「ただいまー」
「うふふ、おかえり」
サイオウ市から車で移動し、千葉。
アスカは自身の地元であるジカタ市に、一時的に帰省していた。
何の変哲もない、どこにでもあるようなごく普通の二階建ての一軒家で、初めて訪れるその場所をフリントとアオカゲはきょろきょろと視線を泳がせている。
「ここがアスカの家か~」
「結構広いんだ、ね」
興味津々な様子で二人が言ったすぐ後に、ウイチロウの相棒であるパープルカーラー装備のバウも駆け付けた。
「おかえり~、フリントたちもゆっくりしてってねぇ~!」
アスカは微笑みながらバウの頭を撫で、フリント・アオカゲもこの家での先輩メダロットに挨拶を交わす。
そしてチヨメの作る昼食ができるまでの間、残った夏休みの課題を片付けつつ、メダロットたちと共にゆったりと過ごすことに決める。
「メシ終わったら、早速例の公園に行ってみるか?」
「他にどこか挨拶したいところがあるなら、付き合うよ」
今回の帰省では両親に顔を見せに行くのも目的のひとつだが、アスカにはもうひとつ、やらねばならないことがあった。
かつて自分の身に起きた出来事。警察でさえ真相を調べ切ることができなかった、メダロット暴走事件。
あの時自分はなにか見ていたのではないか? もしそうだとすれば、一体何を忘れてしまったのか?
それを調査するために、ここにいるのだ。
「いや、大丈夫。昼ご飯の後すぐ行こう」
例の事件に巻き込まれて以来、小学校時代のほとんどの友だちから距離を取ってしまった。今更自分が顔を出したところで、気まずいだけだろう。
アスカはそんな思いから、ハッキリと結論を出した。
そして、昼食を終えて。
フリントとアオカゲを連れ、アスカは件の公園にやって来た。
「間違いない、この辺りだ。確かここで父さんとサッカーボールで遊んでて……」
「で、ボールが森の方に飛んでったんだよな」
「そうそう、だから次はあっちかな」
アスカはそう言いながら木々の生い茂っている方を指差し、そこへ進んでいく。
伸びている雑草を踏みながら目的地へと歩くこと数分、一同は倒壊してそのままになった木がある現場まで到着した。
しかし七年も経過してしまった今、事件後の痕跡など他に残っているはずもない。
無駄足だっただろうかとアスカは思うものの、どうにもこの場所が気になってしまう。
そうして周囲をしばし見回して調べていた、その時。
「あれ?」
ガサガサ、と不意に森の向こう側から足音が聞こえて、アスカは顔を上げる。
こんなところに、一体誰が来たのか。
アスカがそう思って目を凝らしてみると、そこにいたのは意外な知り合いだった。
「早総くん!?」
「え……?」
同じメダリオン学園サイオウ校の生徒、早総 ノア。
夏休みの間ずっと姿を見かけなかった彼が、何故か目の前にいるのだ。
「どうして君がここに!?」
「そっちこそ、ここで何をしてるの?」
「この町は俺の地元だから、単に帰省してるだけなんだけど……」
「……そう」
ふむ、と考え込むノアに対し、アスカは事情を話さない彼を訝しみ首を傾げる。
するとその視線に気づいて、すぐに答えを提示した。
「ボクは遺跡調査のためにジカタ市に来た。ここ千葉でも、メダルの出土が確認された場所はいくつもある」
「えっ、そうなの!?」
「本当に知らなかったのか……」
頭を押さえ、ノアは興味を失ったようにその場から立ち去ろうとする。
が、その前にフリントが彼を呼び止めた。
「ちょっと待て、少なくともここは遺跡じゃなくてただの公園だろ? なんで森ン中にいるんだよ?」
「ただ休憩していただけだよ、後で人と会う約束もしているし」
「それにしたって、こんなとこをわざわざうろつく理由なんかねぇハズだろ?」
「別に何だっていいだろ、君に関係あるのか」
言われてフリントは拳を握り込み、剣呑な雰囲気を感じ取ったアスカはその肩を掴んで抑える。
「やめなよフリント」
「お前……相当怪しいぜ」
しかしノアは取り合わず、短い溜め息を吐いた。
「何が言いたいのか分からないな」
