私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。   作:みょん!

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第十四話 広まる噂と、出されたもの。

 出動があった翌日。私のクラスはその話題で持ちきりだった。

 曰く――イチカ先輩が人質を撃っただの。

 曰く――イチカ先輩が人質を盾にしただの。

 曰く――イチカ先輩の様子は、ツルギ先輩を二倍酷くして二倍恐ろしくしただの。

 詳細を語れるのはイチカ先輩だけなのに、先輩はと言えばあの日現場から忽然と姿を消して、それっきりらしい。だから――根も葉もない噂が立つ。立った噂に尾ひれも背びれも付く。噂を止める人がいないから、エスカレートする。そしてそして――――。

 それを私に直接言ってくる人はいない。でもその話題は嫌でも聞こえてくる。

 ――イチカ先輩がそんなことするわけないじゃない。今までのイチカ先輩を見てるでしょ。

 私はそう言って回りたかった、いや実際親しい人たちには勇気を出して言った。でも反応はおんなじで。

 私が見た、そして現場の人たちが見たあのイチカ先輩像が、いろんなものがくっついて、広まって行っていた。

 クラスの中では、私がイチカ先輩と姉妹の誓いを結んでいることが知れ渡っているから、表立って言う人はいない。でもきっと、今日詰め所に行こうものなら――その噂で持ちきりなんだろうと思う。

「……うー…………」

 あの瞬間の、振り返ったイチカ先輩の姿が、目に焼き付いて離れない。

 胸の奥に響くような低い声が、耳から離れない。

 普段は何も考えずに送信できるモモトークも、今日は打ち込んで削除して、をさっきから繰り返している。

 『昨日はお疲れさまでした』なんて昨日を想起させることなんて打てない。

 『今日のキヴォトス星座占い、最下位でした』だなんて無神経なこと打てない。

 どう連絡すればいいんだろう。会ったらどんなことを話せばいいんだろう。今日会えばまたあの優しいイチカ先輩なんだろうか。…………いや、それはないと思いたいのだけれど、昨日の――――。

「――――ん。――――番」

 私はどうしたらいいんだろう。『イチカ先輩』と相手先に表示されている、文字が一つも打ち込まれていないモモトークの画面をじぃっと見つめていて。

「ミコちゃん! ミコちゃんってば、呼ばれてる!」

「へ?」

「番号359番!」

「へ――――ふぁいっ!?」

 慌てて立ち上がる。椅子ががったんと後ろの方で倒れる音がした。

「授業はもう始まっていますが、何も机に出していないのはあなただけですよ?」

 左右の机を見る。現代文の教科書と資料集、ノートが机の上に置かれていた。

 前を見る。いつの間にやら教師が教壇の前にいた。

「…………すみませんでした」

「出動があったのはこちらも把握していますが、あなたの本分は学業です。学業を疎かにしてはいずれ――――」

 現代文の教師らしく、ねちねちと言葉巧みな説教はたっぷり20分かかった。

 

 当然、授業に身が入る訳もなく。いつの間にか午前中の三コマは終わっていて、気がつけば昼休みに突入していた。

 スマホを確認する。新着情報は無し。

 普段なら『先に委員会室で待ってるっすよ!』と飛んできているか、もしくはイチカ先輩が直接私の教室に突撃して、私を引っ張って行くはずなのに。

「…………なんだか、行きにくい、な……」

 いつものようにお昼を委員会室で食べようとする自分の後ろ髪を引く自分が居る。

 行けばイチカ先輩がいつものように席に着いていて、「や。ミコちゃん遅かったっすね」と人なつっこい笑顔を浮かべているのかもしれない。普段と変わらない様子が、そこにはあるのかもしれない。

 でも、行って、居なかったら……。

 どうしても、違う方の想像の方が勝ってしまう。行くか、行かないか。モモトークを開いて、閉じて。窓ガラス越しにイチカ先輩のクラスの様子を窺って、特に普段通りなのが見えてほっとしたりして――いる内に、予鈴が鳴った。

「――――、ああもう、なんでこう、私は…………」

 決められない私を恨みつつ、教室の自席であんパンを牛乳で流し込んだ。盛大にむせた。

 

