超火力TSダンジョン配信者【雪姫】の軌跡   作:山田センチュリー

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その日の夜

「はっ、はっ、はぁっ……!」

 

 白衣を着た一人の男が夜の街を走っている。

 男はアメリカに拠点を置く、ある大きなダンジョン関連企業の研究者だった。優秀な彼はある日気付かなくていいことに気付いてしまった。

 

「伝えないと……このことを誰かに伝えないと。あんなおぞましい研究、野放しにできない……!」

 

 自分が所属していたのは単なる企業ではなくもっと恐ろしい何かだった。

 

 そのことを一刻も早く力あるものに――WLO本部に、あるいは警察に伝えなくてはならない。そうしないと取り返しのつかないことになる。

 

 しかしそれは叶わなかった。

 追っ手を恐れて路地裏を移動していた男は、いきなり腹を何かに貫かれた。

 

「ぐああああ!?」

 

 倒れ伏し、血反吐を撒き散らす。

 灼熱の痛みに気を失いそうになる男の耳に、コツ、コツという足音が聞こえる。

 

「逃げられるわけないじゃ~~~~ん」

 

 甲高い声だ。そこにいたのはまだ幼い少女だった。黒のメッシュが入ったピンク色の髪を頭の両横でくくった髪型や、妙にパンクな服装が特徴的だ。

 

 また、腕には探索者であることを示す腕輪が着けられているが、一般的な黒ではなくなぜか紫色である。

 

 研究者の男の喉が干上がる。

 

「み、見逃してくれ……」

 

「駄目に決まってるじゃん。アンタは大事な技術者。“アレ”を知られたからには見逃せない。これからアンタは一生うちの施設で外にも出られず、誰とも話せず、研究を続けるの」

 

「……ッ!」

 

「それとも今死ぬ?」

 

 ピンク髪の少女の足元で影が不自然にうごめいた。

 彼女が命じればその影は刃になり、研究者の男を容易に切り刻むだろう。

 研究者の男は心を折られたように、がくりとうなだれる。

 

「そんじゃ運んどいてね」

 

 ピンク髪の少女が言うと、彼女の背後から現れた屈強な男が研究者に素早く駆け寄る。血痕の後始末などすることは多いが、ピンク髪の少女は興味なさそうにさっさと踵を返した。

 

 少女のスマホに着信。

 

 スマホを耳に当て、上司からの連絡を聞いた少女は嫌そうな顔をした。

 

『――』

 

「ええ……また仕事ぉ~~~~? まあボスが言うならやるけどさぁ……で、何? 次はどこ? は? 日本ん? だる……あ、ごめんわかったやります。やるってば」

 

『――、――』

 

「はいはい、スイバ組? を手伝えばいいのね。あー、例のジャパニーズヤクザ。確か計画に必要な連中なんだっけ? OK、任せといて」

 

 ピンク髪の少女は邪悪な笑みを浮かべた。

 

「百万ドルの賞金首“ナイトバナード”の一員として、看板に泥は塗らないよ」

 

 

 

 

 用意された部屋は本物のお城の一室かと思うような内装だった。

 

 館の雰囲気と合いすぎだろ。

 まるでテーマパークの一流ホテルにでも泊まっている気分だ。

 

「スコーン美味しい……ここはイギリス……?」

 

「戻ってこい月音。ここは日本だ」

 

 水鏡さんが持ってきてくれた絶品スコーンと紅茶で小腹を満たしながら、俺と月音は話し合いをすることにした。

 水鏡さんは茜の元に戻った。

 ここにいるのは俺と月音だけだ。

 

「月音、ちょっと考えを整理したい。壁打ちに付き合ってくれるか」

 

「ん、いいよ」

 

 月音に向かって手をパーにして突き出す。

 

「今の俺たちには選択肢が五つある。一、探索者協会を頼る。二、警察を頼る。三、白竜の牙を頼る。四、茜たちと組む。五、何もせずこのまま二人で生活する」

 

「五つ……意外とたくさんあるね」

 

