アビドスでの留学を終えてはや一か月。
いつも通り学園へ向かうため駅のホームで電車を待っていた。朝早くから仕事をするべく向かっていた為、ホームには生徒があたし一人しかいなかった。
時間もまだ余裕があるため、何か時間を潰せるものはないかと考えていたらこの場に似つかわしくない声が響く。
「お久しぶりです、浄玻サバキさん」
「‥‥何しに来たの、お前」
隣に座る黒スーツの男。あたしがゲヘナよりも信頼できず、この世で最も苦手な相手だ。
「クックック‥‥。
嘘だ。
こいつがわざわざ駅を使う理由がない。
それに早朝に来る理由だって
「…要件があるなら早くいったら?」
こいつには心を開いてはダメ。開いたが最後、一瞬でペースを持っていかれる。
「おやおや。未だ警戒されているようですね」
「当たり前だ」
こっちが警戒心を出せば出すほど、向こうはなぜか喜んでいる。何故だ…?気色悪いぞ
「‥‥失礼。この際ですからはっきりさせておきましょう。
「よく言うよ。
「ええ、そうでしょうね。私としても忘れるつもりはありません」
今のあたしに渦巻いているのは激しい怒り。
むかっ腹が立って仕方ないが、コイツをどうにかする理由も術もない。
子供のあたしじゃどうしようもない。抑えて対話に徹するしかない。
「あの時は時間がなく自己紹介がまだでしたね」
「名前あるんだ‥‥」
「当然です。ですが今は『黒服』とでもお呼びください。この名前、拝借した名ですが私としても気に入ってい
ますので」
「黒服‥‥ね…」
始めて会った頃からこの男が嫌いだ。いやむしろあたしにとって悪夢となる出来事を起こした連中…『ゲマトリア』なる組織に属している。
キヴォトスでもそう居ないであろう禍々しいビジュアル。
本当に同じ生命なのかさえ疑わしい。
「ククッ、ところで聞きましたよ。なんでもアビドスを襲っていたヘルメット団を壊滅させたとか」
「どこで聞いた?」
「いえ有名な話ですよ。なにせ私もアビドスに興味がありますから」
「あ゛?」
コイツがアビドスに?何を企んでいる?
「貴女が一時在籍していたアビドス。そこの1年生である小鳥遊ホシノさんに興味がありましてね。
正確には小鳥遊ホシノが持つ神秘についてですが」
「あの子に何かしようってもんならただじゃおかないからな」
「おやおや。随分と気にかけているのですね、もう貴女はアビドスの生徒ではないのに」
「関係あるか。あたしはな、お前らみたいなろくでなしから生徒を守ることが使命だ。そこのに自校だの、
他校だの、関係ねえよ」
「ほぅ…相変わらず面白い持論をお持ちですね。実を言うと私は貴女についても興味があるのですよ。
キヴォトスで最も強い神秘を宿す【暁のホルス】もそうですが貴女の【可能性】についても」
「可能性だと?」
「ええ。このキヴォトスには多くの神秘を宿した生徒がいます。小鳥遊ホシノのような強い神秘もあれば、
然程強くない神秘も。貴女の持つ【可能性】も含まれます。銃社会のキヴォトスにおいて、銃を複数使い
こなす生徒は滅多にいません。一つの銃を生涯使い続けるでしょう。ですが貴女は違う」
「あああ。お前の考えてる通り、あたしに武器への拘りは薄い。じゃなきゃ3つも武器なんざ使わんよ」
「あくまでこれは私の考察ですが、貴女の持つ【神秘】が深く関わっていると思うのですよ。中々類を見ない
神秘‥‥ククッ、ぜひとも観測させてもらいたいところですが‥‥」
「協力するとでも?」
「いいえ、ないでしょうね。ですが‥‥いずれ自覚するくらいまではあるかもしれませんが」
「ないといいけどね」
「クククッ‥‥ご健闘をお祈りしますよ、浄玻サバキさん」
反対側から来た貨物列車が通り過ぎると、隣にいたはずの黒服は居なくなっていた。
‥‥やっぱりあーいう大人は嫌いだ。何を考えているのかわからないし、あたしが理解できるようになるなんて
万に一つもないだろう。
あーもう!あいつと話してたら変な気分になる!!これじゃあ折角の朝の空気が台無しだよ
「てか、今何時だ?」
腕時計を確認してみると、予定していた乗車時間を過ぎていることに気づく。
