引き続きかつて自分の身に起きた事件について調査を行っていたアスカは、近所の公園で、とある噂話を耳にする。
曰く――『昨晩、一人で公園を歩いていた子供が怪物に襲われた』と。
この話をしている者たちは、誰も真面目にその噂を信じていないのだが、アスカは違う。
「メダロット暴走事件と何か関係あるのかも」
ひょっとしたら自分と同じで暴走したメダロットに襲われ、記憶が混濁して子供に襲われたのだと勘違いしたのかも知れない。
そう思ったアスカは、傍らのフリントとアオカゲにも自分の考えを話す。
「他にマトモな手がかりが見つかってねぇからな」
「可能性があるなら調べてみても良いと、思う」
二人も同意し、これで残る問題は両親からの許可が貰えるかどうかというところになった。
近場で見知った公園とは言っても、中学生が夜中に出歩くというのは危険が伴う。
簡単には頷かないだろうと思いつつ、帰宅したアスカはすぐにウイチロウとチヨメに事情を打ち明ける。
「夜に公園で調査? あぁ、良いよ」
「良いの!?」
アスカにとっては意外なことに、あっさりと許可が出た。
だが、直後に「ただし」と付け加える。
「監視役としてバウを連れて行くことが条件だ。バウ、何かあったらすぐにメダロッチへ連絡をくれ。それとあまり遅くならないように注意するんだぞ」
「わかったよ~!」
バウは相変わらずのんびりとした口調でそう返し、フリントたちに手を振ってアスカの傍に立つ。
こうして許しも得たことで安堵しつつ、今度こそ欠けた記憶の正体を掴むことを期待し、一人と三機は夜を待つこととなった。
そして、夜。
「じゃあ行ってきます!」
父母にそう挨拶をして、アスカたちは早速夜の公園を散策しに向かう。
「昨日みたいにノアの邪魔が入らないと良いな」
「そもそも俺だって何を言われても引き下がる気はないよ」
「へへっ、そう来なくちゃな」
公園までの道のりを歩きながら話す、アスカとフリント。
目的地に到着すると、突然に物陰から黄色いレインコートを羽織った子供が姿を現した。
「女の子……?」
こんな時間に、しかも雨も降っていないのに雨具を着て公園にいるのは一体どうしたことだろう。
不思議に感じつつも声をかけようと近づくと、先に少女の方からアスカへ話しかけて来た。
「お兄さん、わたしとロボトルしようよ」
「えっ?」
「そっちが勝ったら、なんでも言うことを……」
言いかけた言葉を途中でピタッと止め、少女はフードの奥で眉をひそめて首を傾げる。
じっと顔を覗き込んでくる二つの眼にアスカが戸惑っていると、またもや少女が先んじて口を開く。
「なぁ~んだ。どこかで見たことあると思ったら、
「……何を、言って……?」
まるで、
少女はニヤリと笑ってメダロッチを操作し、その場にとあるメダロットを転送する。
緑色のカラーリングに、両腕から伸びる鋭利な大鎌、身体を支える四本の脚。そして、頭部の両側についた赤い複眼のような部位。
そこに現れた機体を目にして、真っ先に声を上げたのは、バウだ。
「アスカ! あ、あいつ、あの時のヒパクリトだよ!?」
昔、公園に現れ自分を襲撃した、あの暴走メダロット。
市販のパーツである以上同一の個体だとは限らないのだが、アスカ自身も不思議なことに、バウと同様の確信があった。
さらに。
「
「は……!?」
レインコートの少女の身体から、黒い靄が立ち込め、それが巨大な蟷螂の頭を形作る。それと同時に、彼女の表情は虚ろなものになり、全身がだらりと力を失った。
その瞬間に、アスカの脳裏にある映像がフラッシュバックした。
