私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。 作:みょん!
「ほらほらミコちゃん、こっちっすよ」
私はイチカ先輩に引かれるがまま、今日も正義実現委員会の委員会室に連れてこられていた。
――結局、私はあの日、イチカ先輩の提案に、首を縦に振った。
これは比喩じゃなくて、実際のところは言葉が全然口から出てこなくって、そうするしかできなかったというのが正しい。
提案された直後は、嬉しいのと、私でいいのかって疑問と、クラスメイトの目の心配と、その他もろもろが頭の中でせめぎ合いまくってたのだけれど、「私は、ミコちゃんとお昼が食べたいんすよ」の言葉でトドメを刺された。
私の中にあった不安を、イチカ先輩の言葉が全て吹き飛ばしてくれて、私の中には嬉しいだけが残った。――単純だと言われればそうだけど。これが私だしな、って思う。
そして今日も、私を連れたイチカ先輩は扉を開けて、委員会室に我が物顔で入っていく。もうここには、片手で数えられるくらいには来ているのだけれど――それでも、私なんかが入っていいのかと、毎回不安になる。
「何してるんすか、ミコちゃん。お昼時間が逃げて行っちゃうっすよ」
部屋の中からイチカ先輩が私に向けて手を伸ばす。ここで逃げようものなら逆に失礼に当たるから、結局のところは入るしかないのだけれど――。
……う。
部屋に入った瞬間、目に入ったのはハスミ先輩とマシロさんの興味深そうな視線。そしてもうひとつ。
…………ううぅぅぅ……。
ツルギ先輩の、今にも人を殺してしまいそうな、視線。
正直言って、あの人は怖い。一度も言葉を交わしたことはないけど、怖いものは怖いのだ。
思わず、手を取ってくれたイチカ先輩の手を強く握りしめてしまう。イチカ先輩が私の頭を帽子越しに撫でてくれる感触で、やっと心のざわつきが収まっていく。
「……ありがとう、ございます」
「いいってことっすよ。さ、ごはんごはん」
端の机に並んで座り、朝にコンビニで買っていたパンと飲み物を机の上に置く。緊張は相変わらずめちゃくちゃする。でも、イチカ先輩が隣にいてくれる安心感のおかげで、それも少しはマシになった。あんぱんを囓る。うん、今日もごはんがおいしい。
「イチカ、その、最近一緒にいるその子のことなんですけど」
「なんすか? ――ミコちゃんは私のっすよ。いくらハスミ先輩でも渡さないっすよ」
あんパンをかじりながら、ふと、窓際の席から凜とした声が聞こえてくる。――かと思うと、イチカ先輩は私の肩に手を置いて、ぐい、と引き寄せてきた。思わずあんパンを落とすかと思った。
「ぴゃっ!?」
イチカ先輩の顔がすぐ近くにあって、急に心臓がうるさくなる。え、何々私何かした!?
「取ったりしませんから、安心してください。……いえ、そうではなく。イチカ、先日相談を頂いた件、まだ書類を頂いてませんよね?」
「……んー? ああ、忘れてたっす」
私の頭の上で、ぽん、と手を打った音がしたかと思うと、イチカ先輩は立ち上がって部屋の隅の方へ。そして何やら紙とペンを手にして戻ってきた。
机の上にそれを置いて、さらさらと紙に何かを書いて、そしてその紙を私の方へと手渡してくる。四角い枠の中には、イチカ先輩のフルネームが書かれていた。
「ミコちゃん、ここに名前書いて」
「へ? なんですかこれ」
いきなり名前を書いて、と言われて、私は嫌な予感がした。フルネームを書かなきゃいけない書類ってのは、得てして碌でもないものだ。例えば借金の連帯保証人とか、臓器の売買承諾書とか――。
とは言え、ここは正義実現委員会の委員会室で、かつ書くように言ったのはイチカ先輩。変な物ではないだろうと信頼はしつつも、失礼ながら聞かないわけにはいかなかった。
「姉妹制度申請書っす。なーんも怖くない、ただの宣誓書っすよ」
「……へ? しまい、せいどって……、なん、ですか?」
「……? ああ、ミコちゃん、もしかしてこの制度のこと知らないんすか?」
「…………は、い」
『姉妹制度(しまいせいど)』という初めて聞く言葉に、私は首を傾げることしかできなかった。
「えっと、トリニティ総合学園(うち)って、割と伝統がある学校だってのはミコちゃんも分かってると思うんすけど、その中に『姉妹制度』ってのがあるんすよ。一年生と二年生が姉妹の誓いを結んで、一緒になることを表立って宣誓するってやつっす。まぁ公的なあれこれがあるわけじゃなくて、お世話したりお世話されたりするっていう、先輩と後輩の関係がちょっとだけ近くなった感じっすね」
「へー、そんなのがあるんですか。知らなかった」
「そりゃあ、一年生の子で知ってる子はほとんどいないと思うっすよ。正式には夏休みが終わったあたりから話が出るやつっすから。で、これはその申請書っす」
「へー。………………へ、ぇぇぇえええええ!?」
姉妹制度。一緒になることの宣誓。イチカ先輩の名前が書かれた書類。『ここに名前書いて』と言われた私。
ぽくぽくぽく、と頭の中で何かが繋がりそうになって。
ちーん、と全てが私の頭で繋がった瞬間――私は無意識に叫んでいた。
「なんなんすか急に大声あげたりして」
落ち着きはらったイチカ先輩が、私を見て首を傾げるのが見える。そんな冷静に私を見ないでください。これはつまり、そういうことで。
「そりゃあ上げたくもなりますよ! ここに名前書くって、そしたらイチカ先輩と私が姉妹の宣誓をするってことじゃないですか!?」
「そっすよ?」
しれっと言う。なんであなたはそんなに冷静なんですか。私の頭はいっぱいいっぱいになっていると言うのに!