 放課後になって。面倒極まりない掃除も終わって。押しつけられたゴミ捨ても終わって。

 自由の身になった途端、再び私の胸には重いものがのしかかって来る。

 今日、私はどうすべきか――判断を先延ばしにしてきていたツケを払うときが来てしまった。未だにモモトークには連絡が無い、どころか、既読すらも付いていない。珍しいどころか、初めてのことだ。

「…………イチカ先輩、何か、あったのかな……」

 昼頃まではイチカ先輩に無視されてしまっている……と気持ちがどん底にいたのだけれど、時間が過ぎるとともに、無視されてるのでは無く、イチカ先輩そのものに何かあったのでは、と思えるようになっていた。

 出動が入っているのなら、少なくとも私たちのクラスの誰かはいなくなっているはずだし、そもそもイチカ先輩に出動があるなら私が最優先で連絡があるはず。

 ――あの時、私が見落としていただけで、イチカ先輩が怪我、していたのでは?

 ふと、そんな突拍子もない考えが頭に浮かんだ。

 あの返り血だと思っていたのは、実はイチカ先輩のもので、私に我慢していたのでは? イチカ先輩はあれから委員会室にも、自宅にも戻っていないのでは?

「…………――――――」

 なんとも言えない焦燥感に襲われてしまい、心臓がやけにうるさく感じる。息を吸っても、全然空気がはいって来ない。

 イチカ先輩。……イチカ先輩。――――イチカ先輩!

 ついさっきまで、委員会事務室にいたらどうしよう、と思っていたのに、今は委員会室にいて欲しいと思えてしまっている自分がいる。

 足はいつの間にか駆け足になって、全力疾走になって。私は、委員会室までの階段を駆け上がった。

「おはようございますっ!」

 扉を開け放つと共に、定例の挨拶をする。

 よほどドアを開ける音がうるさかったのか、座っていたハスミ先輩とツルギ先輩のじろりとした目が私に向く。

 室内をぐるりと見渡す。

 いつもの席、いない。給湯場所、いない。

「……失礼します」

 イチカ先輩が一緒にいない状態でここに来るのは初めてだ。胃がきゅっと縮みこむ感覚がある。でも、イチカ先輩に会えるならそれでいい。イチカ先輩、イチカ先輩……!

 事務室内のイチカ先輩がいるであろう場所を見る。けれど、どこにもいない。

 私の様子は、ハスミ先輩にもツルギ先輩にも見えているはず。けれど何も言われないのは、二人の優しさ故だろうか。――これは私の好意的な考えでしかないけれど。

 思い当たるところはどこにもいない。もちろん、一番近いトイレも見た。けれど、イチカ先輩の姿は、どこにも無かった。

「……あ、あのっ」

「はい、なんですか」

 いつものように、落ち着き払ったハスミ先輩の静かなトーンの声が委員会室内に響く。一人で話すと、ハスミ先輩の、なんというか威圧感に圧倒されそうになる。私は拳を握りしめて、勇気を振り絞る。

「イチカ先輩は……ご存じありませんか」

「ええ、私も逆にお伺いしようと思っていたところです。イチカと姉妹のあなたなら、イチカのことをご存じかと思っていたのですが。……その様子ですと、あなたも知らないようですね」

 あなた『も』と言った。その言葉の意味が分からないほど、私だって、バカじゃない。

「……と、すると。ハスミ先輩も……」

「ええ。仲正イチカは、昨日の出動より、戻ってきていません」

「――――――ッ!」

 その答えは、覚悟していた。けれど、まざまざと突きつけられると、意識を強く保っていないと、あやうく悪い想像へと流されそうになる。

「イチカから報告は頂きました。携帯端末で、ですが。『暴動は鎮圧済み。人質は負傷。救護騎士団へ引き渡し済み』と簡潔な内容で」

 ハスミ先輩は、私にその画面を見せてくれた。モモトークとも違う連絡のやり取りができるアプリの画面には、『イチカ』という送信者の欄と、先ほどハスミ先輩が仰った内容が書かれていた。

「ミコ、あなたに問います」

「――は、はい!」

 突然真剣な声色で名前を呼ばれて、思わず直立不動になる。

「現場で、何があったのですか」

「――――――」

 まっすぐに見つめられて、まっすぐに問われて。喉がごくりと鳴る。

「私たちは、今日学園の中で蔓延っている噂しか耳に入れていませんが、おおよそ、どのようなことが起きたかは察しています。……ですが、具体的に、どのようであったのかは、聞けていません。現場を一番見ていたのは、あなたと聞いています。

