「じゃあ私はこれから別の依頼を片付けに行ってくるから、君たち、喧嘩しないで依頼遂行するんだよ。依頼人の利益が最優先、いいね?」
「お前はオレたちのお母さんか...わかった。お前も気をつけて行ってこいよ」
「心配しなくても、君彦は私が守ってあげるから、シエスタも気をつけて行ってらっしゃい」
じゃあ行ってくるね、と言い残してシエスタは事務所を出ていった。そしてシエスタが向かった場所は元同僚の調律者《発明家》のいる場所だった。
「やあ、久しいね。まさかあなたが日本にいるとは思わなかったけど...スティーブン」
建物の奥に座っている人物にシエスタが声をかけると、その人物は振り返って言った。
「日本には野暮用でね...で、何の用だいシエスタ?」
シエスタは早速本題を切り出す。
「また、特殊メイクをお願いしたいの」
「白銀月華になるっていうわけか...でも何でまた」
数秒間の沈黙の後、シエスタは静かに口を開いた。
「助手と渚が二人でもしっかりとやっていけるか、今一度確認したくてね」
「そういうことか。良いよ。じゃあ奥に座って」
そう言い、《発明家》スティーブンは投手メイク用の道具を取りに行った。
「夏凪、今回の依頼場所って...ここで良いんだよな」
「うん...そのはずだけど」
依頼場所に到着した二人の目の前に映っているのは一つの廃墟だった。
「まぁ良いや。とにかく中に入ろう」
そう言い、君彦と夏凪が廃墟に足を踏み入れようとしたその瞬間、目の前の廃墟の中から巨大な爆発音と男の悲鳴が聞こえてきた。
「急ぐぞ夏凪!」
「うん!」
「誰か入ってきたな」
かつてシードによって埋め込まれた種が暴走し、怪物となった男は、何者かが建物の中に入ってくるのを検知した。
「...殺すか」
男は侵入者を殺害しに向かった。
コツ、コツ、コツ、と、二人の足音が建物の中に響き渡る。
「ここからは慎重に行かないと」
夏凪は懐から拳銃を取り出す。
「あぁ。慎重にな」
君彦も拳銃を手に持ち、慎重に歩みを進める。
コツ コツ コツ コツ
コツ コツ コツ ペタ
と、二人の足音とは別の足音が聞こえる。音から察するに、恐らく足音の主は裸足か、それとも―――。
拳銃を構え、歩く二人と、ペタペタと近づいてくる足音。緊張がその場に走る。二人にとってその時間は無限に感じられた。
「右斜め後ろに飛んで」
緊張を破ったのは、いつもより数段低いトーンの夏凪の声だった。
「おわっ!」
夏凪に言われた通り、斜め後ろに身体を移動させると、その瞬間に先端が鋭利に尖った鉄塊が高速で飛んできた。飛んできた鉄塊は夏凪の左頬を掠めると、数十メートル後ろの壁に深々突き刺さって動きを止めた。
「誰だ」
君彦は眼の前の男に拳銃を突きつけ、問う。すると男はケラケラ笑い、言った。
「教える必要もないな。どうせ貴様らはこれから直ぐに俺の手であの世に送られるのだから、知ったところで何のメリットもないだろう」
君彦は目の前の男の気迫に気圧され、思わず後退りする。それは夏凪も同じだったようで、彼女の顔には焦りと緊張が浮かんでいた。
「なんだ?かかってこんのか?...なら良い。―――死ね」
二人が反射的に下に身体を倒すと、その後ろの壁には鉄塊がいくつも刺さっていた。
「喰らえ!」
恐怖に逆らうように声を絞り出すと、君彦は拳銃のトリガーを引き、発砲する。しかし男は身じろぎ一つせずに弾丸をはたき落とした。
「...嘘だろ」
君彦の顔が引き攣り、見る見る内に青ざめていく。
「...やれ、理不尽だ」
男が投げた鉄塊を勘で避けると、夏凪の手を掴んで走り出した。
「追いかけっこか...面白い」
男は二人を追い詰めるように、ゆっくりと追いかけ始めた。
「夏凪、俺はこの後どうすればいい」
「...分からない。少なくとも私は、ヘルに変わる」
そう言うと、夏凪はヘルに身体を明け渡した。
「...やあ、僕のパートナー」
「別にお前のパートナーじゃねぇよ。俺の相棒はシエスタだ」
「君も連れないねぇ...で、どういう状況だい?」
君彦から一通り説明を聞いた後、ヘルは近くに落ちている鉄の棒を拾った。
「それで何をするつもりだ」
「察しろよ...君の話に出てきたその男は、恐らく種に身体を蝕まれつつある。君がご執心の名探偵も、種を取り除いていなければその男のようになっていただろう...おや、噂をすればなんとやらってやつだ...構えろキミヒコ」
ヘルが鉄棒を振るうと、暗闇から飛んできた鉄塊が全て撃ち落とされる。しかし、全ては落としきれなかったようで、ヘルの肩口からはうっすらと血が滲んでいた。
「この均衡状態がいつまで続くかわからない。君も命を懸ける覚悟はしろよ」
ヘルの瞳が紅く輝く。
「走れ!!」
