私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。   作:みょん!

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第十七話 私の知らない、イチカ先輩の過去

「この時間でやっているお店はお酒を提供するところしかなく……こんな所ですみません」

 ハスミ先輩がそう言って私を降ろしてくれたのは、何回かお世話になったコンビニの、イートインスペースだった。

 時間が時間だからか、人は一人もいない。

「胃に優しい物を買ってきますから、ここでしばらく待っていてください」

 ハスミ先輩はそう言うや否や、席を立ってコンビニの中へと向かっていた。

 私は手は伸ばすものの、なぜか上手く声を出すことができず、その後ろ姿を目で追うだけで。

 やがてハスミ先輩は温かいスープとカロリー摂取用のビスケットと、飲み物を数本、そして携帯電話の予備バッテリーを持ってきて、私のテーブルの前に置いた。

「急に胃に物を入れると、かえって悪影響です。少しずつ、摂取してください」

 湯気が立つプラスチック製の器からは、コンソメの優しい香りが香ってくる。

 ――と、思った瞬間、ぐ、ぐぐぐぅ、と自分の方から、音がした。それまで、何も食べなくてもいいと思っていたはずなのに、急に体が生きることを思い出したように、私に色々と要求してくる。食べさせろと、飲ませろと、休ませろと。

「……いい、んですか」

「あなたに住所をお伝えした私の責任です。……まずは自身のことを労(いたわ)ってください」

 そう言われて、食べるように促される。

 プラスチック製の器を持って、スープに口を付ける。数日ぶりに物を口にしたせいか、咳き込んでしまった。ハスミ先輩に背中をさすられる。イチカ先輩とも違う、大きく、優しい手だった。

 スープとビスケット、飲み物なんて、昼休みに急いで食べれば五分も経たずに食べられるはずなのに、何度もつまり、咳き込み、食べ終えるまで、かなりの時間をかけてしまう。

 けれどそんな私を、ハスミ先輩は何も言わずに見守ってくれていた。

「もし話せるなら、で構いません。いくつか、お伺いしたいのですが」

「……はい、なんでも、どうぞ」

 ご飯と、私をここまで運んでくれたお礼であれば、何でも話せる気がした。

「あなたは。……どうして、そこまで、できるんですか? ……その、イチカに、対して」

「……それは、どういう、ことですか? イチカ先輩は、私がイチカ先輩に会ってから、ずっと憧れの方ですし、姉妹関係を結んでくれてますし……」

「その心は、どこから来るのか、という話です。言うなれば、ただの姉妹関係という部分だけであれば、一昨日に出されたものを理由に離れることもできる。でも、あなたはそれをしなかった。それどころか、丸二日も、飲まず食わずで、イチカの家の前に張り込んでいました。そんなことは、並大抵のことではできません。何がそこまで、あなたを突き動かすのですか」

 ハスミ先輩は、私を心配しているという感情と、私というものが分からない、という感情と、二つがあるように思える。ハスミ先輩から見て、私はそこまで、疑問に思うこと、なのだろうか。

「あなたは、集団に属して、集団に安寧を求めるタイプだと思っています」

「……え、いや、なんで、それを」

「正義実現委員会の副委員長として、全員を把握することは、義務ですから。だから、分からないのです。集団よりも、イチカを優先する、あなたの行動が」

 しれっとすごいことを言っている。私の事も――いや、当たっている。それは間違いなく、私だ。けれどそれは――イチカ先輩と、出会う前の私だ。

「イチカ先輩への、感謝、でしょうか」

「感謝、ですか」

「はい。ハスミ先輩が仰るとおり、私は集団に属して、その中にいることで安心しているタイプです。そこは、間違いありません。……いえ、でした、ですね」

 ご飯を食べたおかげか、ぼーっとしていた頭が、少しだけ動いてきた気がする。

「クラスメイト以外では、イチカ先輩が、初めて、私を見つけてくれて。イチカ先輩が、私をミコちゃんと呼んでくれた。私を、私と、認識してくれた。集団の、沢山の似た私たちの中から、『私』という存在を、見つけてくれたんです。私はそれが、嬉しかったんです。イチカ先輩が、私をミコちゃんと呼んでくれる度に、私は、自分に自信が持てるようになったんです。イチカ先輩のおかげで、今の私が、いるんです」

 気がつけば、私は手を強く握っていた。言葉が、次々と出てくる。

「イチカ先輩が、居なければ。今の私は、居ないんです。だから、今居ないイチカ先輩のために今の私を投げ打つことは、何も変なことじゃないでしょう? イチカ先輩を探せるのなら、私はなんだってしますし、どこにだって行きます。イチカ先輩のためなら、私は死ん」