 ――現場で、何があったのですか」

 淡々と積み上げられる言葉に、私は、息を吸うことも吐くこともできないまま、聞いている事しかできなかった。

 口の中が乾いて、手のひらに汗をかいているのが分かる。

 ごくり、と再び喉が鳴る。口を開いても、上手く、息が吐けなくて、言葉が、出てこない。

 あの時の様子を頭に思い浮かべるだけで、怖くて、怖くて、手が震えてくる。

 イチカ先輩の変貌ぶりに――私は――――

「落ち着いて」

 気がつけば、ハスミ先輩の手が、私の腕を強く掴んでいた。

「ゆっくり、深呼吸をしてください。大きく。……はい、もう一度」

 すう。はあ。……すう、はあ。

 深呼吸をし終えて初めて、私の足が、がくがくと震えていることが分かった。今にも倒れそうな状況だったのだろう、そこを、ハスミ先輩が支えてくれたのだと、今になって分かる。

「…………立ったまま聞く話ではありませんでしたね。応接スペースを使いましょう。ツルギ、人払いをお願いできますか」

「…………わかった」

 低い低い声の後、ツルギ先輩は立ち上がり、事務室の唯一の出入り口へと向かっていく。

 先輩を使わせてしまったことを申し訳なく思っていると。

「いいんですよ。それだけ、大事な話ですから」

 ハスミ先輩はそう行って、私の頭に手をのせてくれる。

 イチカ先輩とはまた違う、頼もしい手で。……イチカ先輩もこうされたのかなと、ふと、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私が見たイチカ先輩の情報は、以上です。現場の子たちに指示を出して、そのままビルの階段を降りていったので、てっきりここに戻るか、はたまた家に戻られたのかと思っていたのですが……」

「はい、分かりました」

 ハスミ先輩は、その言葉を最後に、目を閉じて考え込む。

 昨日のイチカ先輩について、現場に向かってから、私の見たまま全てをハスミ先輩にお話した。途中、胸が苦しくもなったけれど、歯を食いしばって、ここが私の戦う場所だ、と、全てをお伝えした。

 私が見た、イチカ先輩の全てを。ありのままに。

「……辛かった、でしょう」

「…………え」

 ハスミ先輩から降ってきたのは、そんな言葉だった。

「イチカとあなたは、端から見て、文字通り、仲の良い姉妹のようでした。あなたはイチカを慕い、懐き。そしてその一方で、イチカも、あなたを妹のように可愛がっていた。――少なくとも、私からは、そう見えていました」

 イチカ先輩とはお昼の時間と、放課後にここに来ていた。特にハスミ先輩とは話すことも無かったのだけれど、そう言う風に見られていたんだ、と思うと。胸がじんわりと温かくなってくる。

 私がイチカ先輩に懐いていたのは確かだ。けれど、イチカ先輩から私へもそう見えていたんだ――報告を終えて不安から解放された安心感で気持ちが緩んでいたのか、涙が出そうになった。下を向いて、誤魔化す。

「そのイチカの様子を見て、衝撃を受けたことでしょう。そしておそらくあなたは立ち直れていない状態のまま、更には周りで根も葉もない噂を立てられる。――私たちは、速やかに、あなたを保護すべきでした。あなたを、周りの謂われのない風評から、守るべきでした。申し訳ありません」

「な……なん、で、ハスミ先輩が、頭を下げるんですか。あなたは何も――」

「いいえ、私には、正義実現委員会所属の生徒全員を守る責任があります。あなたも、その中の一人です。イチカにとっての、大事な生徒です」

 そう、まっすぐに、真剣に、言われると。私には返す言葉が無くなる。

 正義実現委員会に所属する生徒Aにすぎないはずの私にもそう言ってもらえることは、勇気が貰えることだった。

「状況は、伺いました。あなたも、そしてイチカも、非常に辛い立ち位置にあると思います。できるかぎり早く、落ち着いた場所に置いてあげなくてはいけません。すぐに、何人かの動員を行います」