やっべっ?!乗り損ねた!!てか、絶対乗る電車さっきのだったじゃん!許さん‥‥許さんぞ…黒服‥‥
珍しい来客によってサバキのスケジュールは少し変更するのであった‥‥
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黒服によってペースを狂わされたせいで、疲労感が抜けないサバキ。
いつも通り書類仕事に明け暮れていると、メカクレ姫カットな後輩ちゃんたちがなだれ込んできた。
「「「「「委員長~~!!助けてくださーい!!」」」」
「お、おうどうした?」
後輩ちゃんたちは全員ボロボロの様で重傷程ではないが怪我を負っていた。
「実は―――――――――――――」
どうも後輩たちが言うには、ミレニアム自治区から強盗犯が逃げてきたらしい。それを正義実現委員会の方で捕らえたまでは良かったのだが、強盗犯を追ってきたメイドさん?が身柄の引き渡しを要求。しかし、こっちの管轄に入ってしまったためにそれを拒否。結果、小競り合いになってしまったようだ。
「それで副委員長が委員長に助けを求めろと‥‥」
「わかった、すぐに向かう。それと君たちをボロボロにしたのは誰だ?」
「それが‥‥一年生なんです」
「1年生?君たちと同じ?」
「はい‥‥スカジャンを羽織ったメイドさんで‥‥」
「私たちじゃとても歯が立ちませんでした‥‥」
ホシノちゃんといい、今年のキヴォトスは一年生の有能株が豊作だな
「お願いします、このままじゃ副委員長も‥‥」
今にも泣きだしそうな後輩ちゃんたちの頭をあたしはそっと優しく撫でる。
「よく教えてくれた、偉いぞ。---あとはあたしに任せろ」
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「クッ‥‥強い‥‥」
「悪いな、でもこっちも仕事なんでな。諦めてもらえると助かる」
トリニティ自治区にて、正義実現委員会の副委員長バンは目の前のスカジャンを羽織ったメイド少女に銃を突きつけられていた。
あたりには地面に突っ伏す部下の姿。たった一人のメイド少女によってこの惨状が出来上がっていたことを証明する。
通報を聞きつけ、立てこもりを起こしていた強盗を捕縛したまでは良かった。
しかし、ミレニアム自治区から逃げてきたという事実があのメイド少女をここに呼び出してしまった。
少女は身柄を渡すように告げるが、あくまでトリニティ自治区に入ってしまった以上、こちらが自体を収取しなくてはならない。立場上譲り合えなかったことが次第に決闘沙汰となり、今に至る。
はっきり言って完敗だった。
バンも決して弱いわけではない。副委員長として日夜実践で研鑽を積んでる。
それでも目の前の少女の強さは圧倒的だった。
絶対的な力を前にバンは敗北するしかなかったのだ。
「‥‥私の負けね」
「あんたも中々やるじゃねえか。こんな状況じゃなきゃもっと戦ってたかったさ」
会話し合うバンとメイド少女。そこに一発の銃弾が向かう。
「おっと!」
完全に死角から放たにも関わらずメイド少女は軽快な跳躍で躱す。
「バン!大丈夫っ!?」
「サバキ委員長!!」
よかった、間に合ったようだ。多少負傷しているものの命に別状はない様子。
他の子たちも気絶してはいるが、それ以外は問題なさそうだ。
そうこうしていると、メイド少女がこちらに気が付いたようだ。
「よう、あんたがこちらのリーダーか?」
「ああ、トリニティ総合学園、3年のサバキだ」
相手のメイドさん、ルックス的に見れば‥‥結構小さい。ホシノちゃんと同等とみても良いだろう。
小さい体格にメイド服とスカジャンと、なんともアバンギャルドな風貌だがその身に纏う覇気は本物。
将来的にも大成する逸材だろう。
「あたしはミレニアムの1年、美甘ネル。今の狙撃、いいじゃねぇか」
「そちらこそ、中々の腕前だと見受ける」
「早速で悪いんだがそっちに逃げてきた強盗犯、引き渡してくれねぇか?一応こっちのターゲットなんでな」
「ええ。いいわ」
「委員長!!」
「話が早くて助かる。それとなんだが‥‥あたしと一戦手合わせしてくれよ。あんた強いんだろ?」
どうも最近の1年生は血の気が有り余ってるのか?