かつてヒパクリトが自分に襲いかかる直前――眼の前のレインコートの少女が、現在のそれと
そして、同じように蟷螂頭を生み出したことも。
「それじゃあ、まさか……!?」
自分の記憶が失われてしまった理由は。ヒパクリトを操っていた者の正体は。
あの、黒い蟷螂頭を生み出す少女だ。
『ワタシハ"ボーラ"。今度ハ、ヨ~ク覚エテ……恐怖ノ味ヲ噛ミ締メロ』
ボーラと名乗る黒い影が、再び少女の身体の中に入り込み、それまで虚ろだった少女の表情と肉体から生気が取り戻される。
それと同時に、周囲からスィートやイエロークリック、トラップスパイダにブラックレスターなどの虫型メダロット集団が飛び出し、襲いかかって来た。
しかも、それらは明らかに全て暴走機体だ。
「さぁさぁ、遊ぼうよぉ~! あの時の続きをしようよぉ! アハハハハァ~!」
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
トラウマの想起と危機的状況が重なり、半ば錯乱状態になったアスカが悲鳴を上げる。
指揮もままならないが、そんな中でもフリントは、次いでアオカゲも彼を守るように立ち塞がった。
「アスカ、落ち着け! オレたちがいる!」
「絶対守るから」
「お、おれはウイチロウに連絡を!」
この中で唯一アスカの機体ではないバウもまた、言いつけ通りに行動する。
だが。
「えぇっ!? ウソ、なんで……通話機能もメッセージも使えなくなっちゃってるよぉ!?」
その言葉を聞き、フリントとアオカゲも慌てて通話を試みるが、結果はバウと同じ。
どこにも、誰にも繋がらない。
「こっちもダメだ!! どうなってんだ!?」
「セレクトにも警察にも通報できない……どう、して?」
アスカは未だ恐怖から立ち直れておらず、やはり指示を出せない。
フリントはそれでも諦めることなく、向かい来るイエロークリックの攻撃を回避しつつ、アスカのためにバウに呼びかけた。
「クソッ! バウ、こうなったらアンタも一緒に戦ってくれ!」
「わ、分かったよ~!」
そうしてようやく、三機は戦闘態勢に移る。
フリントはバスターマグナムを充填し、アオカゲは左腕を構え、バウもまた右腕のライフルを虫メダロットたちに向けた。
それを見て、虫たちはフリントらから距離を取り、何もせずただ充填中の彼らを窺う。
一体何をしようとしているのか、三機にはよく理解できなかったが、動かないのならば好都合。充填を終え、敵に狙いを定める。
「喰らいやがれ!」
フリントの銃撃がイエロークリックの頭を貫き、アオカゲの拳がプロポリスを捉え、バウの弾丸がトラップスパイダを撃ち抜いた。
「中々やるね。でも~、たった三体で本当に守りきれるかなぁ~?」
「はっ!?」
冷却が始まった途端に、ボーラの手先たちは動き出す。
彼女らはこの瞬間を待っていたのだ。フリントたちが攻撃を終え、抵抗できなくなる今の状況を。
「ぐあっ!?」
「うっ!」
「わぁーっ!?」
ヒパクリトの鎌が、スィートの燃える刃が、その他大勢のメダロットの攻撃が、フリントやアオカゲやバウに傷を負わせる。
「ふ、フリント……アオカゲ、バウ……みんな……」
動揺している間に次々と攻撃を受けてしまうフリントたちを目の当たりにし、アスカはようやく、徐々にではあるが我に返りつつあった。
なんとかしなければ。しかし、あのヒパクリトやボーラを前にすると、思わず身体が硬直してしまう。
相棒たちを助けたいのに、足がそれを拒む。沸き上がる恐怖に打ち勝つことができない。
万事休すか。フリントまでもが膝を屈しそうになった、その時。
