シミコが渡してくれたあのメモのことを。それに、シミコが呟いたあの言葉のことも。

 

 空に語りかけろ

 祈りを届けろ

 キヴォトスで一番空に近い場所

 

 ──死は不可逆なもので、それに逆らうことは出来ない。

 ──されども、生すら与えられずにキヴォトスに招かれたのならば。

 

 先生はメブキが転生していることに、気が付いてはいない。けれども、シミコのその言葉で、まだ生まれきっていない状況だと、薄っすらと察していたから。

 

 道中、ハナコとも渡されたメモについて考察していたのだ。だから、状況を正しく把握できている。……今から、自身が成すべきことも。

 

「アロナ」

 

 先生は自身の初めての生徒に語りかけた。生徒であり相棒である、電子の世界に住まう彼女に。今度こそ、メブキが正しく生まれられるように、と。

 

『先生の頼れるスーパーAI、このアロナに全部お任せください!』

 

 彼女が先生に指示されたのは、通常ならば不可能に等しい行為。だが彼女なら、シッテムの箱のメインOSであるA.R.O.N.Aになら可能なのだ──サンクトゥムタワーに接続し、大空に語りかけることが!

 

『1つ目、クリア。サンクトゥムタワーの通信権を一時的に掌握』

 

 連邦生徒会より、一時的に権限の一部を奪取。現在、サンクトゥムタワーの一部分は先生の掌にあった。

 

『2つ目、クリア。空へ、夜空へ、あの場所へ。お話することが可能です!』

 

 アロナが今やっていること、それは空に浮かぶ──あの大きな輪っかへの、ヘイローへの干渉。それが出来るのは、サンクトゥムタワーとシッテムの箱が揃っている時のみ。そうすることで、何かを叫ぶことが出来るのだ。――例えば、学園都市から企業都市へ移行したいだとか、そんな類の神頼みを。

 

『3つ目、クリア。さあ、メブキさん! 思いの丈を、思いっきり叫んじゃってください!!』

 

 そうして、アロナは遠く離れている距離をも無くし、あの世界とも言えるヘイローへメブキの声を届けられるようにした。サンクトゥムタワーから直接情報として、ヘイローへ送り届けるパスを繋いだのだ。

 

「さあ、メブキ。君の思ってることを、そのままに伝えて。今だけなら、優しい人がキミの想いを力に変えてくれるから」

 

 先生に促されたメブキは、絵画越しに涙を拭っていた。

 そうして、沢山の息を吸って、心の底から魂の赴くがままに叫んでいた。

 

「私は! キヴォトスで長くながく、みんなと生きてたいです!!」

 

 脳裏には思い出が、これまでのことが走馬灯のように流れる。

 

「たくさん約束をしました! いっぱい友達を作りました! みんなであちこちに行きました!」

 

 コハルと読むえっち本、ハナコと語らうえっちなこと、ヒフミやアズサとモモフレンズに浸り、先生相手に悪戯をする。図書委員会でウイやシミコと働いて、教会ではマリーをモフモフして。ミカに優しくされて、ナギサと仲直りして……大好きな姉と手を繋いでいる夢を毎日見る。他にも、シャーレを通して色々な生徒にあったり、色んな場所へ行ったりした。

 

 ……それでも、まだ。

 

「でも、足りてないんです! まだまだこれからで、勉強も遊びもこれからで!! 友達とさよならするには、まだ早すぎるから!!」

 

 胸が熱い、みんなを思うとメブキは叫ばずにはいられない。自分のために、みんなのために。

 

「だから、だからっ、どうか私を生まれさせてください! みんなと一緒に、青春させてください!」

 

 恐らく、春風メブキが生まれてから出した一番大きな声。それは、アロナとサンクトゥムタワーのパスを通じて、大空へと届いて。

 

 ──瞬間、空の彼方にあるヘイローが瞬いていた。





次回
RE Aoharu
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