魔女のコンビニ~ざばとっぷへようこそ~   作:結城 しえら

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第三話『それは確かに本物だった』

「こら、待ちなさいっ!」

 

 怒声が廊下に響き渡る。

 声の主は、怖いことで定評のある生活指導の先生。

 ここは学校の中、私は生徒。

 校内のチャイムが授業の開始を告げていた。

 私は先生とチャイムの両方を無視して、廊下を駆けて行く。

 後ろから追いかけてくるが、私の方が早い。

 

「待つわけないでしょー」

 

 教師との距離をどんどん開けて行く。

 私は、この状況を〈鬼ごっこ〉って呼んでる。

 普通に楽しいのと、先生から逃げるのが鬼ごっこみたいだから。

 やがて、逃げる場所は校内から校外へ。

 

 

 私は学校近くの空き地へと逃げ、物陰に隠れていた。

 ここまで来れば、もう追いかけては来ないだろう。

 

「いやーあの熱血野郎、相変わらずしぶといなぁ」

 

 まさか外まで追いかけて来るなんて……

 毎回毎回、ほんと疲れる。ま、楽しいんだけどね。

 

「授業……めんどくさいな」

 

 ぽつりと、口から無意識に零れた言葉。

 なんでかと聞かれても、分からない。

 ただただ、つまらない。

 だから、私は授業をサボる。

 

「はぁ、もう一人、私がいればな……」

 

 眠くなってきた、少し、寝よう……

 

「──私、いつの間に寝て……っ」

 

 目が覚めると、真っ白だった。何がって、見えている景色が。

 どういうこと? 私、何をしていたんだっけ?

 寝起きで頭が働かない、ここはどこだろう。

 やがて、頭にかかったモヤモヤが、段々と晴れていく。

 

「……先生から逃げて、空き地に逃げ込んだまでは思い出した」

 

 場所も移動していないことから、恐らくそのまま寝てしまったのだろう。

 今は何時だろう、分からない。

 太陽の位置で大体の時間を確認しようとしても、周囲は霧に覆われているから確認のしようがない。

 

「とりあえず、家に帰ろう」

 

 空き地から家まで、さほど距離はない。歩いて十五分程だろうか。

 少し先までは見えているから、帰れるだろう。

 こうして、私は空き地を出た。

 

 

 空き地を出てから、約一時間が経った。

 直ぐ家に着くだろうという考えは間違っていた。

 

「どんどん、知らない道に入って行ってる気がする……」

 

 率直に言おう、道に迷った。

 なんで? 答えは決まっている、この霧だ。

 視界一杯に広がる、濃霧。

 前は白、後ろも白、右も左も白、白白。白一色だ。

 家の方面に向かって歩いていたはず、なのに歩けば歩くほど、私の知らない場所へ行っている気がする。

 いつしか、私の足は知らない草原を歩いていた。

 

「いったい……ここはどこなのよ、霧はいつ晴れるの?」

 

 なんで、私がこんな目に合わないといけないの……?

 落ち着かない、気が狂いそうだ。

 もう、このまま帰れず、私は死ぬのだろうか。

 

「せめて、もう一人……同じ境遇の人が近くにいたら──」

 ──何か違ったのかもしれないのに。

 

 もうどこを歩いているのか分からない。

 ここはどこなんだろう。

 また、眠くなってきた……もう一回、寝ちゃおうかな。

 意識が、遠のいていく。

 

「……だ、れ」

 

 どこからか、足音が聞こえる。

 何なのか確認しようにも、顔が、腕が、身体のすべてが動かない。

 どんどん近づいてくる。

 音はやがて、近くで止まった。

 恐らく、目の前。

 もう目も開けない、瞼が重い。

 

「──」

 

 何か言っている、けれどよく聞こえない。

 私の意識は、そこで途切れた。

 

 

「……こ、こは」

 

 目が覚めるとまず最初に、視界一杯に白い天井が映った。

 次に感じたのは、背中がふわふわしてること。視線を動かすと、胸の辺りまで毛布がかけられていた。

 どうやら布団の上らしい。

 

