コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです!   作:ペンギン3

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芸術

 図書委員会に入部してから少しして。新着の本にバーコードや請求番号ってやつのシールを貼りつける仕事も慣れてきた頃、私はとんでもない事実に気がついてしまった。

 

 なんと! 芸術の本に! おっぱいが丸々載っている!*1

 

 信じられないことに、その肌色はあられもなく晒されて。全トリニティ生がいつでも閲覧できるところに、堂々と鎮座している。

 

 それに、それだけではなかった。社会科学って本棚のところには、『男の子の体について』とか『女の子の体について』なんて本もあった。読んでみると、教育的なことの間にえっちな単語が山ほどあって。保健の本って淫語集だったんだって、衝撃的な真実を私は垣間見てしまったのだ。コハルちゃんも、えっち本を副読本呼ばわりするよね、これなら。

 

 もしこの本棚がコハルちゃん達正義実現委員会に見つかれば、いにしえのアレキサンドリア図書館の如く、トリニティ中央図書館は灰燼にきしてしまう。それはとっても困るなって。私は走って、シミコちゃんの元に駆け込んだ。あそこがコハルちゃんに見つかる前に、早く禁書棚に移さないとという使命感を持って。

 

「た、大変だよシミコちゃん! 芸術の棚にえっちな本が沢山あるよ! このままじゃ、これじゃあ芸術じゃなくて下淫術だなガハハって、本棚燃やされちゃう!」

 

「どういう状況ですか、それ。落ち着いてください、メブキさん。あと、図書館では声を静かに」

 

 呆れた表情をしたシミコちゃんは、少し逡巡してから屈んで私と同じ視線になった。まるで年下の子に、言い聞かせる時みたいに。

 

「メブキさん、女の人の裸は恥ずかしく思っちゃいますか?」

 

「ふぇ? えっと……」

 

 ……なんか難しい質問だ。自分の裸とかは、別に恥ずかしくも何ともない。けど、外でえっちな物を持っているのは、なんかダメな気がする。何でかと言えば、よく分からないけど後ろめたく思うから。なんか悪いことしてるって気になる。だからコハルちゃんに検挙された青春観察も、直接近くで見るんじゃなくて屋上から眺めていたんだし。

 

「恥ずかしいは違うけど、ダメな気がして?」

 

「でも、芸術はダメじゃないんです。何でか分かりますか?」

 

 ……そうなの? なんで? ……わかんない。

 

「ごめんね、シミコちゃん。難しいよ」

 

「いえいえ、少しメブキさんには早かった話かもしれませんね。とりあえず、芸術性が担保されている物なら、裸体でも検閲されないと覚えていたら大丈夫ですから」

 

「???」

 

 芸術性があれば大丈夫? ……噂に聞く、パンツじゃないから恥ずかしくないもん! ということ? でも、シミコちゃんがそんな理論を使う筈ないし……。どうして、と考えた――その時、私に電流が走った。

 

 ――シミコちゃんは、常識改変攻撃を受けている!*2

 

 間違いなかった。シミコちゃんも催眠眼鏡の使い手で、催眠能力者同士の戦いで負けてしまったのだ。だからこんな、えっちなものをえっちと感じられなくなってしまった。きっとあの本達も、シミコちゃんが禁書棚から引っ張ってきたものなんだ。全て、謎が解けてしまった。

 

「シミコちゃん待っててね、すぐ助けてあげるから!」

 

「え、メブキさん?」

 

 困惑しているシミコちゃんを置いて、私は旅立った。

 能力者を倒して、シミコちゃんを元に戻す……のは、コハルちゃんにすらボコボコにされる私じゃ無理なのは分かっている。代わりに、シミコちゃんに掛けられた常識改変を解いてくれそうな人の元へと向かった。きっと、この人なら何とかできる知識があると思って。

 

 

 

 そうして、私は古書館に駆け込む。この人以外、当てがなかったともいう。

 

「こ、ここ、古関先輩! 大変なんです、シミコちゃんが催眠バトルに負けて、常識改変を受けちゃってぇ!」

 

「へぁ!? い、いきなり何事?」

 

 何だかよく分からない文字の本を読んでいた古関先輩に、ことのあらましを説明する。芸術の棚のこと、シミコちゃんの反応のこと、パンツじゃないから恥ずかしくないもんのこと、催眠眼鏡のこと。全てを息絶え絶えに伝え終えて、古関先輩を見た。きっと何か、どうにかする方法を知っているんだと期待を込めて。

 

 ……何故だか先輩は、遠い目をしていた。なんで?

