リーニエ「私が人間に絆される訳が無い……多分」(本編完結) 作:リーニエたんhshs
『ソール』……意味はフランス語で『運命』
原作に存在しないという意味でドイツ語外から
リーニエの運命を大きく変えると言う意味合いで『運命』の意味合いを持つ言葉をセレクト
「リーニエ?どこか行くのかい?」
「うん。街を見て回るついでに散歩」
「そうか、今日も精が出るね」
リュグナーに適当に言い訳をして出掛ける事1ヶ月が経過した。
この当時ほぼ毎日私はあの男、ソールに会いにいっていた。
人間を知りたいと……いや、ソールという人間を知りたいと思ってしまったが故に。
「や、今日も来てくれたんだね」
「何してるの」
「釣りだよ。俺は新鮮な魚が好物なんだ、良かったら後で家来るかい?ご馳走するよ」
「……貰う」
「OK、そんじゃ今日はいつにも増して気合い入れて釣りしなきゃな」
その日、ソールは釣りという事をしていた。
なんでも釣竿という棒状の物に糸を垂らし、先端に針と餌を引っ掛け水辺に落とす事で魚が食いつくのを待ち引き上げるらしい。
この習性は何となく魔族に似ている、と感じた。
魔族も見た目という釣竿に言葉という餌を引っ掛け釣り上げ人間を喰らう、本質としてはどちらも良く似通っている。
「ねえ、その釣り……私もしてみて良い?」
ともあれば、興味も湧いてくる。
人間の習性と魔族の習性でここまで合致しているものは聞いた事が無かった……のもあるけど、この時点で既に『ソールの行っている行為そのものに興味を持ち始めていた』のも大きかったからだ。
「本当か!よーし一緒にやってみようか!」
そうして私が彼のやる事に挑戦しようとする度に彼はとても笑顔になっていた。
魔族の私が、模倣するには無駄な人間の趣味趣向を真似するというのも何ともおかしな話だが何故だかその全ては私を惹き付けた。
――面白いイキモノ
やがて私の中に芽生えた彼への感情はそれだった。
魔族を十全に理解した人間であるにも関わらず私と対話し、私に人間の習性や趣味を教え込み、家へ招き入れまるで友人のように接する。
不可思議ではあれど実に面白い存在だった。
私の中にある探究心が彼をもっと知れと突き動かす、そんな事を思うものだから。
「私、最近刑法や法律の本を読んでるの」
「またどうして?」
静かに釣り糸に魚が掛かるのを待ちながら、手持ち無沙汰になりたくなく話し掛ける。
この時期になると私から既に話し掛けるくらいにはなっていたと振り返るとたった1ヶ月でと自らの落とされる早さに呆れる。
閑話休題。
「貴方が『人間を害さない・食さない限り危害を加えない』と言って友人になってきたから。私に友人という言葉は良く分からないけれど、私にとって人間に邪魔されなくて良い方法があるならそれに越した方法は無いから。私が邪魔をしなければあっちも邪魔する人間は少ないでしょう?でも私達魔族は人間の事を知らなさ過ぎたから……」
「知ろうとしてくれた、と」
「うん。まだまだ貴方の事も知りたいし」
ソールは静かに笑いながら『ありがとう』と語り掛けてきた。
こちらとしてはこの時探究心の方が大きくて、だからソールに嫌われない方法を自分なりに考えて人間の刑法や法律に従って出来うる限り人間を傷付けないようにしようとした。
だからありがとう、なんて言われる筋合いは無かったのに……
「いいや、それでもありがとうと言わせてほしいんだ。人間にそうして歩み寄ってくれた事が、俺にとっては何よりも嬉しくて。これ以上無い喜びだからさ」
「そう。それなら良かった」
そんな事を言ってくるから、胸がザワついてついついそんな言葉が無意識に出てしまっていた。
本来魔族が発する人間の言語は全て、誰かを欺きそして人間を喰らう為にあるものだったはずなのに、まるでそれが嘘ではなく本心であるかのように。
でも不思議と、不快感は無かった。
「あ、何か引っ掛かった」
「うおっ、こりゃ大物の予感!それじゃこっからが釣りの本番だから頑張れ!まずは――」
ちなみにその日は大漁だった。
そして私の趣味に釣りが加わる事になる日でもあった。
