私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。 作:みょん!
この作品には流血描写が含まれます。
問題無い方のみ先へ進みください。
――痛い。
「…………ぁ、……う、ぁ…………」
――痛い。痛い痛い痛い。
「ぅ、あ…………、ぁ…………か、はっ……」
――痛い。痛い痛い。助けて。痛い。誰か。
「だ…………れ、か…………」
――助け、て。
何が、起こったん、だろう。
爆発音が聞こえたところまでは、覚えてる。
頭を、ものすごい勢いで殴られたような感覚があったのは、覚えてる。
でも、そこまで。
気がついたら私は、床にうつ伏せになってた。体が、頭が、痛くて痛くて、泣きそうなくらいに痛くて、たまらない。
「…………ッ! がはっ、げほっ、…………ぁ、ぅあ…………」
急に苦しくなって、咳が体に響いて、激痛が走った。遠くで、銃声が聞こえた気がした。
――銃声。そうだ、任務は! 私は、出動命令を受けて、立てこもっている相手を、制圧しようと、して……。
任務はどうなってるんだっけ。近くで応戦していた仲間はどうなったんだっけ。指揮をしていたイチカ先輩は――、そうだ、イチカ先輩は!
「イチ、カ、せんぱ――――ッ!」
私がこうなら、イチカ先輩は……! その姿を探そうと、腕に力を入れて、起き上がろうとして、そして。
「――――――ぁうっ!?」
視界が一瞬だけ動いたと思った瞬間、ズキリと全身が軋んで、私はまた、地面へと倒れた。
べちゃ、と音がした。
顎に、額に、ぬるりとした濡れた感触があった。口の中に、鉄っぽい味がして、急につんとした匂いもしてきた。
「…………ぅっ、ぐ、ぅ、ぁ……っ!」
もう一度、起き上がろうとして、腕に手を入れようとして。
視界の下の方に、赤黒いものが広がっているのが見えた。
「…………ぇ、……こ、れ……――――――ッ!」
血、だ――と思った瞬間、私のこめかみの辺りに強い痛みが走った。
心臓の鼓動に合わせるように、ズキン、ズキンと激しく痛む。痛すぎて、吐きそうになる。
視界の隅に見えていた血の海が、じわじわと広がっていくのが分かった。
頭の痛みに合わせて、血が広がっていく。
「………………ぁ、……」
これは、私の血、なんだ――と、頭がそう理解したとたん、体が急に脱力感を覚える。
見えている周りが、ぼやけているのが分かる。
――あ、これは。私……死ぬんだ。
直感的に、そんなことを思った。
血が広がっていくのが、見えてしまう。
頭が割れるように痛くて痛くてたまらなかった、のに。その痛みが、痛いのか痛くないのかすら分からなくなってきているのは、きっと、そういうことなんだ、と。やけに冷静な、頭の中の自分が、言う。
どこか遠くで、銃声が聞こえた。
誰かが、たたかってる、のに。出動しているのに――私は、倒れたまま。
「…………イ、チカ……せん、ぱ……」
走馬灯のように頭に浮かぶのは、私の、憧れる先輩の姿で。
――わたし、はともかく、として。イチカ、先輩は、無事、だったら、いいな。
私はただ、そう願うしかできなかった。
――私でも、何か、できると思ってたけど。……全然、そんなこと、なかった、な。
それ以外に頭に浮かぶのは、後悔の気持ちだけで。
「………………、」
片方の視界が赤くなったまま見えなくなって、見えているもう半分もぼやけて、周りがどんな様子なのか、とか、何が動いていて何が動いていないのか、そんなことすらも、分からなくなってきていて。
さっきまで聞こえていた音も、水の中にいるみたいに、ぼんやりとしか聞こえなくなっていて。
だから、誰かの足音が聞こえたような気がしたのも。