 

「あ、あの、シミコちゃん、助けてあげられませんか?」

 

 不安になって尋ねると、古関先輩は静かに首を振る。それって、古関先輩でもダメってこと……?

 

「だ、ダメなんですか?」

 

「話の論点からして違うから」

 

 深い溜息を吐いて、近くの椅子に座る様に促さられた。長い話になっちゃうのかな、シミコちゃんが心配だよ……。

 

「結論から言うと、シミコは常識改変なんて受けてない」

 

「でも、シミコちゃん……」

 

「話を最後まで聞いて。そもそも、芸術の棚に裸婦画の子達が置いてあるのはおかしいことじゃない」

 

「ま、まさか先輩も?」

 

「ち、違うからっ。頭がおかしくなりそうな妄想、ぶつけてこないで……」

 

 サッと、コーヒーを差し出された。まず飲んで、落ち着いてって言葉と一緒に。

 確かに私は焦ってて、全然落ち着いてない。慌てすぎて、何か見落としやすくなっているかもしれない。ありがとうございます、と伝えてカップに口をつけた……あったかいけど、苦いよぉ。

 

「シミコがお子様扱いしたくなるのも分かる、けど」

 

 涙目になっちゃった私のカップに、先輩は角砂糖を何個か投下した。混ぜてくれたものを再度口にすると、今度は苦味と甘みが絡み合ってて、飲むと落ち着く味になってた!

 

「古関先輩、ありがとう。美味しいです!」

 

「甘過ぎるけど、美味しく飲めるのが一番だから」

 

 先輩は砂糖を一つだけ入れて、コーヒーを飲む。甘さが足りなさそうだけど、先輩はそれがいいんだって感じの笑みをこぼしていた。……はーどぼいるどだ。

 

「お、落ち着いた?」

 

「はい。あの、来ちゃダメって言われてたのに、ごめんなさい」

 

「今後は気をつけて。あと、煩くしすぎない」

 

「はい」

 

 それで、と先輩は本題に入った。どう言う基準で、どう言う判断があって、あの本達があそこにあるのかということを。

 

「まず、あそこの画集の話。メブキさんは、肌色と裸体があるという視点で見たから、その、え、エッチだと感じた……」

 

「そ、そう、です」

 

「でも、私やシミコは別の角度から、あの絵を見ている。どこの誰が、どういう背景で、何を目的として描いたか。その背後にある歴史、物語をなぞっているから。だから、そこに裸婦画があったとしても、文字のない物語の様に読み取れる。裸である、以外の付加価値が添付される」

 

「ほ、ほへぇ」

 

 ニュアンスとしては理解できた。つまり、知識があると思い入れができて、えっちに見えなくなるってことだ。

 なるほど、その理屈はわかる。私もエロゲーのホームページで、CGだけ見てえっちだなぁと思ってたキャラが、実はとんでもない苦しみを秘めていたと知ってしまって以降、えっちな目で見れなくなった悲しき過去があるから。

 

「で、でも、私みたいに知らない人が見たら、えっちだと思っちゃいませんか?」

 

「あれは教養ありきで鑑賞するもの。教養、つまり常識が足りていない状態で観るものじゃない……」

 

「ふぇぇ」

 

 そういうことだったんだ! え、待って。もしかすると、シミコちゃんから見ると私が常識改変されたみたいになってた? おかしな挙動してたもんね、私! ……どうしよ、どうしよ!?