「あら、ようやくお目覚めですか〈お客様〉」

 

 頭上から声が聞こえた、と思ったら、ひょいと顔が覗き込んできた。

 誰だろう、天井の光でよく見えない。

 紫色の髪の毛が数本、顔にかかってくすぐったい。

 

「あなたは、誰ですか」

 

 ああ、と相づちをしてから顔を離した。

 起き上がって、私を〈お客様〉と呼んだ彼女を見る。

 丸い椅子に座っていて、両手で木の箱を抱えていた。救急箱だろうか。

 傍の机にそれを置くと、彼女は私に深くお辞儀をして。

 

「初めまして、〈お客様〉。ボクはここ、〈ざばとっぷ〉の店員です」

 

 と微笑を浮かべながら、挨拶をしてくれた。

 

     ◇

 

 ──〈お客様〉が起きる少し前──

 

「……おかしい」

 

 品物の整理をしたり、埃を落としたりと店内の掃除をしていた時。

 外から、何やら違和感を感じた。

 

「今日は、来客の予定は入れていないはずなんだけどな……」

 

 たまにいるんだよ、ボクの許可なく入ってくる〈お客様〉が。

 しかたない、長く外に居ると〈お客様〉じゃなくなっちゃうし、お出迎えに行くとしましょう。

 〈お客様〉の居場所を探ると、迷い込んでから既に数時間経過しているようだ。

 

「おっと、これは……急がないとね」

 

 せっかく餌があっちから来てくれたのに、勿体ない。

 このまま死なれるくらいなら、有効活用しなくては。

 ほんと、人間って脆いね。この程度の瘴気(・・)にも耐えられないんだから。

 

「少し、店を開けますね──大丈夫、誰も来ませんから」

 すぐに帰ります。と奥に一声かけて、ボクはコンビニを出た。

 

 

 瘴気の中を迷いなく歩き進める。

 目の前すら満足に見えない。だが、ボクには分かる。

 しばらく進むと、一人の少女が横たわっていた。

 近づいてみると、息が荒い。

 

「世界の端に来るほど、辛くなるはずなのに……」

 

 ここまで自力で歩いて来た〈お客様〉は初めてだ。

 あと少しのところで、力尽きたようね。

 まあ、無理やり出られなくて良かった。本当に。

 もしも、この世界から、自力で出ていたら……

 

「貴方、大変なことになっていましたから」

 

 さて、連れて帰りましょうか、この世界に入った時点で、誰もがボクの〈お客

様〉なのだから。

 

 

「助けて下さり、ありがとうございます」

「いえいえ、回復してくださって何よりです」

 

 彼女の絶望を得るためなら、看病くらいしますとも。

 

「それで、どうすれば、帰れますか?」

 

 〈お客様〉は不安そうにボクの顔を見ていた。

 分かるんだろうなぁ、ここが彼女にとって良くないところなんだって。

 すごく強い本能なのに、どうして精神はこんなに弱いのだろうか。

 ま、考えたところで、ボクには関係のないこと、むしろラッキーだね。

 

「外は今、霧が濃いのでもうしばらくこちらで休んでいかれてください」

 

 適当に理由を作って足止めをする。

 

「迷惑ではないでしょうか……」

「そんなことはありませんよ」

 

 タイミングとしては、そろそろだろうか。

 ボクはそうだ、と前置きをして。

 

「せっかくですから、〈お客様〉のお悩み、話されてはみませんか?」

 

 本題を切り出した。

 

     ◇

 

「……あれ、ここは?」

 

 目が覚め、顔を上げると、そこは空き地だった。

 空はオレンジ色に染まり、カラスが鳴いている。

 私は、何をしていたんだっけ?

