私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。   作:みょん!

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第十二話 正義実現委員会の定例会議

 毎回頭から煙が出そうになる五コマ目の物理の授業――なぜか物理だけは全部五コマ目。ただでさえ頭が死んでるのに物理を詰め込むなんて鬼か悪魔の所業だと思う――が終わり、ホームルームの時間がやってくる。担任がやってきて、明日の時間割やら連絡事項やらの話が始まって――しばらくすると、廊下がやけにざわついているのが聞こえる。

 その理由が、他のクラスのホームルームが早く終わった、というだけじゃないのは、もうここ数週間のことで丸わかりだ。

 ちらり、と廊下の方を見る。想像通り、イチカ先輩が、私に向けて手を振るのが見えた。

 ――はぁ。

 心の中でため息が出る。背中を突かれる感覚。後ろを見ると、クラスメイトがニヤニヤとした顔をして廊下の方を親指で指す。

 分かってる、と言う代わりに頷くだけにしておく。無駄話をしようものなら、担任からお説教がプレゼントされる。イチカ先輩が来てくれてるというのにお説教を受けようものなら、恥ずかしくて目も当てられない。あと自責の念で絶対凹む。

 だからイチカ先輩が居るのが分かっていても、心を鬼にして、見て見ぬフリをする。善良な学籍番号359番であろうとする。

 そしてホームルームが終わって、廊下に出ると。

「今日もお疲れっすね、ミコちゃん」

 イチカ先輩(私のお姉ちゃん)が、私を出迎えてくれる。

「さ、行くっすよ!」

 そう言って、イチカ先輩は、私の手を取って、歩き出す。

 廊下から、教室から、黄色い悲鳴が上がるのを、私は聞こえなかったことにした。

 時々見るいつもの光景だけど、今日はいつもとは少しだけ違う。だからイチカ先輩は、わざわざ私の教室までやってきてくれたんだと思う。

 だって今日は――私が正義実現委員会に復帰する日だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 イチカ先輩と一緒に教室棟を出て、正義実現委員会の委員会室がある別棟まで二人でゆっくりと歩く。その間、興味深そうな視線がぐさぐさと刺さるのも、もう慣れたもの。

 イチカ先輩が私の手を掴んで離さないのも、もう慣れ――いや、まだこっちは慣れない。

 どれだけ私が恥ずかしがって拒否しても、「いいからいいから」と手を繋いでくるイチカ先輩に根負けして、結局この形になった。イチカ先輩と手を繋いでも顔が熱くならなかったり心臓がうるさくならなくなったりするのは、まだまだかかるな、と思う。果たしてそれが何時になるかは、正直私にも分からない。

「やー、今日もいい天気っすね、ミコちゃん」

「そう、ですね。こんなに天気が良いと、ゆっくりとお昼寝したい気持ちです」

「あ、それはいいっすね。裏庭とかでどうっすか?」

 イチカ先輩の魅力的すぎる提案に、思わず二つ返事で行きましょう、と言いたくなるけれど。ここは我慢、我慢。だって今日は私が復帰する日だから。お昼寝していて遅刻しました――なんて、言えるわけがない。

「一応、もう梅雨のはずなんすけど。……全然雨降らないっすねぇ」

 イチカ先輩が手で庇を作って、空を見る。釣られて見上げると、透きとおるくらいに青空が広がっていた。高い位置にある太陽の光は、まんべんなく私たちの元へと降り注いでくる。

 すぐ隣に、イチカ先輩の横顔があって。ふと視界の隅に、イチカ先輩の翼が目に入った。

「…………ぁ、」

 イチカ先輩の羽根が、なんだかきらめいて見えるような気がした。

 視界の隅にではなく、ちゃんと見ると、それは気のせいじゃないのが分かった。

 遠くからイチカ先輩を見ている時には、イチカ先輩の羽根はただ毛並みが整っている黒い羽根だと思っていた。けれどすぐ近くで見て初めて、黒色の中に、光の加減で虹のような様々な色が見えるのを知った。その羽一枚一枚が、整っているのを知った。