「待ってください」

 ハスミ先輩の鋭い声が、響いた。

 ビクッと体が震える。言葉が、そこで止まる。

「それ以上は、ダメです。そこを聞いたら、イチカは、きっと悲しみます」

「…………ぁ、」

 言われて、気づいた。

 私は。私は、口が回るまま、なんて言った。私は、今……イチカ先輩のために、死ぬ、と言おうと、しなかったか。イチカ先輩が生きていることに、無事なことに、あれだけ安堵したのに。あれだけ、助けられたのに。私は、逆の、立場だったら……何、を――――

「ぁ…………あ。あぁ、ああぁぁぁ………………」

 私は、なんてことを。イチカ先輩が見つけてくれた、拾ってくれた、救ってくれた命を、私は、私、は――――。

「落ち着いて。大丈夫です。ここには、聞く人は私だけです。ミコさんを否定する人は、居ません。大丈夫です。ゆっくり、呼吸をしてください」

 ハスミ先輩は、ゆっくりと、背中をさすってくれる。

 その気持ちは、決して、無い訳では、ない。イチカ先輩のためだったら、私はなんだって、できるし、なんだって、やる。

 だけど、それは……私の中にだけ止めていく物で、決して、決して、表に出してはいけないもので――。

 言葉には、力がある。私は、過ちを犯すところだった。

 ハスミ先輩は、私を、助けてくれたんだ。

「ごめ、ん、なさい。……ごめん、なさい…………」

「あなたの体は、あなただけの物ではない――姉妹関係と言うものは、絆で結ばれた関係というものは、そういうものです。相手を大事に思うことと、そのために自分の身を無下に扱うことは、別です」

 ハスミ先輩は、私の頭を胸に優しく抱いて、そして、優しい声を、かけてくれる。

「今のあなたに厳しい言葉は控えるべきでしたが、個人として、そして正義実現委員会に所属する生徒として、止めざるを得ませんでした。申し訳ありません」

 ハスミ先輩に謝られると、私はどう反応したらいいか、分からない。

 ただ、言葉は出ないし、喉はさっきからひくっと鳴りっぱなしで言葉にならないから。私はハスミ先輩に抱かれるまま、涙が止まるのを、私の罪悪感が納まるのを、待ち続けた。

 

 

 

「すみ、ませんでした」

 ハスミ先輩から頂いたポケットティッシュひとつをまるまる使って、やっと泣き止んで、不安や焦りや後悔で、叫びだしそうになる心も、やっと、落ち着いた。

「いいんです。落ち着けて良かった。……あなたには、お伝えしなければいけないことがありますから」

 ハスミ先輩が体ごと私の方を向いて。そして口元にあった笑みも無くして、まっすぐに、私を見てきた。

 思わず、背筋が伸びる。体を、ハスミ先輩の方へと向ける。視線を少し上に。ハスミ先輩の顔へと視線を合わせる。

「お伝え、しなければいけないこと、……ですか?」

「はい。姉妹のあなたにお伝えしていない、イチカから止められている部分があります。先ほどの話を聞いて、お伝えできると判断しました。

 一昨日にあなたが見たイチカの状況に関するものなので、誤解のないよう、できるだけ早いうちにお伝えしたほうがよいと思ってますが……ただ、今のミコの状態ですと、日付を、改めてもいいと思っています」

「いえ」

 泣いたおかげで、自然と頭はすっきりとしていた。そして、イチカ先輩について知ってるのなら、ハスミ先輩であろうという予想はなんとなくあったから、その言葉自体に、驚くことはなかった。

「……今。聞きたいです。お願い、します」

「分かりました。少し、時間は遡るのですが――」

 覚悟を決めたように、ハスミ先輩は大きく息を吐いて、そして、話し始めた。

「去年の話です。イチカはトリニティ総合学園に入学し、間もなく正義実現委員会に入りました。イチカは純粋に人助けがしたい、との理由で入って、新入生らしく、キラキラとした純粋な生徒だという印象を持ちました。

