私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。 作:みょん!
授業が終わり、ホームルームが終わり、放課後の時間がやってきた。
今週は掃除当番ではないので、そのまま正義実現委員会に向かうだけ、なのだけれど。
「…………?」
やけに廊下の方がざわついているのが聞こえた。
なにやら賑やかな声と、甲高い声と。あと廊下に盛大な人だかりが見える。
誰か珍しい人でも来ているのだろうかな、と思うけれど、どうせ自分には関係ないだろうし――と思いつつ、人だかりとは逆方向の教室後ろからのルートで帰ろうとして。
「ミコちゃん!」
私を呼ぶ声がした。そして「きゃーっ!」と悲鳴のような声が広がる。
「――――」
その声は私が最近よく聞くようになった声で。あの方の声は静かながらも、遠くまでよく通る声で。その声は、はっきりと私の耳に届く。――それと同時に、心臓の音が大きく高鳴った。
振り返る。
――なんでここにいるんですかあなたは!?
教室の前の入り口前に、私が想像した通りの、人がいた。
「いたいた。さ、ミコちゃん、委員会に行くっすよ」
そう言いながら、イチカ先輩は廊下を歩いて私の方へとやってくる。廊下に集まっていた人だかりが、イチカ先輩の進行ルートだけが開いていく。こういうのをモーセの奇跡と言うのだったっけ、と頭の中で考えているうちに、まっすぐに私の方へと来て、そして私の手を取った。
「え、ちょ、イチカせ――――」
そして何が何だか分からない私をよそに、校舎出口へと歩き出す。もちろん、私の手を繋いだままで。
背後から聞こえる様々な悲鳴やらなにやらは、聞かなかったことにした。
「…………その、イチカ先輩」
「なんすか?」
校舎を出て、別棟へと向かう道すがら。やっと周りに人がいなくなったのを見計らって私は声をかける。
それまでずっとイチカ先輩は私の手を握りっぱなしで、声が出せる状況じゃなかったとも言える。
「……どうして、わざわざ教室までいらっしゃったんですか? 先輩に来ていただかなくても、私は委員会に行きますよ。特にやることもありませんし」
「やー、教室にいるミコちゃんってどんな感じかなーって見てみたくて」
「…………」
思い返せば、ホームルームの間から廊下がざわついていた気がする。……もしかしたら、その時点から教室の中を見られていたのかもしれない。
まぁ、真面目に先生の話を聞いていただけだから、変なところを見せなかったと思うし、イチカ先輩を幻滅させたりはしなかったとは思う。
「えーと、……それだけ、ですか?」
「それだけっすよ。……あー、強いて言うなら、私が一年生の時の教室がそこだったんで、今年はどんなクラスかなーって思ったくらいっすかね。ま、一年じゃあんま変わってなかったっすけど」
「………………そ、ですか」
興味本位、という割とどうでもいい理由だった。心配して、というか色々考えて損した。
イチカ先輩らしいといってはらしいのだけれど、少しだけ、ほんの少しだけ、私の方も気にしてほしい。
私はクラスの中では目立たず沈まず、空気のように溶け込んでいたはずで。明日のクラスメイトたちの質問攻めが割と本気で怖いのだけれど、イチカ先輩はきっとそういうのは気にしないんだろうな、と思う。
「……それとも、ミコちゃんとしては、迷惑だった、っすかね? はは……」
イチカ先輩の声がして、ふと顔を上げる。頬を掻いて困ったように笑うイチカ先輩がそこにいた。
見た目は変わっていない――とは言っても、イチカ先輩の表情が変わったところは見たこと無いし、想像もできないのだけれど――のに、どこか、イチカ先輩が纏う空気が、違うような気がした。いつもの飄々としたものじゃなくて、何というか、迷子になったちっちゃい子どもみたいな、そんな――――。
「…………いえ」
覚えた違和感について頭が回り出すよりも先に、私の口からは否定の言葉が出ていた。
「大丈夫です。びっくりはしましたけど、迷惑とかじゃないです。――大体、もうクラスの皆にバレちゃったんだったら、もう隠す必要もないですし。かえって、来ていただいてよかったです」
それに――イチカ先輩ならそういうことをやりそうだな、と思ったことも、嘘じゃないし。なにより、イチカ先輩らしくない様子にさせちゃってるって事実が一番、私の胸をきゅっと締め付けていた。イチカ先輩に、お姉ちゃんに、そんな顔をさせるのは、妹失格だって思ったから。
だから、言う。『来てくれてよかったです』、と
「そ、か。――なら、よかったっすね!」
イチカ先輩の纏っていた空気が、いつものものに戻った気がした。
「なら、お昼と放課後は、ミコちゃんのクラスに来ていいってことっすよね?」
そして、いたずらっ子が浮かべるような顔をして、そんなことを言う。
「…………え、っと。先輩に来ていただくのは流石に大変かと思うので、待ち合わせにしませんか、せめて」
「二回に一回」
