私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。   作:みょん!

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第二十話 それは、なかったことに

 次に私が目が覚めたのは、この前と同じ、聖テレサ病院の病室だった。

 ただし、今度は以前の部屋よりもかなり広い所で。……なんとも身分不相応な扱いを受けていた。

 目を覚ましたときには、隣にイチカ先輩がいて。手に感じる温かさと柔らかさで、生きている感覚があるのを確認して。――そしてやっぱり、盛大に怒られた。

 今はそれなりに時間が経って、ひとまず体は起こせるくらいまで回復していた。その間、ずっとイチカ先輩は病室にいてくれていた。

「…………私、ずっとここにいますけど。…………いい、んでしょうか?」

「そのくらい受けて然るべきのことをしたんすよ、ミコちゃんは」

 今日もイチカ先輩は私のベッドの隣に居て、果物ナイフでリンゴを器用に剥いていた。

「はい、ウサちゃんリンゴっすよ」

 渡された紙皿の上には、切り分けられたリンゴが、兎の耳を作っていた。

「わぁ。……食べるのが、もったいないです」

「そのままだと悪くなっちゃうんで、見て満足したら食べてほしいっすね」

「はい。……頂きます、イチカ先輩」

「どうぞ、召し上がれ」

 爪楊枝に刺さったリンゴを、一切れ食べる。口いっぱいにほんのりと酸っぱい風味と、たっぷり入った蜜の爽やかな甘さで、思わず口元がゆるんだ。

 

 目が覚めて、それなりに時間が経った後、病室の中で事情聴取が行われた。

 ハスミ先輩の他、イチカ先輩も同席してくれたのは、音声を全て聞いてくれていた、ということだけれど――それ以上に私を守ってくれるため、という理由があったんだと思う。

 

 事のあらましは、こうだった。

 列車をジャックした輩は、乗客を拉致し、労働力の足しにしようとした。

 作戦が失敗したときのために、電車上部に爆薬を大量に仕掛けていた。

 首謀者の意識が無くなってからの時限式で、爆薬が炸裂するようになっていた。

 各車両に仕掛けられている爆薬が起爆したものの、雨で湿気て起爆しなかったものが多かった。

 爆発により車両は大破し脱線。私含め五両目にいた生徒が一番被害を受けた。

 仕掛けられた爆薬の量に反して、死者ゼロ。

 私の措置については、人質になっていたティーパーティ所属の子がその姉と共に正義実現委員会に掛け合ってくれたため、お咎めはなし。それどころか報償が検討されている。

 とのことだった。

 

 私はと言えば。

 爆発の衝撃で制服の防護が切れた状態で、折れた電柱が運悪く体の上に落下。助け出されたのものの、骨折やら全身打撲やらで入院一月の診断。思った以上に重傷だった。

 けれど救護騎士団の治療のおかげで、今はやっと体を起こせるくらいにまで回復した。

 ――そして。

「姉妹関係解除申請書の書類、ハスミ先輩が持っててくれて助かったっすね。そうじゃなきゃ、私もミコちゃんのお世話という理由でお休み貰えなかったっすからね」

 イチカ先輩は、姉妹関係解除申請をハスミ先輩の前でビリビリに破って「やっぱり、なかったことにしてもらっていいっすか?」と言ってくれて。今も変わらず、私と姉妹関係を結んでくれていた。

 それが私には、何よりも嬉しかった。

「イチカ先輩は、……よかった、んですか? こう、学業とか、正義実現委員会のお仕事とか、優先しなきゃいけないこと、一杯ありますよね……?」

 ふと気になったことを言ってみた。

 イチカ先輩は、珍しく目を開けて、ぱちくりと何度か瞬きをして、それからふふ、と吹き出すように笑ってから、優しい顔を見せる。

「可愛い可愛い妹分が、あんなに頑張ってくれたんすよ? しかも、嬉しい事まで言ってくれて。そんなのされたら、ずっとずっとお世話したくなっちゃうじゃないすか。

 私は、入院してても、入院が終わっても、ミコちゃんを大事にしてあげるって決めたんすよ。だから、何よりも優先すべきはミコちゃんのこと。だからそこは気にしなくっても大丈夫っすよ」

