私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。   作:みょん!

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第十一話 背中に感じる温もりを

 ――『ミコちゃんの免除が終わったら一緒に出るようになるんだし、一緒に射撃訓練とかどうっすか?』

 

 イチカ先輩からそう誘われたのが、その日のお昼。

 そしてその日の放課後。

「…………あの、イチカ先輩」

「はい、なんすか? ミコちゃん」

 普段であれば結構前から予約しないと取れないはずの射撃訓練場に、イチカ先輩と私は立っていた。

 『バッティングセンターみたい』とクラスの人が言っていた、個人ごとに使える射撃訓練用のボックススペース。向かって正面遠くには人の形をした的があって、スイッチ一つで的の種類や位置を切り替えられる仕組みだ。

「ここ、なんで取れたんですか? ここって正義実現委員会の生徒どころか、ティーパーティの生徒からも人気がありすぎて、事前予約がないと使えないって聞いてたんですけど。……しかも普段使う所よりも、なんかスペースも広い気がして……」

「そりゃそうっすよ。ハスミ先輩になんとかお願いして、二人スペースの嚮導用のを確保して貰ったんすから」

 腰に手を当てて、イチカ先輩は胸を張る。胸が強調されて、服の上からでもたゆんと揺れたのが分かった。それから、私の手が自分の胸部分に当たるのを、自分の手の感触で分かった。視線を真下に降ろすと、私の靴のつま先がしっかりと見えた。それからイチカ先輩の方を見――違う違う私はそんなのをしに来たわけじゃなくて!

 邪な考えを振り払うべく、ぶんぶんと顔を降る。うん、落ち着いた。

 イチカ先輩の胸のせいで、必要な事の大半が飛んじゃったのだけれど、イチカ先輩が言うには、なんとかスペースを抑えて貰ったらしい。――私のためにイチカ先輩がそこまでやってくれたということが、何やら嬉しいやら申し訳ないやらで、どう反応したらいいのか分からない。

「……そこまでしてくれなくても……」

「気にしない気にしない。私が、ミコちゃんと一緒に射撃訓練したかった、ってだけっすから。ね?」

 ぽん、と頭に手を置かれる。

 イチカ先輩はことあるごとに私の頭を撫でてくれる。私より相当背が高いイチカ先輩にとって、私の頭は手を置きやすい位置にあるんだろう、と思う。帽子越しに、時には帽子を取って。私の頭を撫でてくれるイチカ先輩の手は、大きくて、柔らかくて。その度に気持ちが落ち着くのと同時に、心臓がうるさくなる、という矛盾が発生する。

 私としては恥ずかしいというよりも嬉しいという気持ちが大きいので、手を払ったりはしない。――きっと頭を撫でられているときの私は、変にへにゃっとした顔になっているんだろう。

 ――だって、イチカ先輩は、その後に。

「~~~~!」

「にひ。今日もミコちゃんの目はきらきらしてるっすね」

 その流れで、イチカ先輩は私の前髪を時々掻上げる。そして顔を近づけて、私の目を間近で見て、そしてにかっとした満面の笑みを、見せてくれる。

 傷痕も一緒に目に入っているはずなのに、イチカ先輩は私の目を綺麗だと、これまでと変わらない笑顔で、言ってくれる。

 その度に、呼吸が止まる。体が固まる。胸の音が更に大きくなる。顔が熱くなって、変な汗が出る。――そして、泣きそうになる。

「――ふふ」

 それから、イチカ先輩は、満足げに笑うんだ。

 ――私はイチカ先輩に振り回されてるなぁ。

 と、その度に思うのだけれど。そんなイチカ先輩の、最後に浮かべるいたずらっ子が浮かべるような笑みが可愛くて魅力的で、それを見る度に、『でも、ま、いっか』と思ってしまう。

 そんなイチカ先輩が作る空気が心地よくて。私はそれに甘えてしまう。

「……さ、そろそろ射撃訓練始めるっすよ。ミコちゃん、準備はいいっすか?」

 そんな私の揺れまくりな心の様子などは一切気にしないと言ったように、イチカ先輩は出動しているときのような、指揮者の顔になる。

「はいっ!」

 思わず、背筋が伸びるのが分かった。空気が一気に変わるのが分かった。

「ん、いい返事っすね。じゃあまず、連射でマグ一つ分撃ちきってみる所からっすかね。的はひとまず通常仕様で」

「は……はい!」

 私の返事は、ちょっとだけ上ずった。

「はい、構えて。的出すんで、まずは顔の中央狙いで。顔部分を抉ったら、腕とか膝狙ってもいいっすよ」

 地面から人の形をした的が現れる。私は教本通りに構えて、狙いを定めるて、トリガーを引き絞る。

 軽い衝撃と共に、弾が吐き出される。しっかりと狙ったはずの銃弾は、的の頭上右側を越えていった。位置を調整。今度は左肩付近を通り過ぎる。位置を調整。顔の右側。調整。顔の左側。調整――。全然、狙ったところに行ってくれない。他の部分を狙うどころか、最初の目標部分にすら、ちゃんと当たらない。