「キバマル!」
「御意」
そんな声が、視線の先の虫メダロットたちの向こう側から聞こえ、ブラックレスターが真っ二つに斬り裂かれて機能を停止した。
ノアだ。遠目から誰かが襲われているのを目撃して、駆け付けたのだろう。その助けた相手がアスカだと分かると、彼はやはり苛立ったように自らの眉を寄せる。
「何をやっているんだ、キミは。もう関わるのはやめろと、ボクは忠告したはずだぞ」
「早総くん……」
「戦えないならせめて首を突っ込むな。これは普段キミたちがやってるお遊びとは、何もかも違うんだ」
「……」
「下がっていろ。ボクが片付ける、こいつらをまとめて」
言いながら、ノアはフリントたちよりも前に出てメダロットを追加転送。
一体はダンシングフラワーを模した、顔部が顔文字の表示されるモニターとなっている『MDT-DFL-02 さくらちゃんZ』で、コウモリメダルが搭載されている。
もう片方の機体は、彫刻めいた白い女体と、吹き出る血を彷彿とさせる形状の頭部が目を引く『MDT-MDS-00 スネークィーン』だ。こちらにはナイトメダルを装填してあるようだった。
「三体か、誰だか知らないけど大盤振る舞いじゃぁ~ん。そんなに遊びたいなら付き合ってあげるよ」
「今の内にせいぜい遊び気分で呆けていろ。何が起きたのか理解できないまま、お前はこの世から消えるんだ」
言いながらノアはスネークィーンにストーンシールドの使用を命じ、さくらちゃんZにはリペアプラントの設置を指示、キバマルの方はチャージをさせる。
ボーラ側の戦力は構わず総攻撃を仕掛けるが、充填を終えたスネークィーンが素早く割り込み、その機能によってスィートの初撃を無傷で凌ぐ。
しかし全ての攻撃を防ぎ切ることはできず、後続のメダロットたちの雪崩れるような斬撃と銃撃が襲いかかる。
「わたしをそこらのザコと一緒にされちゃ困るなぁ~。ほらほら、どんどん行けぇ~!」
幸いにもリペアプラントがあるお陰で損傷はすぐに治るが、ボーラの方のメダロットは十機以上もいる。このままではジリ貧だ。
フリントも自分の傷が治療効果で元通りになったのを確認すると、アスカに向かってもう一度呼びかけた。
「アスカ! オレたちも戦うぞ! アイツにだけ任せてられるかよ!」
「……」
「おい、どうしたんだよ!?」
身を震わせながら、アスカは答える。
「む、無理だよ……自分で自分の記憶に蓋をしてた理由が分かったんだ……とても戦えないよ、あんなバケモノが相手なんて」
頭では助けたいと考えていても、身体が言うことを聞かない。心の根底から這い出たトラウマが、容易くアスカの勇気を圧し折っているのだ。
それでも、フリントは決して諦めない。
「聞けアスカ! オレはな、あの野郎は気に入らねェ! 態度がデカくて生意気で! 忍者野郎だってワケ分かんねェヤツだし!」
けど、と続けて、小さな手でアスカの両手を握り込む。
「何もしないで見捨てるってのはオレじゃない、アイツらをブッ倒すのはオレたちなんだぜ! オレのやりたいことができないってのが何よりも気に入らねェんだよ! だからアスカ! 一緒に戦ってくれよ、お前が必要なんだ!」
「フリント……」
グッと唇を引き締め、アスカは俯く。
こんな自分に、一体何ができるのだろう。
「ぐっ!?」
「キバマル!!」
そんな悩みに耽る間もなく、ノアたちの苦戦する声を聞いたアスカは、ハッと顔を上げる。
本当に何も行動せずにいたら、彼らは無事では済まない。あの怪物の正体が何であれ、危険な目に遭うのは確実と言える。
――ノアを見殺しにしてしまうのか?
