直哉「疾風迅雷やね」   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

8 / 13
渋谷事変①

 

 10月31日、渋谷 19:00。

 東急百貨店 東急東横店を中心に、半径およそ400mの帳が降ろされた。

 

 一般人のみを通さない帳。帳の外縁部まで逃げた人々は、口々に『五条悟を連れてこい』と叫んでいる。ハロウィンで賑わう渋谷に閉じ込められた一般人の数は、およそ100万人以上。想定される呪災の規模は、以前の百鬼夜行すら上回るのではないかと思われた。

 

 未曽有の事変。

 上層部は被害を最小限に抑えるべく、最高戦力である五条悟()()での渋谷平定を決定した。

 

「……随分と、面倒なことになっていますね」

 七海班。

 七海健人一級術師、猪野琢真二級術師(昇級査定中)、伏黒恵二級術師(昇級査定中)。

 東京メトロ渋谷駅13番出口で待機。

 

「被害を最小限って……術師(俺たち)の被害だろ? 一般人はお構いなしか?」

「……そうつっかかんなよ。もう(こと)が起っちまってるしな、俺もこれが最善だと思う」

 日下部班。

 日下部篤也一級術師、パンダ準二級術師(昇級査定保留中)。

 JR渋谷駅新南口で待機。

 

「……理屈は分かるけど、俺たちにもなんかできる事無ぇの!? バックアップとか」

「だから、今からそれをしに行くんだよ。……明治神宮前駅に渋谷と同様の"帳"が降りた。私たちの仕事はそっちさ」

 冥冥班。

 冥冥一級術師、憂憂、虎杖悠仁(一級査定保留中)。

 青山霊園前から、明治神宮前駅へ移動中。

 

「高度な結界術、五条悟の指名……交流会を襲撃した奴らと同一人物だろうな」

 禪院班。

 禪院直毘人特別一級術師、禪院真希四級術師(昇級査定中)、釘崎野薔薇三級術師(昇級査定中)。

 渋谷マークシティ、レストランアベニュー入口で待機。

 

ワイ、総勢一名参陣!!!!!!!……いや、どないなっとんねん。イジメか?」

 禪院班(自称)。

 禪院直哉特別一級術師。

 文化村通り道玄坂2丁目東から帳内に侵入。

 

 

 そして。

 

 

「――――――殺してやる」 

 20:31。"現代最強の術師"五条悟、現着。

 

 渋谷事変は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「気に入らんな」

「あ゛? 何がだよクソジジイ」

 

 自慢の髭を撫でつけながら、俺はそう呟いた。

 

「ふーむ……同一犯……上層部の指示……陽動か? いや、地下に特級呪霊の気配が複数……」

「ダメだこりゃ、もう痴呆が来たか?」

「阿呆抜かせ。敵の思惑に乗っているのが気に入らんと言っとるのだ」

 

 コメカミをトントンと叩いてアホ面を晒す姪に、そう叱咤する。

 

「あの五条(アホ)をわざわざ呼び出すなど普通はあり得ん。虎の口に頭を突っ込むようなもんだからな」

「おう」

「ならば陽動か? と思いきや、地下には特級呪霊がゴロゴロおる。戦力分布はここに偏っておるのだ」

「おう……それで? 話の長いジジイは嫌われるぞ」

「敵はな、あの五条悟(最強)相手に()()()()()らしいと言っておるのだ。さてその場合、俺たちがここで待機し続ける事は果たして正着か?」

「――――――――!」

 

 理由はそれだけでは無いがな。

 コイツらには言えんが、上層部が浸食されている以上「五条悟単独による平定」という指示にも裏を感じざるを得ん。

 

「……いや、そうとは限んねえだろ。悟をココにおびき寄せて、また別の場所を襲うとか……」

「無論その通り。可能性はいくらでも考えつく。敵が戦力を隠していた可能性、予想もつかん術式や呪具を有していた可能性、他勢力との衝突の結果である可能性……考え出せばキリが無い」

「なら……」

「だがな、たった一つだけ確実な事がある」

「……何だよ」

「敵は極めて綿密かつ長期的な計画を立てて、用意周到に準備を整えた上で事を運んでいるということだ。そしてな、真希よ。そういう相手が一番嫌がる事は何か分かるか?」

「……………」

 

 憮然とした顔で沈黙する真希を前に、ニィィと口角が釣り上がる。

 

「とんでも無い阿呆に、問答無用で殴られる事よ」

 

