活動報告の方でアイディアを募集させていただいておりました、番外編となります。
「九相図と虎杖が出会う話」
「高専関係者からの直哉の評価」
「高羽と羂索がコンビを組む話」
の三本立てです。恐るべきことに、直哉が出て来ません。
アイディア募集は引き続き行っておりますので、また機会がありましたら何卒よろしくお願いいたします。
【俺たち九相図ファミリー】
「えーっと……脹相、で良いんだよな?」
「お兄ちゃんだ」
「…………………あー……えっと……」
「お兄ちゃんと呼んでくれ。話はそこからだ」
俺、自分が気付かないだけで変な術式とか持ってるのかな。
両面宿儺を宿す少年、虎杖悠仁はそう一人ごちる。
先日の京都交流戦においては東堂という親友が生え、今回の渋谷事変では兄が生えてきた。更に思い返してみれば、たしか以前の任務では直哉さんもおかしくなっていた気がする。どういう星の元に産まれてきたのか分からないが、どうも自分は妙な男とやけに縁があるようだった。お祓いにでも行った方がいいかもしれない。
おかしいな……五条先生は俺に何の術式も無いって言ってたんだけど……。でもあの先生適当だからな……。と虎杖が大人への不信感を抱いている間にも、脹相を名乗る男は言葉を続ける。
「そうだな、俺としたことが順番を間違えていた。まずは弟たちを紹介しなければ」
「そういう事じゃなくね?」
「まず、こちらが壊相。見ての通りオシャレな奴で、俺たち兄弟のファッションリーダーだ」
「どうも、人間の術師。兄の言う事です、そう簡単に疑いはしませんが……正直、私たちに他の兄弟がいたとはにわかに信じがたいですね」
俺もだよ。と、言えば絶対にモメる事が分かっているので虎杖は口にしなかった。社会性が豊かだからだ。
「こちらが血塗。見ての通りパワフルな奴で、俺たち兄弟をいつも引っ張ってくれるんだ」
「よ゛ろ゛しく゛ぅ」
見た目通り??? 何が見た目通りだと言うのだろう。
虚ろな眼から血を垂れ流す血塗が、朗らかな声で挨拶を交わす。地獄から響いてくるような声だった。
「そして俺が脹相。俺たち兄弟の長男で、一番お前たち兄弟の事を愛している男だ」
「…………そ、そうか……」
「おや、聞き捨てなりませんねぇ兄さん。誰が一番ですって? 私こそ、貴方たち兄弟を一番愛しているに決まっているでしょう」
「いや、悪いがここは譲らん。お前たちを一番愛しているのは俺だ」
「私です」
「俺だ」
「お゛れ゛ぇ゛!!」
何か始まった。
場の趨勢を見守るしかない虎杖をよそに、三人 (人?)は「俺だ!」「私だ!」と言い合いながら徐々にお互いへ詰め寄っていき……。
「「「兄弟!!!!!!!!」」」
と叫び、一気に抱き着いた。
「そうだ……! 俺たちの兄弟愛は皆でナンバーワン! 皆で最高の兄弟なんだ……! 」
「兄さん!!」
「あ゛にじゃ!!!」
一つになって九相図九相図。みっつまとめて九相図九相図。だんご三兄弟のようにひと固まりになる三人。
自分は今、何を見せられているのだろうか。そう考えていると、三人がくるりと振り返って自分をジッと見つめてきている。
「……………」
「……………」
意味深な沈黙。まさか、ここに加われとでも言うのだろうか。
虎杖が硬直していると、三人は残念そうな顔をしながらゆるゆると離れていった。
「……まだだったか」
「ちょっとわざとらしかったですかね?」
「クソッ……! 俺のせいだ!! 俺が先走って、弟の気持ちに寄り添えなかったから……!!」
「そんな、兄さん……!!」
「離せ、壊相!! 俺はもう、俺が許せない――――!!」
「馬鹿野郎、兄さん!! バキィッ!!*1」
「っ、壊相!?」
「どうしてそう一人で抱え込むんですか!! 私たちは兄弟でしょう!? 悲しみも喜びも、皆で分かち合ってこそでしょう……!」
