私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。   作:みょん!

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第十五話 私は、イチカ先輩に、会いに行く。

「わっ、わた、しは…………この、書類には……名前、を、書いて、ません……違います。私は、書いて、ません……」

 声は、震えてしまっていた。自分の目に映っているものが信じられなくて、何度も瞬きをして見直すけれど、書類に書かれていたことは、変わることはなくて。

 ――姉妹宣言解除申請。

 イチカ先輩と、私で結んだ姉妹関係の誓いを、解除するための書類。私は名前を一切書いてない、けれど、イチカ先輩の名前は、あの日見た筆跡で。そして、一緒に入れられていたものは、間違いなく、私の、リボンで――――。

 ――イチカ、先輩。…………もう、私と……会いたくもないって、こと、ですか……? まだ、私は、何も…………。

 思わず、イチカ先輩と交換したリボンを、握りしめていた。

「――――コさん。ミコさん」

「――――っ!?」

 急に肩に何かが触れて、私は跳び上がりそうになった。

 隣を見ると、マシロさんが心配そうな顔をして、私の肩に手を触れていた。

「顔色、悪いけど、大丈夫……?」

「…………いえ、…………だい、じょうぶ、です」

「…………。無理、しないでね」

「ありがとう、ございます」

 マシロさんの優しさが、嬉しかった。同い年には思えないくらい、優しくて、思いやりがあって、仲間思いだ。

 いろんな考えが頭を回ってて、気を抜いたら吐きそうだ――なんて言えるわけがない。そんな事言ったら、この会議から追い出されちゃう。そしたら、イチカ先輩と姉妹解除された私なんかは、もう、この部屋には――――。

「まず、今時点で分かっていることを整理します」

 ハスミ先輩の静かな言葉が、会議室の中に響く。

「ミコが名前を書いた覚えがない書類と、ミコがイチカと交換をしたリボンがポストに入れられていた。……この二つは、間違いありませんね?」

「…………はい。……私は、この書類に名前は書いていません。リボンについても、そうです。私の、イニシャルが入っていました」

 気がつけば、無意識に、下唇を噛みしめていて、血の味がした。イチカ先輩がこれを、何も言わずに出したと言うことが、私には信じられなくて。たった一人、見知らぬ土地に放り出されてしまったような気持ちになる。

「それを聞けて安心しました。それではこの書類は、ひとまず保留とします」

 ハスミ先輩の声が、ふと柔らかく、優しいものになった気がした。顔を上げる。ハスミ先輩が、私の方を向いていた。

「――現場であなたがイチカと遭遇して、完全に袂(たもと)を分かつことになったのかもしれない、という可能性が、無い訳ではなかったので……。それはないようで、安心しました」

 ああ、なるほど。ハスミ先輩は、私がイチカ先輩と完全にケンカ別れした結果、この書類が出されたと思っていたのか。

 ……それは、ありえない。私から、イチカ先輩と別れるための書類に名前を書くなんてことは、例え天地がひっくり返っても、ありえない。そんなの、絶対に――嫌だ。

「私がイチカ先輩と別れたいなんて。……思って、ません」

「ええ、分かりました。とすれば、イチカがこの書類を書いた、ということになります。イチカの筆跡は、申請書の写しを見る限り、イチカのものだと推測されます。

 つまり、イチカはどこかにいる。少なくとも無事、という事です」

「………………」

 思わず、ため息が漏れた。

 ――イチカ先輩が無事で、どこかにいる。

 今の私には、それだけで、十分だった。

「イチカが私たちに姿を見せないのは気がかりですが、今日の時点ではそこまでで十分でしょう。明日以降の方向性は、追って決めていくこととします」

 そこまでで、今日の正義実現委員会の臨時会議は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 委員会室にいるときは平気だった。

 電車に乗っているときも平気だった。

 駅から帰ってくる道中でも平気だった。

「――――――、」

 実家に帰って、私の部屋に入った瞬間。体が、言うことを聞かなくなった。

 ドアに背中を預けて、そのままずるずると座り込んだ私は。

「…………イチカ、先輩」

 その名前を、口に出していた。

 頭を抱えて、額の傷に手が当たって痛みを感じても、その姿勢をやめることはできなかった。

 頭にはイチカ先輩が今まで見せてくれた顔が、次々と浮かんでは消える。

 私の目を覗き込むときの顔。私をからかったときに見せる悪戯っぽい顔。訓練の時に見せる真剣な顔。私を褒めてくれる時の眩しい顔。

 そのどれもが、私には鮮明に思い出せる。その声も、体温も、全部、思い出せる。

 いつも隣にいて、いつも一緒にいて、ほんの一回、不思議な事があって。一日だ。たった一日、イチカ先輩といなかっただけで。イチカ先輩の声を聞いていないだけで。

 こんなにも、泣きたくて泣きたくてしょうがない。私は弱いから。イチカ先輩と一緒にいることで、なんとか頑張れてきた。けど、その支えが無いと言うだけでこんなに不安で、こんなに悲しくて、こんなに脱力感に襲われるなんて。思っていなかった。

