超火力TSダンジョン配信者【雪姫】の軌跡   作:山田センチュリー

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コスプレと言い張るしかない……!

 英語版自己紹介動画を撮った後、月音は編集のために自室に引っ込んだ。

 

 本当、あいつがいなかったら配信なんて絶対できなかったな……ネットに強い妹に感謝だ。

 そんなことを考えていたら、リーテルシア様から電話がかかってきた。

 

「もしもし?」

 

『こんにちは、ユキヒメ。そちらは変わりありませんか?』

 

「ニュースになったりはしましたが、少なくとも危害を加えられてはいませんね」

 

『そうですか。よかった……』

 

 ほっとしたように息を吐くリーテルシア様。心配してくれていたようだ。

 

「リーテルシア様のほうはどうですか?」

 

『おおよそ予想通りですね。妖精のことや迷宮のことなど大量の質問が寄せられていますが、私の思考能力を一部移植した植物人形を作ることで特に問題なく処理できています』

 

「思考能力を一部移植した植物人形」

 

 また何かとんでもないことしてるこの人。それはもしかして日本人全員が憧れる自分の代わりに仕事をやってくれる存在を作り出したということだろうか? 相変わらずリーテルシア様は何でもありだな。

 

『もちろんユキヒメの不利益になるような情報を漏らすことはないのでご安心を』

 

「助かります」

 

『このくらいは当然のことです』

 

 そう言ってから、リーテルシア様は『本題ですが』と切り出した。

 

『実は一つ伝え忘れたことがありまして。ユキヒメ、私と別れた後、自身のステータスは確認しましたか?』

 

「ステータスですか? 協会に報告義務があるから確認はしましたけど――って、そうだ! 俺もリーテルシア様に聞きたいことがあったんでした!」

 

 バタバタしていてすっかり忘れていたが、そういえばステータスボードに見覚えのないスキルが増えていた。というか、スキルが変化していたのだ。

 

 具体的には、【妖精女王の祝福】が【妖精女王の寵愛】というものに置き換わっていた。“祝福”同様このスキルだけは探索者協会にも報告していない。

 

『ユキヒメ、配信で私があなたに口づけをしたのを覚えていますか?』

 

「……ええ、その、まあ。覚えてますけど」

 

 あの時のことを思い出すと思わず赤面してしまう。衆人環視のもとでキスシーンを披露するとか、女優でもない俺には耐えがたいものがある。

 

『あの時、追加でユキヒメに魔力を流し込みました。それが以前与えたスキルに影響を及ぼしたのでしょう』

 

 そういえば、配信でキスをされた時に熱いものがリーテルシア様から流し込まれた気がする。驚き過ぎて記憶がおぼろげだが。

 

『それによって私の魂の一部をユキヒメに貸し出しました。今のユキヒメはごく一部ですが、私の力を使うことができます』

 

「え!?」

 

『ガーベラと同じですね。もっとも貸し出した魂の破片はずっと小さいですが』

 

「お、俺、どうなるんですか?」

 

 リーテルシア様の魂を貸し出すって何だ。正直想像もつかないんだが。まさか俺も宿題を肩代わりしてくれる人形を作り出せるようになったりするのか。

 

『ユキヒメに貸し与えた魂の破片には、私のスキル【世界創造】を限定的に発動させる効果があります。ごく短い時間、異なる世界同士を接続することができるのです』

 

「……すみません、もう少しわかりやすくお願いします」

 

『地上でも、迷宮と同じ姿になることができます』

 

 ん?

 

「それ、もしかして、ダンジョンの外でも魔力体になれるってことですか? 場所を選ばず……?」

 

『その通りです』

 

「ええええええええ」

 

 この人ヤバいこと言ってる! 地上で魔力体になるのは、探索者協会のようなごく限られた空間を除けば不可能だ。魔力体は生身とは比べ物にならないくらい戦闘力が高い。仮に探索者が魔力体となって地上で暴れたらどうなるか? 道路は割れ、電柱は倒れ、ビルは簡単に倒壊するだろう。

 

 だが現実にそんなことが起こったことはない。魔力体が地上に現れるなんてあり得ない、というのが世界の常識なのだ。

 

『やってみればわかります。ユキヒメ、魔力体になるための呪文を唱えてください』

 

「ええ……まあ、唱えるだけならいいですけど……【コンバート】」

 

 唱えた瞬間、俺の体が光に包まれた。

 直後、ぐにゃりという視界が歪む感覚があり、ふと体を見下ろすと……見慣れた<薄氷のドレス>が映った。

 

「――魔力体になってる!?」

 

『ちなみにもう一度唱えると生身に戻ります』

 

「こ、【コンバート】!」

 

 再度俺の体が光に包まれる。そしてリーテルシア様の言った通り、元の部屋着姿に戻った。

 

 ええ……? 何これ……?

