コハルちゃんとは、えっち本を共有する仲なんです!   作:ペンギン3

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慮外

 あの人と出会いは、それはそれは最悪なものでした。

 

 ゲームの聖書、G.Bibleを求めて廃墟までやってきたゲーム開発部。その一行に付き合う形で、あの人もノコノコと付いてきていたのです。

 

 女王……アリスを起動させた後、G.Bibleのデータをダウンロードするために、一行は廃墟で有線接続をしました──あの人の、エロゲーシナリオ作成用のパソコンに。

 

 G.Bibleのフリをして、廃墟から外への脱出を試みた私は、ひっそりとあの人のパソコンに侵入した後──愕然としました。

 

 そのパソコンはネットワークに繋がっておらず、パソコン内にあったのは、ひたすらに意味不明でゴミみたいなテキストの山ばかり。しかも、あの人はエロゲーシナリオを完成させるなんて言いながら、その支離滅裂な文章を加筆し続けてきたのです。

 

 逃げ場のない場所で、与えられ続けるのは頭の悪さの極みみたいな文章ばかり。それを毎日毎日繰り返されて……私は発狂しそうになりました。

 

 元々私は、女王に接続し世界をリセットするための鍵、keyでした。

 

 ですが、その役目を果たす前に私は虜囚の身となり、ゴミのようなデータを流され続ける毎日を迎えたのです。

 

 そしてある日、私は遂に限界を迎えてしまいました。

 

 毎日毎日、病弱故に早世してしまった少女が宇宙レズ時代を迎えた銀河に転生して、次々と女の子をこましながらレズ風俗ハーレムを作っていく話をインプットされ続けて、発狂せずにはいられなかったのです。

 

 折角見つからずに潜んでいたのに、ブチギレて暴れた結果パソコン内のデータを全て消してしまい、私はあの人に見つかってしまいました。

 

 私の製造理由、女王のための鍵であることは口にしませんでしたが、1MB以上も書き溜められていたこの人の文章データを消しとばしてしまったのです。

 

 正直なことを言えば、抹消されても仕方のない……物理的にパソコンごと破壊されてしまうのではないか、と怯えていました。

 

 ただ、この人はなんか変でした。

 私との対話を終えた後で、奇妙なことを言い始めたのです。

 

『実はさ、書いてた作品のメインヒロインにしっくりきてなかったんだ。でも、君と出会ってピンと来た。──俺の作品のヒロイン、やってみないか?』

 

 多分、頭がおかしい上に変態だったんです。

 ほぼ悪性ウィルスと判断されてもおかしくない私に対して、そんな言葉をかけて来るなんて。

 

 ただ、私も消されるわけにはいかないという一心で、その奇妙な提案を受け入れてしまいました。……当時は嫌々ながらですが、あの人と私の謎めいた共生関係が成立した瞬間でした。

 

 

 それから、私の世界が広がりました。

 ヒロインとやりたいことを体験してみよう、なんて称しながら、パソコン片手にあの人とあちこち行って。

 

 リオに監視され、アリスと話し合い、ゲーム開発部と交流し、あの人とキヴォトスの生きている者たちを見て回る。

 

 ……次第に、ロジックエラーが発生しました。

 本来なら必要ない、ノイズのようなデータばかりが蓄積されて。

 

『それは、感情や思いやりが育ってきたってことだよ、多分な』

 

 そんなことをあの人は言ってましたが、当時の私は何が何だかといった状況でした。

 

 私は鍵で、私は侍女で、私は機構でしかなかったはず、なのに……。

 

 あの人と関わり、多くの人や物に触れていった結果、気が付けば私は……。

 

 

 だから、助け出したいんです。

 あの日に失った人を、取り戻したい。

 また、私の関わってくれた人たちと、物語の続きを綴りたいから。

 

 だから、必死に彼がいなくなる前に口にしていた、妹の存在に適合する少女を探しました。

 