 どの羽も毛羽立つことなく、すらりと流れていて、きっと触れたらさぞ、すらりと手の中で――

「ミ、コ、ちゃん」

 ふと、頭にイチカ先輩の手が乗る感覚があった。イチカ先輩の口元が、にんまりと横に広がっている。

「私の羽根、そんなに気になるっすか? ミコちゃんなら触ってみてもいいっすよ」

「………………え? …………なに、を?」

 まるで私の考えを見透かしたかのような、イチカ先輩の言葉に。物理開けの私の頭は途端に機能停止を起こした。

 イチカ先輩は面白い物を見たかのように、ふふ、と笑みをこぼして。

「やけにミコちゃんの目がそっちに行ってるんで、触りたいのかなーって」

 それはほんの数瞬前に思っていたことで。――もしかして心の声が漏れてたんだろうか、と口を強めに閉じるけれど、そう言われている時点で意味がないことを悟る。

「…………イチカ先輩の、羽根。綺麗だなぁって思っては、いました、けど……。わ…………私、口に出て、ました……?」

「いや、そんなことはないっすけど。ただ」

「……ただ?」

 イチカ先輩は私の頭に乗せた手を、前後に動かして、そして、言う。

「ミコちゃんは分かりやすくて、可愛いなぁって思っただけっすよ」

「…………」

 頭の上ではなでなでが続いている。その手付きが気持ちよくて、ずっとそうされていたいっても思う。

 口に出てなくても、視線で丸わかりだとイチカ先輩は言う。ってことはつまりは、私はイチカ先輩の掌の上なんだろうな、と。イチカ先輩に、私を分かって貰えていることの嬉しさと、私がイチカ先輩と初めて会ったころから変わんないな、という二つの感情が私の中に一緒に浮かぶ。

 喜んでいいのか、はたまた悔しがった方がいいのか。

 分からないけど、決して今の空気は嫌いじゃないし、気持ちいいな、と思ってしまう。

 ――ともあれ。

 イチカ先輩に羽根を触ってみるか? と言われて、私は正直、困っていた。割と本気で。

 背中に生えている羽根と言うのは、翼を持つ者としては、とってもとっても大事にしなければいけないもので。私の腰にも、小さい黒羽根はあるにはあるけれど、イチカ先輩の立派な綺麗なものに比べれば、戦車の主砲とハンドガンくらい違う。

 こんなに綺麗で調えられているものを触ってみたい、という気持ちの、その一方で。

 ――羽根は、大事にしなきゃいけないよ。

 と両親から口酸っぱく言われて育ってきたことが頭に浮かぶ。

 羽根は大事にしなければならないもので、闇雲に触れてはいけないもので。羽根に触れてもいい、と言うことは、求婚のサインでもある、と両親に教えられて、育ってきた。

 だから羽根に触れるということは、それだけ、覚悟がいるもので。

「………………」

 イチカ先輩は、きっと、そこまで深く考えてないんだろうと思う。私が羨ましそうに見ていたから、触らせてあげよう、という、おもちゃ売り場の子どもに対してのそれに近いものだと思う。

 だけど。私は。

「減るもんじゃないし、触ってもいいっすよ?」

 頭を必死に動かしている私は、羽根を触るかどうか悩んでいるように見えているのだろう。イチカ先輩の方から、そんな優しい言葉が聞こえる。

 もっと私は深いところで悩んでいると言うのに。イチカ先輩はそんな、簡単に――。

「ほらほら、綺麗でしょ。髪の毛とおんなじで、毎日ブラッシングしてるっすからね」

 羽根を動かして、私の目の前へと持ってくる。イチカ先輩と同じ、優しい香りが香ってくる。

「いいん、ですか……?」

「いいっすよ」

 簡単にイチカ先輩は言う。

 手を伸ばせば、簡単に手が届く位置に、イチカ先輩の羽根がある。艶があって、光が当たったところが虹色に見えて、ただただ、綺麗で――。

「――――――、」

 気がつけば、私は手を伸ばしていた。

 すべすべとした感触に、息が漏れた、軽くて、温かくて、なめらかで。触れているのに触れている感覚がないような、謎の感覚が私の頭を支配する。

 ただただ、気持ちがいい。

「ふふ。……ああ、そういえば」

 イチカ先輩が、何か思い出したように言う。

「羽根を触らせるって、それは大事な人にしかさせちゃいけないんだっけ」

「………………え」

 ――ちょっとまっていきなり何を言い出すんですかイチカ先輩。

 ――あなたそんな簡単に触って良いって言いませんでしたっけ。

「ミコちゃんに、触れられちゃったっすね」

「…………え、…………あ、……そ、その…………」

 イチカ先輩は頬を掻きながら、そんな事を言う。

 もしかしてまずいことをやってしまったのでは、ふとそんな考えが頭を過ぎった瞬間、足が止まって、不安な気持ちが、胸にずしんと落ちてくる。

 もしかして取り返しの付かないことをしてしまったのでは――。さっきまで感じていた幸福感が飛んでいく。そして後悔の気持ちが私の中に――。

「ふふ」

 ぽすん、と頭にイチカ先輩の手が乗るのが分かった。

「じょうだんっすよ。冗談」

 イチカ先輩は、いつものようにいたずらっ子が浮かべるような顔をしていた。

「ミコちゃんは私の大事な妹っすよ。触って大丈夫に決まってるじゃないすか。ミコちゃん家(ち)の周りのことは分かんないっすけど、うちの地元はそういうことに寛容っすからね。羽根に触られるイコール嫁入り、とはならないっすよ」