 

「授業がめんどくさくて、空き地に逃げ込んだまでは思い出した」

 

 そこからはダメだ。場所も移動していないことから、恐らくそのまま寝てしまったのだろう。

 今は何時だろう、って空を見れば分かるか。

 

「……なんだろう、同じようなことがあった気がする」

 

 でも思い出せない。

 思い出せないということは、それほど大切な事じゃないのだろう。

 

「とりあえず、家に帰ろう」

 

 空き地から家まで、さほど距離はない。歩いて十五分程だろうか。

 私は固まった身体を伸ばすために大きく伸びをする。

 どこかの骨がぽきっと軽快な音を鳴らした。

 そして私は、家へと歩き出した。

 

 

 家に帰ってから、親に怒られた。

 なんで? 答えは決まっている。授業をサボったからだ。

 珍しく家に居るなと思えば、私の学校での態度を聞いたから、らしい。

 どうして授業を受けなかったの、とは母の言葉だ。

 めんどくさいから、と答えれば返ってくるのは言葉にならない奇声。

 子供は親の言うことを聞きなさい、とは父の言葉だ。

 聞いて何になるのかと問い返せば同じことを繰り返すばかり。

 めんどくさい。どうしてこんなに面倒に感じてしまうのか。

 私は両親の話を無視して自室に籠った。

 

「はぁ、もう一人、私が居ればな……」

 

 

 翌朝。いつも道りの時間に起きたのはいいが、目に映る光景がいつも通りではなかった。

 

「おはようございます、私」

 

 目の前に、私が居た。全裸の。

 

「お、おは……よう?」

 

 まだ夢を見ているのだろうか。

 頬を抓ってみるが、現実の様だった。

 ……すごく痛い。

 

「貴方、誰?」

 

 私は恐る恐る訪ねてみた。

 

「私は貴方ですよ」

 

 微笑みながら全く同じ顔、声で答える。

 

「私が、昨日寝る前に願いました。もう一人、私が欲しい、と」

 

 確かに願ったけど、なんで叶ってるのか、聞こうとしたとき。

 

「はっくしゅ……えと、服、着たいな」

 

 えへへ、と目の前の私が言ったことで、聞くタイミングを失ってしまった。

 

 

「いったい、どういう事?」

 

 全くもって、状況が理解できない。

 なので私は、自室に瓜二つの自分を残してリビングに来た。

 部屋の私には、朝食を食べてくるから少し待っていてとお願いした。

 彼女は元気よく返事をし、その場から動くことは無かった。

 両親は共働きで、朝早くから仕事に行く。この状況がバレなくて良かった。

 なんて説明すれば信じてくれるのか、いや、信じるも何もないだろう。

 

「……もしかして、いやでも、そんなはずは」

 

 机の上に置いてあるご飯。仕事が忙しくても、毎朝必ず作ってくれるそれを、私は口に運びながら、現状の整理をしようとしていた。何もまとまらなかったが。

 そしてふと、昨日の夢の事を思い出した。

 内容は、霧の中を彷徨い、見たことのないコンビニで、店員さんに悩みを相談するというもの。

 ただの夢だと思っていた。だが、夢じゃないのかもしれない。現実の出来事。

 でないと、起きたら部屋にいた、もう一人の私の説明がつかない。

 食事の手を止め、私は自室に戻った。

 

「貴方……昨日のコンビニと関係あるの?」

 

 まず最初に、夢が現実かどうかを確かめたかった。

 

「はい、私はコンビニの商品から生まれました」

 

 貴方の願いによって、と彼女は言う。

 にわかには信じがたい話だが、瓜二つの自分を見れば、信じるしかないだろう。

 話を聞いていく内に分かったことは、彼女と私は記憶、声、身長体重その他に至るまですべてが同じだという事。

 簡単に言えば、双子以上の存在という事。

 話し方は少し違和感があるが、大した問題ではないだろう。

 だから私は、ある一つの質問をしてみることにした。

 

「じゃあさ、私の代わりに学校、行ってくれない?」

 

 話し方以外のすべてが同じなのなら、代わりに学校に行ってもらえば、先生に怒られることなく、私は学校をサボれる。なんて天才的な考えなんだろう。

 私は彼女を見つめる。

 

「はい、いいですよ」

 

