私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。   作:みょん!

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第十六話 イチカ先輩が来るまで、私は。

 トリニティ総合学園前駅から電車で五駅。私の家とは逆方向の場所に、イチカ先輩の家はあるらしい。

 私は、ハスミ先輩から見せて頂いた住所へ向かうべく、電車に乗っていた。トリニティに向かう方向の電車には沢山の生徒が乗っているけれど、逆方向の電車はスカスカだ。

 【ごめん、今日風邪引いて学校休むって担任の先生に言っておいてもらえない? あと、誰かに私のことを聞かれたら、今は帰って家に居るって言っておいて】

 クラスメイトへモモトークを送る。つい三十分ほど前に会ったその友人は、

 【りょ。言っておく】

 そう、短く返してくれた。

「……ありがと」

 私には、その気遣いが嬉しかった。

 【あともうひとつお願いいい? ……イチカ先輩が学校に来ているか、聞いてもらえないかな。私が気にしてるって担任の先生に言ってくれれば、きっと答えてくれるはず】

 【ミコ、割と最近、結構図々しくなったね】

「う」

 ちくちく言葉が返ってくる。いや、この子はそう言うこと言う子だし、決して本心では――と思っていると、やがてピロンと音がして、文字が流れた。

 【あの人は昨日も今日も来てないって。むしろ担任に事情知ってるんじゃないかって問い詰められたんだけど】

 【そっか。……そしてごめん。ありがとう】

 【ミラクル5000ね】

 【分かった】

 初めて聞く名前だ。後で検索してみることにしよう。

 モモトークのアプリを閉じて、向かう場所のことを考えることにする。

 地図アプリに住所を落とし込むことも考えたけれど、色々とまずい気がしたので、町名で当たりを付けて目で探すことにした。

 地図アプリで最寄り駅を探して、そこからは画面をスライド、そしてスライド。降りるべき駅を越してないか、と何回もドアの上の表示を見つつ、地図アプリとひたすら睨めっこして――。

「あっ」

 その町名、そして番地を見つけた。思わず声が出たけれど、同じ車両に乗っている人は大きなヘッドホンを付けてるから、きっと聞こえなかったことだろう。たぶん。

 向かうべき場所を確認して、何回かに分けて画面をスクショ。そして地図アプリを閉じる。

 やがて、アナウンスから私が降りるべき駅名が聞こえて、降りる。そこは私の家の周りとさほど変わらない、至って普通の駅前の景色だった。

 スクショした画面を元に、駅前の通りを抜けて、住宅街へ。何回か入る道を間違えながらも、探していたアパートへとたどり着いた。

 ――もし、玄関がオートロック式のお高い所だったらどうしよう、と内心びくびくしながら向かっていたけれど、普通のアパートのようで、階段を上ってイチカ先輩の部屋の前へとたどり着くことができた。

「…………」

 表札には何も書かれていない。最近は個人情報だとか色々な理由でよくあることだけど、やっぱり不便だな、と思う。特に、こういうときは。

 書類に書いてあった部屋番号と、目の前にある扉に書かれている番号が同じことを、何度も何度も確認する。

 ここに『仲正』とイチカ先輩の名字が書かれてあれば、安心できるんだけどな――と思ったその時になって始めて、私はイチカ先輩の家の前にいるんだ、と頭が認識して。急に心臓の音がうるさくなった。

 ここまで勢いだけで来て、イチカ先輩に会えるかも、となったその時になって、急に緊張し始めた。また怖じ気づきそうになる自分が、鎌首をもたげてくる。

 心の中の声が色々と言ってくるのを、首を振って全て追い払う。

 私はイチカ先輩に会いに来た。本人を前にしたら言うこと? 会ってから決める!

 私は大きく息を吸い込んで、止めて。

 インターホンを、鳴らした。

「…………」

 部屋の中から、ピンポーンと聞き慣れた音がする。

 待つ。

 待つ。

 息を止めて、待つ。

 中からは、物音一つ、聞こえない。

「………………はぁぁぁ」

 苦しくなって、息を吐いた。念のため周りを見る。私の様子を伺う人の様子も見えないし、気配もない。――と言っても、気配を読み取れるほど戦闘慣れはしてないんだけど。

「…………いない、のかな」

 もう一回、インターホンを鳴らしてみる。

 部屋の中から、インターホンの音だけが聞こえた。

 待っても。

 待っても。

 物音一つ、聞こえてこない。

 寝ているのか、出られないほど何かをしているのか、元々いないのか、いない風を装っているのか。

 どの可能性もあるけれど、どれが正しいのかは、私には判断が付かない。強いて言うなら電気のメーターは回っているから、冷蔵庫とかは中で稼働してるんだろうな、ということは分かった。

