リーニエ「私が人間に絆される訳が無い……多分」(本編完結)   作:リーニエたんhshs

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第2話『不思議なイキモノ』

『つー訳で君は殺さないでおく。君が人間を自分の意思で害したり食べたりしない限り俺は君に手を出さないし会いに行く。……まあ、こんな事フリーレンに言えばキレられるだろうし自分でもバカな事してるって思うけど。でも俺は君を信じたいと思えた』

 

『魔族なのに?』

 

『信じたいと思う対象にそんなの関係無いね。ただ俺は目の前の『真実』を見てそれを決めてるに過ぎない。だから敵対種族がどうとかまどろっこしい話なんてクソ喰らえだ。『真偽を見抜く魔法』を持つ俺だからこそ言える話ではあるけどな』

 

 

 あの後から私の頭の中はこの対話が繰り返し繰り返し再生され、そして私に深い疑問を投げ掛けていた。

 何故あの人間が魔族に純粋な興味を持ったのか、何故殺しに来ないのか、何故怖がらないのか、何故、何故、何故……

 

 その時点で私の思考は既に従来の魔族から破綻していたのかもしれない、と後から振り返れば簡単に分かる。

 餌であるはずの人間に対等な疑問を抱く、対等な興味を持つ、そして『対等に話してみたいと思ってしまった』。

 魔族が持つはずが無い、持ってはならない感情。

 

 感情表現に乏しい我々魔族相手だから誤魔化せるが、それもいつまで保てるやら分かったものではない。

 

「……会いに行けば収まる?」

 

 一人誰もいない深夜の部屋、小さな灯りが照らす中一枚の紙を取り出す……帰る間際『もしもまた会っても良いって思ってくれたら会いに来てほしい。冷静に考えて俺から会いに行くとあの二人と鉢合わせかねないからね』と手渡されたメモ。

 あの男は町外れ、麓の廃村で一人暮らしているらしかった。

 丁度他の人間もいない、邪魔立てもされないはずだろう。

 

「……全ては会ってから決める。少なくともそれまでは人間は襲えない。答えが知れなくなるから。だから……変装くらいはしとかないと」

 

 誰に聞こえるでもなく、これはあくまでもノイズを消し去る為の作業であり決して疚しい事は何も無いのだと自分に言い聞かせる様に呟く。

 このまま人間を襲ってしまえば恐らく生涯、この私の中に生まれた魔族らしくない綻びは残ったままになる。

 そんな生きにくいものを残して残りの数百年を生きるなんて真っ平御免だ、だから会いに行って疑問を問い質して解決して私はまた魔族として暮らしていく。それで良い。

 

『少し興味があるからあの人間は生かしても良いかもしれない』、なんて思いつつ。

 

 それ自体が既に『従来の魔族にはもう戻れない最後の信号だった』事にも、気付く事も無く。

 

 ほんの少し、ほんの少しだけ口許が緩く三日月の形に上がっている事に気付く事も無く――

 

 

 

 

 

 

 

 

 麓の廃村までそこまで距離は無い。

 尤もそれも魔族が飛行出来る種族だからであるけれど。

 

 ――廃村と呼ぶには少しだけ小綺麗になっているのは、あの男が住んでいるからだろうか。

 そんな事を思いながら村を歩き、男が住んでいるという家まで向かう……決して、会いたいとかそんな事は思ってない……とあの時の私は思っていたのだろうけれど確実に会いたかったのだろうと今なら察せる。

 

「あ」

 

「ん?――ああ!来てくれたのか!」

 

「分からない事が、あったから」

 

「だから俺に会いに来たと」

 

「間違いじゃ無い」

 

「嬉しいなあ、そう言ってもらえると」

 

 男は私の顔を見るなり大袈裟なくらい笑顔になっていた。

 そうして私は、やはり疑問だと、この感情が気の所為では無かったのだと確信する。

 

「……私は人間を食べる種族。それが当然の種族。なのに何故お前は魔族に、私に、手を差し伸べる?」

 

「……なるほど。まあそれに関しちゃ魔族じゃなくて人間側にも良く言われたよ。魔族とは相容れられないのにどうして諦めないんだ、お前はバカかって。フリーレン……かつて勇者パーティにいて俺とも面識というか少しだけ旅をしたエルフにもよーく説教されたもんさ。魔族を甘くみてると足元を掬われるって」

 

「まあ……でも。魔族にも感情が無い訳じゃない。人間を食べるのだって食べたいという感情があるからだし」

 

「私には無かった。だから食べて来なかった」

 

「それはまた……珍しい魔族もいたもんだな。食人衝動どうしてたんだろうかとか気になってたけどそもそも無かったとは」

 

 思えば私は他の魔族とも元々違っていた。歴史上人間を食べなかった魔族は遠い昔に一時期存在していたが現在人を食べない魔族は私と……もう一人。それだけらしい。

 

「っと、話が逸れたね。確かにこっちとしては人間に害を与えたら、食べたら、その時点でどんなに俺好みでも小さい子でも魔族は殺している。魔族には後悔や罪悪感といった社会的感情が無いからだ。でも君はまだそれをしてないしする必要もそこまで積極的に行おうとはしていない、違うか?」

 

「……そう。食べたいという好奇心はあるけど、別に食人欲求という程じゃない。だからこれまでして来なかった」

 

「だろ?なら、罪を犯してない魔族を殺すのは俺の趣味じゃない。フリーレンなら『尚更罪を犯す前に殺すべきだ』って言うと思うけど……俺は俺だ。自分のやり方を貫くまで。まあ、だからと言って今すぐ君をナンパ出来るとは思ってないけども」