 一呼吸置き、もう一人の私は答えた。私の望んだ言葉を。

 彼女の手を取り、上下に振りながらお礼を言った。

 

「ありがとうっ、そしたらこれ学校のカバンに教材とか、もろもろ渡しとくね」

 

 

「それでは、行ってきます」

「はいはい、いってらっしゃいー」

 

 学校に行く自分を家からお見送りする、というのは少し変な感じだったが、私は無事、学校をサボることに成功した。

 

「自由だぁ!」

 

 家に一人になった私は嬉しさの余り叫んだ。

 

 

 今日はとても幸せな一日だった。

 好きなゲームをしたり、動画を見たり、おいしいお菓子を買ってきてバリバリと食べたりもした。

 

「こんな日が続けばいいのになぁ」

 いや、出来るじゃん。だって──

 

 ──もう一人の私がいるんだから!

 

 なんでこんな単純な答えにたどり着けなかったんだろう。

 めんどくさい事は全部、もう一人に丸投げしちゃえばいいんだよ!

 

「よし、早速行動に移そう……と、その前に」

 

 自分と両親が帰ってくる前に掃除をしなくちゃだな。

 そして──

 

「ただいま戻りましたー」

 

 帰ってきた、もう一人の私が。

 

「お帰りー、手とか洗ったら洗濯物たたんどいてくれるー?」

 

 今お願いしたことは、普段の私が、学校から帰ったらまずすることの一つだ。

 

「洗濯物、ですか?」

「うん、そう、洗濯物。ほら、そこに積まれてるでしょ?」

 

 私は指をさして視線を誘導した。

 もう一人の私が指で示した場所を見ると、そこには今日一日外で干されていた洗濯物がどっさりと積まれていた。取り込んだのは私だ。それくらいはする。

 彼女の顔を見ると、少し嫌そうな顔をしていた。

 

「私なんだから、出来るよね? 学校から帰ってきたら必ずやってたよ、貴方はしないの?」

 

 私なのに? と圧をかける様に問いかけると、分かりましたと彼女は洗濯物の山に手を伸ばした。

 

「私は自室にいるから終わったら教えてねー」

 

 部屋に行って何をするか、もちろん漫画を読むのさ。

 

 

「何でこのギャグ漫画、主人公と周りの人すぐに服を脱ぐんだろう。ま、それが面白いんだけど」

 

 私が面白いと思えればそれで良いと思う。

 

「洗濯物、たたみ終わりました」

「じゃあ次は──」

 

 こうして私は、一通りのめんどくさい事をもう一人の私にしてもらった。

 

「いろいろとありがとー、じゃあ私、ご飯食べてくるから、部屋でおとなしくしててね」

 

 私は彼女の返事を待たずに扉を閉めた。

 リビングへ向かうと、既にご飯が出来上がっていた。

 

「クルミ、晩御飯の準備手伝ってくれてありがとう」

 

 何の事だろう……? あ、もう一人の私がやったのかな、流石私。

 食器を運んだりして数分。

 私たちは手を合わせてご飯を食べ始めるのだった。

 

 

 ご飯を食べ終え、自室に戻ろうとした時。

 お母さんに呼び止められた。

 

「食器片づけるの手伝ってちょうだい」

「うげ……」

 

 なんてタイミングだ、これから部屋に戻って漫画の続きを読もうと思ったのに、めんどくさいなぁ。もう一人の方に言ってよ……

 

「あ、そうだ。お母さん、ちょっと待ってて、すぐ戻るから」

 

 私はお母さんの声を無視して、自室へと向かった。

 部屋に入ると、私が机に向かって教科書を開いて読んでいた。

 

「なにしてるの?」

「あ、お帰りなさい。これはですね、教科書を読んでいたんです。今日の授業で、分からないところがあったので」

 

 え、なにそれ。私からしてみればめんどくさい事をしている発言に耳を疑った。

 でも、これはいいかもしれない。

 この調子なら、これからも代わりに学校に行ってくれる。と思ったから。

 

「あ、そんなことより、下でお母さんが片付けの手伝いしてって言ってたから行ってきて」

 

