武術が好きや。科学が、技術が好きや。
昔の人がコツコツと『今より良い世界』を目指した、切実な願いの結晶やから好きや。
どんなアホでも、凡人でも、何の取り柄も無いカスでも。
必死でやれば、何かを一歩進める事が出来る。そしたら次に進む奴は、一歩進んだ状態からまた始められる。その積み重ねが好きや。『巨人の肩に乗る』いう言葉がある。先人の残した業績が大きな土台になっとって、それが更に次の進歩へ繋がる事の喩えや。この継承の繰り返しを、ワイは尊いと思う。
今のワイらは、古代の学者よりも世界を知っとる。過去の天才よりも高度な物を造れる。それは今のワイらが昔の人より優れてるって事やない。昔の人がコツコツ積み上げた結果が今なんや。
逆にワイは、今の呪術界が嫌いや。
カビの生えるほど昔の呪物を誰も壊せん。千年前の術師に誰も敵わん。旧時代の天才が張った結界を、今も有難がって使っとる。
何でや? 何で、誰も疑問に思わん?
呪術だけや。この千年間で、ほんのちょびっとしか進歩してへんのは。
遥か古代に伝説の聖剣と謳われた剣は、今となっちゃちょっと丈夫なだけの鉄剣や。千年前に最強と謳われた両面宿儺は、今も誰も敵わん最強として恐れられとる。
この差はどうして生まれた?
ワイにはもう分かっとる。教育や。
弱者を引き上げようとせず、ただ切り捨てるための教育しかしてへんからや。
遺伝による相伝術式を元にした血統主義と、生まれ持った素養を過剰に尊ぶ思想。この歪みが、今の呪術界の教育を生んだ。強者だけを丁重に扱って、ついて来られへん弱者を切り捨てる環境を生んだ。
五条も、宿儺も。あんなカス共を有難がっとるから、いつまで経っても先に進めへん。
あっち側の人間だけを無駄に特別視して、思考を停止させとる。やから、一向にこっち側との差が埋まらんのや。
だから……ワイが、当主に成ったら……もっと、シン陰流とか、そういうイカしたヤツの研究に力を注いで……。そんで……真希ちゃんと真依ちゃんが、ちゃんと戻ってこられるように……。
「……やから……えっと、何考えてたんやっけ……」
寒いな。
血が、流れ過ぎて……ああせや、反転術式で治癒せんと……。
「……渋谷マークシティ。そうや、羂索は……」
反転術式で失血が治療されていくのと同時に、薄れかけていた視界がぼんやりと戻ってくる。吹き飛んだ看板の残骸が眼に入り、やっと脳が現状を認識する。
あの後、暫くこっちの体術と向こうの呪術とで渡り合ってたんやけど、向こうが準一級以上の呪霊を解禁し出してから押され始めて……。
「火山頭……あれ出されたのが、痛かったな……ちゃんと、大型を出す時は初動を潰さんと……」
ニチャリと粘つく血を拭い、ふらつきながら立ち上がる。あの火山頭、火力高いし全体攻撃してくるしで最悪やったな。超遠距離からの
ほんで、全身火傷と切り傷で血が止まらんくなって、何とか必死で離脱して……。
「アカン……はよ、羂索があっち行く前に止めな……」
「いやいや、そんな心配は要らないよ。私としても、君を放置したままにしたくは無いしね」
背後からの声。最悪や、もう振り向かんでも分かるわ。羂索が追って来とるやんけ。
視界の端に、低級呪霊の蠅頭が見える。あれと視覚を共有して探したんか。つくづく小回りの利く、ええ術式しとるな。
「ハッ……そら、高評価どうも。どや、そろそろ呪霊も尽きてきたんとちゃうか?」
「アハハ、まさか。君が反転術式を使えるのには驚いたけどね。漏瑚が一撃で祓われちゃった。あれ獲るのに苦労したんだよ?」
「あっそ、そら気分がええわ。獲られて困るもんなら、大事にしまっとけばええねん」
手をグッパッと握って、握力を確認する。よし、体のキレは取り敢えず戻った。設定した勝利条件に逆らえへんいう"縛り"のお陰で、呪力もまだ余裕がある。まだやれる。まだ、コイツの命に刃が届き得る。
「酷い顔だねえ、血塗れで。もう帰った方が良いんじゃない?」
「アホ抜かせ……今が一番男前じゃ」
上で、何かとんでもなく重い物が衝突し合ったような轟音が何度も響く。
両面宿儺。直接相対したのは駅地下での一瞬だけやったが、一目見ただけで背筋が凍るほどに強かった。あの
「死ぬよ? 君」
「どうやろな……呪術師いうのは、最後まで足掻くんが仕事やからね……!」
啖呵を切るのと同時、羂索の掌から溢れ出た呪霊が襲い掛かってくる。このままジワジワと距離を離されて、大型で潰されるのがさっきの負けパターンや。そうならへん為に、次はこっちも新しい事せんとアカン。
襲い来る呪霊へ距離を詰め、掌を当てる。瞬間、
「―――――――!?」
「どや、ビックリしたか!? 実はワイも使えたんよなぁ、呪霊操術!」
嘘やけど。実際はただの術式反転や。
反転発動中にワイの掌に触れたもんは、
驚きによって停止した僅かな隙を突き、懐へと潜り込む。
刀と拳が激突する。近距離戦。どこまで行っても、距離を取られるとこっちが不利な事に変わりはない。
領域を展開されたら死ぬ。また大型の呪霊を出されても死ぬ。こいつに、ワイの知らん隠し玉があっても死ぬ。攻め続けて、何もさせんうちに殺すしか勝機が無い。一回目はしくじった、次はもっと上手くやる。
「……術式反転か!」
「正っ解!