それを意識した瞬間、恐怖に囚われていた頭を晴らすように先程のフリントの言葉が響き渡り、メダロットであるはずの彼の手から感じるほのかな温かさが、内から滲み出る不安を和らげていく。
アスカはその手を握り返すと、深呼吸の後、意を決した様子でボーラの方を睨み、メダロッチを構えた。
「フリント、アオカゲ、バウ。行くよ」
少年の一言を聞き、三機もまた虫メダロットたちと対峙する。
眼の前の恐怖を、自らのトラウマを、断ち切るために。
充填を終えたフリントは左腕のラピッドバルカンを放ち、キバマルを斬り裂こうとしたヒパクリトへと全弾命中、両腕のパーツを破壊した。
ノアにとっては窮地を救われた形になるが、戦いに参加したアスカに対して彼は怒鳴り声を浴びせる。
「バカかキミは!? なんで逃げない!?」
「友達を見捨てたくないからだよ!!」
「勝手に友達扱いするな!! 友達だからキミのことを助けたとでも思ってるのか!? ヤツと戦っているのはボク自身のため、使命のためだ!! 自惚れるな!!」
「どっちにしても俺は戦う……あのバケモノに立ち向かわず、君を置いて逃げたままで、終わりたくない!! アオカゲは防御役の充填までの時間を稼いで、バウはトラップ使いを狙うんだ!!」
アオカゲの拳がスィートを叩き、スネークィーンを攻撃から守る。バウの放つライフル弾も、トラップスパイダを撃ち抜いた。
形勢は僅かにノアたちの有利に傾きつつある。アスカが恐れから立ち直り、指示を出せるようになったという、ただそれだけで。
その姿を見て歯噛みしつつも、ノアも「勝手にしろ」と返し、負けじとキバマルたちに命令を下した。
装甲を力強く貫く銃弾と、目にも留まらぬ速さで閃く刃。集まった虫メダロットの軍勢は、確実にその数を減らしていく。
「あーあー、何やってんだか。この程度の相手にこんな時間かかることある? わたしはお腹が空いてただけなのに、なんか面倒くさくなってきたなぁ~っ……」
ボーラはそんな戦況を目にして不満そうに唇を尖らせると、左腕のメダロッチを操作し始めた。
「もういいや、そろそろ二人纏めて喰い殺そうかな。パーツ転送~」
操作を終えると共に、既に機能停止しているヒパクリトとスィートの全身のパーツが分離し、みるみる内に別のパーツへと換装される。
ヒパクリトは下半身が無数に伸びたケーブル状であり、両腕に火器とビーム砲を備える、大きな口が目を引く機体に変化した。
方やスィートは、シャコを彷彿とさせる姿をした、同じく腕に破壊兵器を備えるマシンとなる。
そしてケーブルの下半身を持つ獣めいた兵器はアスカとフリントたちの前に立ち塞がり、シャコの方はノア・キバマルたちと対峙した。
「あの左腕、まさかアレがビーストマスター!?」
「それに『KKR-WEA-01 ゴッドエンペラー』……向こうもついに、本気になったか」
黒龍重工作の兵器型メダロット二機。これは一筋縄ではいかない、とアスカもノアも息をグッと呑む。
悪夢のような第二ラウンド、そのスタートを切ったのはビーストマスター。
剥き出しのコードを蛇のようにくねらせながら移動し、充填を終えた
ビーストマスターのハイパービーム、その標的となったアオカゲは、避けるどころか防ぐことさえできずに全身を焼かれた。
《全パーツ重度ダメージ、機能停止》
「アオカゲッ!?」
「マジかよ、一撃で……!!」
ハッチからメダルが吐き出され、アスカはすぐに回収に動く。
その間にゴッドエンペラーも動き、右腕から何発ものミサイル弾をさくらちゃんZに向かって発射。
着弾と共に大きな音を立てて爆発し、ダンシングフラワーのメダロットも倒れ伏す。
《全パーツ重度ダメージ、機能停止》
