私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。 作:みょん!
教室から外にあるごみ焼却場まで、歩いて十分はかかる。私はそこまでの道のりを、とぼとぼと歩いていた。
――なんで、私はここにいるんだろ。
思わず、そうこぼしたくなった。
「あーあ、なんでこうなんだろ……」
大きな大きなため息と共に、声が出た。もちろん、その声を聞いてくれる人なんていない。
私たちのクラスは、人数を四つに分けて、一週間交代で掃除をする仕組みを取っている。それはまだいい。
けれど最後のゴミ捨てを誰がやるという話になったときに、『お姉さまとの約束があるの』だとか『部活で先輩が来るまでに準備しなきゃいけない』だとか『追試がある』だとか『今日発売のスイーツ争奪戦に行かなきゃ』だとか様々な理由を付けられて、結局理由らしい理由がない私が行くこととなった。
私はそこで『理由があるのはみんな同じ。だったら全員で一回ずつやっていこうよ』と言えればいいのだけれど、そこで何も言えないのが私だ。今日は木曜日。そして今週通算四回目のゴミ捨てだ。
「……はぁ」
思わず、ため息だって出る。私だって、好きで流されたくて流されて生きているわけじゃない。でも上手く主張する方法を見つけられないから、ずっとこうなっているわけで――。
きっとこの生き方は変わんないんだろうな。ゴミ捨て通算記録が伸びていくんだろうな。はぁ……私もおいしいスイーツ食べたいし、皆がハマってるモモフレンズの音ゲーやりたい……。
やっとごみ焼却場にたどり着き、ごみ集約スペースに向けてゴミ箱を逆さにする。ばさばさと紙くずやら銃弾の空き箱やら空薬莢やらが落ちてくる。分別は……まぁいいや。最後にゴミ箱を上下に振ると、埃だけが落ちてきて周りに舞った。
「ごっほごほ。あーあ、このあとまた十分かけて歩いて、そこから委員会かぁ。……んー、ちょっと遅れるかも」
時計を見てそんなことを思いつつ、来た道を戻ろうとして。
「あ。ミコちゃーん!」
何やら、進行方向から声がするのが聞こえた。
誰かが誰かを大きい声で呼んでるな、とその時は思うだけだったのだけれど。
「…………ん、あれ?」
少しだけ歩いて、ふと足が止まった。――『ミコちゃん』って言っていなかった?
授業中は「359番」と学籍番号でしか呼ばれないし、私をミコだなんて呼ぶのは同じクラスの人くらいだから、掃除時間で誰もいなくなったこのタイミングで、私をそう呼ぶ人なんて居ないだろうと思っていたし、そもそも私が呼ばれること自体が少ないし――。
辺りを見回して、その声の主を探す。私と同じ背格好をした、黒い帽子を被った生徒の姿を探すけれど、どこにも居ない。似たような制服を着ている人は遠くにいるけれど、その人は黒色の翼を生やして、腕には腕章を付けている人で、正義実現委員会の、決して私たちとは縁がなさそうな人で――。
「ミコちゃんってばー。おーい、聞こえてるっすかー?」
「――――え?」
その人が手を振っているのが見えた。後ろを振り向く。誰もいない。
――もしかして、私?
