うーむ、どうするか。ドアの方を睨んでいる比企谷はともかくとして、あいにく俺は雪ノ下とのコミュニケーション方法を持ち得ない。相手から下手に出てくれりゃ助かるんだがな……。生憎と暴力以外で屈服させる方法を知らねぇ。
だがな、だからと言ってここで固まってるのも時間の無駄だし……。
しゃあねぇ、ちょっとばかり運動するか。
「よっと」
「「え……?」」
教室の端で倒立してから片手を離し、そのまま腕立て伏せを始める。なんか思いっきり引かれた気がするがもう慣れた。
勝手に2人で話してろ。
「貴方、なにをしているの?」
「15、16……、なにって見りゃ分かるだろ、筋トレだ。平塚先生に連れて来られたせいで家でやってる筋トレメニューが出来なかった。
この世界じゃ殺し合いは出来ねぇし、そうでもしねぇと身体が鈍っちまうんだよ」
「不愉快だから今やめなさい」
腕立て伏せをしながら雪ノ下の方を見ると、すっげぇ嫌な顔で引きながらスカートを押さえていた。確かに配慮足りてなかったかもしれねぇ。
という訳で、今度は教室の後ろから椅子を引っ張り出しその上で座禅を組んだ。これならばプライバシーを侵害することはないし、人の会話の邪魔もしない。俺は俺で精神を高められるし一石三鳥だ。
「お前、なにやってんの……?」
「見りゃ分かんだろ、禅組んでんだよ。これから1時間俺は集中モードに入るから、お前ら2人で勝手に話せ」
「やめなさい、部長命令よ」
雪ノ下にピシャリと言われて、甚だ不愉快だ。そもそもやることがないからやってんのに、やったらやったでやめろと言われる。それならなにして良いんだよ。
いや、そもそもの話だ。
「俺がやっていいこと、悪いことは部長によって決められる訳じゃねぇ。部活によって決められてんだよ。
ここ何部だ?」
睨みつけるようにして俺が奴に問いかけると、視界の端にいた比企谷がハッとしたような顔をしていた。いやお前、ずっとつっ立って何やってた?
──あ、俺に引いてたのか。
奴はフフッとこちらを笑い、文庫本を置いてこっちに向き直る。ウザいな。
「当ててみれば?」
「答える気はねぇんだな、文学部」
「はずれ。なんでそう思ったのかしら?」
「クッソ回りくどい奴ばっかだから」
額に手を当ててため息を吐いている。『女子の呆れのポーズ』を引いたあたり、あまり良い答えではなかったらしい。
「そこの君は?」
「──お手上げだ。あんたが自分のことを回りくどいと思っていないと知った時点で、思い浮かべてた弁論部という択が消えた。
だから完全に詰みだ」
「そう。おそらく、この調子じゃ一生答えは出ないでしょうね」
そう奴は言って、俺たち2人を嘲笑うかのように交互に見やる。クソ、俺がこんな女に勝てないという事実に腹が立つ。暴力に訴えかけてぇ。
「ちなみに、今やってることも私の部活動の一環。
2人とも、女の子と話したのは何年振り?」
なに言ってんだ、コイツ。変な妄想の中に生きてやがる。そんなことを思いながらも俺は適当に答えを取り繕うことにした。
「会話のキャッチボールをしたのは一年振りだ。ちなみに男子とも一年間は話してない」
「えぇ……」
おい、なんで比企谷が引くんだよ。一応雪ノ下に対して俺ら2人は共同戦線を張ってるんじゃないのか?
なに背中から刺してきてんだよ。
「ノブレス・オブルージュという言葉を知っているかしら?現在でも階級制度が色濃く残っているイギリスでの、持つものは持たざるものに対してその社会的地位に応じた施しを与えるという義務のことよ。
つまり無償の奉仕、ボランティアということ。私は貴族ではないのだけれど、そうね、あなた達と私、どっちが施すべきかなんて一目瞭然でしょう?
困っている人がいれば救いの手を差し伸べる、それがこの部の活動内容よ」
「よし、
「「は……?」」
ガタリと椅子を鳴らしながら俺は立ち上がり、教室から持って来たバッグを持つ。2人とも固まっているが、俺の知ったことじゃない。高校なんてまたどっかに入りなおしゃいい。
50年間続けてきて無理だと思った施しを、またするとか反吐が出る。
「お前、何言ってるのかわかってるのか……?