 

「どどど、どうすれば、先輩!? このままじゃ、シミコちゃんに頭のおかしいやつだと思われちゃいます!」

 

「て、手遅れでは?」

 

「そんなぁ……」

 

 明日からシミコちゃんに変な子だって距離を取られて、トリニティ……ううん、キヴォトス全土で常識改変された変態さんだって指さされて生きていくなんて、いやだよぉ。

 

「うぅ、ぐすっ」

 

「あっ、え? な、泣いてる?」

 

「にゃ、にゃいて、ません!」

 

 でも、どうしよう、本当に。

 仲良くなれて、友達にだってなれそうで、私からも何かお返しできたらって思ってたのに。シミコちゃんに嫌われちゃったらと考えると、それだけで胸が痛くなってくる。私、ずっとこんなのばっかりだ。

 

「わ、分かった、分かったから。私からもシミコにいうから、泣かないで……」

 

「ほ、ほんとう、ですか?」

 

 不安で仕方なかったところに掛けられた古関先輩の言葉。顔をあげると、古関先輩は億劫そうに立ち上がっていた。わっ、背おっきい。

 

「ほら、早く」

 

「はいっ」

 

 のそのそ歩く古関先輩の後ろを付いていく。思っていたよりおっきな背が、とっても頼りになると感じた。

 

 

 

「は、はぁ。メブキさんは、私が催眠術に掛けられてると思って、ビックリしちゃったんですか」

 

「変なことしてビックリさせて、ごめんね」

 

 古関先輩が簡潔に、私がシッチャカメッチャカに伝えた内容をシミコちゃんに噛み砕いてくれて(シミコちゃんが催眠眼鏡なこととか、本筋に関係ない話は端折ってくれてた)。そのお陰で、とてもスムーズに私は謝ることが出来ていた。キョトンとしていたシミコちゃんは、事態がよく理解できていないといった感じだったけど。

 

「いいえ、私もキチンと説明しなかったのが悪かったですから」

 

 シミコちゃんも許してくれて、これで一件落着。それで終わりそうな時に、古関先輩がシミコちゃんへと一言告げた。ちょっと不機嫌そうに、それでいて気怠そうに。

 

「メブキさんは恐らくトリニティで指折りの馬鹿だけど、キチンと説明すれば分かるから。同い年なのに、年下扱いするのはどうかと思う……」

 

 古関先輩の言葉に、シミコちゃんははい、と力なく頷いた。……あれ? 今すごいこと言われなかった?*3

 

「それだけ、じゃあこれで」

 

「ウイ委員長。ありがとうございます、今後は気をつけます」

 

「うん……シミコには期待してる、から」

 

「ウイ先輩、色々とありがとうございました! コーヒーも美味しかったです!」

 

「もう、いきなり来ちゃダメ、だから」

 

 そう言い残して、古関先輩はのっそのっそと古書館へと帰っていった。人嫌いだって言ってたし、私のこともかなり困った目で見てた。でも、シミコちゃんの先輩だけあって、とってもとっても優しい人だった。今度、何かお礼したいけれど……あんまり纏わりつくと鬱陶しいと思うから、結構難しい。

 

「メブキさん、ごめんなさい。ウイ先輩に言われた通り、メブキさんのことを年下扱いしてました。遅れて入部してきて、凄く頼ってくれるから、嬉しくて調子に乗っちゃっていたんだと思います……」

 

「ううん、シミコちゃんが謝ることなんて一ミリもないよ。だって私、シミコちゃんにかなり甘えてるもん。今日も、いきなり変なことやって驚かせちゃったのに許してくれたし。私、シミコちゃんに優しくされるの好きだよ?」

 

 全面的に私が悪いのに、古関先輩に言われたことを気にして、シミコちゃんは申し訳無さそうにしていた。むしろ、こちらが申し訳なくて仕方がないのに。というより、これで落ち込まれると、対比で私があまりにも罪深い存在になってしまう。逆に、私だけ古関先輩に怒られなかったのが不思議で仕方なかった。*4

 

「でも……」

 

「えっとね、それじゃあ、私が読んで楽しいと思う小説を紹介してほしいかな」

 

 咄嗟にシミコちゃんの得意分野を口にすると、彼女はマジマジと私を見てから、ようやく申し訳無さそうだった表情を崩してくれた。

 