 よろしくー、とだけ言い、私は布団の上にダイブした。

 手にはもう漫画が握られている。

 

「え、それは貴方が頼まれたことじゃないんですか?」

 

 どうして私が、とでも言いたげな顔でこちらを見ている。

 はぁー、と私は重たいため息をついた。

 

「貴方はもう一人の私、つまり私の影武者なの、分かる? 影武者は主の代わりにいろいろとこなさないといけないのよ」

 

 分かったかと聞けば。

 

「確かに私は貴方と瓜二つです、けれど考え方までは違うようですね」

 

 お母さんのお手伝いに行ってきます。と一言残して、彼女は部屋を出て行った。

 いったい何をムキになっているのだろうか。

 だって、私の願いってそういうものだったんじゃないの?

 とにかく、私はめんどくさい事は全部もう一人に押し付けて楽をする生活を続けた。

 毎日毎日、来る日も来る日も、私は家の中でゲームをしたり、動画を見たり漫画を読んだり、と楽しい一日を過ごしていた。

 しばらくの間、ほぼすべての事を、もう一人に任せていた。

 

「……今日、何月の何日だ?」

 

 カーテンは基本、開けているから朝と夜の変化には気付けていたが、何日経ったのかまでは分からなかった。

 外は真っ暗だ。

 時間を意識したことで、お腹が鳴った。一気に空腹感が襲ってきた。

 

「お腹、空いたな」

 

 ご飯、食べに行こう。

 私は数日ぶりに自室を出た。

 リビングへと向かうと、お母さんがいた。

 

「お母さん、お腹空いた」

 

 今日のご飯何? と聞くと一瞬キョトンとした顔になり、直ぐに笑い出した。

 私、何か変なこと言ったかな。

 

「何よクルミ、あんた寝ぼけてんの?」

 次にお母さんから零れ出た一言は、私を混乱させるのに十分だった。

 

 ──もうご飯は食べたじゃない。

 

「え、何言ってるのお母さん、私まだ食べてないよ……?」

 

 恐る恐る聞き返すも、お母さんの口からは、もう食べた、しか出なかった。

 私はふらふらとおぼつかない足取りで、部屋へと戻った。

 そこには、私がいた。満足そうな顔をした、私が。

 

「あ、珍しく居なくなってたから部屋で待ってたわよ」

 

 話しかけられて、違和感を覚えた。

 話し方が出会った頃と違う。むしろその喋り方は……

 

「貴方、本当にもう一人の私なの?」

 

 考えたくなかったからなのか、無意識に言葉が口から零れていた。

 

「うん、そう、貴方の知る私よ」

 

 くるりと一周して、私の目を見てくる。

 少しは貴方に似てきたかな? と小首をかしげて、彼女は下から覗き込んできた。

 

「似てきたって、そもそも私たち、同じ顔と体形じゃない」

 

 そうね。と彼女は相づちをうった。

 

「私、貴方の影武者、なのよね」

 

 そうなのよね。と何かを確認するように聞いてくる。

 だから私は肯定した。

 貴方は私の影武者だと、めんどくさいことを代わりにやってもらうための。

 

「私、本物の貴方の生活が欲しくなっちゃったの」

 

 それは、どちらの声だったのだろうか。

 全く同じトーンの喋り方、どちらが話しているのか、二人以外には分からないだろう。

 

「なにを、言っているの?」

 

 だって、私が本物なのよ。そうよ、ね?

