直哉「疾風迅雷やね」   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

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渋谷事変③

 

 武術が好きや。科学が、技術が好きや。

 昔の人がコツコツと『今より良い世界』を目指した、切実な願いの結晶やから好きや。

 

 どんなアホでも、凡人でも、何の取り柄も無いカスでも。

 必死でやれば、何かを一歩進める事が出来る。そしたら次に進む奴は、一歩進んだ状態からまた始められる。その積み重ねが好きや。『巨人の肩に乗る』いう言葉がある。先人の残した業績が大きな土台になっとって、それが更に次の進歩へ繋がる事の喩えや。この継承の繰り返しを、ワイは尊いと思う。

 

 今のワイらは、古代の学者よりも世界を知っとる。過去の天才よりも高度な物を造れる。それは今のワイらが昔の人より優れてるって事やない。昔の人がコツコツ積み上げた結果が今なんや。

 

 逆にワイは、今の呪術界が嫌いや。

 カビの生えるほど昔の呪物を誰も壊せん。千年前の術師に誰も敵わん。旧時代の天才が張った結界を、今も有難がって使っとる。

 

 何でや? 何で、誰も疑問に思わん?

 

 呪術だけや。この千年間で、ほんのちょびっとしか進歩してへんのは。

 遥か古代に伝説の聖剣と謳われた剣は、今となっちゃちょっと丈夫なだけの鉄剣や。千年前に最強と謳われた両面宿儺は、今も誰も敵わん最強として恐れられとる。

 この差はどうして生まれた?

 

 ワイにはもう分かっとる。教育や。

 弱者を引き上げようとせず、ただ切り捨てるための教育しかしてへんからや。

 

 遺伝による相伝術式を元にした血統主義と、生まれ持った素養を過剰に尊ぶ思想。この歪みが、今の呪術界の教育を生んだ。強者だけを丁重に扱って、ついて来られへん弱者を切り捨てる環境を生んだ。

 

 五条も、宿儺も。あんなカス共を有難がっとるから、いつまで経っても先に進めへん。

 あっち側の人間だけを無駄に特別視して、思考を停止させとる。やから、一向にこっち側との差が埋まらんのや。

 

 だから……ワイが、当主に成ったら……もっと、シン陰流とか、そういうイカしたヤツの研究に力を注いで……。そんで……真希ちゃんと真依ちゃんが、ちゃんと戻ってこられるように……。

 

「……やから……えっと、何考えてたんやっけ……」

 

 寒いな。

 血が、流れ過ぎて……ああせや、反転術式で治癒せんと……。

 

「……渋谷マークシティ。そうや、羂索は……」

 

 反転術式で失血が治療されていくのと同時に、薄れかけていた視界がぼんやりと戻ってくる。吹き飛んだ看板の残骸が眼に入り、やっと脳が現状を認識する。

 

 あの後、暫くこっちの体術と向こうの呪術とで渡り合ってたんやけど、向こうが準一級以上の呪霊を解禁し出してから押され始めて……。

 

「火山頭……あれ出されたのが、痛かったな……ちゃんと、大型を出す時は初動を潰さんと……」

 

 ニチャリと粘つく血を拭い、ふらつきながら立ち上がる。あの火山頭、火力高いし全体攻撃してくるしで最悪やったな。超遠距離からの反転術式(正のエネルギー)を使った奇襲にしか勝ち筋が無かった。運よく祓えたけど、もしアレが失敗してたら死んでたのはこっちやったいう嫌な確信がある。

 

 ほんで、全身火傷と切り傷で血が止まらんくなって、何とか必死で離脱して……。

 

「アカン……はよ、羂索があっち行く前に止めな……」

「いやいや、そんな心配は要らないよ。私としても、君を放置したままにしたくは無いしね」

 

 背後からの声。最悪や、もう振り向かんでも分かるわ。羂索が追って来とるやんけ。

 視界の端に、低級呪霊の蠅頭が見える。あれと視覚を共有して探したんか。つくづく小回りの利く、ええ術式しとるな。

 

「ハッ……そら、高評価どうも。どや、そろそろ呪霊も尽きてきたんとちゃうか?」

「アハハ、まさか。君が反転術式を使えるのには驚いたけどね。漏瑚が一撃で祓われちゃった。あれ獲るのに苦労したんだよ?」

「あっそ、そら気分がええわ。獲られて困るもんなら、大事にしまっとけばええねん」

 