「ふふ、気を使わせちゃいましたね。でも、ありがとうございます。ちょっと待っててくださいね、探してきますから」

 

 シミコちゃんが天使のような笑みで、書架へと旅立っていった。私も、何かシミコちゃんに読んでもらいたい物語、持ってこようかな。……でも、シミコちゃんって確か、この図書館の本を大体読んじゃってるって耳を疑うことも聞いたし……うーん。

 

「おまたせしました、メブキさん」

 

「ううん、いま来たところ、でいいかな?」

 

「それはデートの時のお約束です」

 

「そうだね」

 

 悩んでいる内に、シミコちゃんは一冊の文庫を持ってきてくれた。夏への扉って小説、何か素敵なことが待っていそうなタイトルで、何だかワクワクしてしまう。でも、折角だし、とある一案が頭に浮かんだ。脳内で、コハルちゃんがダブルピースしている。

 

「ありがとう……あのさ、シミコちゃん。その、一緒に読んでもらってもいいかな?」

 

「え、この本をですか?」

 

「うん、私はちょっとズレてるところがあるみたいだから。偶には、他の人がこう思ってるんだって理解しながら、本を読めたら嬉しいなって」

 

 そう、それは何時もコハルちゃんと屋上で隠れてしていること。えっち本と普通の小説って違いはあるけれど、共有するという行為自体はおんなじだから。

 

「そう、ですか。そういうことなら、ご一緒させてもらいますね」

 

 図書館が閉館後、私達は一緒に一冊の本を読んだ。

 シミコちゃんの解説は的確で、でもお茶目で。私を楽しませようとしてくれてるのが伝わって、何時もと違った読書が楽しめた。シミコちゃんのお陰で、普通の小説もこれから読んでみようかなって思えた一時だった。

 ……それにしても、まさかヌーディストが最大で最高の味方だったなんて。やっぱり、えろは世界を救うんだね。

 

 

 

 

 

「コハルちゃんコハルちゃん!

 実は美術の本の裸体は、えっちなものに含まれないんだよ。知ってた?」

 

「あー、もう、ウルサイ! また変なこと言って、そんな訳無い」

 

 それから後日の夕方、私は早速教えてもらった知識を披露していた。コハルちゃんに新鮮な新事実を伝えて、図書館への焼き討ちを未然に防ごうとも考えて。芸術は芸術だから、焼き討ちは許して欲しいなって。

 

「それがね、実はね、思い入れがあると裸だって、芸術になるんだよ!」

 

「ふーん、じゃあアレもそうなの?」

 

 コハルちゃんが指さした方向には、何故かスク水を着てお外を歩いているないすばでーな女の子の姿。え、と言葉に詰まって、次に図ったように私達は顔を見合わせた。数回の瞬き後――私達は叫んだ。

 

「「エッチなのダメ! 死刑!!(えっちだぁ! 凄いね!)」」

 

 逢魔が時、私達が見たのは幻覚か、それとも現実なのか。あまりの衝撃に、脳が焼かれたと言っても過言ではない。だけど、そのお陰でふと思い出したことがあった。単純なこと、初心忘れるべからず的な。

 

 ――えっちだと感じたら、それはもう文脈なんて関係なくえっちでいいのでは?*5

 

 初めてエロゲーをプレイした時の、そんな簡単な真実。歳を取って賢くなるにつれて、忘れ去ってしまったこと。童心とも言える大切なことを、私は思い出せて。謎のないすばでーなスク水美少女に、私は感謝を捧げた。

 

 夕刻に吹いた一陣の風。それは大切なことを思い出した私の頭を撫でてくれる様な、そんな優しい風だった。

*1
見境なしが過ぎる

*2
待って欲しい、本当にこっちまでおかしくなりそうだ

*3
厳然たる事実だよ

*4
ウイにしてみれば、君は頼りにしてないお客様なのだろうね。いつか仲間と認められたら、怒られる日も来るよ

*5
君は動物でなく人間なのだから、少しは懲りるべきだ





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