私は正義実現委員会所属の生徒だ。名前はまぁ、無いようなもの。 作:みょん!
「お昼、置いておきますね。食べるのはゆっくりで大丈夫ですからね。では、何かありましたらナースコールを使ってくださいね」
「ありがとう、ございます。…………っ、ふ、よっ、こい、しょ…………。うん、痛みは、ない」
セリナさんが病室を出て、鍵をかける音がして、ここには私一人が残された。
「…………いただき、ます」
目の前には、おかゆと、お味噌汁と、野菜炒めと、お漬物と、フルーツと、牛乳――病院食らしい病院食が並んでいる。
栄養補給の方法も、何日かは点滴ですませていたけれど、早々にご飯で取るようになった。――なお、ご飯に切り替わったとき、手が上手く動かせないのをお見舞いに来ていたイチカ先輩に見抜かれて、一回だけ食べさせてもらったのだけれど。正直恥ずかしくて死ぬかと思った。その時以来は例え痛くても無理して自分で食べるようにしている。
ここで出されるご飯は、決しておいしくないわけじゃないんだけど、薄味だし甘味もないし。できるならいつも食べているお昼みたいに、あんパンと惣菜パンを食べたい。
「…………いや、治るまで我慢、だよね。うん、……うん」
私の病状は、セリナさんに言わせれば順調に回復に向かっている、らしい。
私がベッドから自力で起き上がれるようになるまで、まるっと一週間がかかった。
全身打撲の上、頭に強い衝撃が加わったためだと、セリナさんは語っていた。
――そう、頭に強い衝撃。
全身打撲程度、全身複雑骨折くらいなら、私たちは簡単に――とは言っても痛いし時間はかかるけど――治ってしまう。
でも、酷い外傷となると、話は別らしい。
包帯が取れ、包帯の下のガーゼが取れ、私の表立っての怪我は無くなったように見えた。
だけど実際の所は、そう見える、というだけで。
手鏡を持って、自分の髪を掻き上げる。
「…………、――――――っ」
悲鳴を上げそうになるのを、歯を必死に食いしばって堪える。
私の左眉の上からこめかみへと伸びる、抉れたような傷跡は、生々しく残ったままだ。一日経っても、二日が経っても、一週間が経っても、それは変わらず、残ったまま。
私の髪型が、目の下まで伸びているおかげで隠せてはいる。だから傷痕の部分は、見ようとしなければ、見えない部分だ。
――でも、そこは。
怪我をする前のやり取りが、何度も頭を過ぎる。
――ミコちゃんは、目が綺麗っすよね。
イチカ先輩は、ことあるごとに私の前髪を手でかき上げて、私の目を間近で見ては、私の目が綺麗と言ってくれた。
一週間の間、その時のことが何度も何度も頭を過ぎっては、泣きたくなった。――嘘だ。何日もの間、泣きはらした。
イチカ先輩とは、目が覚めてから何回も会ったけれど、まだ、包帯がある姿しか、見せてはいない。
でも、もしこの傷跡を見たら――イチカ先輩は、間違いなく、悲しむだろう。そして――間違いなく、ショックを受けるだろう。
いくら私が裏で歯を食いしばって、必死に笑顔を取り繕って、『大丈夫です』と言ったところで、きっとそれは通じない。イチカ先輩は、鋭い人だから。
傷は、決して痛むわけじゃない。でも――胸が、ずっと、痛い。
イチカ先輩は。
委員会室で、お茶会のテーブルで、裏庭で、教室から委員会室への道の途中で――何度も、私の目を見せてとせがんだ。
私自身は、他の子とさほど変わらないと思ってるのに、イチカ先輩は、私の瞳が綺麗だと言ってくれた。
二人きりの時限定で、何回もイチカ先輩の顔を間近で見た。
自分の髪の毛が一切見えない綺麗な視界で、イチカ先輩の満面の笑顔を、間近で見た。
イチカ先輩の嬉しそうな声を、間近で聞いた。
――でも、それは、傷跡がなかった頃の自分で。
イチカ先輩が私の目を見ようとすれば――間違いなく、この醜い傷跡が、目に入ってしまう。私が怪我をして入院しただけでも、毎日のように私の所に来ては、『ごめん』と謝る先輩だ。もし、それが傷痕として残ってしまったと知れば、きっと――――。
「…………うっ、ぅ、う…………」
イチカ先輩に、大好きな人に、私のせいで、悲しそうな顔をさせてしまうのだと思うと――つらくて、つらくて、胸がちぎれそうになる。
だから私は、数日前から、面会謝絶のお願いをした。
イチカ先輩にも、クラスの子にも。こんな姿は見せられない。
自分の心の整理が付くまで、誰にも会えない。特にイチカ先輩には、会えるわけがない。
たとえイチカ先輩が私の命の恩人だとしても。
命の恩人が、私の憧れの人が、私の大事なお姉ちゃんが、私の事でショックを受けるところは、見たくないから。
「…………っく、……ぅ、ぐすっ、…………――――」
でもそれは、ただの先延ばしでしかなくて。
いつかはイチカ先輩に、この傷跡がバレてしまう。
そうなったら――私はきっと、イチカ先輩にとっての、重荷になってしまう。
私は、大好きな、憧れの人の、負担になんて、なりたくない。
だったら、そんな辛い思いをするんだったら――私は、ただの正義実現委員会の部員Aでいい。憧れの人を、遠巻きに眺めるだけの存在でいい。
ただの、醜い傷がある、どこにでもいる生徒で、いいんだ――――。
「………………ぅ、…………う、うぅ、ぅぅぅぅぅ…………」
鼻がつんとして、視界がすぐにぼやけていく。
イチカ先輩の、いたずらっぽく笑う大好きな表情が、もう見れないんだと。
私のせいで、イチカ先輩を、悲しませることになるのだと。
あの夢のようだった日は、ただの夢でしかなくなるんだと。
「ふっ…………ぅ、ぐす、ぅ、ぁ。あぁ…………」
私が弱いせいで。私が怪我したせいで。私がいるせいで。
私の怪我なんて、どうでもいい。私の体が痛むのなんて、どうでもいい。
――でも。
大好きな人を、傷付けてしまうということが。胸が痛くて痛くて、痛くて、たまらない。
「ぁ、あぁぁぁぁぁ――――――――――!」
ここが、個室でよかった。
入り口の鍵を締めてしまえば、誰にも、こんな醜い姿を見せることはないのだから。
仲正イチカ✕正義実現委員会のモブちゃんの長編小説、第八話です。
ミコが出動中に負った怪我は、一週間もすれば自分で体を動かせるほどには回復していた。
けれど、ミコの額に刻まれた傷痕は、変わらず残ったままだった。