 手をグッパッと握って、握力を確認する。よし、体のキレは取り敢えず戻った。設定した勝利条件に逆らえへんいう"縛り"のお陰で、呪力もまだ余裕がある。まだやれる。まだ、コイツの命に刃が届き得る。

 

「酷い顔だねえ、血塗れで。もう帰った方が良いんじゃない?」

「アホ抜かせ……今が一番男前じゃ」

 

 上で、何かとんでもなく重い物が衝突し合ったような轟音が何度も響く。

 両面宿儺。直接相対したのは駅地下での一瞬だけやったが、一目見ただけで背筋が凍るほどに強かった。あの目隠し(アホ)が勝つと信じたいが、アホ故に何かポカやらかすかもしれん。

 

「死ぬよ? 君」

「どうやろな……呪術師いうのは、最後まで足掻くんが仕事やからね……!」

 

 啖呵を切るのと同時、羂索の掌から溢れ出た呪霊が襲い掛かってくる。このままジワジワと距離を離されて、大型で潰されるのがさっきの負けパターンや。そうならへん為に、次はこっちも新しい事せんとアカン。

 

 襲い来る呪霊へ距離を詰め、掌を当てる。瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――――!?」

「どや、ビックリしたか!? 実はワイも使えたんよなぁ、呪霊操術!」

 

 嘘やけど。実際はただの術式反転や。

 反転発動中にワイの掌に触れたもんは、()()()()()()()()()()()()()をする。認識の拡張とアウトプットに死ぬほど苦労した、ワイのとっておきや。

 

 驚きによって停止した僅かな隙を突き、懐へと潜り込む。

 刀と拳が激突する。近距離戦。どこまで行っても、距離を取られるとこっちが不利な事に変わりはない。

 領域を展開されたら死ぬ。また大型の呪霊を出されても死ぬ。こいつに、ワイの知らん隠し玉があっても死ぬ。攻め続けて、何もさせんうちに殺すしか勝機が無い。一回目はしくじった、次はもっと上手くやる。

 

「……術式反転か!」

「正っ解! (タネ)バレるの早くて凹んでまうわ! もう関係ないけどなぁ!」

 

 ここで決める。殺し切る。持ってる手札は向こうの方が多いはずやのに、こっちの方が先に技を晒してしまった。焦りを顔に出すな。いかにも楽勝そうに、まだ余裕がある様に振舞え。

 

「禪院家の家訓は、攻め続ける事……! 信じてるで、親父ィイ!!」

 

 加速する。攻め続ける。

 投射呪法による加速は、術式を解かん限り最大速度が上がっていく。近距離で制御可能なギリギリまで速度を上げて、受けでこいつの手数を飽和させる。

 

 加速する。加速する。加速する。

 永遠に感じる一秒を、何度も刻む。出の速い低級呪霊を潰し、距離を取ろうとする相手の足を狩る。頭が焼き切れそうになりながら、術式を使い続ける。

 

「―――――――!!」

「ァ、ァアァァアアアアアアアアアアア!!!」

  

 コイツの隠し持っている呪霊。高度な結界術。領域。全部関係あらへん。

 スピード差で、"今この攻撃に対処しなければ死ぬ"いう状態を永遠に作りだしたる。

 

「……チィッ!」

「ハッ、どした? さっきみたいな胡散臭い笑み浮かべて見ろや!」

 

 少しずつ、羂索の身体に傷が刻まれていく。防御が飽和し、攻撃を捌ききれなくなっていく。

 ―――そして、今。

 両手が弾き飛ばされ、がら空きとなった首へワイの刀が―――。

 

 

「……マジで、大したもんだよ君」

 

 

 ()()

 刀は僅か薄皮一枚を斬り、ワイは地面に叩き伏せられた。

 

「グゥアッ……!!」

()()()()()。君の癖や体捌きを観察して、わざと一瞬の隙を見せつけた。その一瞬で、術式(重力)を起動できるように。賭けだったけどね、上手く行って良かったよ」

「クソ……何や、それ……」

 

 スペック滅茶苦茶かい、コイツ。んな簡単に見稽古出来たら苦労せんわ。

 いや、それよりもヤバい。重力で押し潰された今の時間で距離を離された。大技が来る。特級呪霊か? いや、この状況やったら、領域展開が―――――。

 