 

『フェアリーガーデンを作った力――要は世界を作り、つなげ、維持する力の流用です。ユキヒメの周辺を迷宮と接続し、一時的に迷宮にいるのと同じ状況を作ることができます。もっとも地上は魔力が薄いため、魔術の威力は迷宮より大きく下がりますが』

 

「は、はぁ」

 

 目の前の事態が衝撃的過ぎてリーテルシア様の説明に生返事をしてしまう。いや、だって有り得ないだろ地上で魔力体になれるとか……一応弱体化はされているみたいだけど。

 

「な、なぜこんなことを」

 

『ユキヒメの安全を確保するためです』

 

「俺の安全、ですか」

 

 リーテルシア様は『はい』と告げた。

 

『妖精とのつながりが明らかになったことで、ユキヒメには危険があると言っていましたね。その対策です。魔力体になることができれば、少なくとも地上の人間に後れをとることはないのではありませんか?』

 

「それは……そうですね」

 

 俺の能力値でも、生身の人間から逃げることは間違いなく可能だろう。そのくらい魔力体の強さは生身と違う。

 

『ユキヒメが目立ちたくないと考えていることは承知しています。ですが、いざという時に自分の身を守る手段はあったほうがいいでしょう』

 

「リーテルシア様……」

 

『私からの用件は以上です。それでは、また何かあれば連絡します』

 

 通話が切れた。

 

 ……何かとんでもないことになったなあ。

 思い返せばリーテルシア様、配信の時、俺に手を出したらダンジョンの中でも“外でも”許さない、みたいなことを言ってたっけ。あれはこういう意味だったのか。

 

「【コンバート】」

 

 魔力体になる。……うん、間違いなく魔力体だ。<初心の杖>も持ってるし。

 この姿なら、以前俺を襲ってきたチンピラたちくらいなら簡単に叩きのめせるだろう。

 

 ただしそれをすれば妖精との関係がバレた時とは比べ物にならない大騒ぎになるだろうから、あくまで最終手段だ。魔術を使わないなら、コスプレですの一点張りで誤魔化せるかもしれないが。

 

 何にせよ、いざという時に取れる手段があるというだけで安心材料にはなる。リーテルシア様には感謝しないと。

 

「できれば魔術の試し打ちもしたいけど……」

 

 この姿を他人に見られるわけにはいかないので、試し打ちをするなら家の中でだ。しかし家の中で俺が魔術を使ったら冗談抜きで家が消し飛ぶ。

 

 ……あ、そうだ。あの魔術なら。

 

「……氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは冷ややかなる霜の吐息、【フロスト】」

 

 ひゅおおおおおお。

 

 小声で魔術を唱えると、冷気がリビングを駆け抜けた。

 

 ……寒っ! エアコン切ってから使えばよかった!

 

 だが、威力はダンジョンで使った時よりかなり低い。体感で十分の一くらいだろう。思いっきり手加減したうえで<初心の杖>で【アイスショット】を使うなら、生身の人間相手でも大怪我をさせずに済むだろう。……当たり所がよければ。

 

 ガチャッ。

 

「動画のアップ終わったよお兄ちゃん。ところで今日のおやつは――寒ぅ!? っていうかその格好どうしたの!?」

 

 あ、月音。

 俺は目を丸くする月音に、さっきのリーテルシア様とのやり取りを伝えるのだった。

 

 

 

 

「何だよ親父、いきなり呼びつけて」

 

 吹場組。

 関東地方を中心に大きな影響力を持つヤクザだ。もとは暴力団のいち傘下に過ぎなかったが、ダンジョン出現時にその価値に真っ先に気付き、ダンジョン産のマジックアイテムを武器に転用してのし上がった歴史を持つ。

 そんな吹場組の本家の一室で、白スーツの男が部屋の主に声をかけた。

 

「こっちは箱根ダンジョンの攻略で忙しいってのに……知ってんだろ、あのダンジョンの未踏破エリアのこと。今は俺たちしか知らねえが、しばらくすれば他の探索者どもも嗅ぎつけてくるぜ」

 

 白スーツの男の名は吹場(すいば)座虎也(ざこなり)

 暴力団“吹場組”の若頭にして、吹場組が母体となっている探索者ギルド“酒呑会”のギルドマスターでもある。

 

「それなりに重要な用件なんだよなぁ、親父? でなきゃいくら親父でもタダじゃ――」

 

「――座虎也」

 

「ッッ」

 

 瞬間、座虎也の全身を言いようのない悪寒が襲った。

 例えるならそれは竜のような、あるいは地上に存在しない巨大な獣のような、そんな圧倒的上位の捕食者に睨まれたような感覚。

 

 慌てて飛びのく座虎也にその人物は低い声で唸るように言った。

 

「あまり粋がるんじゃねえよ。お前はまだまだガキに過ぎねえ。身のほどをわきまえろ」

 

 座虎也は内心で舌打ちをする。

 

(これが親父の……吹場飛宗(ひしゅう)の圧力……ッ!)