「だったらハッキリ言ってやる。お前、ここでメダロット暴走事件があったの知ってるんじゃないだろうな?」
「……なぜ君たちがそれを?」
歩き出そうとしていたノアの背中がピタリと止まって、ゆっくりと振り返る。
事件を知っている。フリントは「やっぱりな!」とさらに疑惑の目を向け、アオカゲは首を傾げた。
「えっと、とりあえず二人とも落ち着いて。事情を説明するから」
詳しいことを聞き出す必要はあるかも知れない。アスカはそう思いつつ、まずは自分のことを話し始める。
かつて幼い自分がメダロット暴走事件に巻き込まれたことがあり、ここはその現場。その時のことがトラウマになって、しばらくメダロットと接することを恐れていたことを。
「暴走事件の被害者……そうだったのか、それでここに」
「で、どうして知ってるの?」
アオカゲに問われ、しばし沈黙していたノアは顔を上げて返事をする。
「世の中には忘れた方が良いこともある……ボクに会ったことも、君のかつての記憶も」
「えっ?」
「わざわざ掘り返す必要はない。辛いことなら、尚更」
「何を言って……」
「君はこれ以上、この事件に深入りするな。ボクが言いたいのはそれだけだ」
そう言って、今度こそノアは振り返らずに去っていく。
「なんだよあいつ、偉そうに!」
「いや、今のはひょっとしたら……」
憤慨するフリントの隣で、アスカは思う。
今のは身を案じて出してくれた言葉なのではないか、と。
だとすれば、彼はこの事件の裏で何が起きているのか知っている可能性がある。アスカが忘れてしまった『何か』のことも、ひょっとしたら。
「早総くん、君は一体……?」
会ったばかりの頃から謎めいた部分のある人物であったが、自分はノアの素性について思った以上に何も分かってないのかも知れない、とアスカは感じていた。
そしてこれ以上この場にいても何も進展しないと思い、今回は一度家に戻ることになった。
※ ※ ※ ※ ※
同日、夜。
塾の夏期講習帰りらしい一人の男子中学生が、家路に向かって歩いていた。
「大人になってもこんなことが続くのかなぁ、嫌になっちゃうよ」
深い溜め息を吐きながら、少年は公園の近くを通りかかる。
すると。
「ん……小学生? こんな時間に?」
公園の中に入っていく黄色いレインコートを着た子供を見かけ、思わず立ち止まった。
背格好からして明らかに彼よりも歳下で、しかも雨も降っていないのに雨具を着用している。明らかに異様だ。
少年は親切心から、その子に向かって声をかける。
「お~い! 早く家に帰りな、危ないよ!」
「……フフッ」
「んん? おーい!」
聞こえていないのかと思って大きな声で呼びかけるも、その子供は振り返ることなく公園の中に駆けていく。
「おいおい入っちゃったよ……どうしようかな」
あんなに小さな子を放っておくのは、どう考えても危険だ。そもそも親は何をしているのか。
逡巡の末、少年はレインコートの子を追いかけることにした。
まだそんなに遠くへは行っていないはず、きっとすぐに見つかるだろうと考えて。
ところが遊具の周りにも砂場の方にも誰もおらず、話し声すらも聞こえない。
「い、一体どうなってるんだ? まさか幽霊……いやいやそんなわけ……」
気付けば一人、電灯に照らされた異様に静かな公園に取り残されたような感覚。
急に恐ろしくなってしまって、少年がその場を急ぎ去ろうとした、その寸前。
ジャングルジムの頂上から、声が聞こえて来た。
「お兄さん、こんな時間に一人でどうしたの~?」
そこにいたのは、先頃見かけた黄色いレインコート姿の子供だ。
「えっ、あ……え?」
「夜中に遊び歩くくらい暇ならさぁ~……ロボトル、しない? 遊ぼうよ」
言いながら立ち上がり、その子供はゆっくりとコートの裾をたくし上げる。
「勝った方が相手の言うことをなんでも聞くってルールで。お兄さんが勝ったら、
夜闇の中で月明かりを背にしているので、そのレインコートの内側をハッキリと見ることはできなかった。
しかし、明らかに――