ヘルのその一言で、君彦は男とは反対方向へ走り出す。
「クッ!」
鉄塊の攻撃をはたき落とし、ヘルも君彦の方へ走り出す。
「チッ!また追いかけっこ...か...オ"?...ア...アアア!」
「どうやら種に完全に意識を奪われたようだな。もうあいつはただの殺戮兵器と化した」
走っている途中にでも男を観察していたヘルは、突然君彦にそう告げる。
「ああなったら、いくら僕の力でももう対処は不可能だ。名探偵に助けを求めろ。アレを止める方法は彼女の力が必要不可欠だ!」
ヘルにそう言われるが、
「でもあいつは今別の仕事でいないんだ!」
君彦は全力疾走しながらヘルにそう返す。
「...どうやら追いかけっこは僕達の負けみたいだな」
悔しそうな顔でヘルは事実を告げる。眼の前には種に乗っ取られた怪物。後ろには壁。逃げ道はもう、どこにもなかった。
「どうすれば...どうしたら...!!」
ギリギリと歯ぎしりをしながら君彦は"助けてくれシエスタ"と心のなかで叫ぶ。怪物はもう目と鼻の先。ヘルも何も出来ずにジリジリと後退を続けている。極限まで高まった緊張感は、ある声とともに打ち砕かれた。
「バカか、君は」
その後に続く発砲音。打ち出された弾丸は怪物の肩を貫いていた。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
怪物がのたうち回るのと同時に、数メートル上のガラス窓から、女性が飛び降りてきた。
「...美人だな」
君彦は呟くように、女性に言った。
「月華さんだからね」
君彦の目の前には、七年前に共闘した女性...白銀月華が立っていた。
「やぁ、久しいね少年...でも、感動の再会の余韻に浸っている暇はあまり無さそうだね」
そう言い、月華は眼の前の敵を見据える。
「君彦、彼女は?」
いつの間にか人格が戻っていた夏凪が君彦に問う。
「この前言っただろ。七年前に俺と戦ってくれた人だよ」
「二人共、少し下がって」
月華の凛とした声が響く。言う通りに二人が下がると、月華はそばに落ちていた鉄パイプを持ち上げ、一瞬で怪物と距離を詰める。
「!?」
突然のことに、さしもの怪物も反応が一瞬遅れる。その隙をつかれ、鋭利に尖った鉄パイプの先端が怪物の喉を捉える。
「ア"」
喉を貫かれた怪物は悲鳴を上げることも出来ず、状況を打破しようと必死に藻掻いた。しかし―――
「じゃあ、さようなら」
冷酷な月華の声に一瞬遅れて発砲音が鳴り響く。
―――二回 ―――三回
頭を二箇所、銅を三箇所、銃弾で貫かれ、怪物はとうとう床に倒れ伏し、ピクリと動くことも無くなった。
「こいつの処理は後回しにして、とりあえず二人共、外に出ようか」
振り向きざまに月華は二人に外に出るよう指示を出し、自らも外へ脱出した。
「で、何であんたがここに?」
君彦が月華に尋ねる。
「仕事の一環で来た」
月華は端的に返事をする。
「...少年、君は今、何をしているんだい?ダニ―・ブライアントの遺志を継いで、君は今、何をしているんだい?」
月華のその問いに、君彦はすぐに答えることは出来なかった。
「...探偵の助手をしているんだ。あの日、俺は言っただろ。"手の届く範囲の人間には手を差し伸べる"って。だから、それを実行するために、今は探偵のもとで働いてるんだ」
「君らしいね少年」
月華は薄ら笑いを浮かべながら、君彦に言葉を返す。
「もう行くのか?」
「うん。次の仕事があるからね」
「......あんたは、いつまで仮面を被っているつもりなんだ」
今度は君彦から月華に問いかける。少しの沈黙。
「...仮面...か。そういえば君は言ってたね。いつか私の仮面をぶっ壊すって。それに関してはどうするんだい?諦めるかい?」
「...諦めるわけ、ないだろ...。俺は有言実行するタイプなんだ。お前の仮面はいつか必ず引っ剥がしてやる!だから!...もう少しだけ待ってろ。おれが...お前の仮面を引き剥がして素顔を露わにさせるまで」
君彦の返答を聞いて満足したのか、月華は―――シエスタは立ち上がり、そして君彦の方を振り向く。
「―――少年のくせに、生意気だよ」
シエスタは君彦にひらひらと手を振りながら、そう言い残して去っていった。
「なんか、シエスタに似ていたね。あの月華さんって言う人」
「...そうだな」
夕暮れ時、夏凪と君彦は並んで歩き出す。シエスタの待つ探偵事務所に帰るために。
「お帰り二人共」
ボロボロの状態で帰ってきた二人を出迎えたのは、エプロンを着けてお玉を持った、月華ではないシエスタだった。
寝ぼけなまこで作った作品なので、何時にも増して駄文感がすごいれす(小並感)
さて、この話は、前回の物語とは別の並行世界の物語です。