ここで決める。殺し切る。持ってる手札は向こうの方が多いはずやのに、こっちの方が先に技を晒してしまった。焦りを顔に出すな。いかにも楽勝そうに、まだ余裕がある様に振舞え。
「禪院家の家訓は、攻め続ける事……! 信じてるで、親父ィイ!!」
加速する。攻め続ける。
投射呪法による加速は、術式を解かん限り最大速度が上がっていく。近距離で制御可能なギリギリまで速度を上げて、受けでこいつの手数を飽和させる。
加速する。加速する。加速する。
永遠に感じる一秒を、何度も刻む。出の速い低級呪霊を潰し、距離を取ろうとする相手の足を狩る。頭が焼き切れそうになりながら、術式を使い続ける。
「―――――――!!」
「ァ、ァアァァアアアアアアアアアアア!!!」
コイツの隠し持っている呪霊。高度な結界術。領域。全部関係あらへん。
スピード差で、"今この攻撃に対処しなければ死ぬ"いう状態を永遠に作りだしたる。
「……チィッ!」
「ハッ、どした? さっきみたいな胡散臭い笑み浮かべて見ろや!」
少しずつ、羂索の身体に傷が刻まれていく。防御が飽和し、攻撃を捌ききれなくなっていく。
―――そして、今。
両手が弾き飛ばされ、がら空きとなった首へワイの刀が―――。
「……マジで、大したもんだよ君」
刀は僅か薄皮一枚を斬り、ワイは地面に叩き伏せられた。
「グゥアッ……!!」
「
「クソ……何や、それ……」
スペック滅茶苦茶かい、コイツ。んな簡単に見稽古出来たら苦労せんわ。
いや、それよりもヤバい。重力で押し潰された今の時間で距離を離された。大技が来る。特級呪霊か? いや、この状況やったら、領域展開が―――――。
「じゃあね、現代の術師。それなりに面白かったよ――――領域展開」
「舐めんなや……おもろいのは、まだこっからやろ――――領ォ域展開!」
「――――
「――――
地べたに這いつくばりながら、必死に掌印を結ぶ。『領域対策に一番手っ取り早いのは、こちらも領域を展開すること』。その基本に
お互いの領域が押し合い、必中効果を手に入れんと――――しない。羂索の領域に、外殻が無い。
「……ふざけんなや」
空に絵を描くような、器を用いず水を運ぶような、まさに神業。
押し切られる。対象を閉じ込めへんいう"縛り"によって底上げされた術式威力に加え、そもそも基礎となる結界術の腕前が桁違いや。音を立てて、ワイの領域が削られていく。
……死、
「―――まだや!!」
駆ける。領域はまだ数秒持つ。領域の必中効果が相手に渡る前に、コイツを叩きのめせば―――!
「残念。幾ら何でも、そんな拙攻にやられてあげる私じゃないよ」
「―――――っ!!」
必死の猛攻が、湧き出す呪霊と本人の体術によって避けられる。焦りが出た剣術では、それを捉えきる事もできへん。
「3、2、1……はい、終わり」
刀が肌に触れるよりも早く、残り時間が切れた。領域が解体されきった感覚。
自らの領域が崩壊し、相手の領域が必中効果を獲得する。咄嗟に後ろに跳んだのも束の間、領域内に遍在する重力に身体を押し潰される。
「ガァッ……!」
「ふう……いやー、良かった良かった。現代術師の割には退屈しなかったよ」
「ハッ、そらおおきに……ほな、折角やから見逃してもらってもええか?」
潰れた内臓を修復しながら、血痰混じりの声を吐く。逃げ……たいんやけど、這いつくばったこの体勢からやとどう逃げても間に合わん。まな板の上の鯉や。少しでも会話フェイズで時間を稼がんとあかん。……マジで、信じとるでパッパ。
「……だいたい、お前何がしたいねん。呪霊の味方して、宿儺も復活させて……」
「えー? まあ、そこら辺話しても良いけど……どうかな。時間稼ぎしてるでしょ、君」
バレてて草やで。
「いやいや、アホ抜かせ。分かるやろ? 今の反転術式でもう呪力もすっからかんや。もうなーんも出来へん、か弱い生き物や。ちいさくてかわいい直哉くんをもっと
「ふーん」
「あっ本格的に無理そう」
羂索の掌に呪霊が渦巻いていく。引き延ばされた体感時間の中で、ワイを殺す一撃が練り上げられていくのが嫌にゆっくりと見えた。
……もう、ワイに出来る事は何もない。あとは、
眼を閉じる。最後の最後、命を他人に委ねる事しかできん自分を恥じる。
ビリビリと震える空気。練り上げられた呪力の塊が、ワイを、焼き尽くそうと―――――。
――――
宙に浮かぶ
「グゥゥレイト!! 直哉特別一級術師、よく耐えた! その奮戦、決して無駄にはしまい!!」
「ハッ……パッパ、ちょっと遅すぎるんとちゃう?」
「ガハハハハ! なぁに、このくらいの方がアニメらしいだろう!」
時刻不明。
東堂葵一級術師および禪院班、呪詛師羂索と遭遇。
禪院直哉特別一級術師を保護。