「壊相……! ……ふっ、そうだな。俺が、間違っていたよ……」
「つ゛、つ゛ぎがある゛さ゛!!」
「血塗!!」
「「「兄弟!!!!!!!!」」」
……このノリ、俺が参加しない限り永遠に続くんだろうか。
禪院直哉によって捕縛され、五条悟によって無害認定された呪胎九相図。呪霊と人間のハーフである彼らは、やはり少し人間と違う部分があるのかもしれなかった。いや、そうかな。これ男子高校生の身内ネタと殆ど同じ雰囲気じゃないか? と、虎杖は彼らをどう見れば良いのかもはや良く分からなくなっていた。
「……ふっ、戸惑っているな、虎杖。いや……
「俺を九相図カテゴリに入れるのやめてくれない???」
「……自分で言って気付いたが、
いい加減にふざけるのを止めたのか、脹相が笑みを消して虎杖へ向き直る。
ぼさぼさに乱れた髪に、血色の悪い肌。生気の感じられない黒く死んだ目。……隠しようもない、
「虎杖」
「……なんだよ」
「今のお前が戸惑う気持ちは理解できるつもりだ。だが、どうか俺たちを信じて欲しい」
「いや、五条先生と直哉さんが無害認定下してる以上、別に疑ってなんか……そもそも、俺だって似たような物だし」
「違う。その様な消極的な信頼ではなく……俺たちとお前は、共に戦うべき兄弟なのだと信じて欲しいのだ」
「思い出してくれ、虎杖。お前の親にも、
そう言って、脹相は彼の来歴を語る。
加茂憲倫。御三家最大の汚点であり、史上最悪の呪術師と謳われた彼の所業を。呪霊を孕む特異体質であった彼らの母と、彼女に行われた世にも悍ましい
悔恨の面持ちと共に、脹相は語る。
「虎杖。俺たちは、呪霊と人間の混血だ。そして俺たちは……何処まで行っても、人間の世界では生き辛いだろう。だがそれでも、俺たちはこちら側につくことを決めた。それが何故か分かるか?」
「……それは、直哉さんに脅されたから……?」
「最初はな。だが、今は違う。お前が居るからだ、虎杖。宿儺をその身に宿し、苦しんでいるお前がいるからだ」
兄弟は、助け合う物だからな。そう、脹相は感情を込めた柔らかい顔で言う。
「渋谷事変の話は聞いた。……宿儺によって殺された人々について、お前が今も思い悩んでいる事も」
「……ああ」
「全て宿儺がやった事だ。お前に何の責任がある。……いくらそう言っても、お前の心は晴れないだろう。加茂憲倫は姿を変え、今も何処かに潜んでいる。両面宿儺は未だお前の中にいる。潜在的な脅威は計り知れない。更に言えば、呪術師はそもそもとして辛い仕事だ。この先お前が戦うたびに、お前の心は傷つき、擦り減り続けるだろう」
「…………」
「だからこそ。俺たちが、せめてお前の傍にいてやりたい。お前自身が自分を責めるなら、その隣でお前は悪くないと何百回でも言い続けてやりたいんだ」
その理由のない献身をどう受け止めて良いか分からず、虎杖は口を噤む。
渋谷事変の事は、今でも夢に見る。地下鉄の駅で、袈裟姿の呪術師に急襲された事。延々と繰り出され続ける呪霊に何とか抗い続けたものの、最後にはその物量に押しつぶされ、宿儺に肉体の制御を乗っ取られ――――そして、宿儺との戦闘の余波で何人もの人々が死んだ。五条悟および禪院直哉の働きが無ければ、その被害は何倍にも膨れ上がっていただろう。
「……あの時、さ。俺は頭にモヤがかかったみたいで。宿儺が外で何やってるかは分かるのに、どうしても止められなくて……」
「お前の責任ではない。全ての不幸の元凶は、加茂憲倫だ」
「……ありがとう。そう言ってくれるのは……その、上手く言えねえけど、凄く嬉しいよ」
自分を大切にしてくれる相手を、いつまでも嫌い続ける事は難しい。虎杖は、既に九相図へ親しみを覚え始めている自分を自覚していた。