 ククッ。時と場合さえ弁えれば、阿呆もまた戦術となる。

 合理的な戦術、緻密なプラン……。そういうのを一切合切投げ捨てた、非合理による暴力。

 相手の狙いも計画の詳細も分からん時は、いっそ開き直って馬鹿になるのも一計よ。

 

「はあ? ……ってお前、何を―――」

「あーーーー!! 手が滑ったーーー!!!!」

 

 懐から取り出した数珠(低級呪具)を、全力で帳の向こうへ放り投げる。トプンという音と共に、俺の愛用の数珠は黒い帳の向こうへ消えていった。

 

「はあ!?」

「おおっと、俺の数珠(500万)がうっかり向こうに行ってしまった。これは仕方が無い。上層部には待機を命じられておったが、家宝(嘘)の数珠には変えられまいよ」

「滅茶苦茶言うわね、このジジイ……」

「ほれ、二人ともついてこい。うーむ、はよう数珠を探さんとなぁ、心配じゃなあ」

「ジジイ! お前、ちょっと待て――」

「ガハハ! 禪院家は統制された戦闘一族、先手を取って攻め続けるのが家訓よ。俺が今作った」

 

 一般人のみを通さぬ帳をするりと抜けて、内部へ足を踏み入れる。

 後ろの二人も、ぶつぶつ文句を言いながら付いてきているようだ。

 

「さあて、どうしてくれようか……俺としてはこのまま地下まで降りて、五条悟の横っ面に一撃入れてやっても……」

 

 気配。

 

「――――――!」

「おっ、何だぁ? ジジイのくせに良い動きするじゃねえか」

 

 ゴガァン!! という音と共に、はるか頭上から髭面の男が一人落下してきた。衝撃と共に地面が一瞬揺れ、男に踏みつぶされたアスファルトが粉々に砕け散る。

 

「……お前も爺だろ」

「おいおい茶髪の嬢ちゃん、男を見た目で判断すんなよ。俺はまだ61歳だ」

「十分ジジイだっつの」

 

 頭上を見る。俺たちの遥か上空、ひと際目立つ高い建物。Sタワーだったか? もしあそこから落ちたとするならば、とんでもない身体強化だ。

 

「――――呪詛師か」

「YES! お前の顔は見たことあるな。禪院家の当主だろ? 不意打ちで殺れなかった事だし、俺は帰らせてもらうぜ」

 

 そう言い捨てたかと思うと、クルリと背を向けて全力疾走しだすダルマ爺。

 当然ながら、黙って逃がしてやる義理も無い。一瞬で距離を詰め、拳を振るう。

 

「まあ待て。折角会えたんだ、もう少し遊んでいけ」

「おおっと! 痛え痛え、年寄りにひでえことしやがる」

「さっきジジイじゃないと言っておったろうが」

 

 肩で拳を受け、ヘラヘラと笑う呪詛師。ふむ。俺は本気で殴ったはずだが、まるで効いておらんな。そういう術式か?

 

「おお、怖い怖い。俺の術式を解析してんな?」

「無論。今なら楽に殺してやるが、どうする」

「まさか! 俺たち呪詛師はずっと虐げられてきた。俺は楽しく弱者を蹂躙してたのに、老後の楽しみを奪われたんだ」

 

 余裕の態度。戦力差は明らかなはずだが、何かあるのか?

 

「つまらん趣味だな。ゲートボールでもしてろ」

「まあそう言うな。そんな可哀想な俺たちはどうすればいい? どうすればあの楽しみを取り戻せる? ……答えは簡単、仲間を集めるのさぁ!」

「――――っ、下がれ、二人共!」

「助けてぇ~~~~っ、改造人間くーーーーーーん!!」

 

 呪詛師が気持ちの悪い女声でそう叫んだ瞬間。

 道路に面していた全ての建物のドアと窓から、異形の怪物がガラスをブチ破って現れた。

 

「「「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああああああ!!!!!」」」

「っ、野薔薇!」

「大っ、丈夫です!!」

 

 背後の二人が、襲い掛かって来た異形を釘と鉈でそれぞれ斬り伏せる。

 改造人間。継ぎはぎの呪霊が作るという、魂を弄られた人間の成れの果てか。

 強さは2~3級程度、しかしこの数と、何より大元の呪霊がいる可能性は――――――!