誰かの声が、聞こえた気がしたのも。
「――――――――――ん、――――よ、ミ――――!」
「…………――――」
なにも。分からなかった。
◇◇◇
――
――――
――――――
「………………、」
ぼんやりと、まぶしいな、と感じた。
目を開く。
白い色が周りに見えた。
「…………ぁ、――――――――ッ!」
ここはどこだろう、今は何時だろう、と周りを見ようとした瞬間、頭に強い痛みが走って、私は叫び声を上げそうになった。
痛すぎて痛すぎて、涙が出てくる。指で拭こうとしたら、今度は全身に痛みが走った。
「~~~~~~――――!」
「あ、目が覚めたんですね」
視界の隅に、桃色の髪をした人の姿が見えた。この人は何回か見たことがある。救護騎士団の、あぁ、まともな方の人だ。壊す青色の人と、ちゃんと治す桃色の人と紫色の人、と私たち一年生はよく言ったもので。声をかけてくれたのは桃色の人だった。……ああ、そうだ、セリナさんだ。
――いや、待って。
セリナさんがいると言うことは、私がいるのは。
「……ここは――」
「そうです」
優しげな声が、私の耳に入ってきた。
「ここは聖テレサ総合病院の病室です。あなた……えーと、任務中に何が起こったか、覚えていますか?」
「…………えっと、…………すみません、分からない、です」
私が言うと、その人は目を細めて、そして一度口を開いてから、閉じて。
「あなたは昨日、同じ正義実現委員会のイチカさんとともにここに運ばれてきました。とは言っても――」
「イチカせんぱ――――ッ!」
その名前が出た瞬間、私の体は意識とはまったく関係無く、反応してしまった。起き上がろうとして、全身が痛くて、また涙が出てきた。もちろん起き上がることなんてできなかった。
そうだ、イチカ先輩は、イチカ先輩は無事なんですか!? そう声に出そうとしても、体の痛みのせいで悶える声にしかならなかった。
「動かないでください。少なくとも数日は絶対安静、ですよ。あなたは運び込まれてから一日も経ってません。頭の怪我どころか、体の怪我だけでも相当なものなんですから」
優しい声とともに、体を擦られる。手が触れたところから痛みが引いていく気がして、イチカ先輩とは違う、手の温かさを感じられた気がした。
「……はい」
「物わかりがいい方で助かります。……続けますね。あなたは昨日、頭部から大量の血を流した状態で、ここに運び込まれてきました。全員の打撲、それに制服の防護機能が失われたことによる裂傷。特に頭部からの出血が酷く、輸血が必要でした」
「あっ、あの…………!」
気になることがあって、私は話を途中で遮るのも失礼かと思ってはいたものの、声を上げずにはいられなかった。
「ああ、お代は不要ですよ。正義実現委員会の任務中で発生した事故は、全額が保証されます。安心してください」
「いえ、そうじゃなくて。……イチカ先輩、は?」
「イチカさんはあなたに付き添いで来ただけです。外傷らしい外傷もありませんでしたし、あなたをここに預けた後は任務へと戻っていきました。それから任務を終えた後……夜遅くくらいでしょうか、すぐにここに戻ってきて、ずっとあなたの様子を見ていました。今は同じフロアの仮眠室で休んでいます。……呼んで来ましょうか?」
「…………いえ、大丈夫、です」
「そうですか。では私はステーションに戻りますが、イチカさんが戻ったら、あなたが目が覚めたと伝えておきますね。正義実現委員会の方にはよくお世話になりますが――あんなに慌てた様子のイチカさんは、初めて見ましたから」
その最後の言葉が、私の胸に深く深く食い込んだ。
――イチカ先輩が、慌てて?