「伏黒も釘崎も、そう言ってくれて……そうだ、釘崎には特に怒られたな。『あんな雑魚に何回も乗っ取られてんじゃないわよ』って、脚ガクガク震わせながら……」
その時の様子を思い出して、思わず口の端が少し上がる。
宿儺に身体の制御を乗っ取られ、彼の心象風景の中で微睡に沈んでいた時。朦朧とした意識の中、かすかに釘崎の声が聞こえた気がしたのだ。
今にして思えば、あれは彼女の【共鳴り】が宿儺の身体を通じてこちらに流れ込んできたのだろう。仲間の声によって少し意識を取り戻した虎杖は、何かに導かれるまま虚空を殴りつけた。
宿儺との共存により無意識的に掴んでいた、魂の輪郭。
釘崎の【共鳴り】によって目覚めさせられた虎杖がそれを殴打する事で、宿儺に一瞬の隙が生まれた。それが勝利の為の最後の一欠片になったということは、虎杖にとって自分を少しでも慰めてくれるものだった。
「二度の衝撃……これ逕庭拳じゃん、やっぱ僕は見抜いてたんだねえって、五条先生がドヤ顔してたな。『まったく、自分が怖いよ! 僕の教師としての見識の高さには舌を巻くよねぇ~~!!』って、直哉さんに絡みに行って……」
仲間の存在をこれ以上なく有難く想う、そんな一戦だった。
両面宿儺と比べれば塵芥にも満たない者たちが、それでも必死に縋りついて勝利をもぎ取った。あの渋谷事変の最後は、そのような一戦だった。
「……よし!」
パン、と膝を叩いて立ち上がる。そのまま彼ら三人の前に立ち、大股になって両手を広げる。
「きょ、」
自分でやっといてなんだけど意外と恥ずかしいなこれ。そう思いながら、三人へ言葉を続ける。
「……兄弟!!!」
彼ら九相図は、渋谷事変において改造人間の排除に協力した(らしい)。主にその辺りは伏黒が詳しいのだが、禪院直哉との縛りによって九相図兄弟が戦場に投入され、その後彼らを取り返しに脹相が突撃。戦闘になりかけたものの、そのすぐ後に自分が意識不明になった事で、それを感じ取った脹相が周囲の改造人間をなぎ倒しながら明治神宮駅へ向かい……そして、自らの父の存在に気付き。その後は呪術師へ協力的な態度を取り、一級相当の戦力として被害鎮静に多大な貢献をしたらしい。
薄氷だったとは思う。彼らは呪霊と人間、そのどちらについたとしてもおかしくは無かった。僅かな歯車の噛み合い、一つの判断の違いで、自分と彼らは血みどろの殺し合いを繰り広げていただろうとは思う。
だが。今気にするべきはそのようなIFの可能性ではないと、虎杖は割り切った。時間はかかったが、何とか割り切ったのだ。
ならば。今自分がするべきは、このいきなり生えてきた奇妙な自称兄弟たちと向き合う事だろう……と考えた結果が、先ほどの行動だった。
「…………」
僅かな沈黙。気恥ずかしさに耐えかねた虎杖が、僅かに目を開けると。
「「「兄弟!!!!!!」」」
三人は空に浮いていた。というか、こちらに飛びかかって来ていた。
「ギャーーーーーーーーッ!!」
身体能力に優れる虎杖ではあるが、不意打ちかつ三人の体当たりには流石に負ける。そのまま床に転がり、三人と共にもみくちゃになる。
「「「兄弟!兄弟!兄弟!」」」
「ギャーーーッ! ギャーーーッ! ギャーーーッ!」
何がそんなに嬉しいのか。そのままゴロゴロひと塊になって転がったり、三人で自分を胴上げしてきたり。
虎杖が解放されたのは、既に疲労困憊になってからだった。
「ふう。兄弟歓迎の儀、無事に完了だな。改めて、ようこそ九相図ファミリーへ! 歓迎しよう、盛大にな!」
「クーリングオフは受け付けてる?」
「心配するな、家族は永遠だ!!」
「へー。血迷ったかな、俺」
次の休みには兄弟全員でピクニックに行こう。安心しろ、俺は美味いサンドイッチの作り方を知っているからな。フフフ、胸が踊りますねえ。や゛ったあ゛! そう好き勝手に騒ぐ九相図兄弟を見て、苦笑しながらため息をつく。