自分を指差すと、こっちに歩いてくるその人がこくこくと頷くのが見えた。
「――――って、…………え、………………えぇぇ???」
しかもその人は、この間の出動で私たちに的確な指示をしてくれた、あのカッコいい、イチカ先輩その人で。
「ミコちゃんを探してたんすよ。やーっと見つけた」
私の目の前に来たその人は、私に向けて、そう言ったんだ。
「天気もいいことだし、一緒にお茶でもしないっすか?」
イチカ先輩は。腕に提げたバスケットを見せて、にひっと笑って見せた。
◇◇◇
我らがトリニティ総合学園は、言うなればお嬢さま学校だ。
つまり、至る所でお茶会が開かれる。そしてそのお茶会用として、学校の至る所にテーブルと椅子が置いてある。
「この場所、晴れの日に使うには絶好の穴場なんすよ」
「……はぁ」
「整理された裏庭が見渡せるし、風の通りもいいんで涼しいし」
「…………はぁ」
「あと人が少ない。私もハスミ先輩から教えてもらった場所なんすけど、やっぱここはいいとこっすよねぇ」
「………………はぁ」
イチカ先輩はお茶を入れながら話しかけてくれるけれど、私は指先ひとつ動かせないままで、返事も碌に返せないでいた。
――なんで、私はここにいるんだろ。
思わず、そうこぼしたくなった。
目の前にはティーポットを手にして、ティーカップに紅茶を注ぐイチカ先輩。
とぽぽぽ、と紅茶を注ぐ音が聞こえたと思った途端、ふわりと心地良い香りが漂ってくる。
「はい。冷めないうちにどうぞっすよ」
イチカ先輩が、私の前にティーカップと、スコーンを置いてくれる。先ほど感じた紅茶の香りが、より強くなって香ってきた。
「………………」
思わず頬を抓ってみた。痛かった。どうやら現実らしい。
正面にはイチカ先輩がいて、その前にも紅茶とスコーンが置かれている。
私が、イチカ先輩と、お茶会をしている――?
その事実を、私は未だに信じられないでいた。
「あっはっは。ミコちゃんは可愛いっすね」
私のおどおどわたわたしている姿がどこかおかしかったのか、イチカ先輩はからからと笑う。
「あ、変な意味じゃなくって。思っていた通り、かわいい反応してくれるんすね」
全然嫌みったらしくなく、イチカ先輩はそう言ってのける。そして、私の前に並んでいる紅茶とスコーンに向けて、手のひらで促す。
「ほら、紅茶冷めちゃうっすよ。スコーンも焼いたまんまのを持ってきたので、おいしいうちに食べてもらえると嬉しいっすね」
そう言われたなら、飲み食いしないのは逆に失礼に当たる。お茶会における作法なんて物はよく知らないので、ひとまず失礼に当たらないように、カップを持って、少しだけ冷まして――私は猫舌なのだ――一口。
「…………あ、おいし」
「よかった」
うわべではなく、純粋に心からの声が出た。
今まで家で飲んだティーバッグなんかでは逆立ちしても出てこないくらい、渋みのまったくない柔らかい風味。吐く息すらも気持ちがいい。良い茶葉、良い淹れ方をしているんだなってのが、一口飲んだだけで分かった。
「その顔が見れて、私は嬉しいっすよ」
イチカ先輩が頬杖を突いて目を細めて笑ってるのを見て、ここがイチカ先輩とのお茶会の場であることを頭が思い出した。その瞬間、胸の鼓動がうるさくなる。
「………………あ、そ、の……」
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
イチカ先輩はそう言うけれど、緊張しないでいられる方がおかしいと思う。
だって目の前にいるのは、あの日、出動したときに見た、あのカッコいいイチカ先輩で。あんな人になりたいなって思ったイチカ先輩で。
イチカ先輩とこんなことができようとは夢にも思っていなかったから。そりゃあ緊張だってする。
イチカ先輩がスコーンを食べ出すのを見て、クリームが先、ジャムが後なのを見て、その順番で塗って、食べる。サクッと軽い音がした。
「…………その」
「ん?」
イチカ先輩は半分に割ったスコーンにクリームとジャムを塗りながら、私の方に視線を向ける。何でも見透かしそうなその細目に、少しだけたじろぐけれど、勇気を出して、聞いてみる。
「イチカ先輩。……その、『ミコ』って……」
頭の中の言葉が変に混ざって、うまく言葉にできなかった。頭の中で『私のばかばか!』と自分が自分を罵倒する。
「……? ああ」