「う、うぅぅ…………、――――! ひゃぅっ!?」

 それまではほどほどにブレていた銃身が、突然上に跳ね上がって、暴発しそうになって慌てて指をトリガーから離す。

 だけどそれがまずかった。銃が手の中で暴れて、跳ねた銃身が顔に向かって飛んで来て、思わず避けようとしたら、体が、後ろに――。

「おっとっと」

 後頭部に柔らかいものが当たる感触があった。後ろに転ぶと思って、お尻か頭に痛みがくるかと思っていたらそんなことは全然なかった。

「ミコちゃん、大丈夫っすか?」

 イチカ先輩の声がして、顔を上げる。イチカ先輩が私を覗き込むのが見えた。

「…………はっ、だ、だだだっ大丈夫れすっ!」

 噛んだ。ううぅぅぅ…………。

「転ばなくって何よりっすね。……うーん、もう一回、撃ってもらってもいいっすか?」

「…………はい」

 イチカ先輩から訓練用のマグを受け取って、もう一回射撃体勢に。

 撃つ。撃つ、撃つ。撃つ撃つ撃つ――、撃――――

「ひゃわっ!」

 ほどほどに当たった弾で、そろそろ的の顔部分が吹き飛びそうだ、と思った辺りで急に銃の制動が難しくなった。一度ブレ始めた銃身はもう私の言うことを聞いてくれなくて、上下左右にブレにブレた銃身は、また――。

「はい、お疲れさまっすね」

 そしてまた、私はイチカ先輩に受け止められていた。

「ふーむ、なるほど……」

「ううぅぅぅ…………」

 イチカ先輩は顎に手を当てて、鼻を鳴らして、少し考えるように目を細めて。

「もしかしなくてもミコちゃんって、射撃苦手っすか?」

 ズバッとまっすぐに言ってきた。

 変に気を使われない分、むしろ気持ちいい位に、綺麗に突き刺さった。

「う”。…………はい……」

 正直言って、イチカ先輩が言う通り、射撃は苦手だ。

 的に当たらないんじゃなくて、――いや、当たらないのもそうなのだけれど――射撃を続けていくうちに体のバランスが取れなくなって、毎回転んでしまう。その癖は訓練をしているうちに直せると思っていたのだけれど、今の今まで直ることはなくて――イチカ先輩にみっともない所を二回も見せてしまって、大絶賛自己嫌悪中。

 これまでイチカ先輩と一緒に射撃訓練をしていなかった理由が、まさにそれだった。あまりにもみっともない自分を見せたくなかったから――。

「いや、落ち込むことはないっすよ。誰だって初心者なんすから。気にしない気にしない」

 そんな私の傷心をよそに、イチカ先輩の手が頭に乗る。そして優しく撫でられた。なんだかそれだけで、痛かった胸が癒やされていくような気持ちになる。

 イチカ先輩の手からは何か特別な力か何かが出てるんじゃないかって思えるくらいに、落ち込みかけていた私の心は、綺麗になっていくのが分かる。

「んー、ちょっと、ミコちゃんの銃を借りてもいいっすか?」

「はい、どうぞ。……と言っても、正義実現委員会から支給されたものから、特にチューニングもしてないですけど」

「や、それで大丈夫っす。変に変えない辺りがミコちゃんらしいし、それがいいっす」

 イチカ先輩は流れるようにマグを入れ替え、スイッチを押して的を出現させる。

 小気味の良い連射音が響いたと思ったら、的の頭部分が一気に抉れた。

「……ふむ」

 イチカ先輩は一つ頷いてから、再びトリガーを引く。

 今度は体の中央部に綺麗な穴が空く。と思ったら今度は右肩。今度は左肩。その次は額。

 銃弾はブレること無く、狙ったところを射貫き続ける。そして最後まで、イチカ先輩が持つ私の銃の銃身がブレることは、無かった。

「――――わぁぁぁ! イチカ先輩、すごい、すごいです!」

 思わず、私は拍手をしていた。

 私の銃からあんな正確な狙いができるなんて。やはりイチカ先輩はすごい、すごすぎる!