次の休みには、お祓いに行こう。そう虎杖は決心したのだった。
【禪院直哉を語る大人と子供たち】
五条悟「友達。」
家入硝子「えー? あんまり印象無いなあ。あ、ちゃんと背筋伸ばしたらモテるんじゃない?」
夏油(故)「禪院の秘蔵っ子の存在は、高専時代の私たちにも流れてきていたよ。悟はあの頃尖っていたから、特に気にも留めていなかったけど……そうだね。彼が高専に来ていたら、きっと気が合ったんじゃないかな?」
七海建人「時々呑みに行きますよ。禪院家は代々好戦的な家らしいですが、彼ほど極端なのは珍しいですね。普段は臆病なのに、一度火がつくと止まりませんから」
伊地知潔高「時折高専側からの依頼も片付けてくれるんですよね。御三家の中ではたぶん、一番革新的な方ではないですか? 私はどうも、『ワイは知っとるで……オマエみたいな真面目な眼鏡には、たいてい優しくてかわいい彼女がおるんや……!』と恨まれてるようですが……」
夜蛾正道「うーむ……どうも、関わりが薄くてな。優秀な術師とは聞いているぞ」
伏黒甚爾(故)「……何度か、稽古つけてやった事があるな。イケメンだなんだと散々恨まれたが、あの家の中では……まあ、マシな方だったんじゃねえの。色んな意味でな」
東堂葵「女にこだわりがなさ過ぎる!! 真の博愛なら構わんが、Mr.禪院の場合は自分に自信がない故の消去法だ! それではかえって女性にも失礼ではないか!」
加茂憲紀「同じ御三家として、何度か話したことがあるな。こちらを色眼鏡で見ないので、随分と楽に話せる方だ」
西宮桃「会ったこと無い。無いけど……真依ちゃんがすっごくよく話すから、何となく知ってる。え、真依ちゃん? 悪口しか言ったこと無いよ」
三輪霞「真依が凄く話題に出すので、勝手に親近感があります! 一度会ってみたいと言ったら『止めた方が良い』と言われましたが!」
九十九由基「思考が柔らかいってのが一番の長所だと思うね。人の意見をすぐに取り入れる。程よく泥臭いし、良い男だと思うよ」
冥冥「御三家はみんな金払いが良いから好きだよ……家の事業で年に何百億と稼ぐ人たちだからね、金銭感覚がおかしくなっているのさ」
禪院扇「嫁も取らず……いたずらに女に甘く……訳の分からん事業にばかり心血を注ぐ……。やはり私が当主に成るべき……娘が親の脚を引っ張るなど……」
【俺たち笑いの今昔コンビ! エントリーナンバー297――ピンチャン!! (レディゴーゴーゴーゴ-) 】
髙羽史彦は売れない芸人である。
どれくらい売れないかというと、これはもうえげつないくらい売れない。劇場に立つと、客が自分の姿を見て帰る。ネタの最中にひと笑いも起きないし、何なら終わった後に丸めたチラシを投げつけられる。その客は問題行動を起こして出禁になったので今後会う事は無いだろうが、だからと言ってそれで髙羽の傷ついた心が慰められるかは別の話であった。
売れない事と面白くない事は別だと、髙羽は考えている。若手芸人にありがちな尖った思想を彼は抱いていた。客ウケを意識するのは良い。だが、それが媚びにまで行ってどうする。それはもう笑わせるのでは無く『笑っていただく』だ。だから、客ウケを意識しすぎるのは良くない。今日も無言の圧力とまばらな拍手しか貰えなかったのも、意識しすぎる必要はない。ない。ないはずだ。多分。
「………………」
無言で、劇場から自宅までの帰り道を歩く。駅などの主要施設全てから遠い、格安のアパート。もう何年も自分はそこに押し込められている。
「…………」
独り言すら、呟く元気もない。そう、元気が無いのだ。組んでいたコンビは解散した。ピンはイマイチパッとしない。同級生は既に家庭を持ち、子供の世話に頭を悩ませている。対して自分は、ずっと売れていない芸人のまま。
「……」
辛いな。
ふ、と。