 人当たりもよく、正義実現委員会自体は割と血気盛んな生徒も多い中、場をまとめ、場の空気を乱さないことに長けた生徒でした」

 そこは、私が知るイチカ先輩そのものだ。去年の頃からそうだったのだと思うと、今委員会室に入室を認められている、頷ける。

「夏休みが終わり、姉妹制度を結ぶ時期となった時。手を上げたのはその当時二年生の、あまり目立たない正義実現委員会の部員でした」

「――――え」

 思わず、声が出た。イチカ先輩と姉妹関係を結んだ人がいた? でもイチカ先輩はそんなことは一言も聞いて――。

「話は、その後です。イチカは『いいっすよ』の一言でその方と姉妹関係を結びました。……とは言え、積極的に何かをする、ということもなく、今のイチカとミコのような関係ではなく、時々お茶を飲む姿を見る、くらいの関係でした。

 その方は一応、私の同級生でもあるので、知らない人ではありませんでした。ただ、イチカと相性が良いかと言えば、良くも悪くもない、と言った印象でして……。イチカに聞いてみたのです、何故了承したのか、と。『誰でも良かったんすけど、まぁ最初に声をかけてくれて、面白そうだったんで』とのことでした」

 そういった関係もあるんだ、という感情と。イチカ先輩が私の同級生とお茶を飲んでいたことが頭を過ぎって、チクリと胸に痛みがあった。

 それから――ハスミ先輩の視線が、少し、下を向くのが分かった。

「その年の、秋口のことです。イチカとその姉が所属する班に出動命令がかかりました。出動要請の内容は、人質を取った上での、列車ジャックです。とあるテロリストが、トリニティの生徒が乗った車両一つ丸ごとを占拠しました。銃火器などの戦闘能力を全て奪った上で、人質を取っていました。

 イチカたちの班が突入した際、人質の交換を申し入れてきました。その人質となったのが――イチカの姉貴分の相手でした。

 それから、そのテロリストはイチカたちのやりとりを見ていたのでしょう、『そこのお前』と、イチカを呼んで、交渉に当たらせたのです。足元にイチカの姉を寝かせて、頭にライフル銃の銃口を突きつけた状態で、です。

 周りはツルギも含め血気盛んそうな生徒ばかりでしたから、イチカはやりやすい相手だと思ったのでしょう、交渉と言う名の、トリニティの生徒への罵詈雑言が飛び交っていた、と報告書にはありました。

 イチカに対しても、それはすごかったと言います。本人の容姿に始まり、しゃべり方、声色――それをイチカは顔色一つ変えなかったそうです。

 イチカは落ち着いて、人質を解放するように、と。テロリストの条件は飲めない、と。話しているうちに投降した方がいい、と、諭し続けていて。それから――何の前触れもなく、人質であるイチカの姉は撃たれました」

「――――」

 なんとなく、その時のイメージが、私がビルの中で見た映像と重なった。

「銃が暴発したのか、撃ちたくて撃ったのかは結局分からずじまいでしたが、テロリストはイチカの姉に処置をしないまま、血がみるみるうちに広がっていったそうです。

 イチカの様子が変わったのは、その直後でした。『もう無理。限界っす』と、そう言って」

「………………」

 その結果は、きっと。私が想像するものなんだろうな、と思う。

「予想は付くと思われますが、その通りです。人質を取っていたテロリストを殴り倒し、銃を奪い、転んだ相手の足を手足を撃ち抜き自由を奪い、その状態で相手の頭に残弾の限り打ち込んだ後、銃で殴打を繰り返しました。その時はまだ姉の意識が残っていたようで、イチカを呼ぶ声でハッと我に帰ったと思うと、姉を引き渡し、『ちょっとこっちには来ないでもらえるっすか』と一言残して、そのまま列車の操縦席方向へ向かって行きました。

 十数分後、イチカが誰かから奪った銃を手に戻ってきたときには、列車内は静かになっていて、『後はコイツをや(殺)って終わりっすね』と倒れていた交渉相手を再び撃とうとして、班の全員でそれを止めたそうです」

 ハスミ先輩の口から語られたことは、私があの日見た光景と重なった。

 声にならない声を上げて、動かない相手を銃で殴打する姿は。少なくとも、射撃訓練場や現場で見る、私が知るイチカ先輩とはまったく違った姿で。

「イチカの目が、あまりにも普段と違いすぎたので驚いた、と現場の部員はその後で証言していました。

 そして負傷したイチカの姉は病院に入院することになり――それから間もなくのことです、イチカとその方との姉妹関係解除申請書が提出されたのは」

「………………」

 病院で、きっと何かがあったんだろう、と思った。

 私とイチカ先輩の書類が出されたタイミングが、その話と一致しすぎている。ハスミ先輩が、私とイチカ先輩との解除申請を見て驚いたのはそういうことなのだろう、と思った。

「それから、イチカは誰とも姉妹関係を結んでいません。イチカのその時の様子については、箝口令(かんこうれい)が敷かれましたから、知る者は少数です。――まぁ、聞こうとしてもそのことについて話す人はいないでしょうけれど。