「まあ、一か月はここにいろって茜に言われてるし、それがいいとも思う。あくまでそれ以降の話だな。で、二と五は論外だ。ヤクザに狙われてるんじゃ家にいるのは危険だし、警察も常時うちを見張ってくれるわけじゃないだろう」

 

「なら、探索者協会に頼る?」

 

「それもあり――と思ってたんだが」

 

「?」

 

「俺には隠し事が多すぎるし……一番引っかかってるのは、探索者協会が酒呑会のメンバーを処罰したって話を聞いたことがないんだよな」

 

 月音は「あー……」と何とも言えない顔をする。

 

「……確かに。素行が悪くていつもニュースになってるくらいなのにね」

 

「もしかすると、協会の中には吹場組の息がかかったやつがいるかもしれない」

 

 ギルド酒呑会が吹場組とつながっているのは公然の秘密。探索者協会を頼った結果、下手をすればよりヤクザたちに近付く羽目になるかもしれない。そんなことになったら最悪だ。

 

「白竜の牙は?」

 

「そのことなんだが……」

 

 俺は月音にスマホを見せた。実はさっき高峰さん宛てに、準構成員の保護に関して聞いて置いたのだ。すでにうちに強盗が入ったことは探索者協会経由で聞いていたらしく、すぐに返信が来た。

 

 メッセージの内容はこんな感じ。

 

 

『準構成員であっても数日なら白竜の牙の宿舎に泊まることは可能だ。ここにいる間は絶対安全だと断言できる。……けど、それ以上となると正規メンバーじゃないと難しい』

 

『雪姫さんさえよければ、正規メンバーになれるよう僕から推薦させてほしい。そうすれば宿舎に長期的に滞在できる。ご家族も一緒にいられるよう状況を整えるよ』

 

『とにかく一人で悩まず、何でも遠慮なく相談してほしい。同姓の相談相手がよければ、信頼できる他のメンバーも紹介するから』

 

 

「何この聖人……たまげたなぁ……」

 

 月音が呆気にとられたように呟いた。何だその口調は。

 

「どうするお兄ちゃん。作る? 神棚」

 

「いきなり祀り上げられたら高峰さんも困惑するだろ。気持ちはわかるけど」

 

 破天荒な父親に育てられた俺たちにとって、まともな年長者というのはもはや想像上の生き物だ。高峰さんがいい人過ぎて困惑する気持ちはよくわかる。

 

「協会よりは白竜の牙のほうが信用できると思う。だが問題が一つあって、正規メンバーになると俺は配信ができなくなる」

 

 給料は出るらしいから、ちゃんと働けば金自体は入るんだろうが……今と比べて収入は激減するだろう。

 

「……ごめんお兄ちゃん。状況はわかってるんだけど、お兄ちゃんのチャンネルを閉鎖することを考えたらもったいなくて吐きそうになった」

 

「お前本当にダンジョン配信好きだな……」

 

 とは言うものの、俺もチャンネルは惜しい。視聴者に愛着は……まあ、多少は……極小にはあることだし。安全に替えられるものじゃないけどな。

 

「で、最後に残ったのが茜と組む選択肢だ。<完全回帰薬>ってアテもあるし、一番魅力的ではある。秘密の共有ができていることから、組むリスクも少ないと言っていい」

 

 ただ、ここにも問題が一つ。

 

「<完全回帰薬>の一つ目を本当に譲ってもらえるかってことだよね」

 

「ああ。茜はともかく、水鏡さんはいい人そうだと俺も思った。けど、実際に茜の指示に従って俺たちに盗聴器を仕掛けてる」

 

 もし<完全回帰薬>の素材が一つしか手に入らず、もう一つを入手するめどが長期間立たなかったら茜を優先する可能性は否定できない。

 

 このあたりは理屈じゃないだろう。たとえば月音が病気で、それを癒す薬が目の前にあったとする。その薬が他人のものだとわかっていたとして、俺は果たして月音を後回しにし続けることができるだろうか?