いつもだったら気にも留めない、繁華街の大衆居酒屋が髙羽の眼に留まった。ギラギラとした安っぽいネオンの光が、今は何故か3割増しで輝いて見える。
金は……バイトを頑張ったのでギリギリある。腹も空いている。
何より、今はとにかく安酒をガブガブと飲みたい気分だ。
よし、呑むか。明日の頭痛と無駄遣いへの後悔を既に受け入れ、髙羽は店へと足を踏み出した。
結果として。
彼の人生において、ここが最大の分岐点であった。
このビール190円(ハッピーアワー限定)程度の取り柄しかない安居酒屋において、彼は自らの相方となる者に出会い。それが、彼の運命を大きく捻じ曲げる事になる。
しかし、もちろん。今の彼にとって、そのような事は知る由も無いのであった。
髙羽が店内に入り、数刻後。
「じゃーあ!! じゃあ、じゃあよ!? 聞くけどさ、笑いってなんだと思う!?!?!」
「えー、えー……、緊張と緩和!!」
「確かに!! でもそれじゃさぁ!! それだと一発ギャグとかの説明がつかなくない!?」
「そうだけどさあ!! だから『これからギャグが来るぞ』ってのが既に緊張なんじゃねえ!?!」
「えー!? でもじゃあギャグのクオリティの差は何処から生まれてくるのさ!」
「というか、というかよ!? 裏笑いとかもあるのに、乱暴に一言に纏めようとするのが良く無くないか!?」
「はいでたー! 議論してる時に一番つまんないやつ!! かしこぶって玉虫色の結論に逃げてるじゃん! 髙羽ってそういうとこあるよねー!!」
「お前が俺の何を知ってるんだよ!!」
髙羽は、完全に出来上がっていた。
店内にたまたまいた客とお笑いについて中身のない激論を交わし、薄いハイボールをゴクゴクと呑む。彼の脳細胞は送り込まれ続けるアルコールへ既に屈服しており、脊髄反射が思考の代役を務めていた。
このようになったのは、隣の客に世間話を振られた事が切っ掛けだった。お兄さん良い飲みっぷりですねー。その様な他愛のない雑談から始まり、何となくの流れで自らの職業がお笑い芸人であることを明かしたのだが。なんとこの客、お笑いについて物凄く分かってる奴だったのだ。
師匠時代の話から、今の若手芸人の
「余計なお世wi-fi!! 余計なお世wi-fi!!」
「ギャーーー!! 出たー、髙羽の詰まんないギャグ!!」
「余計なお世wi-fi!! 余計なお世wi-fi!! 余計なお世wi-fi!! 」
「で、でもゴリ押しだと笑っちゃうかも!! アッハッハッハッハッハ!!」
「確かに、ゴリ押しも確かに笑いの一要素だよな!! な!!!!」
傍から見て、この呑み会は確実に終わっている。
こんな事をしている者は、直ちに自らの人生を見つめ直した方がよい。
しかし呑んでいる髙羽本人にとっては、鬱々とした気持ちをスカッと吹き飛ばせる、望外にも訪れた幸運な時間だった。目の前の相手は、ともすれば本職である自分よりも知識があるかもしれない。よほど生粋のお笑いファンなのだろう、時折髙羽を唸らせるその弁舌も確かなものだった。
「あー、つまんなかった。フリオチが無いよねぇ、フリオチが」
「はー、笑ってたくせに!!!」
「あれは裏笑い*2でしょー。酒のバフが掛かった特異な状況だけでウケて嬉しい?」
「クーッ、悔しいーーー!!!」
そう叫んで、グラスの中の酒を飲み干す。既に事前の予算をだいぶオーバーしているが、今の髙羽にはその程度の事を考える知能すら残っていなかった。
「あ~~~~……頭グラグラする……」
「あらら。駄目じゃない、芸人が酒に弱くちゃ」
「はい、アルハラー。でも俺も古いタイプの芸人だから完全同意」
そう言いながら、客が頼んでくれたお冷やを飲み干す。
目端の利く奴だなーと思ってぼんやり顔を見つめると、額に傷がある事に気付く。
「……、その傷、どうしたんだ?