「――――! ……あ、あの!」

 ハスミ先輩が携帯端末を手に立ち上がろうとするところで、私は思わず呼び止めてしまう。

 これは衝動的なものなんじゃないのか。そのまま流されていいのかと、冷静な私が頭の中で言う。違う、そんなんじゃない。私は、自分の意志で、動くんだ。

「イチカ先輩を、探すんですよね……? 私も…………メンバーに、入れてください!」

「…………いえ、あなたは休むべきです。何ならイチカと――」

「いいえ!」

 思った以上に、大きな声が出てしまった。

 声が出てしまった、というのが、半分。それと胸の中にある不安を吹き飛ばしたかったというのが、もう半分。私はもう、流されるだけの自分でいたくないから。

「イチカ先輩を……探しに、行きたいんです。お願いします!」

 ハスミ先輩の中では、きっと私は一週間から数週間は引きこもっていた方がいいという判断だろう。――傷が癒えるまで。

 けれど私は、あの退院の日に、イチカ先輩が私を外の世界に連れ出してくれたのを覚えている。

 私は、そのお返しがしたい。

「――――――、…………分かりました。でしたら、あなたは単独行動でお願いします。誰かと作業を行うのは……きっと辛いでしょうから」

「ありがとうございます、ハスミ先輩!」

 顔を上げる。きっと私の顔は、さっきまでの私とは違っているはずだ。目標ができた。あとは、その目標に向かって、進むだけ。

「私は、昨日の現場に行ってきます!」

 私は、委員会室を飛び出した。

 

 昨日の現場では、現場検証が行われていた。

 現場そのものに立ち入ることはできなくて、私はその周りをうろうろとして、イチカ先輩が現場に戻ってきていないか。現場近くにいたりしないか、もしかしてどこかで倒れたりしていないかと、現場付近を中心に見て回った。

 手がかりらしい手がかりはなく、スマホを何度も確認したけれど、イチカ先輩とのモモトークが既読になることもなかった。

「イチカ先輩…………どこに、いるんですか……」

 日が落ちるまで、私は歩き回り、探し続けた。

 学園から離れれば離れるほど、街灯の数は少なくなる。そして街灯の数が少なくなれば――犯罪に巻き込まれる可能性が高まる。

 ハスミ先輩からの固い言いつけで、捜索は日が落ちるまで、というものを守り、私は再び正義実現委員会の委員会室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お疲れさまです」

 結局その日は、イチカ先輩の行方どころか、手がかりの一つすらも見当たらなかった。報告をすべく委員会室へ戻ったところ、ちょうど定例会議の席にハスミ先輩、ツルギ先輩、マシロさんの三人が座っていた。

 扉を開けた途端、三人の視線が一気に私の方を向いて、一瞬ひるみかけた。イチカ先輩が戻ってきたと勘違いさせてしまったとしたら、申し訳ないな、と恐縮した気持ちになる。

「お疲れさまです。丁度、あなたに連絡を取ろうと思っていたところです」

「え、私に? ――イチカ先輩が見つかったんですか!?」

「……いえ、そうでは、ないのですが。……ちょっと、こちらに来ていただけますか?」

 歯切れの悪い回答が返ってくる。何だろうと思い、ハスミ先輩の前へ行くと、机の上に一枚の紙と、紙袋が置かれてあるのが見えた。

「先ほど、ポストにこの紙とこちらが入っていたのですが。……これらに、見覚えはありますか?」

 ハスミ先輩が指差した用紙には、手書きで二つの名前が書かれていた。

 見覚えのある二つの筆跡。これはちょっと前にイチカ先輩に書かされた申請書で――――

 

「――――――ッ!」

 

 いや、違う。これは、その時書いた書類じゃない。

 そして、ハスミ先輩が開けた紙袋の中を見て。叫び声を上げそうになった。

 どうして……。私の頭には、その言葉だけがぐるぐると回っていた。

 ――イチカ先輩。…………なんで、これは……どういう、こと、ですか。

 机の上には、私がイチカ先輩とあの時に交換した赤いリボンが置かれている。

 別人の物であって欲しいと、そのリボンの裏側を見る。――私のイニシャルの刺繍が入っていた。

「どう…………して…………」

 書類の頭には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『姉妹宣言解除申請書』と、無機質な文字が、印字されていた。




仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第十四話です。

イチカに何かがあったであろう出動の日の、次の日。
ミコがイチカと連絡が付かないどころか、正義実現委員会副委員長のハスミですらもイチカと連絡が付かないことを知らされる。
イチカを探しに再び昨日の現場へと向かったミコに、待ち受けていたものは――。
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