 

 吹場飛宗。

 年齢は五十歳。身長は百八十センチに届かない程度だが、こわもての顔立ちや広い肩幅のせいで大柄に感じる。閉じられた左目には刀傷が走っている。

 

 吹場組を総括する人物にして座虎也の実の父親だ。飛宗は探索者としての適性もあり、高齢のため引退はしたが、その実力はSランク相当とされている。いまだAランクの座虎也では及ばない高みだ。

 

 飛宗は座虎也に告げた。

 

「お前のやっている仕事にケチをつけるつもりはねえよ。だがなァ、別件だ。もっと重要な案件ができた」

 

「べ、別件?」

 

 尋ね返す座虎也に飛宗は一枚の写真を見せる。

 そこには銀髪碧眼の少女が映っていた。

 

「このガキの名前は“雪姫”。最近探索者になったばかりの嬢ちゃんだ。部下を何人か連れて行って、隙を見てさらってこい。子分どもに命じて住所は調べさせてある」

 

「ガキをさらう? そんなことをして何になるってんだ」

 

「このガキは妖精とつながっているらしくてな。探索者協会は静観するつもりらしいが……チャンスだ。このガキに妖精の情報を根こそぎ吐かせ、妖精の棲み処を突き止める」

 

 座虎也は怪訝そうな顔をした。

 

「妖精の棲み処?」

 

「動画だよ、座虎也。このガキ、喋る妖精の長と一緒に妖精の棲み処を映してМチューブを配信をしたんだ。配信画面には山ほど妖精が映りこんでた。その場所にたどり着ければ、妖精を殺しまくって酒呑会の手下どもを強化できる。もちろんお前もだ」

 

「おいおい、マジかよ親父」

 

「疑うならお前も配信を見てみるんだな。俺の言っていることが間違いなんかじゃねえとわかるだろう」

 

「はっ、親父がそこまで言うんだ。わざわざ俺が見るまでもねえだろ」

 

 座虎也の言葉に満足げな笑みを浮かべてから、飛宗は声のトーンを変える。

 

「数百体の妖精を狩ることができれば、酒呑会の戦力は一気に強まる。あの忌々しい白竜の牙の連中も蹴散らせるだろう。するとどうなる? 俺たちはこの国の王だ」

 

 吹場組の組員で構成される酒呑会は、国内の探索者ギルドでナンバー2の戦力を誇っている。しかし今のままでは白竜の牙というより高みにいるギルドが邪魔だ。

 

 では、大量の妖精を狩ることでその差を覆せたら?

 

 その輝かしい未来を想像して座虎也はにやりと笑みを浮かべた。

 

「なるほど、話はわかったぜ親父。とにかくその雪姫ってガキをさらってこればいいんだな? ……箱根ダンジョンのほうから離れなきゃいけないのは心残りだが」

 

 小声で座虎也が言うと、飛宗は「それなら心配ない」と答えた。

 

「箱根ダンジョンについては代わりの人間を呼んでいる。“あの方”に連絡したところ、特別に彼直属の精鋭を寄越してくれることになったのだ」

 

「精鋭ってーと……例の六人のうちの一人か?」

 

「そうだ」

 

「それなら問題ねえな。俺としちゃ複雑だが……吹場組や酒呑会のためなら、文句はねえさ」

 

 そう言い残し、座虎也は白スーツのジャケットをひるがえして部屋を出るのだった。

 

 

 

 

「――決まりだね」

 

 書物に囲まれた部屋で、ドレス姿の少女が満足そうに言う。

 

「ダンジョン配信者“雪姫”の正体は、SSランク探索者白川琢磨の息子、白川雪人だ」

 

 彼女の耳にはワイヤレスイヤホンが着けられている。

 聞いているのはある兄妹の会話だ。

 

「君のおかげだ水鏡(みかがみ)。この音声データがなければさすがに確信は持てなかった。さすがの隠密能力だね」

 

 ドレスの少女が視線を向けた先には、二十代前半くらいに見える女性が立っている。

 透き通るような色合いの髪を肩あたりで切りそろえた髪型で、背はやや小柄。裾の長いクラシカルなメイド服を着ている。

 

 水鏡と呼ばれたメイド服の女性は表情を暗くした。

 

「お褒め頂き光栄です、(あかね)お嬢様。……しかし、彼女には申し訳ないことをしました」

 

「君は私の指示でやった。責められるべきは主である私であって君ではないよ」

 

「ですが……」

 

「すでにやってしまったことは覆らない。彼女には――いや、彼というべきかな。まあいい、雪姫君たちには誠心誠意謝るしかない。そのうえで、より大きな利益を提示する。なに、向こうにとっても重要な話だ。きっとわかってくれるさ」

 

「……」

 

 生真面目な従者は落ち込んだ表情のままだ。

 それを見たドレス服の少女は真剣な声色で言った。

 

「このままではいずれ私の命は危うくなる。それは雪姫君も変わらない。手段を選んでいる場合じゃないんだ。……時間もないことだしね」

 

「……そう、ですね」

 

「確信も得られたことだし、さっそく明日交渉に向かってくれ。頼りにしているよ」

 

「承知いたしました」

 

 メイド服の女性は頷き、主の部屋を後にした。

 部屋に残ったドレスの少女は呟く。

 

「これでいい……そうですよね、おじい様」

 

 彼女の前にある、いくつもの資料が詰まれた机。

 

 その一角には、小さな石像のようなマジックアイテムが置かれていた。

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