リーニエ「私が人間に絆される訳が無い……多分」(本編完結) 作:リーニエたんhshs
「姉御、今日もこちらにいましたか」
「……ランス、腰はもう大丈夫なの?」
「ははは、私もまだまだ長生きしていたいですから。少しでも姉御の傍に居られれば……それで幸せなのです」
大きな木の根元にある墓標を見つめながら、やってきた老人にそう話し掛ける。
振り向きはしない、今更彼とはそういう目と目を見なくても問題無い程に付き合いが長い、それこそヒンメルよりも。
「全く、私のスカート捲ってヒンメルに追い掛けられてた頃のアンタが懐かしいわよ」
「そ、それは言わんでくださいよ。あっちに行った後でヒンメル様にこってり絞られそうで今から身震いがしているくらいなんですから」
「あらそう?私はそれも面白そうだと思うけれど?」
「か、勘弁してください姉御……」
そう、この老人は『あの日』私が最初に見つけたこの村の小さな小さな子どもだった。
私の事を魔族だと知りながら、それ以上を知らずに無知のままあの日死ぬはずだった子どもだった。
それは巡り巡ってしわくちゃの顔で腰を何度か痛めながらも未だ尚現役で農作業をしているとんでもない老人へと変貌している。
「……ねえ、ランス」
「なんですか姉御?」
「もう、アンタだけになってしまったわね」
「……ですなあ」
「みんなみんな、もう。あの日の、ヒンメルに連れられて嫌々やってきた私を知っている人間は逝ってしまった。ヒンメル自身もね」
「はい」
それは、私が過ごしてきた時間の長さを思い知るにはあまりにも簡潔で、そしてあまりにも重くのしかかる事実だった。
ヒンメルに連れ出された日にいた蛇串屋台の店主も、洗濯物を乾かす魔法を喜んで使っていた主婦達も、村長も、逝って。
そして無邪気に村を駆け回っていた子ども達もこの数年で次々に天寿を全うしていった。
だからもう、残っているのはあの日私に手を差し伸べてきたあの子ども……今ここにいるランスだけだった。
「ランス、アンタが死んだら墓はヒンメルの横に建ててあげるから」
「ええ!?あ、姉御ぉ……そんな殺生な〜」
「ふふっ」
微笑みながら自分の腕に巻かれているブレスレットを見つめる。
人間の時の流れとは私とは全く違う、ふと瞬きをしたような時間感覚が人間にとってはとてつもなく長く感じる。
この村に来て種族差、そして人間の時の流れを嫌と言う程実感してきた、何度も経験してきた。
だが、1つだけ確信している事がある。
真っ赤で、今も変わらずここにあるポインセチアのブレスレット。
これを見ればいくらでもあのバカみたいに過ごしたヒンメルとのくだらない時間を思い出せる。
そう、物に想いは宿るものだ。
たとえ幾年の月日が流れようとも。
「……そう思うなんて、随分とアンタの思考に引っ張られてるみたいね」
「姉御?」
「ちょっとヒンメルと話してただけよ」
「……そうですか」
そっと、赤いポインセチアを一輪、咲かせた。
「あら、グラオベ。良いところに来たわね」
「おやこれはアウラさん。どうかしましたかな?」
早いものでもうこの村に来て半年が経った。
最初は警戒していた村人達も何故だかいつしか普通に話し掛けてくる様になり、ヒンメルには生活に必要な魔法を覚えさせられたりもして更に頼られるようになり。
居心地は悪くない、悪くないが私の魔力が日常生活の何気ない事で使われるのを見る度に「一応私七崩賢なのだけれど……」と複雑な心境に陥ってしまう。
……弁解するが嫌な訳では無い。
寧ろ妥協して暮らすこの環境に置いて人間社会へ適応出来ているというのは好感触だ。
だがそれはそれ、これはこれ。
プライドというものは簡単には捨て切れない感情である。
閑話休題。
村長であるグラオベにはとある話をしたかったのだった、丁度現れてくれたから手間が省けるというものだ。
「……人間社会には、『特別な事をしてもらったらお礼をする』という文化があるのよね?」
「そうですね。必ずそうしたやり取りをしないといけないという義務はありませんが、感謝という気持ちを相手に伝える為にお礼を言ったり、何か物を送ったりします」
「何か……作る、ね」
「……アウラさん、もしやヒンメル様に何か贈りたいのですか?」
「うっ……まあこういう相談をしている以上バレるのは必然よね。普通の人間であるならば礼を言って終わり、それで済むでしょうけれど。私はあくまでも魔族、人間社会に当然のように存在する『恋愛』『親愛』『後悔』『罪悪感』『感謝』という感情が欠落している。だから形だけ礼を言ったところで本当の意味で返した事にはならない」
「お優しいのですね」