「くっ、なんてデタラメな破壊力だ……!」
「ならば攻めるのみ! イヤーッ!」
キバマルが叫び、右腕を振り上げる。フリントもまた、バスターマグナムを構えてビーストマスターに照準をつけた。
しかし、彼らの抵抗を嘲笑うかのように、二体の兵器は悠々と銃と刀を避けてしまう。
「当たらねぇ!?」
「ムゥ……!」
このまま手をこまねいていては、全滅してしまう。
ノアはアスカの方にチラリと視線をやり、深い息をつくと、小さな声で一言だけ呟く。
「……どうやら、今回ばかりはちゃんと共闘するしかなさそうだ」
それを聞き、アスカは隣に立つと、声を抑えて「どうする?」と尋ねる。
「とにかく時間を稼いで。ボクとキバマルのメダフォースなら、確実に片方は仕留められる。もう片方は……」
「じゃあ、もう片方はみんなで一気に攻めて制圧しよう。片側が落ちれば、向こうの攻め手も収まるはずだしね」
「……そういうこと。だからまずは生き延びて。頼んだよ」
やや無責任にも思えるその言葉と同時に、アスカとノア、そして二人のメダロットたちは一斉に散開し、バラバラに走り始めた。
狙う相手を迷わせるための、ほんの気休め程度の時間稼ぎの行動。それでも、やらないよりはマシだと二人とも考えたのだ。
ビーストマスターが困ったように頭を左右に振り出したところを確認すると、アスカとフリントは動き出す。
「フリント! 行くよ!」
「おう!」
『メダフォース! ピースメーカー!』
白い輝きがフリントの全身を包み、スピードがさらに増す。
ノアは見ただけですぐにその能力を理解し、息を飲んでいた。
「あれは……あのメダフォースは、強力だ……!」
思わずそんな言葉を漏らしてしまうほど、あまりの速さにノアは驚嘆する。
そして充填が終わり、フリントの頭部からより高威力になったミサイルが発射された。
『いっけェェェーッ!!』
だが、その瞬間。
ビーストマスターは近くにいたトラップスパイダを咥え、自分に向かってくるミサイルの方に放り投げる。
それによってトラップスパイダに着弾、爆発し、ビーストマスターへの攻撃は妨げられてしまった。
「うそっ!?」
「残念で~~~し~~~たぁぁぁ~~~!! デスブラストォ!!」
続いてビーストマスターの頭部から、一直線に重力砲が放たれる。
強大な出力の重力の閃きは、そのまま射線上にいたフリントとバウへと被害を及ぼす。
「ぐあっ!?」
「うわあっ!?」
二体は後方に大きく吹き飛ばされ、地面へと強かに背が叩きつけられてしまう。
幸いなことにフリントは強化されていたため、ダメージは少量で済んでいる。バウの方も、重力砲が先にフリントに命中していたことで威力が大幅に減衰したため、機能停止には至っていない。
とはいえ、状況が最悪であることに変わりはない。ビーストマスターは健在であり、まだゴッドエンペラーの攻撃も残っているのだから。
「デスレーザー、行け!」
「フリント、危ないよぉ~!」
バウが叫びながらフリントを突き飛ばし、レーザーが胸を貫く。
そのたった一撃で、バウもまた背中からメダルを吐き出した。
「そ、そんな……このままじゃ……」
「いや。ギリギリで間に合った、下がって」
ノアの放った言葉が耳に入ったのは、そんな時だった。
アスカたちはメダフォースが発動する前に、すぐに退避行動を取り、抜け目なく敵機二体へ銃口を向け警戒する。
「特別に見せてあげるよ、ボクらの本気の力を」
「行くぞ、我らが奥義!」
『メダフォース、シャドーレギオン!』
その宣言の瞬間、ゴッドエンペラーのレーザーが照射され――キバマルの姿が、命中する前に
「なっ、なんだ!?」
フリントが声を上げ、ボーラの目も動揺に歪む。