「…………」

 目をぱちくりとさせるのは、今度は私の方だった。

 ええと、今言われたことを少しだけよく考えてみる。そのまま聞き流しちゃいけない所があった気がする。

 ええっと、イチカ先輩、今、ずっとずっと、お世話って、言いましたか。

「…………イチカ先輩。それって、どういう……?」

「ああ、決めただけで言ってなかったっすね」

 ぽん、と手を打って、そしてイチカ先輩は、私の方をまっすぐに見て、言う。

「ミコちゃんは、私がああなっても、私をまったく否定しなかった。変わらず、私をイチカ先輩と呼び続けてくれた。私がミコちゃんを突き放しても、ミコちゃんは、私をずっと、見てくれていた。

 ――私には、それが嬉しかったし、救われた気がしたんすよ。私を、認めてくれる人が居てくれたんだって。私のために、頑張ってくれる人がいるんだって。泣きそうなくらい、嬉しかった」

 だから、とイチカ先輩は言う。

「私は、ミコちゃんを大事にするって決めた。これからも姉妹関係だし、ずっと、一緒に居ることをここに誓うっす」

「…………」

 ――誓う、って……。

 なんだか、すごく恥ずかしい事を言われた気がした。

「と、いうことで」

 いたずらっ子が浮かべるような顔をして、イチカ先輩は言う。

「ミコちゃんの引っ越し準備、手配しといたんで。退院明けすぐ、ミコちゃんの実家で引っ越し作業っすよ」

「…………へ?」

 んん? なんだか話の前後が分からなくなった。

「学校には、ミコちゃんの住所変更書類は提出済みっす」

「……住所変更? 引っ越し?」

「来月から、ルームシェアっすよ。私と」

「――――へ? え?」

 話の展開について行けない。

「実家のお父様とお母様には挨拶済みっす。ミコちゃんと、住ませてくださいって。お二人とも、『あんな子でよかったら』って快諾してくれたっすよ」

 何やってんのお父さん、お母さん!

「私がミコちゃんに怪我させちゃったのは、あの時も、今回も、結局、私のせいでもあるんすよ。それでも、ミコちゃんを大事にしなきゃ、ミコちゃんにこれ以上嫌な思いさせないようにしなきゃって、ミコちゃんを守ってあげなきゃって。そう思ったら、天啓が降りたんすよね。そっか、ミコちゃんと一緒に住めば解決だって」

「………………」

 そっか、じゃないんですけど。

「ああ、ハスミ先輩にも、ツルギ委員長にも承諾済みっすよ。仲良くしてくれればそれでいい、らしいっす」

 ……ああ、なんだかいつの間にか埋まっている気がする。というか、完全に埋め立て済みだった。

 あとは、攻められる城のわたしがあるだけ。

「えーと、イチカ先輩。……すみません、急な話で、ちょっと混乱しちゃって。……あの、イチカ先輩は、いいんですか? その、私、なんか、で」

「――――」

 イチカ先輩の顔から、笑みが消えた。真顔になって、膝の上で組んでいた手を解いて、そして、イチカ先輩は立ち上がって、そして、私の寝ているベッドの縁へ。

 ぺちん、と私の両頬に、イチカ先輩の手が添えられた。柔らかくて、温かい手。その手に少し力が入れられて、直接私とイチカ先輩の顔がまっすぐに向かい合った。

「私は、ミコちゃんがいいんすよ。正義実現委員会に所属する生徒の、誰でもない、ミコちゃんがいいんすよ。なんか、じゃない。ミコちゃんが、いい」

 イチカ先輩の額が、私のおでこに当てられる。

「ミコちゃんが、私をずっと、信じてくれてた。そんなミコちゃんが、私には大事なんだって、やっと、やっと、気づけたんすよ。急いで探す必要はなくって、すぐ近くにあったのに――私は、それに気づくのが遅れて、二回もミコちゃんを怪我させちゃって」