 そんな銃撃をすぐ近くで見られたのが、すごくすごく幸運に思えた。

「まぁまぁ、割と近いところに配置してたんで。――それで、ミコちゃん、この銃なんすけど」

 謙遜を交えつつ、それでもイチカ先輩は私の言葉に嬉しそうにはにかむ。そんなイチカ先輩の表情が不意打ちで可愛いな、とか思った次の瞬間、私の心臓が別の意味で跳ねた。

 ――私の銃、なにかあったのかな。

 一度跳ねた心臓は、ドキドキと跳ね続ける。イチカ先輩が私に銃を手渡してくれて。イチカ先輩の口が開いて。

「びっくりするくらい撃ちやすかったっすよ。丁寧に手入れしてくれてるんすね!」

 そう言って、それまでよりも強く頭を撫でられた。

「へ? ……ま、まぁ貰ったマニュアルの通りに、手入れは毎日やってます。グリスがちゃんと塗れてるかは分かんないですけど、一応……」

「手入れしないと、狙ったところに飛ばなかったり撃つときに変な振動が出たりするんすけど、全然それが無かった。ミコちゃんがこの銃を大事にしてる証拠っすね!」

 わしゃわしゃと撫でられる手が気持ちいいという以上に、イチカ先輩に褒められたということが、段々と、じわじわと、胸の中に降りてくる。

「~~~~~~、い、いえ。それほど、でも」

 嬉しくて、顔が下の方に落ちてしまう。イチカ先輩の顔が、なんだか上手く見られなくて。私はただ、イチカ先輩に撫でられるがままだった。

 さっきの射撃が失敗したことなんてことは全然もう忘れて、私の中はただ、『嬉しい』だけが満ちていた。頬がどうしようもなく緩んじゃってるのが分かる。イチカ先輩と射撃練習に来てよかったと、毎日銃の手入れしててよかったと、私はトリニティに入ってからの私を褒めてあげたくなった。

 散々イチカ先輩に撫でられて、手の動きが無くなったのが分かってから顔を上げる。

 イチカ先輩は私の方ではなく、射撃の的の方を見ていた。

「うーむ。…………ミコちゃんの銃が問題無いとすれば、やっぱり……」

「イチカ先輩?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと考えごと。――ミコちゃん、ちょっと私の銃を使って、撃ってみてくれないっすか?」

「……え、……え? イチカ先輩の銃を?」

「うん。ミコちゃんのと同型なんで、射撃姿勢とか狙い方とかはおんなじっすよ」

「あ、え? い、いい、んですか!? 銃って簡単に人に貸したりしないようにってマニュアルにも書いてるし、よく人に――」

「まぁいいからいいから。ミコちゃんと私は姉妹なんすからへーきへーき」

 そう言って、イチカ先輩は簡単に自身の銃を私に渡してくれる。

 ――ついさっき、暴発させそうになった私に、それを持たせてくれるイチカ先輩は。『優しい』の一言で済ませていいんだろうか、とさえ思う。

 私の中で当たり前だった毎日の銃の整備を褒めてくれて、私なんかに大事な大事な銃を持たせてくれて、撃ってみろと言う。ただの『優しい』を越えたその姿に、私は思わず、泣いてしまいそうになる。――もちろん、自分のダメさも、それにちょっとだけ含まれるのだけれど。