一年通ってきた学校、辞めるって言ってんだぞ!?」
「わかってる。そこの雪ノ下よりも、お前よりも、奉仕活動について俺が一番知っている。その上で断言する。
それでなにかが満たされることはない」
教室から出ようとした俺の前に、比企谷が立ち塞がった。コイツ、俺の片手倒立を見ていたにしては随分度胸がある男だ。しかもコイツが案じているのはさっきあったばかりの男、俺の身。自らの身を投げ捨てて警告してくるとは敬意を表さなければならない。
それに免じて、雪ノ下に一つ聞いてやることにした。
「おい、雪ノ下。お前は俺に施すと言った。つまり奉仕の部活とはいえど一方的に奉仕する必要はねぇってこったな?ま、所詮俺を止めるということにおいて今入った比企谷よりも奉仕してねぇお前なんかに期待はしないがな」
「ないわ。私と比企谷くんもあなたに奉仕するから、逆にあなたは私たち2人に奉仕して頂戴。そういうことよ」
俺に睨まれる中、奴は俺を睨み返しながらこれを言ってのけた。うん、コイツも実は俺が思っている以上に芯が強いのかもしれない。国語36点にこれ以上の想像は難しいが。
一度席に戻り机に座ってやる。思ったよりも2人のタマが強かった。さて、どうするかな。
「いやー、いいもの聞かせてもらった。みんな仲良くやってるかい?」
「これで仲良いと思ってんならあんたは呪詛師だ」
「待って、私も知らない単語言わないでくれ。というかそれ造語だろ」
ガラリと急に教室のドアを開け勢いよく入ってきた平塚先生に、比企谷が肩をビクッと上げた。俺はまぁいるかもと思っていたから驚かなかったが、まさか本当にいるとは。学校辞めるって言った時点で出てこいよ。流石に教師失格だろ。
だが、俺のそんな責めるような視線を無視して先生は話を進める。
「まず2人とも、鹿紫雲を止めてくれてありがとう。彼ならば教室を出て仕舞えばそのまま学校を辞めていたと思う。本当にありがとう」
「いや、別に……、俺はそんなことないです」
「あ、はい、大丈夫です」
あー、ちょっとは思うところがあったんだな。流石に何も考えてない大問題教師ではなかった。あそこで止めない時点で駄目な気がするが。
一通り話したのち先生はこっちを向く。その顔は怒っているとも言えず、どちらかといえば悲しんでいるような顔。まさか、憐れまれているのか?
「鹿紫雲、君は反省文を書け……と言いたいが、それを言ったら君は本当に退学してしまうだろうから特別に免除してやる。
君に2人はどう見えた?」
「比企谷はいい男だ。俺という暴力の権化を前にしてなお、見知らぬ男のために体を張れる男だ。コイツには友達が必要だ。いた方が絶対に幸せになれる」
苦々しい顔をする比企谷を他所に、俺は話し続ける。比企谷、その先に待っているのは退屈と寂しさだぞ。
「雪ノ下はいい女だ。俺に睨まれ、凄まれてもなお自分を曲げずに反論してきた。ただコイツも、比企谷と同じで仲間が必要だ。与えるだけでは幸せになれない。なれる奴も知っているが、コイツはその器ではない」
今度は雪ノ下が、俺のことを鋭い眼差しで睨む。視線だけで10回は殺してやろう、そんな殺意を持った眼差しだ。本物のナイフを持っても刺せないくせに。
「オーケーオーケー。じゃあ2人は鹿紫雲のことをどう思う?