その様子を見たことも、想像もしたこともない私は、その言葉の意味を聞きたくて仕方が無くて。でもその様子を聞くのもなんだか違う気がして、私は黙ったままだった。
「………………よか、った……」
セリナさんがドアの向こうに消えて、少し経って。
私の口から勝手に出てきたのは、そんな言葉だった。
私が生きていることよりも、まず、イチカ先輩に怪我が無かったこと。それが一番、私には嬉しかった。
そしてセリナさんから言われた言葉が、少しずつ頭の中で繋がっていく。イチカ先輩が付き添いできてくれたとセリナさんは言った。……なら、やっぱり、あの時にぼやけた頭で聞こえたのは、イチカ先輩の声、だったの
「ミコちゃん!」
「――――っ!」
急に大きな音がして、体がビクッと跳ねた。途端、全身に痛みが走った。その声が誰だとか考える暇もなく、痛くて痛くて、うめき声しか出てこない。
「ミコちゃん、ミコちゃん、目が覚めたんすか、体は!?」
すぐ近くから、イチカ先輩の声がする。痛みで目の前がチカチカとしていて、上手く目が焦点を結んでくれない。
「イチカさん。病室ではお静かに」
「……ごめんなさい」
その謝る声は、先ほどよりもとてもとても小さく、しゅんとしたイチカ先輩が見てなくても見えるような気がした。
「体、痛むっすか。ゆっくり、呼吸して。だいじょーぶ、私はここに居るっすよ」
イチカ先輩の手が、私の背中を、頭を撫でてくれる感触がある。不思議とイチカ先輩に触れられると、体の痛みが治まっていくような気がした。
「…………ありがとう、ございます。イチカ、先輩。大丈夫、です」
「ん、治まったなら何よりっすよ」
にっこりと笑みを見せて、そして背中から手を離す。その一方で、頭はずっと、撫で続けてくれている。イチカ先輩の顔を改めてまじまじと見ると――目の下にクマがあるのが見えた。
「…………その……。イチカ、先輩。…………すみません、でした」
「ん? 何がっすか?」
次に私の口から出たのは、やっぱりというか何というか、謝罪の言葉で。
「…………え、と……」
何に対してのすみませんなのか、自分でもよく分かっていない。でも、イチカ先輩を見たら、そう、言わなきゃいけないような気がした。
心配をかけさせたからなのか、寝不足にさせたからなのか、任務の途中で抜けることになったからなのか、私が弱かったからなのか、私が怪我したからなのか、私が――――
「――――わ」
考えが頭の中をぐるぐると回っているうちに、気がつけばイチカ先輩の胸に頭を押さえつけられていた。その柔らかい感触で我に返る位には、目の前が見えてなかったようで。
「ミコちゃんは、なんにも、一ミリも悪くないっす。謝るのは、私の方。かわいい妹を危ない目に合わせて、怪我までさせちゃって。本当に、ごめん」
後頭部を、ぽんぽんと、優しく叩かれる。
「爆発があったとき、支援要請の連絡をしてて――ミコちゃんたちから目を離してしまった私の責任っす。爆発音が聞こえて、辺りに、でかい破片がめちゃめちゃに散らばってて。…………ミコちゃんが無事で、本当に、本当に……よかった」
そう言って、イチカ先輩はぎゅう、と私の頭を抱きしめる。そこまで強くないはずなのに、額の方がズキッと痛んで、「…………痛っ」思わず声が出てしまう。
その声が聞かれてしまったからか、イチカ先輩が私の頭を胸から解放する。そして、じぃっと私の顔を見られたかと思うと、おでこを優しく撫でられる。
「こんなに包帯をぐるぐる巻きにさせることになって……。痛いっす、よね。ごめん、本当に、ごめん」
そう言われて初めて、頭が包帯で締め付けられている感覚があるのに気づいた。
「いえ、私の方こそ。……戦線を維持できなくて、途中で、離脱しちゃって、ごめんなさい」
「ミコちゃんは全然悪くないっすよ。悪いのは私。全部、私。ミコちゃんは――」
「イチカさん、……ええと、ミコさん」
イチカ先輩の後ろから、ふわりとした、けれど何処か芯の通ったような声が聞こえて、思わず顔を上げる。桃色の髪の毛が、目に入った。
「…………ミコさんは起きたばかりですし、イチカさんも碌に休めていなのでしょう。お互い疲れた頭で話をしても、平行線ですよ。今は、二人とも休んでください」
少し呆れたような顔をしたセリナさんが、そこに居た。私たちの会話は、きっとセリナさんにも聞こえてしまっていたのだろう。……なんというか、イチカ先輩にも、セリナさんにも、申し訳ないという気持ちがむくむくと浮かんでくる。
「……それと、イチカさん。少しだけ、席を外していただけませんか? 包帯を、替えたいので」
「ああ、そう言うことっすか。翼見られるの恥ずかしいっすもんね。……じゃあ私は忠告通り、ちょっとお休みさせていただくっす。――正直、ミコちゃんが目を覚ましてくれるかどうか、不安で仕方なかったっすから」