「どう?美味しい?」
「……びっくりした」
「と、言いますと?」
「人間は料理をするけれど、私はそれを不要だと思ってた。でも違った……こんなに美味しいという感情を覚える事は無かった。不思議」
「そうかそうか、それは良かった。口に合わなかったらどうしようかと思ったけどホッとしたよ」
昼は約束通り彼の家で料理を食べる事になった。
私が釣った魚も料理に含まれているらしい。
焼いた魚に煮た魚、汁物の中にも入っていた。
ところで、魔族は料理をあまりしない。
人間だってそのまま食べるしたまに食べる嗜好品に関しても料理してあるか否かなんて事に気取られる事は無い。
だから私は初めて料理してあるものを『そう』と認識して食べ、そして驚いた。
昔、魚を生で丸かじりで食べた時は小骨の感触と生臭さがあまり好みでは無く今回もそこまで期待はしていなかったけれどちゃんと調理された魚は小骨が取り除かれ生臭さも無くとても『美味しい』という感情に包まれた。
「それに……この『ライス』という食べ物も初めて食べたけど、美味しい」
「この辺じゃまず見掛けないからね。極東の一部国家で主食になってるらしいよ、ほんのり甘くてパンより腹に溜まるし様々な料理と相性も良い。特に魚料理や肉料理との相性は凄く良いんだ」
「そう」
確かにライスは料理ととても合っていた。
少し味が濃いと思っていた料理もこれと共に食べるとどうしてか丁度良くなる。
初めてだった。
腹を満たす作業としてでもなく、嗜好品という名の趣味としてでもなく、『美味しい』という感情の赴くままに何かを食べたのは。
心地良いと言う感情はこういうところから湧くのだろうかと、昔読んだ小説という本を読んだ時の事を思い返す。
私には分からない事だろうけれど、でも同じ体験を出来たのはこれもまた不思議と胸が暖かくなるのを覚えた。
「魚もライスもおかわりあるから食べたかったら言ってね、よそうから」
「……貰う」
こんなに人間と関わるなんて、凡そ魔族らしくないと同族からは笑われそうだがまあ良いかと思えた。
そんな外聞より、それより今は食事に集中したかった。
どうせ元より他の魔族とは違っていたのだから今更であるし。
だから、だろうか。
「ねえ」
「なんだい?」
「釣り……また教えて。あと他の料理も食べてみたい。人間のやる事がこんなに面白いなんて思わなかった。人間は面白いイキモノ。もっと観察してみたい」
そんな事を言い出してしまったのは。
本当はあの2日目で終わらせるはずだったものが一月続き、いつか終わらせるべきだと思っていたものなのに気が付けば自ら進んでソールと関わりにいっていた。
それは単純に人間に興味があったから?
いや、違う。
『ソールが笑顔になる事に興味があったから』
何をすれば笑顔になるのか、何をしてる時に笑顔になるのか、それが無性に気になった。
今でもこの感情に対する明確な答えは出ていない、純粋に仲良くしたいと無意識下に思っていたのだろうと言われれば今のところそれが一番しっくり来る感情なのだろうけれど。
『どこか違和感がある』
何をどう違和感とするのか、元が人間を模倣するだけの魔族の私には上手く言葉に出来ないが、本能がそう言っている気がする。
ただ仲良くしたかっただけではないのだと、そう言っている気がする。
「……」
「どうしたの」
「その、まさかリーニエの方から提案してくれるとは思わなくて。嬉しくてちょっと固まっちまった」
「嬉しい……なんで?」
「ん?そりゃ友達から遊びに誘われたら嬉しくもなるよ」
「友達……私が?」
でも間違いなく、友達と言われて嫌な気分でなかったのは確かだ。
それだけは確信している。
「ああそうさ。こうして毎日色んな事して遊んだり飯食ったりさ、それってもう友達と呼んで良いと思うんだ」
「私は魔族なのに?」
「初めて会った時も言ったろ?俺にゃそういうのは関係無い、友達になりたいと思った相手に種族は関係無いのさ」
「……やっぱり貴方は、不思議なイキモノ」
間違いなくこの日に、私とソールの奇妙な、それでいて私の唯一無二の、今も尚続く友人関係が出来上がった――