「そっすよ? じゃないですよ! イチカ先輩と一緒って! ……その、どういうことですか!?」
「だからそういうことっすよ。私は、ミコちゃんと一緒に居たい。だから姉妹制度申請書を書いて出したい。ね?」
ね、簡単でしょ? とでも言うようにイチカ先輩は言う。
名前を書くのは簡単で、ほんの数秒あれば事足りる。けれどこの書類に名前を書くということは、あまりにも重要なことで。本当に、ほんっとうに、何でもない、ただの生徒の私が、あのイチカ先輩と、姉妹の誓いを結ぶ。それがどれだけ重要で、それがどれだけ事件かなんてことは、火を見るよりも明らかすぎて。……なんだか頭が痛くなってきた。あと胸も苦しい。
「え、と……えぇぇぇっと…………」
「ミコちゃんは、私は嫌っすか?」
「……え」
まっすぐな、イチカ先輩の顔が見える。そのどこか不安そうな顔は――私は今まで見たことがなかったもので。
「私は、ミコちゃんと姉妹の誓いを結んでもいいって思ってるっすよ。ミコちゃんの反応は見てて面白いし、一緒にいたいなって思う。前も言ったと思うんすけど、他の子とは違う、ミコちゃんだけの良さがある。私はそう思って、ミコちゃんにこの書類を見せてるんすよ。
『適当に』、『そんじょそこらの人に』、『とっかえひっかえ』、話してるわけじゃないんすよ」
「――――」
私は気づいてしまった。イチカ先輩は、他の噂好きな一年生が言っているイチカ先輩像を、知ってるんだって。その言葉は、どれもこれも、クラスメイトや、同じ学年の子たちから聞いたことがある言葉たちだ。
イチカ先輩は、それを敢えて言っている。そのどれもではないのだと言ってくれている。
「……そりゃあ、ミコちゃんを知ったのは、確かに、一緒に出動したときに見かけて、気になったってのがきっかけなのは否定しないっすよ。でも、私の気持ちは、今言った通りっす。
……ミコちゃんとしては、どう、なんすか?」
――その質問は、ずるい。
イチカ先輩の目はいつも細められてるから、視線の向きなどは大体読み取れない。
けど、今のイチカ先輩は、間違いなく上目遣いで、不安そうな目をしているってのが分かる。
「――――」
私だって、イチカ先輩が嫌いなわけじゃない。イチカ先輩に憧れていて、むしろ今こうやってイチカ先輩とやりとりをしていること自体、夢なんじゃないかって思えるくらい、幸せに思える。
だからこそ、イチカ先輩の方が、迷惑なんじゃないかって思ってしまう。
私なんか、と思ってしまう。
「イチカ、先輩は……。私なんかで、いいんですか?」
そんな、卑怯な聞き方をしてしまう。
自分自身に自信が無いから。自分自身は他の誰かに代用できる存在だから。自分自身に個はないから。
私なんかを選んで、いいんですか――と。
「そんなの当然、いいに決まってるっすよ!」
そんな卑怯な質問をしているにも関わらず。イチカ先輩は二つ返事で答えを返してくれる。
その一言が、私の不安をひとつ残らず吹き飛ばしてくれた。
「…………――――――」
私は、その気持ちだけで、十分だった。
顔を上げる。ハスミ先輩とマシロさんとツルギ先輩の視線を感じる。
けど、今は――少しだけ、胸を張ってその視線を受け止められる気がする。
イチカ先輩と、私がいて。そしてこの状況に至るまでのやり取りを聞いている人が三人もいて。状況証拠も揃ってる。
――あとは、私の心ひとつで。
「ふつつかものですが。……よろしく、お願いします。…………イチカ先輩」
「こちらこそ、っすよ!」
自分のフルネームを書く手は、少しだけ震えてしまっていた。
「それじゃ、お互いの持ち物を交換すれば、っと……。んーと、制服のリボン、でいいっすかね?」
イチカ先輩は、そう言うやいなや手際よく自分の胸もとのリボンを外したかと、思うと。
私の前にしゃがんだかと思うと、私に向けて、腕を、近づけて――
「――――~~~~っ!」
「暴れないで。変になっちゃうっすからね」
――それは無理な話ですよイチカ先輩!?
イチカ先輩が私のすぐ近くにいる。私の首の後ろに手を回して、リボンを付けてくれているのは分かるけれど。
――イチカ先輩が近い、イチカ先輩が近い、イチカ先輩が近い!!!
イチカ先輩の香水みたいな甘い香りが香ってきて、変に胸がうるさくなる。顔が近いのも悪さをしていて、ちょっと視線を上げると、ばっちりとイチカ先輩と目が合ってしまう。
「――――ふふ」
すぐ近くで、イチカ先輩が笑う。それを見て、もっと心臓がうるさくなって、顔も嫌ってほどに熱くなる。
「…………よし、できたっすね」
満足そうに頷いたイチカ先輩は、立ち上がったかと思うと。私の胸に付いていた割と新しめのリボンを、手際よく付ける。
ついさっきまで私の胸に付いていたリボンが、イチカ先輩の胸もとに。
そしてイチカ先輩の胸に付いていたリボンが、私の胸もとに装着される。
「……へへ。これで私とミコちゃんは一緒っすね!」
そう、嬉しそうにはにかむイチカ先輩を見て。
きっと私の顔は、釣られて笑っているのだろう、と思えた。
仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第四話です。
なし崩し的にイチカとお昼をいっしょに食べることとなったミコは、ある日、書類に名前を書くように言われる。フルネームの記入を求められたその書類には――。