私に拙い言葉でも伝わったのかは分からないけれど、イチカ先輩は何回か頷いて見せて。
ざくっとスコーンを囓って、紅茶を一口飲んだ後、口を開く。
「この間の出動の後くらいっすかね、ちょおっとミコちゃんのことを見てたんすけど、周りの子が、ミコちゃんを『ミコ』って呼んでたんで、そう呼んでみたんすけど。……もしかして呼ばれたくない名前だったりするんすか?」
「い――――いえいえいえ! そういう訳じゃないんですけど!」
丁度私が校内でイチカ先輩に会ったときだ。その時、確かにクラスメイトが私をそう呼んでいたのは確かだ。
なのに――イチカ先輩がそれを聞いていて、覚えていて、その名前で呼んでくれたのが嬉しくて――。言葉が詰まって詰まって仕方が無かった。
「イチカ、先輩。…………その、なんで、わた、しが…………?」
それ以上のことは、喉まで出かかっていても、口から出ることはなかった。
――なんで私に声をかけてくれたんですか。いやその前に、なんで、私が私だと分かったんですか。
正義実現委員会の部員の中でも、自分で言うのもあれだけど、私は『そんじょそこらにいる一人』でしかないという自覚があるから。イチカ先輩が私を私だと認識してくれていたのが、嬉しくて、こそばゆくて、申し訳なくて、でも嬉しくて――。そう考えただけでも、胸が高鳴って仕方がない。思わず紅茶のティーカップで口元を隠してしまう。髪の毛で、視線を遮ってしまう。
「まー一言で言えば、ミコちゃんが気になった、ってところっすかね」
「…………、気に、なった」
言われるであろう言葉をいくつか頭の中で考えていたのだけれど、まったくもって想像もしていなかった言葉が聞こえて、思わず顔を上げる。イチカ先輩が頬杖を突いて、柔らかくほほえんでいるのが見えた。
「うん。そこなんすよね、ミコちゃんは」
「…………え?」
イチカ先輩がそう言って何回か頷いたかと思うと、椅子から立ち上がる。
そして、私の方へとやってきて、その手が、私の方へと伸びてきて――――
「――――っ!?」
何されるのかが全く分からなくて、思わず目を瞑ってしまう。
痛みとか衝撃とか、そういったものが来るんじゃないかって思えてしまって、顔に力を入れていると――額に、優しく触れられる感覚があった。痛みも衝撃も、無かった。
おそるおそる、目を開ける。
「…………――――――ぴっ!?」
イチカ先輩の顔が、すぐ近くにあった。
「うん、やっぱり」
視界いっぱいに、イチカ先輩の顔が見える。
「ミコちゃんは、目が綺麗っすよね」
イチカ先輩の優しげな声が、すぐ近くに聞こえた。
イチカ先輩の手が、視界の上の方にあって。そしてイチカ先輩の顔が、綺麗にはっきりと見える気がする。――いや、それは気のせいでもなんでもない。視界を被っていたはずの髪の毛が、全然視界に入ってきてないのだから、それは当然で。
イチカ先輩の手が、私の前髪を掬って上げているということに、その時になってやっと気づいた。私の顔も手も、体も全部が硬直してしまっていて、イチカ先輩の顔を見ていることしかできないでいた。
「この間の出動で、引きこもってた側がRPGぶっ放してきたじゃないすか。その時の爆風でミコちゃんの髪の毛がふわってなったのが見えたんすけど、その時に、『あ、目が綺麗だな』って思ったんすよ。こうやって近くで見て、あの時の私が見たのは、間違いじゃなかったんだなぁって思って」
「………………――――――」
目元をじぃっと見られて。『目が綺麗だ』ってイチカ先輩に言われて。
私は、どう言葉を返せばいいか、全然分からなくて。
ただ、私の胸の中には、漠然と、嬉しい、って気持ちが浮かんでいて。
それだけで胸がばくばくと音を立てるのが止められなくて。
「そっ…………そそそ、そう、なん、す、か」
「そ。そうなんすよ」
にひっと笑ったイチカ先輩は、そう言ったのを最後に、私の髪の毛を戻してくれる。そして頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
それはまるで。先生が生徒にするみたいに。親が子にするみたいに。お姉ちゃんが妹にするみたいに。そんな簡単な仕草ひとつなのだけれど。
私にはそれが。……なんだか、気持ちよくて、嬉しく思えた。
その後も、イチカ先輩とお話しながらお茶を頂いた。緊張は結局最後まで取れなくて、紅茶で舌を火傷しかけるし、全然お話も自然にできてなかったのだけれど。
