千葉県アッカ市のとある場所、そこにひたすらに拡がる真っ暗な空間。
羊の姿と『ESC』の文字が大きく描かれた赤いネオンボードの下で、紫の礼服を着ている緑髪の男が、そう呟いた。
傍らにいるのは、小児用の黄色いレインコートを羽織った小柄な人物で、目深にフードを被って顔を隠しつつ、グラスジャーポットの中に入った茶色い物体を摘んで口に運んでいる。
「この分ではいずれは私や君が出なければならないかも知れない」
「あ~……?」
「なんだ、また話を聞いていなかったのか?」
「聞いてたよ~……ただ、仕事を増やされたくないなってだけ……」
ソプラノの声を奏で、茶色い物体をパリパリカリカリと噛み砕き、レインコートの幼子は溜め息を吐く。
その左腕には、礼服の男と同様にメダロッチが装着されている。
「面倒なんだよね、わざわざ処分するのってさ……人間相手でも、メダロット相手でもさぁ~」
「まったく、我々の中でもトップクラスの実力者がこれとは嘆かわしいな」
唇を釣り上げ肩をすくめながら、男は壁にもたれかかった。
すると、レインコートの子供はガラスのポットからひょいと茶色いものを取り出して差し出す。
「あんたも食べる~?」
「いらないよ。さっき捕まえたセミだろう、それ」
「行けやアラシ!」
「くぅ! 耐えてリリー!」
サイオウ市の緑地公園にて。
メイとリリーは、リョウと彼女の操るゴッツハリーンとの練習ロボトルを行っていた。
事の発端は数日前、リクドウ組放送局の配信を見た後。
以前から彼女の強さを目の当たりにしていたメイは、同じ歳頃の女子ということもあり、彼女に教えを請いていたのだ。
全ては、ヴァネッサのような手強いライバルに負けないため、そして大好きなアスカに少しでも追いついて並び立つために。
だがやはりというべきか、リョウ相手には一勝もできていない。
「また負けちゃったぁ……私、こんな調子で強くなれるのかなぁ」
「いやでも結構筋はええと思うよ、戦況もちゃんと見えてる方やと思うし。多分背ェ高いンがアドバンテージになってるんやな」
自分の腕を組み、うんうんと納得した様子で頷くリョウ。ゴッツハリーンのアラシとメダロッチの中のブレイドも同様、感心していた。
「ウチほどやなくても、鍛えたらかなりええとこまで上れるやろな。そのために強い相手とのロボトルを続けんと。例えば、どっかの大会に出てみるとか」
「大会かぁ、ちょっと検索してみようかな」
今のメイの実績では天領杯には参加できない。故に、実力をつけながらアスカ同様の好成績を残していかなくてはならない。
だが焦って強豪の出場するような大会に出ても、得られるものはないだろうし、時間を無駄にしてしまう。
メイはうんうんと唸りながら、情報を探し続ける。
すると、そんな二人に対し声をかける者たちが現れた。
「二人ともお疲れ様」
「よっ、リョウ。精が出るじゃねぇか」
アスカとホムラだ。二人揃って、メイたちと同じく腕試しのロボトルに来たようだ。
軽く挨拶を交わした後、リョウは彼らに事情を説明した。
「大会か……俺たちも今の内に色んなところに出ておきたいな」
『例のリクドウ組ってヤツらにも負けらんねぇしなぁ!』
フリントからの声にアスカが頷き、ホムラも神妙な面持ちで首肯する。
あの配信の後、SNS上ではリクドウ組に対し警戒心を抱く者や、より鍛錬を積むと宣言した者、まったく気にしていない者など反応は様々だった。
強豪のメダロッターたちがさらに実力を高めて参加すると見られるので、アスカたちもより一層気を引き締めなければならなくなったのだ。
そうこうしている内に、情報を検索していたメイは「あっ!」と声を上げる。
「やっぱりあった! 七夕祭りロボトル大会!」