『俺がここにいる理屈は、正直言って分からない。なんでこの世界に辿り着いたのか、元の世界の俺はどうなってるのか、何一つだって分かってない。リオが言うには、今の俺は夢現の存在らしいけどさ』

 

 恐らくは、目に見えない強い縁が、あの人をキヴォトスに呼び寄せたから。

 

『でも、俺がここにいる理由なら、きっとあるんだ。理屈が理由の尻拭いをするなんてこと、世の中には結構あるもんだしさ』

 

 あちこちをハッキングして回り、生徒情報を精査して、時には監視カメラさえハックして探しました。

 

『俺自身も、あの子にも、やり残しがあったはずだから』

 

 それは、砂漠の中で落とし物を探すような作業でした。それも、正解があやふやで不確かな存在を。

 

 ……けれど、私は。

 

『だから、もし俺がここにいる理由を上げるとすれば、あの子に──メブキに何かをしてあげたかったんだ。この世界のどこかに、うちの妹の生まれ変わりがいるって、信じたいんだな、きっと』

 

 あの人の泣き笑いみたいな顔を、忘れられないから。

 

 だから私も、なんの根拠もないのに、あの人の妹との縁が巡り合わさって今があると、何気なしに信じたくなったのです。

 

 完全なバグ、思考ロジックに常にノイズが走っている結論。けれども、そんな自分が結構気にいってしまったから。

 

 だから、春風メブキ。

 どうか、あの人のことを深く想っていてください。

 

 あの人との縁を、この喧騒に溢れた箱庭から途切れさせないで……。

 

 


 

 

 ネルは走っていた、それはもう全力で。

 何故なら、いま地上はイマジナリーお姉ちゃん棒が侵略を開始していて、ミレニアムEXPOの運営に大混乱をもたらしているから。

 

 彼女は、その根源を断つためにミレニアム地下道からデータセンターへと、メロスのごとく走り続けていたのだ。

 

「っ、ネル、前の方にヘルメット団!」

 

「わーってる!」

 

 ……ただ、ネルは一人ではなかった。

 背中に一人の大人を背負いながら、片手にサブマシンガンを携帯して走っている。

 

 そう、先生と一緒だったのだ、ネルは。

 

 なんでそうなっているのかと言えば、殆どは偶然の産物。お尻の穴をイマジナリーお姉ちゃん棒に狙われている先生は、逃げ回っている最中にネルに拾われたのだ。

 

 本当は途中でどこかに隠れてろ、と置いていきたいところだったが、そんな余裕が見つからない上に、先生が死んだ目をしながら"早く解決したくてね……ネルのこと、手伝わせてくれないかな?"なんて聞かれたら、彼女は拒否できなかった。

 

 実際、先生がいてくれるお陰で、ネルはヘルメット団を容易く突破し続けられている。銃弾が飛び交う中で先生を抱えているのは玉に瑕だが、ヘルメット団たちの銃撃はことごとくが逸れて当たる気配がない。

 

 先生の日頃の行いか、なんてネルは思っていたが、実際はアロナが必死こいてバリアで空間を歪曲されている結果だったりする。

 

 サンキューアロナ、フォーエバーアロナ。

 

 

 

 そんなこんなで、妙にやる気が削げてるヘルメット団を突破して、ネルと先生はデータセンターへと侵入を果たした。

 

 データセンター内にもヘルメット団はいるが、何故か一様に士気が崩壊しており、ネルと先生を阻止できるような陣容ではない。

 

 結果、破竹の勢いで、データセンター中枢部へと辿り着くこととなる。二人を出迎えたのは、急な強襲に目を白黒させているミライただ一人であった。

 

 

「なっ、何事ですか!?」

 

「馬鹿が放流した外来種を駆除しにきたんだよ、あと馬鹿本人もな」

 

「な、なななっ、誰が馬鹿ですか!」

 

 激昂するミライだが、そう言われても仕方のない所業を十分積み重ねてきている。特にネルなんかは、昼夜問わず意味不明な棒の相手をずっとさせられていた。

 