 それ以降、イチカは様々な方と交流をしているようでしたが、姉妹関係を結ぶまでには至っていません。また、イチカが変貌したときの様子は、一昨日がそれ以来初めて、とも聞いています。

 イチカは、そうあろうと努力して、今の姿であろうとしています。しかし、どうしようも無いときは、そうなってしまう、と」

 ハスミ先輩は、目を伏せたままそう言う。辛そうに言うのは、イチカ先輩のことを思ってのことなのだろう、と思う。

「イチカからは、こう言われています。

 『もしも、私の姿を見せてしまったときに、私の大事な人がショックを受けてるようなら、そのまま去らせてやってほしい。もし、それでも私を大切だと思ってくれる子が、もしいるのなら……私の話をしても、構わないっすよ。もし居ればっすけどね』と。

 試す形になってしまったのは、申し訳ありません。ただ、イチカの意志も尊重しようとすると、この形を取らざるを得なかった」

 顔を上げたハスミ先輩は、真摯な目をしてて、言う。

「あなたは、イチカに恐怖を覚えたのではなく、驚いた。話を聞く限り、そうですよね?」

「……はい。……その、イチカ先輩の、初めて見る様子でしたから。怖いと思う暇は、無かったです。ただ、びっくりしちゃって、それで、思考が止まってしまって……」

「おそらく、ミコの反応が、イチカの姉だった生徒が見せた反応と同じだったのでしょう。おそらく、その方と同じく、ミコさんも離れてしまうのだろう、と、そう思ってしまったんだと思います」

「そっ……そんな、いえ、私はそんなつもりで……っ!」

 立ち上がりかけるのを、ハスミ先輩から止められる。「落ち着いて」と優しく諭されて、沸騰しかけていた頭は、冷えていく。

「人の認識というのは、得てして重ならないものです。きっと今は、お互いが『こう思ってしまったんだろう』となってしまっている状態でしょう。誤解があるのなら、話すしか、方法はありません。――ミコ。あなたはこれまでの話を聞いて、あなたは今も、その気持ちは変わりませんか? イチカと、話したいと、思いますか?」

「当然、です。私の願いは、ずっと変わっていません。イチカ先輩と、話がしたい。イチカ先輩と、仲直りがしたい。――それだけです」

「分かりました。引き続き、イチカが居る場所の捜索を続けます。ですが」

 ハスミ先輩は、言葉を切る。

「ひとまず、あなたは今日は家に帰りなさい。そしてお風呂に入って、布団で寝なさい。――今イチカと会ったら、きっとイチカは驚きます」

「…………いえ、私は――。…………、はい、そう、します」

「聞き分けがいい生徒で助かります。イチカも、そんなあなたの部分を好いているのかもしれませんね。終電までは、まだ一時間ほどあります。もう少し体を休めてから、駅へ向かいましょう」

 飲み物を飲み終えて、帰り際に滋養に良いと言われる謎のドリンクを買って頂いて――気を失いそうなくらいマズかった――私はハスミ先輩に連れられて、コンビニを出る。いつの間に降り出していたのか、強い雨が降っていて、コンビニで傘を買い直した。ハスミ先輩は逆方向らしく、改札を潜(くぐ)ったところで別れた私は、列車に乗り込んだ。

 ここから私の最寄り駅までは、十二駅分。

 行き先案内を見て、ああ、これは寝たらかなり遠くまで連れて行かれる列車なんだな、と寝ないよう気を引き締めた、その瞬間。

 

 ――それは、鳴り響いた。

 

『ご乗車中のみなさまにお知らせいたします。先ほど、輸送中の貨物の一部に不審物が見当たりました。現在、乗務員が該当車両を確認するために動いております』

 やけにノイスが混じった声が、列車内に響く。

『そのため、お客様の安全を第一に考え、これよりお座席や車両間の移動、及びお手洗いの使用等、一切の行動を禁止とさせていただきます。緊急事態のため、従っていただきますようお願い申し上げます。なお従っていただけない場合、抵抗と判断し、武力で制圧いたします』

 

「…………へ?」

 私はそのアナウンスに、なんとなく、違和感を覚えた。




仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第十七話です。

ハスミから認められたミコは、イチカについての話を聞くこととなる。
全てを聞いたミコは、決意を込めてハスミに向けてはっきりと思いを告げる。

そして帰り道。
電車のアナウンスからは、不審な言葉が――?
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