 

「私は、貴方にとっての面倒ごとを、いくつも押し付けられてきたけど。どれもめんどくさいとは思わなかったわ。どっちかというと──」

 

 ──いろんな人と関われて、楽しかったよ。

 

「こんなの、違う。欠陥よ、貴方は欠陥品! もう一度あのコンビニに行かないと……っ!」

 

 私は、コンビニへどうにかしていかなければと部屋の扉を開けた。

 そこは、家の廊下じゃなかった。

 

「え、なに……これ」

 

 目の前は白かった。

 霧だ。視界を覆い隠すほど濃い、濃霧。

 

「あの方が、呼んでる」

「え、なに、ちょっと、どこ行くのよ」

 

 もう一人の私が扉の先へと進んでいく。訳の分からない事を言いながら。

 私は彼女を追いかけた。根拠はないが、もう一度、あの店員の元へ行けると思ったからだ。

 

 

 霧の中を迷いなく歩いていくもう一人を、後ろから追いかける。

 やがて、一軒の建物が現れた。

 外からでは分からない、が恐らく、あの時、私が夢だと思っていた場所だろう。

 

「先に入るね」

 

 もう一人の私はこちらを振り返らずに店の中へと入っていった。

 私も追いかけるように入ろうとしたのだが、足が前に進まない。

 それどころか、身体が動かない。手が震えている。緊張しているのだろうか。

 何を緊張する事がある。

 

「い、行くわよっ」

 

 私は勢いよくコンビニのドアを開いた。

 

     ◇

 

「フフフ、今回は、まあずいぶんと時間がかかりましたね」

 

 店を中心に広がっている世界に、〈お客様〉一人と商品が、一点。

 いったいどのような感じになっているのか、もう楽しみで仕方ない。

 しばらくするとチリン、と鈴の音が二回、店の中に響いた。

 

「いらっしゃいま……ああ、先に貴方が来ましたか、フフフ、良く仕上がりましたね」

「はい、しっかりレプリカ(・・・・)を吸収できたと思います」

 

 商品の出来は上場、後は……〈お客様〉の方を、ですね。

 思考を巡らせる前に、〈お客様〉が店の中に入ってきた。思っていたよりも早い。

 

「いらっしゃいませ〈お客様〉。お久しぶり、ですね」

 

 笑顔を意識して〈お客様〉に向き合う。

 どのタイミングでボクの〈お客様〉じゃなくなるのか、見ものだ。

 

「わ、私、店員さんに話が合ってきたの……この商品は欠陥品よ!」

 

 〈お客様〉はボクを見るや否や、挨拶もせず商品は欠陥品だ、と大声でまくしたて始めた。

 威勢は良くても、身体は正直ですねぇ。恐怖で震えているのが見て分かるんだから。

 それにしても、妙に強気だな……

 あ、そうか、なるほど。フムフム。これは、うん、楽しくなりそうだ。

 

「欠陥品……欠陥品だなんて、とんでもない。こうして今も動き続けられているではありませんか」

 

 ボクは〈お客様〉へ手を伸ばして述べた。

 〈お客様〉は一瞬たじろいだように見えたが、直ぐに反撃してきた。

 

「で、でもそれ、最初は言う事聞いてたけど、急に言う事聞かなくなったのよっ。勝手に行動して、ここまで来ちゃったし……」

 

 どうやら、たじろいだというより、ボクの言葉を理解できていなかっただけの様だ。

 どうやらまた、上手く説明できなかった。

 

「〈お客様〉はまだ、気付かれていらっしゃらないようですが……」

 

 そこで話を一度止め、ボクは隣に立っている〈お客様〉、と瓜二つの彼女を見て、次に〈お客様〉へと視線を戻した。

 そして、続きを口にする。

 

「いったい、いつから〈お客様〉自身が、本物だと思われていたのですか?」

 

 静寂が、店の中を支配した。誰もしゃべらない、物音ひとつない。無音の空間が出来上がる。

 〈お客様〉は何を言っているのか分からない。といった表情でボクと隣の彼女を交互に見つめていた。

 おかしいな、これなら理解してもらえると思って言った、自信満々な回答だったのに。

 

「私が……本物じゃ、ない」

 

 あれ、もしかしてちゃんと伝わってたのかな。なぁんだだったら安心した。これ以上分かりやすい説明なんてボクには不可能だからね。良かった良かった。

 〈お客様〉は何やら一人でブツブツ言っている。小さすぎて良く聞こえない。もっと大きな声で話してほしいものだね。

 

「私は、本物じゃ、ないの?」

 