『七夕?』
今は既に8月。7月7日などとっくに過ぎているはず。
三人がどういうことなのか分からず首を傾げていると、それに気付いてメイが補足を始める。
「宮城ではね、8月6日から8月8日までの間お祭りがあるんだ」
「宮城?」
「確か言ってなかったよね、私の地元なの。毎年いっぱい観光客の人も集まるんだよ! 二人一組二機での参加って書いてあるしみんなで行こうよ!」
「いいね! 観光もできるし面白そう!」
アスカがメイの提案に同意する中、ホムラとリョウはピクリと互いに目配せし、頷き合う。
そしてリョウはメイの隣に移動すると、その肩に手を乗せながら大袈裟な身振りで「あ~」と残念そうな声を上げた。
「8月6日かぁ~、悪いなぁメイちゃん。ウチ、その日用事あって行かれへんわぁ~」
「え? そうなの?」
「せやね~ん、残念やわ~」
あまりにもわざとらしい、明らかに演技に見える挙動。
いきなりどうしたんだろう、とアスカは彼女を問い質そうとするものの、その前にホムラがアスカの肩を掴んで引き留める。
「悪いなぁ~俺も行けねぇなぁ~。丁度用事あるんだよなぁ~」
「ホムラも? 俺は行けるけど……」
瞬間、待ってましたとばかりにリョウとホムラの瞳がキランと光り、二人は笑みを浮かべて再び頷く。
「だったら話は早いな」
「せやな、早いわ」
『二人で行って勝って来い!』
パシッと肩を軽く押し出され、アスカとメイは腕と腕が触れる距離まで隣り合う。
「ふ、二人?」
「二人で、って」
「え?」
「え?」
パチパチ、と瞬きをした後。
公園に、二人の絶叫が響き渡った。
『えええぇぇぇ~っ!?』
※ ※ ※ ※ ※
それから時は経ち、8月6日。
「ここが宮城かぁ。うーん、まさかメイちゃんの実家に行くことになるとは……しかも二人だけで」
二人は新幹線を使い、宮城県内にあるメイの地元まで来ていた。
結局、彼女の帰省に同行したのはアスカのみであり、ホムラとリョウばかりかユメとリオもいない。
四人ともメイの恋路を応援してのことであるが、元より中学生とはいえそこまでの大人数でひとつの家に泊まるのは難しいだろう、との判断から出た結論でもあった。
到着したのはモエク市という場所で、メイの言った通りこの時期は毎年多くの観光客で賑わっており、海外からも人が集まるという。
アスカが駅で周囲のポスターなどを見回していると、メイが頬を赤く染め表情を強張らせているのが見て取れた。
「どうかした? 乗り物酔い?」
「う、ううん違う違う! なんでもないよ!」
「そう……?」
駅を出ながらそのような会話をしていると、メイのメダロッチにメッセージ受信音が鳴り響く。
その内容を確認すると、彼女は「あっ!」と笑顔になって声を上げた。
「もうお姉ちゃんもこっちに帰って来てるんだ!」
「お姉ちゃん?」
「うん! 今ファッション関係の大学に通ってて、愛知の方で一人暮らししてるの! それから妹がこっちで住んて、私を合わせて五人家族なんだ! 後で紹介するね!」
一体どんな人たちなのだろう、とアスカが考えていると、駅のロータリーに一台の緑色の車が現れる。
そこから降りて来たのは、一人の女性。
サラサラのライトブラウンのセミロングヘアーが特徴的な、薄い赤のTシャツとデニム地の青いマーメイドスカートを着た若々しい人物。
メイに比べかなり落ち着いた様子であるが、彼女がそのまま10年ほど経てば同じような風貌になるだろうと予測できるほど、顔立ちも体格もそっくりだとアスカは感じ、恐らく件のメイの姉なのだろうと考えた。
そして車から降りた女性はメイたちの姿を見つけ、アスカに向かって頭を下げる。
「はじめまして、あなたが日晴 アスカくん?