 なんだか三回目を鳴らすのは気が引けて、でもここで帰るのもなんだか違う気がして。

 私はまったく動く気配のない扉の前で、待ち続けた。

 太陽が高い所に来た辺りで、段々と立っているのが辛くなってくる。

 出動している時は座って待機する時間もあるし、出動中はそもそも頭に変な興奮物質が出ているからあまり疲れというもの自体は感じない。――なお出動が終わった夜にドカンと来る。

 けれど今は、不安を抱えながらの待機時間。壁により掛かっていたけれど、それも辛くなってきた。あまり、品の良いことじゃないけど、仕方ないよね、と扉を背に座り込もうとして、イチカ先輩の家の扉を背もたれにするのもなんだか失礼な気がして、扉の脇の壁を背にして、座る。

 顔を上げると、青空が見えた。

 今、イチカ先輩はどこで何をしているんだろう。空を見上げながら、益体もないことを考える。

 少なくとも、イチカ先輩は無事だ。昨日の放課後ではそれすらも分かっていなくて、泣きそうな思いで現場周辺を探して回った。

 思いもよらない形でイチカ先輩が無事なのが分かったけれど、別の意味で大きな不安もやってきた。でもハスミ先輩がその書類は保留だと言い切ってくれたので、その不安も、なくなりはしないけれど、和らいだ。

 イチカ先輩に会ったら、まずその事を聞こう。私は、イチカ先輩と姉妹を解除したくありません、と言い切ろう。それから、あの日のイチカ先輩の事は……いやそれは本人にとって聞かれたくない部分なのかもしれない。私の額の傷のように。だとすれば、イチカ先輩に言うべき事は、聞くべき事は――。

 そんなことを考えていると、いつの間にか、空は漆黒の闇へと変わっていっていた。

 外が暗くなってから、程なくして――カン、カン、と階段を上る足音が聞こえてきた。

「――――っ!」

 思わず体が壁から離れる。階段の方を見ていると、銀色のショートカットの生徒が姿を現した。

「…………」

 その生徒が私の方を見、動きを止める。

 私の方も何をすることもできず、まっすぐに目を合せていて。

 そしてやがて、関心を無くしたかのように端部屋の鍵を開けて入っていった。

 ――イチカ先輩じゃなかった、か……。

 出動の日から、学校にも正義実現委員会の委員会室にも姿を見せていないイチカ先輩は、帰るとしたら自宅だろうと思って待っているけれど。

 暗くなって一時間が経って、二時間が経って、何人かが階段を上がってきたけれど、そのどれもがイチカ先輩ではなかった。

 時計を見ると、午後の九時を回っていた。決して寒い訳ではない。けれど、ぶるりと体が震えた。

 ――もしかして、イチカ先輩はこのまま、ここにも来ないんじゃないか。

 そんな考えが頭を過ぎると、不安で不安で怖くて怖くて、体が震えてくる。

 今朝の勇気を出していた自分が嘘かのように、不安に襲われて、小さくなってしまう。

 私は、どうすればいいんだろう。

 ここに居るのが正解なのか、はたまた、どこかに探しに行くべきなのか。分からない。分からないまま、時間だけが過ぎていって。

 ――そういえば、ここの終電って何時だっけ。

 そう思ってアプリで検索をする。今朝降りた駅から、自分の最寄り駅までの電車は。

「…………あ」

 二十分前に、すでに出てしまっていた。終電すら無くなってしまったと分かった途端、なんだか動く気力が一気に抜けていくのが分かった。

 お腹も空いているのかどうか分からない。喉が乾いているのかどうかすらも。

 ただ私は、終電が過ぎてしまった後でも、イチカ先輩がふらっとやってくるんじゃないかと、そう思いながら、体育座りのまま、待ち続けて、待ち続けて、待ち続けて。

 ――そして、空が、明るくなり始めた。

「イチカ、先輩…………」

 自分の呼吸音以外、何も聞こえなかった漆黒の世界に、光が差し込み始める。鳥の鳴き声が聞こえ始め、遠くからは車が通り過ぎる音も聞こえてくる。

 

 一日中待っても、イチカ先輩は来なかった。

 