「…………」

 ――イチカ先輩のところは、そうでは、ない、ってこと?

 ――っていうか、そこまで私の心を読んで、そこまで言ったってことは。

「あ、それともそっちの方期待したり? ミコちゃんがいいなら、私は歓迎っすけど」

「………………」

 つまり、イチカ先輩が言いたいことは。

 ……つまり。

「~~~~~~~~イーチーカーせーんーぱーいー!?」

「あっはっは。その反応が見たかったんすよね。やっぱりミコちゃんは可愛いっすね」

 私の頭をぽんぽんと、いやばしばしと叩いてころころと笑ったかと思うと、イチカ先輩が目の前から消えた。

 周りを見渡すと、進行方向の先で、イチカ先輩が私に向けて手を振ってるのが見えた。

「ほら、ミコちゃん、委員会室に行くっすよー」

「~~~~~~あぁもぉぉぉ! イチカ先輩! あなたって人は! もう!!!」

 駆け足でイチカ先輩の方へと向かう。躓きそうになりかけたけど、こんな状況で転んだら本気で恥ずかしい。気合いで耐える。

 イチカ先輩の隣へと並ぶ。イチカ先輩の手が、私の手にちょこんと触れる。

 私はいつものように手を開く。その手が、きゅっと、握られた。

「…………~~~~」

 今日もイチカ先輩のペースに載せられてしまった。

 けど、今日だけは。そのいつものペースが頼もしくて。私の復帰への不安は、いつのまにか、どこかへ消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 免除期間は人によるけれど、大体二週間くらいらしい。

 その間、私の代わりにクラスメイトや他のクラスの子たちが頑張ってくれたのだと思うと、申し訳ない気持ちもある。――なおそのことをイチカ先輩に愚痴ってしまった時には、『ミコちゃんは今休むのが仕事なんすよ。与えられた仕事を存分にこなすのも、立派な正義実現委員会の仕事っすよ!』と前向きに諭された。

 そして晴れて免除明けとなった日、久しぶりに正義実現委員会の詰め所に行こうとすると。

「ミコちゃん、そっちじゃないっすよ」

 いつものルートを歩こうとしたところで、イチカ先輩に手を取られて、別の方へと連れて行かれた。……あれ、この方向って。

「おはようございますー」

 イチカ先輩が挨拶と共に入っていったのは、正義実現委員会の委員会室。扉の向こうには、ハスミ先輩やツルギ先輩の姿が見える。お昼の時間であれば何度もここに足を踏み入れたけれど、放課後の時間にここに来るのは初めてのことで――。

「ほら、ミコちゃんも、こっちっすよ」

「え、え? ……私が? …………え?」

 扉の前まごまごしている私に痺れを切らしたのか、イチカ先輩は私の手を引いて、委員会室の中へと引っ張り込む。ドアの向こうから見えていた人たちに加え、マシロさんの姿もあった。

「ハスミ先輩、前に言ってたっすよね、ミコちゃんが出動免除から解除されたらこっちに来ていいって」

「……ええ、言いましたね。姉妹の相手ならば、と。しかしそれと同時に、本人の承諾を得ること、と言っておいたはずですが……?」

 ハスミ先輩の視線がぐさぐさと刺さる。……なんというか、いたたまれない。

「……あー、言ってたっすよね、ミコちゃん?」

「はっ……はいぃっ!」

 私の声は、盛大に裏返った。

 話を合わせようとしているという気配を感じ取って、普段通りに返事をしようとしたんです。私は。本当なんです、信じてくださいイチカ先輩。

 じろり、とハスミ先輩の視線がイチカ先輩へと向き、そしてため息をひとつ。

「まぁいいでしょう。詰め所の方にミコだけを送るのは本人のためになりませんし、かえって不和の原因にもなりましょう。何より、イチカに懐いているようですし、それが最善ではないでしょうか」