暴走時のツルギちゃんといいホシノちゃんといい、ネルちゃん?といいバリバリ殺気を出すのは控えてほしんんだがなぁ…気が休まらん。
かといって引き受けない理由もない。やむを得ないとはいえ部下をボコボコにされたんだ。そのツケくらいは返してもらう。
「いいよ。かかってきなよネル
「ア゛ァ゛ァ゛ン゛?喧嘩売ってんのか!?上等だ!」
‥‥どうやら、余計なこと言ったみたいだ
その直後、ネルはあたし目掛けて一直線に向かってくる。
すぐさま距離を取り、遮蔽物に身を隠して『黒笏』を構える。
アビドスの日々はあたしにとって良き経験になった。
実際、委員長になって以来前線に出る機会は減った。血を流してまで死闘を繰り広げたのは久しぶりだった。
全く新しい環境、立場での戦い。防衛からの一転攻勢、実に新鮮で良い着想を得た。
トリニティに戻ってからも、着想の探索を怠らなかった。
またいつあのような相手に会うか、会ったらどう戦えばいいのか。今までとは違う全く新しいやり方を。
(あの子はガンガン前に出て戦うタイプ。迂闊に近づかせてはいけないが、生半可な牽制は意味がない。なら‥‥)
スコープ越しに狙うのは、ネルではなく足元。
右、左、右、左、左、右、右、左。
ただ勢いを殺すのではだめ。単調なリズムにノイズを織り交ぜバランスを崩させる。
「チィッ!味なマネしてくれるじゃねぇか!!」
ジグザグに軌道を変えながらもネルは着実にあたしへ迫る。
あの速度なら約30秒ほどで到達するだろう。
「距離、200‥‥150…100‥‥」
後10秒。‥‥5,4,3,2,1
‥‥来た。
銃弾を飛び越え、あたしの視線にサブマシンガンの銃口が迫る。
「やっと辿り着いたぜ!かき回されたが、この間合いならあたしが有利なんだよ!!」
だろうね。サブマシンガン使いが接近戦に強いことなんて百も承知済み。
だからあたしはこうする。
ネルが引き金を引く直前、『黒笏』の銃身を掴み構える。
「あん?ライフルで‥‥」
殴るんだよッ!!
スナイパーライフルをネ飛び込んできたネルに向かって勢いよく振りかぶる。
「ぐっ‥‥?!」
完全に想定外の攻撃。ネルも咄嗟に己の銃身でガードするが、勢いを殺しきれず脇の遮蔽物に衝突する。
作戦大成功。
まさか、スナイパーライフルが近接し掛けて来るなんて思ってもみなかっただろう。
これもアビドス留学のおかげ‥‥なんて言ってる場合じゃないな。
前方から響く靴音。
どうも相手は健在のようだ。
「‥‥ったく、まんまとしてやられた」
「新鮮だったでしょう?」
「ああ。だが次は上手くいかねーぞ」
互いに緊迫する中、突如ネルの方から電子音が鳴り響く。
「あ?なんだよ、いいとこだってのに‥‥もしもし」
『あ、やっと出た。先輩方が任務終わったから戻ってこいだって。それとセミナーから帰ってきたらこっち来る
ようにって言ってたから。じゃーねー♪』
「あ、おい!アスナ!‥‥チィッ切りやがった」
悪態をつきながら通信を切るネル。
構えていたサブマシンガンも降ろす。
「悪い、戻んなきゃいけなくなった」
「気にすんな。そっちが良ければまたおいで」
「おう、今度こそ決着つけてやる。逃げんなよ?」
視線を交わすサバキとネル。
両者には自然と笑みがこぼれていた。
「それと悪かったな。今度ミレニアムから詫びの品送っとく。怪我した奴らに渡してくれ」
そう言ってネルは拘束された強盗犯を抱えながら去っていった。
(思ってたよりも根は良い子なのかも)
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後日、ミレニアムから正義実現委員会宛てに高級洋菓子の詰め合わせが届いた。
部員たちは喜んでいたし、問題はないだろう。
ただ、ハスミちゃんがお腹をツルギちゃんに突かれていたが、まぁいいでしょう。