鹿紫雲だけに聞くのは不公平だ、君たちにも聞いてやろう。雪ノ下」
綺麗にビシッと手を挙げていた雪ノ下がガタッと立ち上がる。どうやら、さっきの講評に相当お怒りのようらしい。いいぞ、なんとでも言ってみろ。受け止めてやるぞ。
「まず鹿紫雲についてですが、彼はおかしいです。彼になにが、私のなにがわかるんですか。勝手にその器じゃないとか、なに言ってるんですか。
取り乱しました。私から見て彼は、人のことを見てばかりで自分のことをずっと棚に上げています。彼が自分自身に目を向けない限り改善する余地は無いかと」
正論も正論、ド正論だ。とは言っても、俺はどうすりゃ自自身に目を向けられるかがわからねぇ。それをしって、ちゃんと考えられればこのなんとなく残る寂しさも消えるのかも知れねぇが。
一通り言い切って気が落ち着いたのか、雪ノ下はガタリと音をたてて崩れ落ちるようにして座った。さっきまでと比べて顔も紅潮しているように見えるし、相当キレてたんだな。
「比企谷はどうだ?」
「俺も言いたいんですけど、勝手に友達作れって言ったきたのが不愉快です。友達とかいなくていいって思って生きてて、それで問題が無いのになんで作らなきゃいけないんすか?わけわからないですよ。
鹿紫雲に対して思ったことは雪ノ下と同じような感じで、自分のことを客観的に見ろってことです。俺が言うのも変ですけど、今のコイツ厨二用語使いながら教室内暴れ回ってるやばい奴ですよ」
これも合ってる。なにも言い返せねぇな。
確かによくよく考えたら、俺しかこの教室でウロチョロ歩き回っていない。あまりに正論すぎると納得してしまうから困る。
あと比企谷もこっち睨んできてるな。てか、俺に対してこんな敵対感情露わにしてくる奴ら久しぶりじゃないか?
俺も含めて異端児3人この部活に押し込んだ平塚静優秀すぎるだろ。
「うむ、3人ともバミューダトライアングルみたいにバチバチやり合ってるな。
先生こんな展開嫌いじゃないぞ」
3っていう数字で無理やり引っ張ってきたんだろうが、それにしては流行りが古すぎる。訂正。平塚静は優秀ではない。
「それに、それぞれが揺るぎない正義を持っているみたいだし、どうだ、ここで1つ勝負をしないか?」
「勝負……?」
勝負と言われ、自然と心臓が高鳴る。どうせ暴力じゃない勝負だろうに、俺に刻まれた戦闘狂の遺伝子が躍動し始めてしまう。
クソッ、ワクワクする。
「3人のうち、最初に依頼の奉仕を完了させた者が勝者だ。そして、勝者こそが正義。
残りの2人になにか自由に要求する権利を与える」
ニヤリと笑いながら話す平塚先生に、ゴクリと唾を飲み込む比企谷。ため息を吐く雪ノ下と、その隣で話し半分に聞く俺。
思ったよりワクワクする内容じゃなくて萎えている。所詮高校生の遊びと考えれば当たり前だった。先生に特筆するほどの権力があるわけでもない。
「先生、なんでもというのはやめて下さい。目の前の下賤な男から身の危険を感じます」
その言葉に雪ノ下の方を見ると、両腕を抱えて如何にもという感じで引いている。
演技臭えが、これで捕まることもあるんだからこの日本怖えよなぁ。
「大丈夫だ、この男は小悪党な性格で君に対しそのような行為を行えるわけがない。そもそも君はこんな男にも勝てないのか?」
「ちょっ……」
「そんなわけないでしょう。完膚なきまでに叩き潰します」
哀れ比企谷。奴の反論は世に出ることすら許されなかった。というかアレすぎるな。俺は比企谷の濁った目と見合わせ苦笑いをする。
雪ノ下もポンコツだ。下手な詐欺で1発でドボンする。これだから暴力と鍛錬がなってない奴は。
「じゃあ、今日の活動は終わりだ。明日からは毎日来るように。
解散!」
平塚静の快活な声が、無音の教室の中に響く。
結局、奉仕で何が変わるのか。
今日俺ら3人を一気に突き動かしたのは、俺の暴力的な行動だった。
それでありながら俺をこの世界に呼び込んだ何かは、暴力以外の愛の形を知れと言った。
全くもって理解出来ねぇし、想像出来ない。
だから今は、今だけかも知れないが、俺はこの信条を守り抜く。
『青春とは鍛錬であり、また暴力である』
鹿紫雲のお家柄についてはいずれ書きます。それなりの家だと思っていただければ今は大丈夫です。