 気がつけば、私はイチカ先輩の服の裾を握りしめていた。完全に無意識だったのだけれど、それでこの場を切り抜けられたのなら、私の無意識を褒めてやりたいと思った。

「ふぅ……。なんとかなったっすね、ミコちゃん」

 私にだけ聞こえるように、こっそりとウインクをしながら言うイチカ先輩。私はため息を吐きながらも、そのイチカ先輩とのやり取りすらも、愛おしいと思えてしまうのだった。

 

 正義実現委員会は週に一度、定例の会議が行われる。前の週の報告や、情報の共有が主な物なのだけれど――ツルギ委員長を筆頭に、副委員長のハスミ先輩、イチカ先輩、マシロさんという錚々たる面々の中に、つい二月ほど前までは正義実現委員会の部員Aだった私が混じっている様子は、さぞ滑稽に映っているのだろうと思う。私自身ですらそう思っているのだから、他の方々から見れば尚更なのだと思う。

 なぜ私がここにいるかと言えば、全ては私がイチカ先輩の姉妹だからという理由以外にはない。怪我の傷跡のこと、それとイチカ先輩との姉妹関係のことであれこれと言われないための隔離、と言われた方が、まだよかったかも知れない。

 とはいえ、イチカ先輩と離れないでいられると言うことは、やはり嬉しかったりする。会議に参加するイチカ先輩の、意見をまとめる手際の良さ、それぞれの話を的確に把握し、時には争い、時には引く話術、端から見ても、惚れ惚れとしちゃう姿だった。

 時々私の方を見てウインクと言う名のファンサービスをしてくれるところまで欠かさない。最初こそはこの場にいることの抵抗感と申し訳なさで一杯だったものの、イチカ先輩の様子を一番近くで見ていられる、という体験は、何にも代えがたい物なのだと思えた。

 

「それでは、ミコ」

「ひっ……ひゃいっ!?」

 ハスミ先輩から名前を呼ばれ、声が全力で裏返ってしまった。

 ちょうど向かいの席に座っているマシロさんが、口元に手を当ててくすくすと笑っているのが見えた。……隣のイチカ先輩も苦笑しているのが見えた。

 ううぅぅぅ……寝てたり聞いてなかったりしてたわけじゃないんです。自分の名前が呼ばれるなんて思いもよらなかっただけで……。

「ああ、立たなくても結構です。座ってください。

 ミコは任務中の怪我による退院から二週間が経ち、制度上は正義実現委員会に戻れるようになりました。あなたは引き続き、任務に参加できますか?」

 ハスミ先輩にまっすぐに言われて、威圧感にかられて、思わず喉が鳴る。

 ハスミ先輩からも、そして会議に参加している、ツルギ先輩、イチカ先輩、マシロさん――全員の視線が、私に注がれる。

 私が、任務に参加するかどうか、問われている。それは――また、怪我をした任務に、あなたは戻れるのか、と。戻る覚悟があるのか、と。ハスミ先輩は問う。

 戻れるか、と言われれば、体は大丈夫。射撃訓練も、イチカ先輩と行っていて、少しだけ――ほんの少しだけ、マシになった、と思う。

 じゃあ心は――。右手が一瞬、額に伸びそうになって、その手を意志で押しとどめる。任務で負った傷痕は、今もずっと、残っている。

 ――でも。

 イチカ先輩が、大事なお姉ちゃんが。その傷痕があっても私だと言ってくれた。気にしないと言ってくれた。だったら私は、その言葉を信じたいと思う。

 ふと、きゅっと手が握られる感覚があった。

 視線だけで下を見る。イチカ先輩が、私の手を、握ってくれていて。不安だった気持ちは、綺麗さっぱり、無くなった。

「大丈夫です。……イチカ先輩が、いてくれますから」

「――分かりました。それではミコは、明日より現場復帰を可能とします。出動の際はイチカと共にすることとし、くれぐれも身の安全を最優先に、お願いします」

「…………はい」

 出動は怖いか怖くないかと言えば――どちらかと言えば、怖いの方に寄りそうになる。

 でも、イチカ先輩が居てくれたら。なんでもできると思う。私はそう信じて、はっきりと、言い切った。




仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第十二話です。

出動免除が解除されたミコは、それまで通りに正義実現委員会の生徒が集まる詰め所に向かおうとする。
しかしイチカはミコの手を引いて、別の場所に連れて行く。連れて行かれた先は、ツルギやハスミ、マシロといった正義実現委員会の主要なメンバーが集う委員会室で――――。
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