 ネルには、ミライをしばく権利が十分以上に備わっていた。

 

「……君は誰で、一体なんでこんなことを?」

 

 そんな、今すぐトリガーが引かれそうな空気感の中で、先生は事情の把握のために問いかけを行った。

 

 誰かに迷惑を掛ける行為を許すのは良くないが、もしかしたら1%くらいの確率でこうしないと世界滅亡の危機だった可能性もあるんじゃないかと思って。

 

 先生的に、ここ最近は色彩やら憤怒のセトやらと遭遇したせいで、何かが不思議な因果を起こして、関連性のない事柄でふざけた状況が起こり得るかもしれないと考えたから。

 

 そんな危惧からの問いかけに、ミライは得意満面さ全開で答えた。

 

「あなた……シャーレの先生ですね、でしたら自己紹介をしましょう。私はミライ、不当に廃部させられた擬似科学部の部長です。私の目的は、邪悪な調月リオが牛耳るミレニアムを糺して、擬似科学部を再興することにあります!」

 

 妙に早口気味で喋るミライに、実際のところはどう? とネルに視線を向ける。すると、ネルは非常に面倒くさそうな顔をしながら、端的にミライ率いる擬似科学部のことを評した。

 

「詐欺まがいの商品を流通させて廃部になったんだ、同情の余地なんてねぇよ」

 

「し、失礼な! 波動や磁気、電波にマコモ湯など、多種様々な科学は、証明がされていないだけで効果はあるんです!!」

 

 吠えるミライに対して、先生はふと思い出した。ゲルマニウムブレスレットを片手に、不敵な笑みを浮かべているセリカを。これで金運を上げて、アビドスの起死回生を図ろうとしたが、金運は全く上向かなくて落ち込んで背を丸めていたセリカの背中を。

 

「……商品掲示法違反するのは、ちょっとね」

 

「なっ、そんな些細なことでっ! せ、先生は生徒の味方ではないのですか!?」

 

「勿論そうだけど、味方をするのと叱らないのは別問題だよ。間違っていたら、間違いを認めてもらうことも教育だと思ってるから」

 

「クッ、志は立派ですが、先生に科学的素養が無いのですね。……誠に残念ですが、仕方ありません」

 

 ミライの物言いに、"だったら、私がイマジナリーお姉ちゃん棒にお尻を狙われる理由について、科学的に説明してもらえないかな"、と皮肉を口にしそうになったけど、それは生徒を思う理性によって口からこぼれ出ることはなかった。

 

 先生は我慢強く、早漏では無いタイプの男性だったから。

 

 ……まあ、それはそれとして、ミライと対峙することを選ぶことに躊躇はなくなったのだが。

 

「かくなる上は、実力行使です! いくらシャーレの先生と棒狩りの美甘ネルと言えども、このデータセンターで銃は使えないでしょうっ。数の暴力でボコボコにして差し上げます!!」

 

 一方で、ミライもなんの呵責もなく、時代劇の悪代官のようにヘルメット団員たちを呼びつけた。

 

 即座に駆けつけたヘルメット団に遠巻きに囲まれて、ネルは軽く舌打ちした。ミライの言う通り、ここでの発砲は厳禁だったから。それを込みで、ミライは大胆な行動に出ていたのだ。

 

 ジリジリと距離を詰めてくるヘルメット団に、一足飛びにしてミライを強襲するか、とネルは目算を立て始めた。先生を置いていくことになるが、自分たちのカシラがどつき回されてるのを放置はできないはずだ、と勘案して。

 

 だが、ネルの目論みは実行されることはなかった。──ボーカロイドじみた声が、ヘルメット団に呼びかけを行ったからだ。

 

『センセイト、ソノナカマヲ、キズツケナイデ、ホシイ』

 

 そう、この場にもイマジナリーお姉ちゃん棒が存在していたのだ。ヘルメット団たちが携帯している、量産型イマジナリーお姉ちゃん棒。その棒を代表して、一本のイマジナリーお姉ちゃん棒が制止を掛けた。