妖しく微笑む黄色いレインコートの少女を見上げ、少年はゴクリと息を呑み、彼女の言葉で興味と劣情を衝き動かされたかのようにメダロッチを構えメダロットを呼ぶ。
彼が使うのは、二宮金次郎の石像をモチーフとした『MDT-GLM-00 セキゾー』とドクタースタディ。
対し、少女が転送したのはギリシア神話に登場するアラクネを元とした『MDT-ARN-00 ヘルウィーバー』とゴキブリメダロットの『MDT-CCR-00 ブラックレスター』だった。
「じゃあもう始めようか、ロボトル〜」
「ファイト!」
少年は早速、ドクタースタディに僚機の補助、セキゾーにミサイル攻撃を指示する。
一方、レインコート少女はただその場でじっと見ているだけ。自分のメダロットたちに、何も命令を出さない。
その様子にどこか違和を感じるものの、少年はなかなか動き出さない相手の虫メダロットたちへ果敢に攻撃を仕掛けていく。
しかしロクな命令を下していないにも関わらず、彼のセキゾーのミサイルは全て撃ち落されてしまった。
「え? あ、あれ?」
さらによく目を凝らせば、レインコートの子供はメダロッチを着けてはいるが、そもそも声を出していない。
では、なぜこのメダロットたちは動いているのか? 命令も受けず自力で行動するのも不可能ではないが、それだけでここまでの動きが本当できるのか?
訝しんでいると、さらなる異常事態が引き起こされる。
バッタメダロットのスィートやカマドウマ型のイエロークリックなど、虫をモデルとしたメダロットが森の中から続々と湧いて出て来たのだ。
「なんだこいつら!? 野良メダロット!?」
突然現れた数々の機体はセキゾーとドクタースタディだけを狙って攻撃し、それに便乗してヘルウィーバーとブラックレスターも猛攻を仕掛け、一気に勝利を収めた。
「はぁい勝ちィ。じゃあ、約束守って貰おうかなぁ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? 今ので負けはおかしいだろ!? 明らかに乱入だったし……!!」
「そんなのどうでもいいから。っていうか、そろそろこっちも
その言葉と同時に、少女の足元から『黒い靄』のようなものが溢れ出し、彼女の身体が糸を失った操り人形のようにガクリと項垂れる。
さらに靄はカマキリめいたキバを生やした巨大な肉食昆虫の頭のような形状を取り、徐々に少年の方に迫っていく。
『食ベチャオッカナ?』
「ひぃっ……!?」
『モウ待チキレナァイ!! イタダキマァァァ~ス!!』
黒い昆虫の頭部が蠢き、少年を喰らおうとする、その寸前。
銃声と共に、巨大昆虫の影の一部が散滅した。
見れば、そこには真っ赤なボディに長く白い二本角を伸ばした機体、ヘラクレスオオカブト型の『MDT-KBT-06 アークビートルダッシュ』が立っている。
『チッ!?
アークダッシュはそのままレインコート少女のメダロットたちを銃撃して下がらせ、立ち塞がった。
それに続く形で、夜闇の中から黒いマントを羽織った仮面の男が姿を現し、少年に声をかける。
「危ないところだったね。さぁ、早く逃げて」
「は、はい!」
状況が飲み込みきれずまだ混乱しているが、それでも少年は自分のメダロットたちを転送しなんとかメダルを回収、その場を去っていく。
取り残された仮面の男とアークダッシュ、そして昆虫頭を生み出している黄色いレインコートの少女とメダロットたちは、正面から睨み合う。
『オマエ、誰ダ?』
「通りすがりの正義の味方さ。どうする、俺と続きをやるか?」
言いながら、男は颯爽と八枚のメダルを手にしてメダロッチを構える。
メダロットを一人で九体も操り切る自信があるというのか。ハッタリだとすれば大したものだが、
少女は考えた末、黒い靄を影の中に戻し、溜め息を吐く。
「止めよう。今の装備じゃ、きっとお前を倒し切れない……面倒だし、不毛だ」
そう言った後、黒い煙を撒いて彼女は姿を眩ました。
男もまた溜め息と共に空を仰ぎ、アークビートルダッシュを戻してメダルを手にする。
「全く……何も変わらないな、この街は」