 やがて太陽が現れると、同じ階の別の部屋のドアが開いて、昨日見た覚えがある生徒が出てくる。

 そしてその全員が、私の方を見てぎょっとした顔をした。

 何か言いたげに口を開きかけた生徒もいたけれど、何やら急いでいたのか、何も言わずに階段を降りていった。

 床に座ったまま、私はイチカ先輩が来るのを待ち続ける。

 音がしたら、顔を上げる。それがイチカ先輩でなければ、顔を下げる。

 私はそんなことの繰り返しをして、また、空が茜色になって。今何時だろうとスマホを見ると、画面が暗転したまま、動かなかった。電池切れの表示すらも出てこない。

「………………はぁ」

 ため息の音は、やけに小さく聞こえた。

 それからまた、階段を上る音が何回かしたけれど、今朝見た生徒が帰ってきただけで。

 私が探している、黒い制服の、長い黒髪と整えられた羽根が綺麗な、仲正イチカ先輩の姿は、全然、現れなくて――――。

 カンカンカン、と今までと違うリズムの足跡が聞こえたのは、その時だった。

 走って階段を駆け上がっているのだと分かる足音と共に顔を上げると、階段の方から、黒髪の生徒が顔を出した。

「イチ――――っ!」

 その名前を呼びかけて、そしてその人がイチカ先輩ではないと分かった瞬間、私の言葉は止まった。

 上がりかけていた頭はかくりと下がって、また待つことになるのか、と目を閉じて。

「~~~~、やっぱり。ミコっ!」

 焦ったような声が、聞こえた。

 私の、名前を呼ぶ人……? 顔を上げようとする前に、肩を掴まれて、体を揺さぶられた。

「大丈夫ですか、ミコ!」

 その声は、低めのしっかりした声で、つい最近、その声で優しい声をかけられて、泣きそうに――。

「……反応が薄い、これは、まさか、ずっと……、ミコ! 私の声が聞こえますか? 意識はありますか?」

「…………ハス、ミ、先輩……?」

 顔を上げて、その顔を見て。イチカ先輩ではない、その人の名前を呼ぶ。

 安心したように表情を緩ませたハスミ先輩は、大きく、息を吐いた。

「心配、したんですよ。委員会の連絡用アプリに連絡は付きませんし、電話番号は伺っていませんでしたし……。あなたまで、行方を眩ませてしまったんじゃないかと……」

「ここ、には……?」

「あなたのクラスメイトから、あなたは家に帰ったと聞かされていたのですが。二日とも同じ回答が続いたのでまさかとは思って、失礼ながら書類を拝見しました。あなたの家に伺いましたが、二日間帰っていないと聞かされて、こちらに。……まさか、ここに、ずっと……?」

 肩を掴まれたまま、真剣な顔をされて。私は声を出せないまま、こくりと頷くことしかできなかった。

「食事は? 休息は?」

「あ、……えーっと、ご飯は、食べてないです。ここに座って、イチカ先輩を、待ってました。一度も、いらっしゃいませんでしたけど。携帯の電池も切れちゃってて、連絡も取れてないです。……ずっと座ってましたから、休んでたと言われれば、休んでました。あ、トイレに行きたいときだけ、あっちのコンビニでやりましたね」

「ああ…………あなたって、人は…………」

 肩を持つ手に力が入って、痛いくらいに、強く握られる。ここで痛いと言うのは簡単だ。でも、それを言うハスミ先輩が、あまりにも――悲しそうで。私は、何も言えずにいた。

 それがどのくらい続いただろう。やがてハスミ先輩は顔を左右に何度も振って、私を、まっすぐ見て。

「あなたは明らかに衰弱しています。まず、栄養を取りましょう。話は、そこからです。……少々、失礼します」

 そう言うが早いか、お腹がひゅん、と軽くなる感覚があった。かと思うと、一気に目線の位置が高くなって、背中と膝の裏に、温かい感覚があった。

「え、……あ、――――え!?」

「暴れないでください。丸二日も飲まず食わずでいた人を歩かせるのは、あまりにも酷というものです。居心地が悪いのは申し訳ないですが、我慢して下さい」

 ハスミ先輩にお姫様抱っこをされていると言うことに気づいたのは、階段を降り始めた辺りのことで。ただ暴れようにも上手く手足が動かせなかった私は、ハスミ先輩の顔を、下から見上げることしかできなかった。




仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第十六話です。

イチカと話をすべく、ハスミから住所を聞き出したミコはイチカの家へと向かう。
イチカの家にたどり着いたミコ。しかしインターホンを鳴らして、待てど暮らせど、扉が開く気配はない。
イチカと話がしたい。ミコはその一心で、イチカを待つことにして――。
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