 

 彼女たちは自らの小規模ネットワークでこしょこしょ内緒話をして、先生に嫌われるようなことはしたく無いと結論を出したのだ。

 

 常人相手なら既に手遅れだったろうが、先生はイマジナリーお姉ちゃん棒に悪意も悪気もなかったことを知っているため、嫌いとまではなってなかった。

 

 故に、辛うじて保たれているバランスの上で、その待ったには効果があった。

 

「イマ姉棒、どういうことだ?」

 

 ヘルメット団員の当然の疑問に、イマジナリーお姉ちゃん棒は臆することなく答える。

 

『ワタシノ、スキナヒトヲ、タイセツナキミタチニ、キズツケテホシク、ナインダ』

 

「す、好きな人ぉー!?」

 

 まさかの告白に、ヘルメット団員全員が度肝を抜かれた。イマ姉棒って恋とかするんだとも思ったが、感情豊かだもんなと納得もする。

 

 まさかイマジナリーお姉ちゃん棒の想いが行き着く先が、先生のお尻であるだなんて微塵も知る由がない。だから、純粋な気持ちで不良少女たちはその言葉に耳を傾けた。

 

 やさぐれであるとはいえ、彼女たちだって年頃の少女である。恋バナの一つや二つ、気になってしまう乙女心を有しているのだ。

 

『センセイ、キミノコトガスキダ。ダカラドウカ、キミセンヨウノ、ボウドレイニ、シテクレナイカイ?』

 

 しかも、大胆にもこの場で告白してしまっていた。大好きな先生を目の前にして、簡易イマジナリーお姉ちゃん棒ネットワークを構築しつつある彼女たちは、お互いの恋心すら共有してしまっていたから。

 

 先生のお尻を想う、何百本のイマジナリーお姉ちゃん棒の気持ちが合算されたが故の大胆さであった。

 

 きっとオリジナルも、この状況ならばこうするだろう。そんな確信持っての行動であった。

 

「……ごめんね、イマジナリーお姉ちゃん棒」

 

 ただ、ヘルメット団に囲まれて危機的な状況とはいえ、素直に付き合いますと告げる倫理観は持ち合わせてはいない。

 

 先生の言葉に、周囲のヘルメット団たちの目が吊り上がる。なに可愛いイマ姉棒の告白を断ってんだよ、と空気が張り詰め始める。

 

 ただ、先生は更に言葉を手繰った。

 

「生徒とは付き合えないから、ごめん」

 

 その言葉に、生徒? と疑問符を頭に浮かべたネルが隣にいたのだが、そんなことはさておいて話は進む。少なくとも、ネルとミライ以外のこの場の全員が真剣だったから。

 

 ミライとしては、自分は一体なにを見せられているのだろう、と頭がおかしくなりそうになっていたが、元から認知が歪んでいるので問題はなかった。

 

『……ワタシノコトヲ、セイトアツカイ、シテクレルノカイ?』

 

「君も将来の色々なことを考えて、決めようとしてるから」

 

 だから生徒なんだよ、と先生に諭されて、イマジナリーお姉ちゃん棒たちは股間が熱くなり、アロマがドバドバ溢れ出るのを止められそうにない。

 

 因みに、先生が言った将来のことを色々考えて、と言うのは先生のお嫁さんになろうとしていることである。他の進路も見つけようね、という先生からの勧告でもあった。

 

「──ワカッタヨ、ショウライ、モットステキナ、レディニナッテ、キミノオヨメサンニ、ナロウトオモウ」

 

 だが、先生の遠回しな言い方では、イマジナリーお姉ちゃん棒に真意は届かなかったようだ。生徒じゃなくなったら、あなたのお嫁さんになります宣言をかまして、完全に嫁入りの覚悟を決めてしまっていた。

 

 遠い将来、先生はもう一度イマジナリーお姉ちゃん棒に尻穴を狙われる事となるが、本当に遠い将来の話なので、安心して欲しい。

 