「あ、これ? これはねー……うーん、どうしよっかなー。キミには教えてあげなーい」
「なんでだよ! まあ、言いたくないなら別に良いけどよ」
「いや、別にそう引っ張るもんじゃないんだけどさ。ちょっと最近、今までしてた事が全部パーになっちゃってね。この傷はそれ関連かなー」
「ふーん……」
適切な慰めの言葉が見当たらず、そう生返事を返す。推測だが、職場でトラブルか何かがあったのだろう。額の傷はたぶん、客か上司かに暴力を振るわれたのだろうか。就労の経験に乏しい髙羽にとってはヘビーな話題であった。
こんな中性的なイケメンでも、色々苦労する事があんのねぇ。そう口の中で言葉を転がす。そろそろアルコール許容量が限界を超え、意識は朦朧としつつあった。
「じゃあよ、芸人やれば良いんじゃね?」
「えー?」
朦朧とした意識のまま、脊髄から言葉を話す。
「うん……うん、そうだって!! 絶対芸人やった方が良いって!」
口に出して見れば、これはかなりの名案な気がしてきた。勢いのままに立ち上がり、言葉を続ける。
「お前、めっちゃお笑いに詳しいし! 気も合うし!! そうだよ、俺とコンビ組んでお笑い芸人やろうぜ!! そんなクソみたいな職場なんてやめてさぁ!! お笑いやろうぜお笑い!」
「うーん……でも君つまんないし……」
「約束な! 約束! 」
「ふふっ、はいはい。まあ、考えとくよ。これは、ちゃんと約束しよう」
視界がぐわんぐわんと揺れる。急に立ち上がったせいか、完全に酔いが回ってしまった。
「約束な……約束……」
あ、これはもう無理だな。
そう冷静な自分がどこかで呟いたあたりで、視界が真っ黒になった。
「……うーん、普通にこのまま帰るつもりだったけど……ちょっとだけ、ちょっかいかけて見よっか。いやー、【無為転変】を確保しといてホントに良かった」
「お客さん。お客さん、閉店ですよー」
店員に揺り動かされて目が覚める。どうやら盛り上がった挙句、一人で寝てしまったようだった。テーブルに突っ伏していた顔をあげると、店にはもう店員と自分以外誰もいなかった。
「あ……ああ、すんません。お会計は……」
「あ、それならもうお連れ様から頂きましたよ」
「え、マジっすか!!」
うれしっ。予算を大幅にオーバーしていたので、懐が痛まないのは思いもよらぬラッキーであった。アイツ、いい奴だなあとひとしきり虚空を拝む。
「ありあしたー!」
未だふらつく足で、そのまま店を退店。すっかり辺りの店も閉店したようで、通りは閑散とした寂しいものであった。
居酒屋での食事代が浮いたので、どこかでタクシーを拾っても良いのだが。節約と酔い覚ましも兼ねて、髙羽は数十分の道のりを歩くことに決めた。
「~~~~~~~~~♪」
数時間前とはうって変わって、その足取りは軽い。そしてフラついている。
連絡先も名前も知らないが、話していて楽しい奴だった。コンビを組もうというのは完全に勢いで言っただけだが、またあの居酒屋に顔を出して探してみるのも悪くはないと思えた。
「……? なんか、ここら辺虫が多いな……?」
視界の端に、さっきからチラチラと動くものが映る。しかも、結構でかい。蚊にしては大きすぎる気がするが、まあ今の視界と自分を信頼できるわけも無い。多分気のせいだろう。
そのまま通りを進み、少し薄暗い裏路地に入る。こっちの方が近道なのだ。ここら辺は大して治安が悪いわけでも無く、アルコールによって無敵となっている髙羽は恐れ知らずだった。
「フンフフンフーン♪」
「フン、フンン……」
「フフフンフンフーン♪」
「ハァア……フゥンンンン……」
あれ。
機嫌よく歌っていた髙羽の背後から、誰かのハミングがついてきている。
誰だよおい、俺と同じ酔っ払いの方ですか? それともやっと出来たファン?