「イチカ、先輩。イチカせんぱい…………っ!」

 涙が止まらない。イチカ先輩のあの姿が恐ろしくなったわけじゃない、イチカ先輩と離れてしまったのが、不安で不安で、しょうがない。私はまた、戻ってしまうんじゃないかって、思ってしまう。状況、だけじゃない。心も戻ってしまうんじゃないかって。弱い私に戻ってしまうんじゃないかって。イチカ先輩と一緒に強くなったと思っていた自分がいなくなってしまうんじゃないかって。

 

『ミコちゃんはできる子っすから』

『やり方の問題っすよ』

『ほら、できたじゃないっすか』

『え? ミコちゃんは一目で分かるっすよ? 今更何を言ってるんすか?』

『ミコちゃんの可愛いところは、私が一番知ってるっすからね。へへ』

 

 ――私でもできるんだってことを。

 ――私に『じしん』をくれたことを。

 ――私は覚えてる。

 

 覚えてる。忘れたくない。

 このままで、いたくない。イチカ先輩と、離れたくない。

「やだ、やだよ…………イチカ、先輩。いちかせんぱい…………」

 涙が止まってくれない。喉の奥がひくっとなる。

「く…………う、うぅ、ぅ…………、……いち、か……」

 一緒にいて、イチカ先輩のおかげで、やっと、私が私になれた。

 嬉しかった。私を私と認識してくれたイチカ先輩が。他の誰でもなくて、学籍番号359番じゃなくて。『ミコちゃん』と呼んでくれる、まぶしい、あの人が。

 離れてしまった理由は分からない。イチカ先輩はもしかしたらもう、私に会いたくないのかもしれない。

 でも、私は。

「…………会いたい、よ」

 イチカ先輩に、会いたい。『ミコちゃん』って呼んでほしい。また頭をなでてほしい。

 一緒にお昼を食べたい。一緒に訓練をしたい。一緒に戦いたい。

 

 ――私は、イチカ先輩と、一緒にいたい。

 

 私のわがままと言われればそう。

 私の都合だけと言われればそう。

 私の立場を使った身の丈に合わない願いと言われればそう。

 でも私は、イチカ先輩と、一緒にいたい。

 その気持ちだけは、誰がどう言ったって、譲りたくない。私だけの願いだ。

「すぅ。……はぁ…………すぅ」

 だから私は。――泣いてばかりじゃ、いられないんだ。

「会いたい。私は、イチカ先輩に、会いたい」

 願いを、口にする。言えば、叶うときだって、ある。

「イチカ先輩に、会いに行く。…………私は、イチカ先輩を、探しに行く」

 今にでも行きたい。外を、イチカ先輩を探しに行きたい。

 でも、夜に外を出歩こうものなら、力も何もない私は、多分捕まって戻されるだけだ。

 ――明日。

 私はまだ、イチカ先輩の口から直接聞いてない。私が諦めるのは、それからでもいい。

 直接言われたら、死にたくなるかもしれない。でも、何も言われないままお別れなんて――嫌だ。私は、イチカ先輩に、何が何でも、会いに行く。

「………………、よし」

 私は決意を込めて、手を握りしめる。体は、やっと動いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、私は早く学校へ行った。

 向かった先は、正義実現委員会の詰め所。この時間は、射撃場などの訓練施設が開いているので私たちにとっては、割と訓練のゴールデンタイムだったりする。――放課後は、大体正義実現委員会かティーパーティの先輩たちが使ってるのがほとんどだし、出動も増えるし。