「優しい?バカ言わないでよ、私はアイツには嘘を付きたくないだけなの。これはただのプライドよ、だから優しいなんてものじゃないのよ」
「……そうしておきましょうか」
全て見透かしたように言ってくる村長に何処と無く負けた気がして不満を覚える。
そもそもこの発端はヒンメルにある。
つい先週の事だ、この村に旅の行商人がやってきた。
魔族と暮らしてる村なんて有り得ないからと、いつも『洗濯物を乾かす魔法』……役立つからとヒンメルに覚えさせられたそれを有り難がってる主婦達から黒いフード付きのローブを貰った。
これで頭を隠していれば大丈夫だろうと言われた……という閑話休題はさておき、アイツに誘われてその行商人が売っている物を見に行く事となった。
拒否しても20m離れれば制約上強制的に隣まで引っ張られて来るのだから仕方ない。
『良かったら何か君に贈り物をしたいのだけど、何か気に入った物とかあるかい?』
『私にそういうセンスは無いわよ、それに別に特別欲しい訳じゃないし。こういうのは欲しい奴が買えば良いのよ』
『うーん、そうかあ』
人間を魅了する為に身嗜みには気を使ってきたがそう言った嗜好品に付いてはさっぱりでしかも興味が無かった私は素っ気なく答えた。
ヒンメルは難しそうな顔をしてうんうんと唸っていたがやがて1つのブレスレットを手にして行商人に話し掛けていた。
『おじさん、これポインセチアだよね?』
『お目が高いですねヒンメル様!そうです、赤いポインセチアのブレスレット……良い出来でしょう?』
『確かにこれは綺麗だ。よし、買わせてもらうよ』
『ありがとうございます!……そこの女性に贈るのですか?』
『はは、まあそうなるね』
『なるほどなるほど……ヒンメル様にもそういうお方が……』
『え!?いや、その、それは何か誤解を――』
……本当に何をくだらない事を話しているのか。
コイツの想い人はフリーレンなのだから見当違いも甚だしい……が、何だかそう思うと少しイラッとした。
何故かは分からない、多分あのチビエルフの得意満面の顔を思い出したからだろう、きっとそうだと思いたい。
だが気持ちはさておき悪くは無い状況というのも理解していた。
『何やってんのよアンタは』
『いや、あはは。あの行商人のおじさんどうにも僕とアウラとの関係性を誤解しちゃったみたいで』
『ふーん、まあ良いんじゃないの?魔王を倒して世界を救った勇者が27にもなって女の1人も侍らせてないのは情けないわよ』
『ええ!?そうなの!?』
『世間的にはそうだってグラオペから聞いたけれど』
『そ、そっかぁ……』
露骨に落ち込んでいるがそんなの知った事では無い。
私の隣にいるのが童貞だと知れた日にはこの半年で不本意ながら仲を深めてしまったコイツとの関係性にも流石に色々と思うところが出てきてしまう。
だからさっさと私の事抱いて脱童貞すれば良いのに。
そんな事を全く知らないであろうこの20代後半男児は爽やかないつものムカつく笑みでこちらを向く。
『ま、まあそれはさておき!君にプレゼントだ!』
『……良いって言ったのに』
『僕がしたかったんだよ、プレゼント』
『そう。仕方ないわね……で、それ何?』
『ポインセチアのブレスレットさ。赤色がアウラに似合うと思って』
『あっそ』
『そしてこのポインセチアという花にはね、《幸運を祈る》っていう花言葉があるんだ。人は花に祈りや願いを込めて誰かに贈る事がある。だから僕からアウラへ、幸運を祈らせてほしい』
そして、サラッとそんな事を言うのだから尚の事ムカつくのだ。
私は沢山の人間を殺してきた魔族だと言うのに。
『私は幸運を祈られるような生き方なんてしてないわよ。沢山人を殺してきたんだから、少なくとも人間にそう言われる筋合いは無いんじゃないの?』
『それでもだ。君は、アウラはそれでも生きる事を許された。そして今そうして罪を理解している。なら君はきっと、幸せになる権利がある』
『……そう』
私は正式にヒンメルから生きて良いのだと、そう言われた。
そして初めて贈り物を受けた。
それはきっと、特別な事だ……この半年を生きてそう理解した。
受けたからには返す、そうしないとプライドが許さない。
結局無い知恵を絞った結果アイツの好物のルフオムレツを作ってあげる事にした。
料理は粗方覚えたし大丈夫だろう、そうして家に戻っていく私の足取りは何故だか少しだけ軽いものになっていた。
……ちなみにだが料理はかなり喜ばれた、らしい。
全く、だからって抱き着いてこなくても良いのに。
また赤い顔をしててんやわんやするヒンメルを見て苦笑していた事に気が付くのは、また別の話だ。