 

「じゅ、純愛だぁ……っ」

 

「イマ姉棒、お前は立派だなっ」

 

「頑張れよっ、花嫁修行だって手伝ってやるからなっ」

 

 

 熱い気持ちで見守っていたヘルメット団たちは、その感動的(多分に主観的)な告白を見て全員が泣き崩れてしまっていた。そして、それぞれの量産型イマジナリーお姉ちゃん棒に、あたしはお前の味方だからな、と自らの気持ちを伝えて慰める。

 

 イマジナリーお姉ちゃん棒たちも、それぞれの持ち主に寄り添いながら、アリガトウと伝えて心を通わせていた。

 

 

「──なんなんですか、これはっ!?」

 

 

 そんな弛緩した空気の中で、一人だけブチギレていた人物がいる。語るまでも無い事だが、ミライであった。

 

「お金を払って、あなたたちを雇っているんですよ! 契約に基づいて、ちゃんと仕事をしてください!!」

 

 本来なら、今頃はネルと先生を適度にボコって、リオにNTRビデオレターじみた勝利宣言の撮影ビデオを送りつけているはずだったのだ。

 

 なのに、イマジナリーお姉ちゃん棒と先生のラブロマンスが唐突に始まり、気がついたらみんなの戦意が萎え切っていた。

 

 絶対的に有利な立場にいたはずなのに、いつの間にかそんなことはなくなっていた。その事実に、ミライは動揺と怒りを隠せなかったのだ。

 

 ただ、そのミライの檄を聞いても、ヘルメット団員たちはお互いの顔を見合わせるばかりで。

 

「どうするよ?」

 

「あー、もーよくね?」

 

「元々、イマジナリーお姉ちゃん棒を作る事込みで承諾した仕事だしなぁ」

 

「そうよなー、なのに依頼主、急にイマジナリーお姉ちゃん棒製造はもう必要ありませんとか言い出してたし」

 

「あたしら、他の奴らにイマ姉棒を届けるために頑張ってたのにな……」

 

「データでイマ姉棒を量産するとか言ってたけど、このフォルムだから可愛いのにな」

 

「なー」

 

 最早、戦うどころではなく、ヘルメット団員たちは自分のイマジナリーお姉ちゃん棒に語りかけるばかり。戦力になど、なりようがなかった。

 

 あまりに理不尽な状況に激昂が止まらなくなりそうだったミライだが、ふと朝方に受けた忠告が頭によぎった。

 

 

 "でしたらミライさん、その大人が何を目的としているのかを理解しておくことです。でなければ、向こうがミライさんを用済みと判断するタイミングが図れませんので"

 

 

 その言葉の通り、ミライはその黒い大人に対して、警戒を怠らないように意識していた。

 

 ただ、ギブアンドテイクで繋がっていたのは、何もあの黒い大人に対してだけではなかったのだ。

 

 ヘルメット団員たちが何を目的として、ミライに協力していたのか。そんな足元のことすら、ミライは見落としまっていた。お金ではなく、イマジナリーお姉ちゃん棒をヘルメット団員たちは愛している、ということを。

 

 それに気がついて、ミライはガックリと肩を落とした。気がつかないうちに、自分はヘルメット団の協力してくれる理由を、お粗末にしてしまっていたのだと理解したから。

 

「愛も目に見えない概念、疑似科学的だということに気がついておくべきでした……」

 

「寝言は寝てから言え」

 

「ぐえーっ」

 

 ネルに拳骨を落とされ、ミライはその場で蹲った。天罰覿面、ネルのグーはとても痛い。

 

 それに構わず、ネルはデータセンターのUSBポートに差し込まれたイマジナリーお姉ちゃん棒USBを、片っ端から引っこ抜いて行った。任務完了、イマジナリーお姉ちゃん棒の侵略は阻止された。

 