「こちらこそ、はじめまし……えっ、娘?」
「ええ。メイの母、十々喜 ハナです」
見た目には20代ほどに見える、メイと良く似た若々しいハナ。
それが三児の母親であると聞いて、しかも恐らく自分の母より年上だということが分かって、アスカは虚空を見つめる猫のようななんとも言えない表情で呆然としてしまう。
「この子ったらね、最近は電話でいつもあなたの話ばかりしてるのよ」
「ま、ママ! それは言っちゃダメー!」
「うふふ。だから今日会うのが楽しみで……」
「もぉー!」
そうやって娘と話す姿を見ても、どうしても姉妹のようにしか思えない。
しかしいつまでも呆けてはいられないので、アスカはメイとハナと共に車に乗って目的地である彼女らの家に向かい、しばしの雑談の後に到着した。
五人で住んでいるだけあって、それなりに大きな一軒家だ。
「久し振りの我が家だぁー! アスカくん、ようこそ!」
「お、お邪魔します」
やや緊張しつつも共に玄関から中に入ると、そこにはメイたちと同じ髪色で腰まで伸びたロングヘアーの大人びた女性がいた。身長に至ってはメイよりもさらに高く、180cm近くある。
衣服は素肌の上に白いキャミソールとショートパンツのみという薄着で、目を引く胸部や尻などスタイルの良さも相まって、あまりの扇情的な姿にアスカは思わず顔を耳まで真っ赤にしてしまう。
「よーっす」
「あ! お姉ちゃん!」
「おっ、そっちがメイが連れ込んだ例の男の子? カワイイじゃん」
覗き込むようにズイッと顔を寄せて、メイの姉はアスカに微笑む。
「ゴメンねこんなカッコで。今さっきシャワー浴びたばっかでさ。アタシは十々喜 サク、よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「アハッ、赤くなってんじゃん。話には聞いてたけどマ~ジでカワイイね」
「……一体、俺について普段どういう話を聞いてるんです……?」
「ん~? 聞きたい? ホントに聞きたい?」
妖しく口角を釣り上げ、頬に触れるサク。
甘い吐息とほのかに香るシャンプーの匂いで、アスカは真っ赤になったまま完全に全身が硬直し、何も言えず混乱してしまう。
そこへ助け舟を出すように、あるいは姉へやめろと釘を刺すように、メイが横から介入する。
「お姉ちゃん速く着替えなよー!」
「ふふふっ、はいはい。じゃあまた後でね~」
背中越しにひらひらと手を振って、サクは自室まで着替えに向かった。
直後、そんな騒ぎを聞きつけたのか、一階にあるリビングの方から眼鏡をかけた少女がひょっこりと顔だけを出す。
アスカはその姿を見つけ、メイの話に出ていた妹だろうと思い、すぐに声をかけた。
「あ、こんにちは」
「わっ……」
話しかけた途端、彼女はコソッと部屋に隠れてしまう。
どうやら相当に引っ込み思案のようで、アスカがポカンとしている最中、メイはリビングに入ってその妹を引っ張り出す。
「妹のエミちゃんだよ! ちょっと照れ屋さんだけど、とっても素直で優しくて自慢の妹なんだ! ほら、挨拶挨拶!」
「よ……よろしく、お願いします、ぅ……」
頬を紅潮させ、目を逸らしてもじもじしながらエミが頭を下げる。
丸い形の大人しげな目つきに、長い睫毛。髪色はメイたちと同じだが、長さは短めで耳の下まで伸びたショートヘアーであった。
そして実際に面と向かって近付いてみると、アスカは彼女が自分と然程背丈が変わらないということが分かり、再び目を丸くする。
「……これ聞いたら失礼かも知れないんだけど、エミちゃんっていくつなの?」
「11だよ?」
「小学生……!?」