そう思った髙羽が、後ろを振り返ると。
「ハァア゛ア゛アアアアアアアア……」
そこに立っていたのは、ファンでも酔っ払いでも無かった。というか、そもそも人間では無かった。
自分の倍程度はある背丈。全身が獣の毛で覆われた、トトロをホラー風に描けばこのようになるであろう化け物。人間の負の感情から生まれた怪物―――呪霊が、髙羽の眼の前に立っていた。
「え……」
あまりの異質さに、思考が凍り付く。
着ぐるみではない。特殊効果でも、よくあるドッキリでもない。直接目の前に相対するからこそわかる、圧倒的な
ボタボタと、体毛に覆われた怪物の口からよだれが滴り落ちる。唸り声。鋭い牙。血走った眼。そのどれもが、人類が忘れて久しい『被食』の恐怖を髙羽に思い出させるものだった。
「ハァア゛ア゛アアアアアアアア!!!」
「ひっ……ひぃいいいいいいい!!!」
叫ぶ怪物に背を向けて、髙羽は転げるように逃げ出した。
喰われる。襲われる。―――死ぬ。
根源的な恐怖に襲われ、歯の根がガチガチと音を鳴らす。背後からドスドスと重い音が響く。あの怪物が自分を追ってきている事が、もはや振り返らなくても良く分かった。
「ハァア゛ア゛アア!!! グルゥッ……ガァアアアア!!!」
「嫌だ……嫌だぁああああ!!! 助けてっ、誰か、助けてええええええええ!!」
みっともなく泣き叫びながら、必死に走る。小学校の体育会リレー。中学の甘酸っぱい青春。高校の修学旅行。重苦しい大学と社会人時代。今まで全力で走ってきた思い出が、目まぐるしく脳内を駆け巡っていく。
あ、これ、走馬灯じゃん。
怪物との距離は詰められる一方で、今も背後に生ぬるい吐息を感じる。髙羽の思考は恐怖で千々に乱れ、正常に思考をまとめる事すらままならない。
何故、いきなりこんな事に。ドッキリ? お母さんに電話しとけばよかった。これ確かこの先行き止まりだよな。熊って死んだふりでいけるんだっけ? でもあれってデマだよな。そもそもコイツ絶対熊じゃないし。え、じゃあ俺、もう無理じゃん。死ぬのか? こんな突然?
「宅急便でーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!!!!!!!!!」
ドーーーーーン!!! ドンガラガッシャン。キキーーーッ!!!
怪物は軽トラに轢かれて死んだ。ガシッボカッ。スイーツ(笑)。
「……え? は?」
今、何が起きた?
え、怪物……は、死んでるな。ポーズも、なんかヤムチャみたいになってるし。死んだ、のか。あれって物理攻撃で殺せるカテゴリの怪物だったんだ。洋風ホラー系の世界観だったのね。と、どうでも良い事を考えてしまう。
「いやいやどうもどうも……これは、中々の掘り出し物だね」
軽トラのドアが開き、誰かが歩いてくる。
中性的な、整った顔。額の縫い目。何が面白いのか、今もニヤニヤとした顔つき。居酒屋で意気投合した、あの時の客だった。
「やっほ、髙羽っち。元気してた?」
「……いや、そんなあだ名で呼んでなかったろ……」
もはや、何が何だか分からない。
髙羽にできる事は、取り敢えず目の前の小ボケにツッコミを入れる事だけだった。
「えーと……さっきのが、何だって?」
「呪霊。飲み込み悪いねー、キミィ。そういう怪物が世の中にはたっくさん居るのさ」
深夜、蛍光灯がポツンと光る公園のベンチで、髙羽は事情の説明を受けていた。アルコールが未だ抜けていないせいで、理解しきれていない部分もあるが。
この世界に存在する、呪霊という怪物の事。呪力という力を用いて、それに対抗できる人間の事。そして自分が、その素養を持った人間だという事も。
「……でも俺、今までそんなもん見た事も聞いたことも無かったけど……」
「あ~、いやいや。あるよー、そう言うの。後天的に覚醒するってタイプも。うん、全然あるある」
「なんで急に胡散臭くなった?」
「あるあるアルよ」
「いつの間にかチャイナドレスに着替えてる!!??」
ひとボケの為にわざわざ早着替えを披露してきた事にまず驚く。そう言えば、自分を助けてくれた時に使っていたトラックもいつの間にか出てきていつの間にか消えていた。呪力を使うと、そういうのも出来るのだろうか。