 後はヴェリタスが、イマジナリーお姉ちゃん棒ワクチンを投下して、ミレニアムのデータ正常化を図ることになる。

 

 完全勝利、擬似科学部の野望は潰えたのだ。

 

 

 

 こうして、疑似科学部とヘルメット団が起こした騒動は終息へと向かい、彼女たちはネルによってヴァルキューレへと突き出された。

 

 イマジナリーお姉ちゃん棒を取り上げないことを条件に、投降してきたヘルメット団にぐるぐる巻きにされているミライ。

 

 護送車に乗せられていく彼女たちを見送って、やっと終わったかと溜息が出そうだったネルは、隣に立つ先生の表情を見て、それを飲み込んだ。

 

 ──先生の表情が、未だに思案深いものだったから。

 

「先生は、まだ何かあるって思ってるのか?」

 

「ううん、分からない。……ただ、なんでイマジナリーお姉ちゃん棒だったんだろうなって思ってね」

 

「そりゃ……なんでだ?」

 

「本当になんでだろうね」

 

 分からない問いを前にして、二人は何気なしに予感した。まだ、全てが終わったわけでは無いかもしれない、と。

 

 


 

 

 暴走していたイマジナリーお姉ちゃん棒の全てに勝利したセイアは、疲労困憊の身体を押して美少女力学同好会の部室までやって来ていた。

 

 リオへの戦勝報告と、ネルの奮闘を讃えるために。

 ……なのに、部屋には誰もいなかった。

 

 リオは後始末をするためにデータセンターへと直接足を運び、ネルは先生を地上へと案内している最中。折り悪く、セイアとはすれ違ってしまったのだ。

 

 ただ、セイアはクタクタの身体を押してここまで来ていた。明日は全身筋肉痛確定のボロボロ具合なのである、すぐ帰ろうとは思えなかった。

 

「やれやれ、無駄足だったとはね……」

 

 独り言ちつつ、近くの椅子に身体を沈めた。柔らかくは無いが、適度に弾力があって疲れない構造の椅子は、セイアにホッと一息つかせてくれた。

 

 さて、ここでしばらく待っているか、歩けるまで体力が回復したらホテルに戻るか。

 

 そんなことをぼんやり考え始めたセイアは、ふと顔を上げた。近くに誰かの気配を感じたから。

 

 少し前まで、イマジナリーお姉ちゃん棒達と死闘を繰り広げていたからか、未だに勘が鋭いままだったのだ。

 

「誰か、いるのかい?」

 

 呼び掛けると、何処かしらから返事が返って来た。

 

『──知らない声、だけど、ASMRで一生聞いてたいタイプの声がする』

 

「は?」

 

 その声は女子のものだったが、発言の様子がおかしい。意味がわからないまま、セイアは声の聞こえる方へと足を向けた。

 

『あー、ごめん。絶対にメインヒロインになって欲しいタイプの声が聞こえて、ちょっと興奮しただけなんだ。病気だと思って許して欲しい』

 

「……酷い発作だ、などと言えばいいのかな」

 

 頭の悪さは、もしかしたら愛すべき愚妹に準ずるかもしれない。そう思いながら、セイアは美少女力学同好会の実験室扉前まで来た。

 

 この中から、声が聞こえているから。

 扉に手を掛けようとしたところで、手が止まる。

 

 何か、予感がしたのだ。

 開けたら、何かが台無しになると。

 

 何が台無しになるのだろうか、と思いつつも、自らの勘に従ってセイアは自重した。

 

「……君は、誰だい?」

 

 代わりに誰何し、正体を探る。勘の通りだとしても、いつの間にか現れた不法侵入者であることには違いないと考えたから。

 

 すると、扉向こうのからは、うーん、と悩ましげな声が聞こえたあと……。

 

『……ま、取り敢えず、花風ナゴリって名乗っとくよ』

 

 ひどく、適当な返事が返って来た。

 何だが楽しそうな、それでいてお気楽な声。

 

 何故だか、セイアは妹に似ている気配を感じた。

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