 

「じゃ、あっばよ~~~ん!!」

「ちぃいっ!」

 

 背後を警戒したその時間が差を分けた。

 俺が眼を離した隙に、呪詛師は改造人間の群れの向こうへ消えていく。

 

「――――ジジイ!」

「ふむ」

 

 周囲を見渡す。改造人間どもの数は、ざっと数えて100は優に超えるな。あちこちで非術師の悲鳴が聞こえる。活性化された内の一部が他所へ流れ始めたか。

 あの呪詛師が改造人間指揮権を持っていたのか? それとも兵隊の一部を譲り受けていた? 何にせよ、状況はそう悪くない。ここで改造人間の手札を切らせたと考えろ。

 

「まあ、悪くはないな」

 

 口内で静かに呟く。

 あの呪詛師を取り逃したのには腹が立つが、これで相手の手札が一枚割れた。そして、その大まかな狙いも。

 

「新田補助監督」

「は、ハイ!」

「帳を出て、他の班にも現状を伝えろ。改造人間どもが人間を襲い始めたとな」

 

 これで良し。これで他の班にも"帳"内部へ突入する理由が出来た。

 先に帳へ入っておいて正解じゃったな。遅かれ早かれ改造人間は非術師を襲い始めただろう。これ以上後手に回らずに済んだ。

 

「さて」 

 

 周囲の改造人間十数体をサッと捌いて、悲鳴の方へ向かいかけていた二人の眼の前に立つ。

 

「何にせよ、まずはこの戦闘員(ショッカー)見習いどもを片付けてからだな」

 

 20:21。

 禪院班、渋谷内の改造人間と戦闘突入。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20:38。渋谷駅、副都心線ホーム。

 

「……悪いけど、僕いま気が立ってるんだよね」

 

 閉じ込められた非術師たちの不安げなざわめきを背後に、五条悟は駅の線路へと降り立った。 

 

「楽に祓って(殺して)貰えると思うなよ」

 

 現代最強の術師、五条悟。

 彼がこの場に臨むモチベーションは、常日頃の軽薄な物とは大きく異なっていた。

 禪院直哉により捕縛された九相図達は、やはり末端らしく大した情報を持っていなかった。

 ―――――ただ一つ、主犯格である呪詛師の人相を除いて。

 

「ケヒッ、どうした? 非術師を巻き込んだ事に義憤を感じたか?」

「別に? そうでもしないと勝負にすら出られない、可哀想な雑魚を哀れむだけさ」

 

 親友、夏油傑。かつて五条悟が自ら殺した、たった一人の親友。彼の死は、六眼の観測により確定している。では、今なお暗躍している"夏油傑"は何者なのか。偽物。変身系の術式。何でも構わない。ただ一つ言えることがある。友の死を侮辱された五条悟は、今までにないほどブチ切れているという事だ。

 

「で、オマエらが僕の相手? ご丁寧に火、水、草で揃えてくれちゃって。ポケモンでもやる?」

 

 そっちの火山頭と頭お花畑野郎は前にも会ったな、と殺気立った顔で呟く。

 同時に、パキキ……という音と共に、頭上の吹き抜けや駅の出入り口を樹木が塞いでいく。

 

「別に、そんな事しなくても逃げないけど」

「ケヒッ、今に分かるとも! ――――逃げるなよ?」

 

 火山頭の呪霊がそう嗤った瞬間、左右のホームドアが一気に開く。閉じ込められ、密集した非術師たちが、キョトンとした顔のまま線路へ落ちていく。

 

貴様ら(人間)の言葉にも有ったなあ。人は城、人は石垣、人は堀……。まったく、まさにその通りよ」

 

 そう言って嗤う。

 人が死ぬのが楽しい。人を殺すのが楽しくて仕方ない。そういう笑顔だった。誰かの幸福を吸い上げ、その分の幸せで笑っているような、怪物の笑みだった。

 五条悟の周りを、大量の肉壁(人間)で塞ぐ。呪霊たちの作戦は、常にある程度の合理性に基づいている。五条悟が一番強いのは独りの時。周りの人間は全員彼の足手纏いとなる。だから、その中でも一番弱い非術師で彼の術式に蓋をする。術式順転も反転も、周囲の人間を確実に巻き込む。領域展開など以ての外。

 呪胎九相図の兄は、この作戦の参加を拒否した。問題はない。呪胎を脱した陀艮であれば、十二分に穴埋めが出来る。そう、漏瑚は確信していた。

 

「ヒャァアッ!」

 