 イチカ先輩の、静かな声が、すぐ近くから聞こえる。

 イチカ先輩の、確かな体温が、私に伝わってくる。

「一応、責任は感じてるんすよ。だから、もう、ミコちゃんを離しちゃいけないって、私の手の届くところにいて欲しいって、そう思ったから、そうしようって、決めたんすよ」

 イチカ先輩の心からの願いが、伝わってくる。

「ミコちゃんは……嫌、……っすか?」

 イチカ先輩は、顔を離して、私の目をじいっと見つめる。

 そんな、捨てられる直前の仔犬みたいな顔をしないでほしい。イチカ先輩は、いつも自信ありげに、胸を張ってて欲しい。

「…………嫌なわけ……、ない、じゃないですか」

 首を横に振ってから、イチカ先輩の手の上に、私の手を重ねる。イチカ先輩の手が、小さく震えていたのが、その時初めて分かった。……イチカ先輩だって、一人の生徒なんだって、不安にもなる一人の人間なんだって、改めて思う。

「イチカ先輩は、私が一番憧れる、一番大好きな、先輩です。ただの生徒の私を、私の事を見つけてくれた、救世主です。私の目を綺麗と言ってくれて。私の怪我があっても、それもミコちゃんと、言って、くれ……た、大好き、な、大好きな、先輩……っ、です」

 言ってて、涙が出てきた。

 私を私だと言ってくれた。醜いところも全て認めてくれた、初めての人が、イチカ先輩で。

 私は最初にその姿を見てから、ずっと、どんなときでも、憧れ続けた、先輩で。

 今までだって、大好きだった。

 これからだって、ずっと大好きだ。

 嫌なわけない。嬉しい。――でも、涙が、止められない。

 言葉が、涙でかき消されて、出て、こない。

「だから…………、だか、ら…………っ、こ、こち、……らこ、……そっ……~~~~、」

「あぁ、もう」

 歯を食いしばってないと、嗚咽が止まらなくなって。どれだけ瞬きをしても、イチカ先輩の顔がすぐに見えなくなって。

 もう声もまともに出せなくなって、涙しか出てこない。顔を上げているのも辛くなって、下を向いていると、イチカ先輩の優しい声が、頭の上から降ってくる。

「涙声で言われちゃうと、私が悪いことしたみたいじゃないっすか」

 そう言って、私の顔を上げさせたイチカ先輩は。

 私の前髪を掻上げて、指で、私の涙を拭ってくれて。

 額の傷に目が行くことなく、私に向けて、笑いかける。

「返事を貰うなら。笑顔の、可愛いミコちゃんから貰いたいっすね」

 そんな、歯の浮くような言葉を、全然恥ずかしげもなく、言ってのける。

 髪で被われた視界ではなく、クリアな視界で、イチカ先輩の顔が見える。

「さ、気持ちを落ち着けるには深呼吸っすよ。さ、吸って、吐いて」

 すぅ。はぁ。大きく、呼吸をして。目を瞑って、開いて。

 目を開ける。イチカ先輩の細められた目が、嬉しそうに横に広がる。

「――――」

 この先の言葉を言えば、それで私の全てが変わる。

 けれど私は、自分の意志で、その言葉を、言う。

「こちらこそ、よろしく、お願いしますね、イチカ先輩」

「~~~~~~」

 イチカ先輩の赤いリボンが、元は私のが、近くなる。背中に、手が回される。ぎゅう、と、力強く、イチカ先輩に抱きしめられる。イチカ先輩の優しい匂いが、香ってくる。

「一緒っすからね。ミコちゃんが嫌って言うまで、離さないっすからね」

 そう、優しい声で囁かれたら。

 安心感で、また、涙が出てきて。

「…………ぁ、…………~~~~~~っ」

 もう、声を抑えることは、できなかった。




仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第二十話です。

再び入院生活に戻ったミコ。しかし隣には、いつも姉であるイチカの姿があった。
『姉妹制度解約申請書』を破って捨てたイチカの胸には、ミコのイニシャルが刺繍されたリボンが結ばれている。

入院生活も慣れたある日、イチカからとんでもない提案をされて――?
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