 

 この男は聞いていればいる程不思議なイキモノだ。

 魔族は皆等しく人間を喰らうイキモノとして扱ってもなんら不思議ではないのに、こうして笑顔で対話をしている。

 

 ……モヤモヤは消えた、ノイズは消え去った。

 

 だけれどそれと同時に、探究心が芽生えた。

 このイキモノをもっと知りたい――それはまるで、魔族の特性である魔法研究の血が騒ぐように、それでいてそれともまた少し違うような、そんな掴みどころの無い気持ち。

 

「……リーニエ」

 

「ん?」

 

「私の名前。魔族にも一応名前くらいは、あるから」

 

「そうか、リーニエ……うん、良い名前だね。教えてくれてありがとう。俺はソールって言うんだ、これからよろしくな」

 

 私は何故、あの時名前を名乗ったのだろう。

 それは今『色んな事が分かってきた私』でも正確には分からない。

 その時点で彼の事を……ソールの事をどう思っていたかなんてとっくの昔に置き去ってきてしまったから。

 今が幸せならまあ良いかと、思ってしまったから。

 

「……これはなに?」

 

「握手って言うんだ。仲良くしようって言う意思表明の表れさ」

 

「握手……」

 

「まあ、強要はしないさ。魔族には魔族の生き方や感情表現があるんだろうしさ」

 

「……ん」

 

「でも……そうやって手を差し出してくれると、めちゃくちゃ嬉しく思っちゃうのも事実なんだよな」

 

 握手、それは私が彼から教えられた初めての人間の習性。

 自分で覚えたのではなく、人間から教わった初めての事。

 だから今でも私はソールと手を繋いだり手を握る事が好きだ。

『誰かを愛する事』は分からずとも『ソールとはずっと仲良くありたい』そう思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

「あらら、寝ちゃった」

 

 俺は彼女の寝顔をジッと眺める。

 5年前、まだ俺が15のガキだった頃に出会った不思議な不思議な魔族の女の子。

 

「……俺がもっと強けりゃ今すぐにでも助けられたんだろうけどな」

 

 この子は今、リュグナーという魔族の配下に着いている。

 既にそんな事からはおさらばしたいと何回も聞かされてきているが、勝手にいなくなれば街の人間が危うい。

 あの街を牛耳ってる魔族程度一捻りで倒せるが、1人では守れる範囲が限られている……だからこうして時間を見つけてはお互い会いに行く程度に留めている。もう少しでこの街にフリーレンが来るという手紙も届いたしその時までの辛抱だ。そうでもしないと奴らは何をしてくるか分かったもんじゃない。

 魔族はどれだけ温厚そうに、知的に見える性格をしていても殆どはその裏には暴力性を隠し持っているのだから。

 

 ……では、リーニエはどうだろう。

 

「うーん……リュグナーよりも俺といる時間が長いせいか?感情表現が人間に比べて乏しい以外魔族らしいところなんて言う程見当たりねえんだけどなあ」

 

 見た目は角やら目やらあるがさておき、中身はちょっといつも無表情……俺には分かるが、な女の子にしか見えない。

 何故こんな不思議な事が起きているか、正直なところ嬉しくはあれど俺にも分からない。

 ただ一つ、可能性を挙げるなら……

 

収斂進化(しゅうれんしんか)、か……」

 

 違う祖先を持つ生物が、環境に適応する為姿かたちや習性を模倣、会得し進化していく様の事だ。

 かつて聞いた事があった。

 

『遠い遠い昔、何千年も昔に収斂進化の過程で人間に近くなり過ぎた結果食人衝動が起きない魔族がある地域に少数誕生した。その魔族は人間に興味を持ち『話してみたい』と思い共に暮らし始め、それだけでなく愛情や悲しみといった社会的感情をも取得し生きて行った。

ただ彼らは人間を愛し過ぎた結果寿命が人間の何倍もあったせいで多くの悲しみを抱え、彼らはこの悲しみを次代に受け継がないよう子孫を残す事をしなくなりやがてその血は途絶え、魔族の収斂進化の道筋から人知れず消えていった』

 

 その言い伝えによれば彼らの血は途絶えた、そうされているが……

 

「生まれつきの食人衝動の無さ、そして物凄く分かりにくいとはいえ俺になら判別出来るくらいの社会的感情が見える事……他の魔族では有り得ない現象。……僅かにでも『その血』の一族の血があり、先祖返りに加え俺と出会った事で短期間、同個体による収斂進化が成された……?」

 

 同個体とか言ってるがリーニエの事は大好きだ、今じゃもう魔族とかそんな事どうでも良いから結婚したいとも思ってる。

 それはさておきこの考察は4年程前からずっと、考察に考察を重ねて継ぎ足し、修正、抹消しながら行ってきた事だ。

 

「……そろそろ確信に変わりそうだな。『あんな顔』見せられたら」

 

 今日、俺の胸に顔を埋めてきた時の彼女の顔は間違いなく『恋する乙女の顔』だった。

 俺は無論鈍感では無い、女性の変化には敏感だ。

 敏感すぎるが故にフリーレンにはドン引きされるくらいだ。

 

 ……彼女は自分に恋愛が分かるはずが無い、魔族だから……そう言うが。

 

「『知らない』だけで、もう『持ってる』んだよ、君は」

 

 もしかすると、この世界にはまだリーニエのような魔族がいるのかも知れない、そう思い『おやすみ』そう呟き俺も昼寝をするのだった。

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