「先生。行って来ます」
とある田舎の村にある墓の前で白髪頭の少年が旅立とうとしていた。
墓の前には義手と呼ぶには余りにも巨大であり、武器と呼ぶに相応しい物が置かれている。
未だ十歳程の少年は小柄で一見すれば弱々しいが、着痩せするのか服の下には鍛え上げられた肉体が収められていた。
「それじゃあ行こう。……正義の味方になる為に」
決意に満ちた瞳で少年は墓の前を後にする。
空は雲一つなく晴れ渡り、海ならば絶好の船出日和。
それはまるで少年の旅立ちを祝福しているかの様で……。
そして数年の月日が流れ、少年は世界の中心であるオラリオに来た彼は……ミノタウロスの群れに遭遇していた。
「わわわわわっ!? どうして上層にミノタウロスがっ!?」
少年の名はベル。ダンジョン十一階と十二階を繋ぐ通路を通っていたら何故か中層でも下にしか出ない筈のミノタウロスの大群と遭遇したのだ。
ミノタウロス達は恐慌状態だがベルも軽いパニックだ。
でも、取り敢えず上に行ったら下級冒険者が殆どなので倒さないといけない。
だから戦った。戦って倒し続けた。
「一体残らず先には進ませない。此所で絶対に食い止めるっ! 武装色……硬化!」
その叫びと共に少年の腕……ではなく、手首から先……でもなく指の根本辺り、拳打の際の接着面が辛うじて薄く黒付いた。
「ううっ。まだまだだなぁ……」
ベルの一撃はミノタウロスの巨体を後ろの仲間数体纏めて壁まで殴り飛ばして絶命させる程ではあるが、その顔に浮かぶのは己への情けなさであり、頭に浮かんだのは師との出会いであった。
「おい、小僧。此処は地獄か?」
ベルが四歳の時、村外れで見付けたのは生きているのが不思議な位にズタボロの老人。
あまりにも巨体なものでモンスターかと思ったベルであったが彼が喋った事で人間であると判断して助けを呼んだのだが、これを切っ掛けに老人はベルの家に居候する事になる。
彼が怪我の後遺症と持病によって息を引き取るまでの五年間、ベルは多くの事を学んだ。
世界の闇ともいえる残酷な現実、それに立ち向かおうと正義を掲げる者達。
英雄譚を好み英雄に憧れるベルが胸を高鳴らせるには十分で、モンスターが存在する子の世界で英雄を志す彼を老人は鍛える事にした。
しかし未だ未熟であり、師が残した教えの書き留めを参考に修行を続け、多くの実戦を乗り越えても教わった戦闘術である六式は三式使いの状態で、覇気は指先が若干黒くなる程度。
師は腕全体が黒く染まり六式を使いこなすのだからベルからすれば情け無い話だ。
師が言うにはベルだけではなく、この世界の人間自体が彼の知る人達に比べて少々脆弱な部分があるらしい。
「あと一匹!」
それでもだ、オラリオに来る前から正義を掲げる女神と共に行った人助けの旅は彼のレベルを3にまで上昇させており、それに覇気が加わればミノタウロスなど敵ではない。
ましてや何かから逃げて来たミノタウロスだ、最後の一体は逃げて来た相手と立ち塞がる相手に挟まれて動けず、その目の前で飛び上がったベルは空中で高速での回転を行う。
「これだけ隙だらけなら! 嵐脚・周断!」
遠心力を加えた足の振りから放たれたのは六式使いのそれに比べれば余りにも弱いが、基本技の半分の威力は持つ風の刃。
「あっ」
此処で忘れてはいけないのがミノタウロスは本来更に下の階層で出るモンスターであり、恐慌状態で向かって来たという事だ。
つまりは何かから逃げて来た訳で、その何かとはオラリオでも最強の一角であるロキ・ファミリア。
その幹部である剣姫アイズ・ヴァレンシュタインが追い付いて、取り逃がしたミノタウロスの最後の一匹を背中から切り伏せた。
「っ!」
流石は数少ない一級冒険者だ、ミノタウロスを切った直後に目の前に迫っていた嵐脚の刃も咄嗟に防いで見せた。
そして一瞬敵襲かと思い敵意を向けるものの、周囲に散らばった灰やドロップアイテムを見れば何が起きたのかは一目瞭然。
「……君がやったの?」
自分達が逃してしまったミノタウロスの残りを倒してくれたのか? それが彼女の言いたかった事なのだが……。
「ご、ごめんなさいぃぃいいいいいっ!」
生憎ベルはヘタレであった。そして攻撃してしまった負目と最初に感じた敵意からの解釈は、貴様が攻撃して来やがったのか? だ。
情報収集は大切だと既にアイズの情報は得ている。
結果、ベルは逃げ出した。それも三式使いとしての実力を如何なく発揮して空中を高速で飛び跳ね続けながら。
「……」
迷惑をかけて尻拭いをして貰った相手が怯えて逃げ出した。
そんな事態に少し落ち込んだアイズであった。
一方、ヘタレもといベルはと言うと、大手ファミリアに喧嘩を売ってしまったと勘違い、何せアイズはロキのお気に入りとして有名だ。
下手をすればファミリア総出で追って来ると怯えたヘタレが向かうのはとある酒場、綺麗なウエイトレスが多く働く少々お高め残した店の裏口。
「ベル? 確か十八階層で数日過ごすと言って……」
そこに居たのはウエイトレスの一人で、同族以外には触れられるのも厭う部族すら存在するエルフの女性。
「リオンさぁぁぁああああん! どうしましょうどうしましょうどうしましょう!」
そんな彼女にベルはパニックを起こしながら抱き付いた。
「取り敢えず落ち着きなさい」
彼女の名はリュー・リオン。訳あってオラリオの外で活動している女神の眷属であり、その女神からの手紙と共にやって来た後輩であるベルに拳骨を落として落ち着かせる様な面倒見の良い女性である。
彼女がベルと初めて会ったのは近道の為に通った少し治安の悪い路地裏。
何やら揉めているので様子を伺えば、怪我をして倒れている小人族の少女を庇って戦うベルの姿があった。
「余計な真似をしやがって! ナニモンだ、テメェ!」
「僕は正義の女神アストレア様の眷属にして正義の味方! ベル・クラネル!」
ファミリアの紋章が背中の部分に描かれたコートを袖を通さず肩に掛けて叫ぶベルの姿をリオンは忘れないだろう。
Zを両手で表した少し変なポーズだったから。
「……なるほど。事情は分かりました。ですが、大丈夫でしょう。相手は大手、ちょっと関わっただけでそこまで拘らないでしょうしね」
アイズがミノタウロスを逃してしまったのには勘付くリオンであったものの、少し痛い目に遭ってうかつな行動を控えれば良いと思うリオンであった。
「あの力、一切魔力を感じなかった。ちょっと気になる」
尚、興味を持たれたので今後も本来の歴史と同じ様に関わるのであるが、それはまた別の話である。