「おっ、おはよう、ございます!」

 更衣室に入る。何人かの視線が、私に向いた。

 もちろん私と同じように前髪を伸ばしてる子が多いから、直接的なものではないのだけれど、やっぱり『見られている』と感じる。

 珍しい物を見るような、動物園の檻の中の生物を見るかのような、そんな湿っぽい視線が、私に刺さる。

「なんで、ミコがこの時間に?」

 ――暗に、いろんなものが含まれた言葉。

「――――、みんなに、聞きたいことがあって。一昨日の、出動したときの、ことなんだけど」

 その言葉を言った途端、空気にピリッと電気のようなものが走った気がした。

 訓練を自発的にする子は、出動する事が多い子だ。もしかしたら逆なのかもしれないけれど。

 今更衣室にいる五人は全員、あの日に現場にいた子たちだ。

「…………」

 五人の視線が私に刺さる。怖じ気づいて『やっぱりいい』と言いたい、弱い自分が私の中にいる。

 でも私は決めたんだ。イチカ先輩に会いに行くって。このくらい、なんてことない。

「みんな、イチカ先輩の居場所、知らないかな。私、イチカ先輩を、探してる」

「…………知らないよ、そんなの」

 複雑な顔をした姿が、そこにあった。

「あんなの見たら、平気でいられるわけない。――私たちだって、作戦通り突入しようとした。でも、最初に見えたのが、アレ。……戻るしかできなかった。待機しかできなかった。あそこにいたら、私たちも撃たれる。そんなところにいられるわけないじゃん」

 静かに語られたのは、あの日の、突入班のみんなの言葉。誰も口を挟まないで、皆が頷いている。同じ印象のようだ。

「あんなの見せられて。……あんな人のことを知ろうとすること自体が間違ってる。ミコだって知ってるでしょ。だってあの人、人質だった人を」

「やめて」

 私は、それ以上言わせたくなかった。

「ごめん。そこは、まだ言わないで。人質の人の事情聴取の情報は、まだ私たちに降りてきてない。……想像で言うのは、止めて」

「だって、状況的に、どう見てもあの人の暴走に巻き込まれ」

「それでも」

 無意識に、自分の手が握りしめられてるのが分かった。

 五人を前に、状況は五対一で、言い返すこと自体、怖くて不安でたまらない。でも、イチカ先輩を、私の自慢の姉さんを、想像で悪く言われるのは、我慢がならなかった。

「……ミコはクラスメイトだから、あえて言うけどさ。…………もうあの人に関わろうとするのは、止めた方がいいよ。ミコのためにならない」

 首を振って、目を閉じて。諦めろとその口は言う。

「ミコは、あの人を探してどうすんのさ。……最悪、口封じされるかもしれないよ?」

「……………………、」

 うるさい馬鹿。そんなの知るか。

 頭の中に浮かんだ言葉は、舌を噛んで出てこないようにした。

 すぅ、はぁ。……すぅ。落ち着いて。目を閉じて、呼吸をして、落ち着かせる。

「……もし、……もし、百歩譲って、イチカ先輩が私を口封じしようとするのなら、私はあそこで撃たれてるよ。……みんなもろとも、まとめて」

 今こうやって生きて、話をしている。だからそれはあり得ないんだよ。と口にすること自体、憚られた。

「私は、イチカ先輩と、会って話をしたいだけ。それからのことは、何も考えてないよ」

 私の正直な所を話をする。クラスメイトの子たちは、どんな形であれ、心配をしてくれているのだろうと思う。だからその気持ちだけは受け取る。

 受け取るだけ、だけど。

「心配してくれて、ありがと。でも、私は、イチカ先輩を探しに行く。……ごめんね、時間取らせちゃって」

 私の知りたいことは、ここには無い。だから私は、この場を後にする。

 後ろから私を呼ぶ声がした。けれど私は、振り返らなかった。

 

「すぅ、はぁ。……すぅ…………はぁ。………………すぅ」

 『関係者以外立ち入り禁止』と筆文字で書かれた張り紙が見える。

 その扉を前にして、私は深呼吸を繰り返す。いつもより多めに、いつもより長く、深呼吸をする。今からやることへの不安で、口から心臓が出てきそうで、どれだけ息を吸っても、全然空気が入ってこない気がして、呼吸をすればするほど、苦しく思えてくる。

 ガラス越しに大きな翼のシルエットが映っているから、この扉の向こうにその人がいることは確かだ。

 その向こうに居る人が別の人であれば、取って食われるかもしれないという生命の怖さの方が勝るのだけれど、今扉の前に居る人は、また別の怖さがある。

 その方を、正義実現委員会を、そして引いてはイチカ先輩を、失望させたりするんじゃないかっていう、生命の怖さなんかよりもずっと強い恐怖が、ずっと私の中に潜んでいる。勇気を出そうとする私を浸食してくる。

 ――私は。イチカ先輩を助けに行くんだ。勇気を出せ、私!