「じゃあね、現代の術師。それなりに面白かったよ――――領域展開」

「舐めんなや……おもろいのは、まだこっからやろ――――領ォ域展開!」

 

「――――胎蔵遍野(たいぞうへんや)

「――――時胞月宮殿(じほうげっきゅうでん)!」

 

 地べたに這いつくばりながら、必死に掌印を結ぶ。『領域対策に一番手っ取り早いのは、こちらも領域を展開すること』。その基本に(のっと)った対抗手段。こいつの結界術を前に、領域の押し合いで勝てるとは思わん。必中効果を消している間に、今度こそ首を()ねたる。

 お互いの領域が押し合い、必中効果を手に入れんと――――しない。羂索の領域に、外殻が無い。

 

「……ふざけんなや」

 

 空に絵を描くような、器を用いず水を運ぶような、まさに神業。

 押し切られる。対象を閉じ込めへんいう"縛り"によって底上げされた術式威力に加え、そもそも基礎となる結界術の腕前が桁違いや。音を立てて、ワイの領域が削られていく。

 ……死、

 

「―――まだや!!」

 

 駆ける。領域はまだ数秒持つ。領域の必中効果が相手に渡る前に、コイツを叩きのめせば―――!

 

「残念。幾ら何でも、そんな拙攻にやられてあげる私じゃないよ」

「―――――っ!!」

 

 必死の猛攻が、湧き出す呪霊と本人の体術によって避けられる。焦りが出た剣術では、それを捉えきる事もできへん。

 

「3、2、1……はい、終わり」

 

 刀が肌に触れるよりも早く、残り時間が切れた。領域が解体されきった感覚。

 自らの領域が崩壊し、相手の領域が必中効果を獲得する。咄嗟に後ろに跳んだのも束の間、領域内に遍在する重力に身体を押し潰される。

 

「ガァッ……!」

「ふう……いやー、良かった良かった。現代術師の割には退屈しなかったよ」

「ハッ、そらおおきに……ほな、折角やから見逃してもらってもええか?」

 

 潰れた内臓を修復しながら、血痰混じりの声を吐く。逃げ……たいんやけど、這いつくばったこの体勢からやとどう逃げても間に合わん。まな板の上の鯉や。少しでも会話フェイズで時間を稼がんとあかん。……マジで、信じとるでパッパ。

 

「……だいたい、お前何がしたいねん。呪霊の味方して、宿儺も復活させて……」

「えー? まあ、そこら辺話しても良いけど……どうかな。時間稼ぎしてるでしょ、君」

 

 バレてて草やで。

 

「いやいや、アホ抜かせ。分かるやろ? 今の反転術式でもう呪力もすっからかんや。もうなーんも出来へん、か弱い生き物や。ちいさくてかわいい直哉くんをもっと(いた)わってや。優しくされへんかった直哉モンの平均寿命は短いんやで?」

「ふーん」

「あっ本格的に無理そう」

 

 羂索の掌に呪霊が渦巻いていく。引き延ばされた体感時間の中で、ワイを殺す一撃が練り上げられていくのが嫌にゆっくりと見えた。

 ……もう、ワイに出来る事は何もない。あとは、()()()。禪院家の当主であるパッパが、総監部の命令を無視している事を信じる。渋谷マークシティ。()()()()()()()()。渋谷駅を出た瞬間から、合流を目指してここに向かってきた。攻勢を尊ぶ禪院家の思想に、パッパが殉じている事を信じる。

 

 眼を閉じる。最後の最後、命を他人に委ねる事しかできん自分を恥じる。

 ビリビリと震える空気。練り上げられた呪力の塊が、ワイを、焼き尽くそうと―――――。

 

 ――――()()

 

 宙に浮かぶ()()が、呪力によって粉微塵になる。へたり込むワイの傍に、誰かが並び立つ気配。位置の入れ替え。この術式は――――。

 

「グゥゥレイト!! 直哉特別一級術師、よく耐えた! その奮戦、決して無駄にはしまい!!」

「ハッ……パッパ、ちょっと遅すぎるんとちゃう?」

「ガハハハハ! なぁに、このくらいの方がアニメらしいだろう!」

 

 時刻不明。

 東堂葵一級術師および禪院班、呪詛師羂索と遭遇。

 禪院直哉特別一級術師を保護。

 

 

 

 

 

 

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