イチカ先輩は、その様子を優しく見守ってくれていた。
本当に、夢みたいな時間に思えた。
◇◇◇
次の日。
当然と言うかなんというか――この日も私はゴミ捨てをやらされた。
他の皆は予定があるらしい。でも私だって予定を上げようとすればあるのだ。『正義実現委員会の詰め所に行く』という理由が。――口にできなかっただけで。
「…………現実、だった、んだよねぇ……。あれ…………」
昨日の出来事は、まるで夢みたいでふわふわしていた。正義実現委員会の詰め所にいれば、また出動命令が出てイチカ先輩に会えるんじゃ――という淡い期待が無い訳ではない。
だからゴミ箱を逆さにして底部分をぶん殴って、さぁ教室にゴミ箱を戻してすぐに正義実現委員会の詰め所に――と帰り道を歩き出した途端。
「――――」
その様子を、見てしまった。
イチカ先輩と、私に似た他の誰かが、お茶会のテーブルに一緒にいるところに。
「…………そっか。……そう、だよね」
私の頭を、鈍器か何かで殴られたような感覚があった。
――イチカ先輩も、いろんな人とお茶会するんだよね……。そう、だよね。
なんとなく、浮かれていた自分が馬鹿馬鹿しくなって。私は、自分の身を隠すようにして、教室に戻った。
当然ながら、教室には誰もいなかった。
◇◇◇
「――あれ、それって結構有名な話だって知らない?」
「へ?」
正義実現委員会の詰め所で、私は物理の課題をこなしていた。――のだけれど、さっき見た様子が全然頭から離れてくれない上に集中もできなくて、結局一緒に詰めていたクラスメイトと雑談をしていた。
そんな矢先、イチカ先輩の話題になった。イチカ先輩とお茶して夢みたいだなって思ってたら、次の日に別の人とお茶してるのを見て凹んだ、とか言う、なんだか自分の事のように聞いたことのある話の後に、そんなツッコミが別のクラスの人から入れられた。
「イチカ先輩って交友関係が広いから、割といろんな人ととっかえひっかえお茶会したりご飯食べてるって話。こっちのクラスじゃ、みんな知ってる話なんだけど」
「え、私それ聞いたことないけど……」
皆が分かったように頷き会う中、なんだか私だけ置いてけぼりになってる気がした。正直な言葉を口にすると、周りの子たちの視線が、なんだか同情めいたものに変わったのを感じた。
「ミコは見るからに純粋だから……。そういうのは敢えて言わなかっただけなのかも。私も言わなかったし」
「そうそう。ミコっちだから」
「ミコちゃんなら仕方ないよね」
「な……それってどういうことよー!」
バンッと机を両手で叩く。もちろんこれは演技だ。どちらかというと照れ隠しの側面の方が強い。――あと、なんとなく言われている意味も分かってしまうのがつらい。……いいもん、どうせ私は流されっぱなしの生徒ですよ。ふんだ。
「ミコがもしそうなったら、結構ショック受けるだろうなーって思っただけよ。ミコもいずれイチカ先輩の毒牙に掛かっちゃうかもしんないけどさ。イチカ先輩はそういうもんだって思った方がいいよ。本気にしたら火傷の元ってね」
「そーそー、ミコちゃん、割と思い込みがちだし」
「………………あ、あはは…………」
そんな流れの中で、
――つい昨日、お茶に誘われたばかりだし、ほんのついさっき、その様子を見ちゃって大絶賛凹んでるんだけどね……。
とは言えなかった。
「…………えぇ、と」
「ん? ミコ、何か予習で分かんないとこでもある?」
「……いや、そっちじゃない、んだけど。…………う、ごめん、なんでもない」
イチカ先輩自身が悪く言われているのが、私としてはもやもやするのだけれど。ここにいる皆が同じような考えを持っているから、ここで下手に「イチカ先輩は、そんなんじゃないと思う。みんな、噂ばっかりで先輩をちゃんと見てないよ」なんて言った日には――おそらく総スカンを食らっちゃうだろう、とはっきりと分かる。
――かと言って、私が見たイチカ先輩の様子が頭から消えるわけでもなく。皆のイチカ先輩の噂が無くなるわけでもなく。
「…………」
胸に深い棘が刺さったまま、私はその場に居続けることしかできなかった。
仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第二話です。
ミコちゃんとイチカ先輩がお茶会をします。
まるで夢のような光景にはわはわしっぱなしなミコちゃんは、その次の日――。