「……いえ、回数の問題ではなく……」
「なら三回に一回!」
「…………分かりました。先輩がよいというのなら、どうぞ」
「交渉成立っすね!」
――交渉でもなんでもなかったですけどね。
胸の前で拳を握りしめて喜ぶ、イチカ先輩という姿。
今のイチカ先輩の様子をクラスの人に言ったら、一体何人の人が信じてくれるんだろう、とふとそんなことを思う。それまで外側から見てきた、カッコよくて頼れる先輩の姿と、今の私にとってのお姉ちゃんの姿と。そのどちらも、紛れもなくイチカ先輩で。その片方だけは私だけが見られてるのだと思うと、口元に笑みが浮かんでしまう。
「……ああ、そういえば。ミコちゃんミコちゃん」
思い出したようにイチカ先輩は手を打って、それから少しだけ屈んで、私とまっすぐに目を合わせる。
「……っ、なん、ですか」
突然顔が近くなって、ちょっとだけ仰け反ってしまう。結構な時間一緒に居ても、この距離は、まだ平常心ではいられない。
「私とミコちゃんは、姉妹の誓いを結んだわけじゃないすか。つまり姉と妹の関係ってことっすよ」
「そう、ですね。物も交換しましたし」
突然何を言い出すんだろう、と疑問に思っていると、イチカ先輩はにぃぃぃっと笑みを深くして。
「そしたらミコちゃん、私を『お姉ちゃん』って呼んでくれてもいいってことっすよね」
「…………な、…………な、なななにを言うんですか急に!?」
言われたことを頭で理解するまで、ほんの少し時間を使って。
その意味が分かった瞬間、一気に顔が熱くなるのが分かった。冷凍庫から一気にサウナの部屋に入ったみたいに、熱いし心臓まで一気に大きく鳴り始める。
「『イチカ先輩」ってミコちゃんに呼ばれるのも、それはそれでくすぐったくて好きなんすけど、やっぱり姉妹となったからには「お姉ちゃん」って呼ばれてみたいって気持ちもあるんすよね」
あるんすよね、じゃなく! イチカ先輩はそう軽く言うけれど、私はそんな軽くなくて。ほんの一瞬、そう呼ぶ私を想像した瞬間、頭が爆発した。無理だ。無理です。無理すぎる。
「…………え、………………いや、え、っと、その…………」
恥ずかしすぎて無理です、とは言えなくて、そもそも頭が一杯一杯で言葉にならない。
そもそも、私は一人っ子できょうだいはいないから、そう呼ぶ相手もいない。お姉ちゃんという存在は、イチカ先輩が初めてってことになる。
そんな姉という言葉を呼び慣れてすらいない私が、いきなり憧れの先輩のイチカ先輩を『お姉ちゃん』だなんてそんな、無理すぎる。
「ほら、試しっすよ。聞いてる人もいないし。さ、イチカお姉ちゃん、はい」
「……イ、イチ…………っカ、お、おお………………、お、ね…………」
頬が熱すぎると思ってたら、耳まで熱くなってきた。なんなら変な汗も出てくるし、口から心臓が出てきそうなくらい、心臓の音がうるさくてうるさくてしょうがない。
「お、おね…………~~~~~~! す、すみません……。恥ずかしすぎて、無理です…………」
「…………、ふふ、ならしょーがないっすね」
私の目をまっすぐに見て、ふふ、と小さく息を吐いて、それから私の頭を優しく撫でてくれる。
「ちょっとだけ、ミコちゃんにそんな呼び方されてもいいかなって思っただけなんすよ。いじわるしたみたいで、ごめん」
「…………そ、そんなん、じゃ…………その、ない、です……」
眉を下げて謝るイチカ先輩に、イチカ先輩は悪くないです、全然、って言いたいのに、心臓はうるさいままで、顔は熱いままで、上手く頭と口が回ってくれない。
今もきっと、私の顔も肌も真っ赤になってるんだろうと思う。見えないけど、そんな確信がある。自分の顔がこんなに熱くなることがあるなんて。風邪を引いたときよりも、もっと熱い。
優しく、ゆっくりと、イチカ先輩の手が私の頭を撫でる。
私の目を見て、ゆっくりと呼吸をするのを見て、私もその真似をしているうちに、呼吸も、心臓の音も、顔の熱も、少しずつ、治まっていくのが分かった。
「落ち着いたっすか?」
「はい。……イチカ、先輩」
「ふふ。無理しなくていいっすよ。いつか、私をそう呼んでくれたら嬉しいっすね」
私の頭を撫でながら、イチカ先輩ははにかんでそう言う。
その目は私の目を見ながらも、どこか、遠くを見ているような気がして。
「イチカ先輩も…………誰かをお姉ちゃんって言ったことあったりするんですか?」
ふと、そんな事を聞いてみた。
「ひ・み・つ、っすよ」
人差し指を当てて、イチカ先輩はウインクをして見せた。
仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第五話です。
一人だったはずの学校生活は、イチカと結んだ姉妹の誓いにより一変していた。
時には教室に凸されたり、時には二人きりの時に割と無茶を言われたり――イチカに振り回されっぱなしの学校生活も、次第に悪くないんじゃないかと思えてきた、ミコだったり、しなかったり。