「じゃ、……じゃあ……。行き、ます」

 イチカ先輩の銃は、不思議と違和感無く私の手の中に収まった。

 私の物と同型なのでそう思うのかもしれないけれど、体型に合わせてチューニングされてもいいはずの銃は、小柄な私でも、難なく扱えそうだと思った。

「視線は的の方へ。左手は――そうそう、その位置で大丈夫。はい、息を吐いて、息を吸って、もう一度吐いて」

「はぁ、すぅ、はぁ」

 すぐ後ろから、イチカ先輩の声が聞こえる。けれど私は不思議と、集中できていた。

 頭の中に、イチカ先輩の声が直接響いてくる感覚がある。

「今度は照準を意識しつつ、吸気。呼気。吸うと上がる。吐くと下がる。――分かるっすね?」

 こくりと頷く。後ろでイチカ先輩が「ふむ」と小さく唸る。

「そしたら左右を合わせつつ、もう一度吸気。吐いていく途中で合わせたら、止める」

 ぴたり、と息を止める。視界がクリアに見える。

「絞って」

 指先をほんの少し動かす。連射音が響いて、弾が吐き出される。

 狙った顔の中央部からは、上に少し離れた。修正、顔の中央部へと弾が吸い込まれていく。

「次、狙いを体中央部に。呼吸は同じ、吐く途中で止めることを意識。一回で合わなければ二回目で」

 射線を体の中央部へ。左右合わせ。吸う。吐く。止める。トリガーを絞る。左手に力を入れる。銃を制御する。

 後ろでイチカ先輩が見守ってくれているおかげか、銃はまったく暴れない。

「次、右膝」

 狙いをより左下へ。銃が少し暴れかけるのを、左手に力を入れて制御。

「次、左膝」

 狙いを右にスライド。左手に少し、疲労感が――

「――――ッ!」

 次の瞬間、銃身がガタガタと揺れ初め、ほんのコンマ何秒かで大きくブレ始めた。

「わっ…………わ、わわ、――――!」

 銃がまた――と必死に左手に力を入れ、ガクンと銃が上に跳ね上がりかけたその瞬間、背中と左腕に、温かいものが、触れた。

「落ち着いて、ミコちゃん。力で押さえつけない、力の方向性を戻してあげる感覚で」

「は、はい」

 イチカ先輩の手が、私の左手に添えられると、銃の暴れはすぐに納まった。

 急に大人しくなった銃は、それからマグの中身を撃ちきるまで、狙ったところを打ち抜き続けた。

「…………、――――」

 残弾を全て撃ちきったということを、銃声が聞こえなくなることでやっと私は理解した。

 右手をトリガーから外し、振り向く。すぐ近くに、イチカ先輩の笑顔があった。

「ちゃんと狙えたっすね、ミコちゃん」

「――――――っ、はいっ!」

 イチカ先輩の助けのおかげで、私は初めて、マグ1つ分を途切れることなく撃ちきった。

「イチカ先輩。……イチカ先輩のこの銃、すごいですね! 私でも、全部撃ち切れました!」

「銃がすごいんじゃないっすよ。これは、ミコちゃんが頑張ったからできたことっす」

「でも、イチカ先輩がサポートしてくれなきゃ、私は途中で……」

「最後まで撃ちきったのは事実っすよね?」

「…………ま、まぁ……、はい」

 イチカ先輩の言葉には、上手く頷けないでいた。

 イチカ先輩の銃で撃ち切れたという嬉しさと、サポートが無かったらきっと撃ち切れなかったという後悔とが、同時に私の頭に存在していた。

「問題は、やっぱり銃じゃなかった。ミコちゃんそのものなんすよ」

「わた、し……?」

「そ。途中からブレちゃうのは、銃の問題じゃなくて、純粋にミコちゃんの体力切れ」

「………………」

 思わぬ方向からの話に、私は上手く言葉にできなかった。

 銃撃の、原因が、体力。……たいりょく?

「ミコちゃんの左手と、あと足腰っすね」

「ひゃわっ!?」

 突然イチカ先輩の手が、私の左手と太股の裏に当たって、変な声が出た。

 ふふ、とどこか悪戯を終えた後の子どもみたいな笑みを浮かべて、イチカ先輩は言う。

「つまり、ミコちゃんが体を鍛えれば解消できる問題だってことっすよ。頑張れば、私のサポートが無くても、ちゃあんと的を狙えるようになる。あと照準の合わせ方と呼吸法も覚えると完璧っすね! ……どうすか? わくわくしてこないっすか?」

「…………」

 イチカ先輩のサポートで、的を綺麗に撃ち抜いた感触が、今も私の手と目に焼き付いている。

 正直、手は撃ち終えた今も小さく震えている。

 ――できない私だと思っていた。

 ――私にも、できるんだって、思ってしまった。

 わくわく、しないわけがない。イチカ先輩のように、私もあんな風にできるかもしれないって、分かってしまったら――

「やり、たいです」

「ん」

 イチカ先輩は私の言葉に満足げに頷いて、そして頭を撫でてくれた。

「だったら、一緒にトレーニングしないっすか? いい筋トレ方法、知ってるんすよ」

「よろしく、お願いします!」

 イチカ先輩の言葉に、私は迷うことなく、頷いた。




仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第十一話です。

イチカは、出動が免除されているミコを訓練に誘う。
その訓練内容は、ミコがそれまでイチカと一緒にやってこなかった射撃訓練で――。
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