 歯を思いっきり食いしばる。そして両手を目の前に持ってくる。その前で強く握る。爪が手に食い込む痛みがある。痛みのおかげで、なんとなく、落ち着けた気がした。

 口の中に溜まっている唾を飲み込んで。最後に、もう一度大きく息を吸い込んで。

 ノックを二回。

「どうぞ。開いています」

「――――」

 ハスミ先輩のまっすぐな声がして。私はもう一度、唾を飲み込んだ。

 ドアノブを回して、押し開く。想像通りの人が、そこに座っていた。

「――――ぅ、……おっ、おはよう、ございます!」

「おはようございます。こんな早朝に、どうしましたか」

 定例会議でいつも座っている場所に、ハスミ先輩がいる。書類を手にしたまま、視線が私の方に向く。

 ひくっと喉が鳴るのが分かった。胸が不安で不安で苦しくなる。

 もう一度拳を痛いくらいに握って、私は、言う。

「は、ハスミ先輩に、お願いがあって、きました」

 その言葉を、ハスミ先輩は黙って聞いている。

「――――イチカ先輩のご自宅を、教えていただけませんでしょうか」

「…………知って、どうするのですか?」

 先ほどよりも鋭い眼光が、私を刺す。視線に押されて、たじろいでしまう。ツルギ先輩とは違った、威圧感のある視線が、私を突き刺してくる。

 不安で、苦しい。逃げたくなる。でも、イチカ先輩のためになんでもやると私が決めた。だから、私は、勇気を出す。

「イチカ先輩に、会いに行きます」

「イチカはどこかに居るとは言いました、しかし、家に居るとは限りません。そして家に居たとして、話ができるか分かりません。……今のあなたより、不安定である可能性は、否定できません。……それでも、ですか?」

「それでも。話をしてくれるまで、私は待ちます。イチカ先輩は、私の、大切な、お姉ちゃんですから」

「……あなたは、イチカが変わった様子を目の当たりにしました。それでもあなたは、彼女を姉と呼び、慕うのですか?」

 私の中でくすぶってた物に放火するような、ハスミ先輩の言葉に。

「当然、です」

 ふっと、そんな言葉が出た。

「これまでのイチカ先輩に、どれだけ私が救われたか。どれだけ語っても語りきれないです。そのくらいに、私は、イチカ先輩に、救われたんです。イチカ先輩は、命の恩人で、私の憧れる先輩で、私の自慢のお姉ちゃんです。それは、何がどうなっても、私の中では、変わりません。イチカ先輩は、イチカ先輩です」

 言葉が言葉を呼ぶ。すらすらと、言葉が出てきた。それは間違いなく、私の本心だ。

 大好きなイチカ先輩に、会いたい。それだけだ。

「そう、ですか。ですが、あなたのお願いを、私が聞き入れることはできません。個人情報に当たりますから」

 ふぅ、と息を吐いて。ハスミ先輩は目を瞑る。そして目を開いた時には、再び書類に目を通し始めた。話は終わりだと言うかのように。

 ……始めから、やり直し、か。

 あと私ができることは――あぁ、学校の職員室に、生徒名簿はある、よね。確か、住所も――。

「ああ、そういえば」

 正攻法でない方法を考え始めていると、ハスミ先輩が何かを思い出したかのような声を上げる。

「『副委員長席』とある机の右上の引き出しに、まだ学校に提出していない、姉妹関係解除申請書と、その添付書類が入っていましたね」

 世間話をするかのように、ハスミ先輩は独り言を言う。

「申請のためにも、解除のためにも、住所と生年月日が記載された書類が別途必要だなんて、学校は無駄な書類の提出を求めてきて大変です」

 やけに、説明口調のようなハスミ先輩の声は。

「私は帰るときであれば間違いなく鍵をかけるのですが。仕事中なので鍵は開いているのかも知れませんね」

 ハスミ先輩が言うことは。それは。

「………………、いい、んですか」

「私は仕事中で、正義実現委員会部員の治療費請求申請書の決裁文書の確認で手一杯です。事務仕事に集中しているとき、周りで何が起きているか、分からないのが私の悪い所ですね。――だからこそ、入り口に『関係者以外立ち入り禁止』の文字があるわけなのですが」

「…………――――!」

 直接言われたわけじゃない。

 だから、この先の全ては、私の責任の上だ。

 何があっても、私に降りかかる。私を守るものは、なにもない、ということ。

 

 だけど。だからこそ。私は、自分の意志で、その選択をすると、決める。

 

「ハスミ先輩。…………ありがとうございます」

「私は、何も見ていないし、何も物音を聞いていません。

 ですが。……そうですね、一言、あなたに言えるとすれば。――イチカを、よろしくお願いします」

「――――はい」

 私はハスミ先輩に深く礼をして。そして副委員長席へと足を向けた。




仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第十五話です。

正義実現委員会の委員会室に届いたのは、『姉妹宣言解約申請書』と、あの日交換した、リボン。
一方的に突きつけられた絶縁状に、ミコは――。
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