 

 情けないが、絶対にそうするとは言えない。

 どこかで自分の大切な人を助けたい、という気持ちが勝ってしまうような気がする。

 

 それに茜のほうは行動が読めない部分がある。

 

 元の体に戻るためならダーティな手段もいとわないような気がするのだ。気が付いたら犯罪の片棒を担がされていた……なんてことはないと思いたいが。

 

 うーむ。

 

「月音は茜と組むべきだと思うか?」

 

「……わかんない。冷静になってみると、探索者協会とか白竜の牙とか、大きい組織を頼ったほうがいいような気もするし」

 

 月音は力のない声で言った。

 

「お兄ちゃん、こっち来てこっち」

 

「?」

 

 月音がテーブルからベッドに移動し、ぼふんと腰かける。

 そしてぽんぽんと自らの膝を叩く。

 

「カモンお兄ちゃん」

 

「それはもしかして俺にお前の膝に乗れって言ってるのか?」

 

「逆にお兄ちゃんは私が急に膝でパーカッションを始めたとでも思ってるの?」

 

「お前減らず口すごいな!」

 

「いいじゃんちょっとくらいー! お兄ちゃんを後ろからぎゅっとしたいのー!」

 

「……わかったよ、わかったから落ち着け」

 

 仕方なく月音の膝の上に移る。月音は女子として平均よりやや低いくらいの体格だが、身長百三十五センチ弱の俺くらいなら余裕で抱えられるようだ。

 

「……これでいいのか?」

 

「うん。ふへへ、銀髪ロリが私の膝の上に……今なら触り放題……すんすん」

 

「ひゃあああ!? おいやめっ……嗅ぐな!」

 

 後ろから俺を抱きしめ、首筋の匂いを嗅いでくる月音。

 

 危なすぎるこいつ!

 ……まあ、仮にも兄である俺には月音がこんな奇行に走った理由はわかる。

 

「やっぱり不安か?」

 

「……わかる?」

 

「わかる」

 

 月音はぎゅっと強く俺を抱きしめた。その手は少し震えている。

 

「何か、最初は楽しかったんだよね。成り行きとはいえお兄ちゃんがダンジョン配信者として有名になって、私はそれをサポートして。正直、TS解除なんてできなければいいのにとか思ったりもしてたんだけど」

 

「お前そんなこと考えてたのか……」

 

「ダンジョン適性があるお兄ちゃんには私の気持ちはわからないだろうねぇ! ……だけど、お兄ちゃんがチンピラに路地裏に連れ込まれたりとか、世界中から注目されたりとか、ヤクザが家に入ってきたりとか……何か、だんだん怖くなってきちゃってさ」

 

 明るく話そうとしているようだが、月音の声はだいぶ参ってるように感じた。

 

 それもそうか。

 

 俺は日中、人の多いダンジョンにいる。おまけにいざとなれば地上でも魔力体になれる。だが月音はどうだ? 俺の配信をサポートするために自宅のPCから離れられず、魔力体になることもできない。

 

 そんな状態で家に一人でいる時、強盗に襲われかけたのだ。

 怖くなるのは当然だ。

 むしろ今まで気丈にしていたのがおかしかったのだ。

 

「ごめんねお兄ちゃん。大変なのはお兄ちゃんのほうなのに、こんなことで弱音吐いて……」

 

「馬鹿言え、月音のおかげで助かってる。俺一人だったら何もできなかった」

 

「でも、やっぱり情けないよ。私駄目だね、お兄ちゃんに甘えてばっかりで」

 

 自嘲するように小さく息を吐く月音。

 ……くそ、情けないのは俺の方だ。

 俺は月音の手をほどいて立ち上がった。

 それから座った状態の月音の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 

「お、お兄ちゃん?」

 

「悪かった。なんか俺、腑抜けてたみたいだ。お前のことは絶対に誰にも傷つけさせない。そんなに心配するな」

 

 何が正解かわからない。なら、やることは簡単だ。最善だと思える選択肢を選び、それが間違いだったとしても正解に変えてやる。月音を守り、俺の元の姿も取り戻す。

 

 月音は目をパチパチと瞬かせ、それから笑った。

 

「お姉ちゃんかっこいいー!」

 

「誰がお姉ちゃんだ」

 

 少しは調子が戻ったな。

 それじゃ明日の準備をしよう。

 

 俺はスマホを取り出し、ある人物にメッセージを送った。

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