「…………ぁ、……そ、その」
「ごめんなさい、は無しっすよ、ミコちゃん。……じゃ、残りはお願いするっす」
「はい。イチカさんも、ごゆっくり」
イチカ先輩は最後に私に手を振って、病室を出て行く。目の下にクマは色濃くあったけれど、出て行くときのイチカ先輩は、最初に見かけたときよりもよほど――元気なように見えた。
ゆっくり休めば、また元のイチカ先輩に戻ってくれるだろう、と安心感が私の中に戻ってきて、胸のつかえが取れたような気がした。
セリナさんは、イチカ先輩が出て行ったドアに向けて歩いて行って、そして、ドアに鍵をかけた。おそらく私の身体が裸になるから、という配慮なんだろう、と思う。
「ミコさん。これから頭の包帯を取って、ガーゼを取り替えることになるのですが……」
セリナさんは、そこで言いよどむ。目を伏せて、唇をきゅっと引き結ぶのが見えた。……なんだろう、なんだか、変な感じが――。
「私たちはミコさんを救うべく、最善を尽くしました。……ですが、ミコさんが受けた傷はあまりにも大きく……見た目も元通りにできるかと言えば、今の私たちの設備では、不可能でした」
一体、何を、言っているんだろう。
セリナさんのまっすぐに私を見る目線が、どこか、悲しんでるようにも、哀れんでいるようにも、見える。
「ミコさんの怪我の痛みは、入院期間で無くなると思います。……ですが、傷痕は、……ずっと、残ることに、なります。……すみません」
最後の言葉は、とても、とても。小さく、囁くような声だった。
そしてセリナさんは、私に向けて手を伸ばす。頭の前の方にちょっとした痛みがあったかと思うと、頭に感じていた圧迫感が和らいでいく。
何回か私の前をセリナさんの手が通り過ぎる。念入りに包帯が巻かれていたんだなと分かる。
「あとはガーゼを取るだけ、なのですが。…………ミコさん。見ますか、見ませんか」
「…………え。……それは、どういう…………」
つい先ほどまでは天使のような柔らかい笑みを浮かべていたセリナさんが、真剣な顔をして、私に問う。見るか、見ないか、という二択を。
「…………えっと。……なんかさっき、傷痕が残る、みたいなこと仰ってましたよね」
「ええ。……今のミコさんは起きたばかりです。ですので、それを見る、という覚悟ができたときに初めてお見せしようかと、思っています。ガーゼを外すとき、どうしても、露わになってしまうので。ミコさんが見たくないということであれば、目を強く瞑っていてください」
先ほどのセリナさんの話を聞く限りでは、どうやら傷が深い、とか言っていた。だから頭のどこかにハゲができちゃうのだと、なんとなく、思っていた。
だけど、命を救ってもらったことに比べれば、そのくらいはなんてことは、ない。
「そのくらいなら、大丈夫です。……いずれ見なきゃいけないのなら、今見ても、変わりませんから」
「…………そう、ですか。分かりました」
セリナさんの声は、少しだけ、悲しそうな色を帯びているような、気がした。
ガーゼを取り出し、少し黄色がかったクリームをガーゼにたっぷりと塗っていく。ガーゼから、薬品の匂いがつんと香ってくる。そして、腕にテープを何枚も貼り付けて、そして、私の方をまっすぐ見て。
「それでは……、失礼します」
そう言って。
セリナさんは、私の目の前に手を翳して、そして、手を、上へと動かす。
「………………」
私は、その手の動きに、見覚えがあった。
その動きは、何度もイチカ先輩にされた手の動きだ。
そしてそれから、イチカ先輩は、私の瞳をじぃっと見て、言うんだ。
『ミコちゃんの目は、やっぱり綺麗っすね』って。
べり、と何かが剥がれる感触があった。
おでこの左の方に、空気に触れてひりひりとした痛みと、冷たさを感じる。
――おでこ、に。
「――――――」
…………待って。今の感触はどこからあった? ひりひりと痛むのはどこから?
背筋が、ぞわぞわとし始める。髪の毛が、ぞわりと逆立つような気がした。心臓が急に、ドクンと、嫌な音を立てる。
「ミコさんの傷痕は。……この位置、です」
手鏡が、私の目に映る。
前髪で隠されていた左目が、鏡に映る。そして、その上。
まゆ毛から、こめかみに伸びる、どす黒い、大きな、大きな傷、が――――
「――――――――――――」
その目が、見開かれるのが見えた。
鏡に映っているのは、私で。
目の上に、痛々しいなんて言葉では表せない、紫色の、大きな大きな傷痕が。
私の額に、刻まれていた。
仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第七話です。
ある日。
イチカと共に出動した、ミコは。