 火。水。木。それぞれの呪霊が、軌道上にある一般人を挽き潰しながら殺到する。

 非術師は疎か、一般の呪術師ですら粉微塵に粉砕されるような一撃。

 そして、無下限術式を破る手段も呪霊側は持ち合わせている。

 

「―――――領域展延」

 

 異音と共に、五条悟の周囲に展開されていた術式が削られていく。領域展延。自らの領域を水のように身に纏う事で相手の術式を中和する、領域展開の発展形。

 無下限が削られていくことを察知した五条は、床を強く蹴ってその場を離脱する。

 

「ケヒッケヒッ! 逃げるなと、言ったはずだが?」 

「それ。誰に習った?」

「なに?」

「……いや、もういい。聞いても分かる訳ないし」

 

 呪霊の作戦に、特に目立った瑕疵はない。

 大量の肉壁で動きを縛ったこと。展延を使い、つかず離れずのヒット&アウェイに徹した事。最強相手に曲がりなりにも渡り合えているのは、呪詛師が彼らに用意した作戦によるものである。

 

 誤算があったとすれば、一つ。

 

「――――術式反転」

「は?」

 

 五条悟に、夏油傑の情報が渡っていた事。

 彼の、たった一人の親友。自ら殺した、彼の価値観を大きく変えた友。

 

 彼の善悪の天秤は、今。

 

「"赫"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア゛? おまエ゛、じゅじゅつしカ?」

「……お前」

 

 駅の地下へと降りた虎杖がまず感じたのは、むせ返るような血の匂いだった。

 発生源は明白。飛蝗(バッタ)らしき呪霊に抱えられた男性が、生きたまま貪り喰われている。いや、頭を丸齧りにされた彼はもう生きてはいないだろう。ただビクンビクンと痙攣する手足が、かつて存在した生命の残り香を漂わせるのみだ。

 

 大丈夫だよ冥さん。俺はもう、負けないから。

 二手に分かれる前に口にした言葉を、虎杖は思い浮かべる。

 呪霊が人を殺す事に理由はない。ただ生きているだけで人を殺し、悦びのままにいたぶる。そこに意味はない。自分がそれに憤りを覚える事すらも、今は。

 怒りを呪力に変え、静かに敵を見据える。

 

「ツギハギ顔の呪霊が来てるだろ。どこにいる」

「ツギ……ハギ……?」

「顔に縫い目のある奴のことだ」

「!! 馬鹿にスルな! それ位知ッテる! 俺は……賢い……!」

 

 飛蝗は複眼をギョロギョロと動かしながら、どこか得意げに言葉を続けた。

 

真人(まひと)は下……俺はここで、帳を守る、役目……賢いかラ」

「マヒト……」

 

 予期せず手に入れた怨敵の名前を、噛み締めるように呟く。噛んで含めて、それで沸き立つ怒りをようやく抑え込んだ。この呪霊が帳を降ろしたのか? そう疑問に感じながら辺りを見渡す虎杖の眼に、呪霊の背後に突き立つ釘のような物が眼に入る。

 

「(コイツ、帳を”守る”って言った。となるとアレ、かなり怪しいな。ブッ壊す)」

 

 虎杖が算段を固める間、呪霊は気にも留めない様子で講釈を垂れる。

 

「真人のじゅじゅちゅはヨくない……知ってるカ? 形を変えラレタ人間は、()()()()()ンだ。俺は賢いから、違いガ分かル!」

「――――――――!!」

 

 一撃。 

 鬼神のごとき膂力を持つ虎杖の上段蹴りが、呪霊の顔面に炸裂した。

 音を立てて壁にめり込む呪霊の無防備な腹に、距離を詰めた虎杖の拳が突きささる。

 

「オマエらは」

 

 宿儺も、真人も。

 

「人間舐めるのも、大概にしろよ」

「グゥ……さてはオッオマエ、賢くないナ……!?」

 

 両者の間に、ビリビリとした緊迫感が張り詰める。 

 呪霊が翅を伸ばし、戦闘態勢に入る。虎杖が静かに型を構え、呪力を立ち昇らせる。

 まさに一触即発。二人の間で張り詰められた闘気が、今まさに弾けようとして――――。

 

「――――やっ、宿()()()()

 

 重力。

 呪霊の背後から現れた袈裟姿の男によって、二人諸共押し潰された。

 

 20:46。明治神宮前駅 B1F。

 虎杖悠仁、呪霊および呪詛師と遭遇。意識不明。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。