「いや、これは君の……ゲフンゲフン、あー、そうそう。呪力パワーだよ、これは」
「へぇ~~~……すげぇな、呪力……」
自分にもいつかこう言うことが出来るのだろうか。これを応用すれば、芸人として一芸になりそうなのだが。
「え、いやいやいや。無理に決まってるでしょ。呪力は世間に出しちゃダメ。偉い人達に消されちゃうよ?」
「えー……そうなのかよ。じゃあ俺、ホントに損しかしてないんだな……」
話の中で、呪力に覚醒した者は呪霊に狙われやすくなると聞いていた。
怪物に狙われ、自衛の手段も無い。力を表に出して、有効活用しようとするのもダメ。思ってた以上に状況が悪い事に、髙羽はゲンナリとした表情を浮かべた。
「だいじょーぶ、私に任せたまえよ!」
落ち込む髙羽に対し、
「任せろって、何をだよ……」
「ふふん、まあ聞きなさい聞きなさい。私もワクワクしているんだ」
何が彼の琴線に触れたのだろうか、夏野は何故かやけに楽しそうにしている。
「まずそうだな、自衛能力についてから話そう。これに関してだけどね、私が君の師匠役になってあげよう。基礎的な呪力操作を覚えるだけで、君ならそこそこの呪霊に完勝できるようになると思うよ」
「お、おお! それは正直、かなり有難い……!」
「うんうん。君の眠っている呪力はかなりの物だしね。私としても教え甲斐があるよ」
亀仙人のようなアロハシャツに着替えた夏野は、そのまま楽しそうに人差し指をピンと立ててこう続けた。
「そして、もう一つ。私、最近仕事やめたんだよね」
「ん? あ、ああ……そりゃ、ご愁傷さまでした?」
「そうじゃなくて。勘が悪いねぇ……。だから、しばらくは暇なのさ。何か面白い事でもあれば良いんだけど」
そう言って笑う夏野に、やっと彼の言いたい事が分かった髙羽は勢いよく立ち上がる。実際、彼はそう頭の回転が悪いわけではない。
「じゃ……じゃあ!」
「そう! 君の相方、やってあげてもいいよ。面白そうだしね。お笑いでは相方、呪術では師弟という訳だ」
「よ……」
髙羽は、グググっと深くかがみこみ。
「よっしゃぁ~~~~~~~~~~~!!!!!!」
と、天高く飛び上がって叫んだ。背後では花火がドドドンと打ち上がっている。タイミングがいい事もあるもんだと、彼は特に気にしなかった。
これは、この世界の誰もが知り得ない事ではあるが。
髙羽の術式【
あるいは尊敬する先輩芸人の言葉があれば、彼は全てを吹っ切ってオモロに挑むことが出来たかもしれないが……現在、彼は彼を変える言葉に出会えていない。捻じ曲がった世界線によって、そうなってしまったのだ。
つまり今の髙羽は、術師としては未だヒヨッコも良い所という訳だった。しかし、羂索にとってはこれ以上なく育て甲斐のある雛である。彼の術式を育て、解明する。その過程として、彼に芸人としての自信を付けさせる。あと、芸人やるのも面白そうだし。羂索の邪悪な企みは、概ねそのような意図を持って行われていた。
「コンビ名! コンビ名どうするよ! 俺とお前の名前取って、『タカナツ』とかで行く!?」
「安直すぎ。ここはもうちょっと捻ってさぁ……」
かくして、売れない芸人と住所不定無職のコンビ、『ピンチャン』は結成された。
この後、彼は夏野ばかりが顔売れしている事に憤懣やるかたない思いを抱いたり、ひたすらネタのダメ出しをされたり、ツッコミとボケを変えてみたり、一向に自分のファンがつかない事に悩んだり、M-1に応募してついに一回戦を突破して夜通し宴会したり、その後二回戦で落ちて泣きながら残念会をしたりする事になる。
彼らは、果たしてM-1を獲れるのか。お笑い界を極める事が出来るのか。呪術は何処に行ったのか。術式の探求を羂索は正直忘れかけてはいないのか。途中から普通に楽しくなっちゃって忘れているのではないのか。未来は全て不透明であり、無限の可能性がある。深夜の公園でコンビ名をギャイギャイと言い合う彼らにとっては、余計にその通りだった。
これは宣伝ですが、最近オリジナルも書き始めました。
「異世界転生したのでマゾ奴隷になる」というタイトルです。マゾ奴隷の制御に王女様が四苦八苦する話です。ぜひご一読いただければ幸いです。
https://syosetu.org/novel/331842/