 聞こえる声量になったかと思えば、先ほどと同じことを聞かれた。

 〈お客様〉の額は汗でびっしょりとしている。

 

「はい、〈お客様〉は本物ではありません。ただの記憶を持った肉の塊ですね」

「肉の……かた、まり」

 

 ボクは優しく教えてあげたのだが、〈お客様〉は聞いてから倒れてしまった。

 事前に説明……あ、今回説明してなかった。

 

「これは、反省しなきゃ、ですね。てへっ」

 

 さて、話も終わったことだし、本物の方にはもう、帰ってもらおうかな。

 本物の方に向き直る。

 

「その身体、入り心地はいかがですか?」

「とても心地いいです」

 

 ありがとうございます。と言って、彼女は店を去って行った。

 さて、それでは……

 

「最後の仕上げ、です」

 

     ◇

 

 目が覚めると、まず最初に視界一杯に白い天井が映った。

 次に感じたのは、背中がすごく痛いということ。

 何が何だか、全く分からない。

 状況を飲み込めずにいると。

 

「あら、ようやくお目覚めですか」

 

 聞き覚えのある声、いや、さっきまで話していた相手の声が聞こえた。

 私は起き上がろうと力を入れるが、動かない。

 確かに力は入っている。だが、身体はピクリとも動かなかった。

 感覚がないわけでもない。

 背中にある硬くて冷たい板のような感覚。

 胸と腰、足の辺りに感じる縛られる感覚。

 ……縛られる感覚?

 

「これは、いったい……っ」

 

 どういう事、と言いたかったが、言葉が紡がれることは無かった。

 私の視界の端にある、物に意識を持っていかれたから。

 

「え、うそ。そ、それ、なによ……」

 

 驚きの余り、上手く喋れない。

 だって、それはどう見ても……

 

「この子ですか? この子はですね、ボクの大事な子なんです」

 

 今回はこの子にも関係あるので連れてきました。と店員は言う。

 この店は、おかしい。逃げなきゃ、早く、どうにかして。

 

「あ、言う前に気絶されちゃったので今言いますが、逃げても無駄ですよ」

 

 その状態でどう逃げるのか、逆に気になりますけど。

 店員の言う通りだ、私は今拘束されている。逃げ出そうにもビクともしないのにどうやって。

 そうだ、もう一人の私。

 

「た、たすけて、もう一人の、私……」

 

 力なく叫ぶ。喉がカラカラで、もう声が出ない。

 店員がニコニコとした表情で私を見ていた。とても不気味だ。

 

「残念、ですが、本物の方はいませんよ。ずいぶん前に帰りました」

 

 は、帰った? 私を置いて?

 店員の今頃家族水入らずで楽しんでいる頃でしょうか。という言葉に私は反応した。

 

「なんで、本物は、私っなのに」

「まだそんなこと言っているのですか?」

 

 やれやれ、と首を振っている店員にいら立ちを覚える。

 店員は私の頭上へとやってくると、人差し指を私のおでこに当てた。

 いいですか、と優しく、包み込まれるかのような微笑を浮かべて、店員は話し出した。

 

「貴方が食べたのは、からくりクンと呼ばれるお肉です。それは食べた人と同じ形を取り、人形となります。そこに本来の魂を入れ、空っぽになった身体に全く同じ記憶を持つ魂を入れます。つまり──」

 ──貴方は本物であって、偽物なのですよ。

 

 最後に小さく、耳元でぼそりと、店員は言った。

 そっか、私は、もう本物じゃないんだ……もう、めんどくさいこと、何もしなくていいんだぁ……あは、あはは。

 

     ◇

 

「ほぉ、まさか自ら精神を殺すだなんて、せっかくの絶望の瞬間がこれじゃあ」

 

 期待外れもいいところだ。だがまあ、めったに見れない瞬間でもあるし、これもまたありかな。

 さて、精神が死んでいる間に、取り出しましょうか。

 

「魂、肉、骨、やることは沢山ありますよ。だって──」

 

 ──この世に、同じ人物は一人で十分なんですから……

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