この家系の女子は、代々全員長身になるようにできているとでも言うのか。
なんとなく敗北感を覚えつつも、エミを怯えさせないために「よろしくね」とアスカは微笑む。
対するエミは、頷きつつもまた顔を真っ赤にしながら姉の背に隠れてしまい、メイもそんな彼女に苦笑していた。
「パパはまだ帰って来ないみたいだね~、お仕事だし仕方ないかぁ」
「十々喜さんのお父さんって何の仕事してる人?」
「警察だよ! メダロット犯罪対策関係の部署なんだって!」
メイや彼女の母と姉妹の姿からは思い浮かばない職業だったので、アスカはまたもや衝撃を受ける。
だが初めて会った時の曲がったことを嫌う彼女の性格を思い出して、同時に納得もしていた。
「15時くらいにはお祭りに出かけるから、浴衣の準備をしておくのよ~」
「はーい!」
キッチンに向かうハナからの言葉を聞き、元気良くメイが返事をする。
その後アスカはメイの案内で客間である和室に移動し、持ち込んだ荷物を置いて、夏祭りの準備をしつつフリントやメイと談笑するなどして過ごすのであった。
そして、夕刻。
モエク七夕祭りに向かうため、アスカは準備を終え、トンボ柄の紺色の浴衣に着替えていた。
帯もしっかりと結んで整え、今は女性陣が着替え終わるのを和室で待っている。
しばらく待った後、和室の扉をノックする音が聞こえて来た。
「おまたせー! アスカくん、どうかな?」
入って来たのは、黄色い向日葵の柄があしらわれた白の浴衣を着るメイだ。
彼女はその場でくるりと回って、アスカに自分の姿を見て貰う。
自分より高身長でスタイルも良いメイは、浴衣を着ても良く似合う。アスカはそう感じて、ドキドキとしつつ素直に感想を伝えた。
「キレイ、だと思う」
「えっ!? あ、えと……その……あ、ああありがと……」
メイの方も一瞬で顔が紅潮し、お互い赤くなったまま黙り込んで俯いてしまう。
すると続いて現れたサクが、妹の頭を撫で回す。
「なんで聞いた方が動揺してんのよ」
「だ、だってぇ~」
両手で顔をパタパタと扇ぎながら、メイは姉の背後に隠れた。
サクは苦笑いしつつ、セクシーにポージングして自分の浴衣も見せつける。
桜の模様が入った赤い浴衣は胸周りが若干肌蹴ており、本人の体型も相まってまるで花魁のような艷やかさで、メイの時とは別の意味で緊張してしまう。
「アタシはどう? 似合うっしょ?」
「はっ、はい!」
「ふふーん、ありがと♡ エミのも一緒に選んだんだよね、この子はどう?」
そう言ってサクは、メイよりもさらに奥に引っ込んでいたエミを前に出す。
彼女の浴衣は水色で、梅の花の柄が刺繍されており、姉二人と打って変わって奥ゆかしいスマートな体型がより浴衣の魅力を引き立たせているようであった。
「わぁ……よく似合ってる!」
「……ど、どうも……」
恥ずかしそうに顔を伏せ、一礼するエミ。
続いて藤の花柄が印象的な紫の浴衣を身に纏ったハナが現れると、アスカ含む子供たちに声をかけて来る。
「パパから連絡があったんだけど、向こうで合流することになるみたいよ~」
「じゃあ先に行こ~!」
メイは元気に腕を掲げ、エミも「おー」と返してピースサインを作って笑う。
そうして玄関から出る途中で、ふとエミはメイとアスカを振り返った。
「そういや二人は七夕ロボトル大会に参加するんだっけ?」
「そだよー!」
「ふーん……じゃあがんばりなね、んふふふふふ」
ニヤニヤと意味深な笑顔を見せて、彼女は鼻歌交じりに出ていく。
何事かと思ってアスカもメイも首を傾げるが、夏祭りに遅れるといけないので、考えるのを中断して外に歩き始めるのであった。