そこには、五体に増えてゆっくりとゴッドエンペラーに立ち向かうキバマルの姿があったからだ。
「これが
全てのキバマルが同時に右腕の剣を掲げ、四方と空から一斉に飛びかかった。
「攻撃は本物だ。喰らえ、五連撃!」
攻撃から自分を守ろうと両腕を盾にし、身を縮ませるゴッドエンペラー。
しかし、やはり五回連続のスラッシュを耐え切ることはできず、機能停止。残りはビーストマスターのみとなる。
このまま押し切れば勝てる、と思った矢先に、ボーラは再び高笑いを始めた。
「悪いけど負けてあげる気ないんだよねぇ! みんなおいで!」
ボーラが虚空に向かって呼びかけると、残り少なくなっていたはずの敵戦力の虫型メダロットが、森の中からさらに湧き出す。
「なに!?」
「まだいたの!?」
「迂闊だった……伏兵に気付かないなんて……でもまだだ! キバマル、イナサを!」
攻撃を終えた今、キバマルのシャドーレギオンはもう解けている。
その決定的な隙を見逃すはずもなく、迫りくる敵のメダロットたち。
だが、攻撃が始まる寸前。銃声と斬撃音と共に、その虫たちは吹き飛ばされる。
「こ、今度はなんだぁ!?」
「アレって!」
視線の先にいるのは、赤と青の昆虫型機体。赤いヘラクレスオオカブトと青いオオクワガタ。
アスカは助太刀に入ったその二機を前に、キラキラと目を輝かせている。
「間違いない……すごいよ! 数量限定生産の幻のKBT型機体、アークビートルダッシュ! それにあっちは同じ数量限定生産のKWG型のティレルビートル! は、初めて見た!」
興奮しているアスカの隣では、ノアがそれと少し違った様子で目を剥いていた。
「そこまでだ悪党め!」
「ここに
『トゥッ!』
直後に、木々を伝って一同の前に二つの影が飛び出し、着地する。
現れたのは、二人組の男。黒いボディースーツにマフラー、腕と脚は白いグローブとブーツで覆われていた。
片方は頭部にカブトムシを思わせる赤い仮面を被って赤いマフラーを着用し、もう片方は同じくクワガタのような青い面と青いマフラーを身に着けている。
「お前ら……何者?」
正気を疑うぞ、とでも言いたげな視線を送りつつ、ボーラは言った。
すると、二人の昆虫仮面男はフッと笑ってポーズを取りながら、名乗りを上げ始める。
「遠い銀河の彼方から!」
「数多の星々飛び越えて!」
「青く輝く地球に降り立った!」
「一条の流れ星!」
「宇宙メダロッター
「宇宙メダロッター
『参上ッ!!』
ファーストの方が両腕を自身の左側に突き出して立ち、全身で『F』の文字をポーズで作り、ブレイヴが背中を見せながら右足と右腕を曲げて『B』のポーズを作った。
一瞬の沈黙。
ノアは目を点にしてポカンとしながら、首を傾げる。
「え?」
「……か、カッコいい!!」
「え?」
アスカがさらに目を輝かせているのを見ると、再び頭に疑問符を浮かべ、しかし疑問は解消されないまま戦いが進んでしまう。
「行くぞブレイヴ!」
「おう、見せてやろうぜファースト!」
『レッツ・メダユナァァァァァイトッ!! マスタービートル、ゴォォォォォーッ!!』
二人がメダロッチを天に掲げて叫ぶと、二体のメダロットが変形を始める。アークダッシュもティレルビートルも、メダチェンジ機体なのだ。
これによってアークダッシュはスピーディな車両形態に、ティレルビートルは重厚な飛行形態に変化。
さらにそれだけでなく、アークダッシュがティレルビートルの上に重なって、光と共に連結した。
赤のヘラクレスと青のオオクワガタ、KBTとKWGの中でも頂点とされる二体のメダロットがひとつになった、まさに究極の到達点。それが合体メダロット――マスタービートルである。
「あ、アスカ! あいつら合体しやがったぞ!?」
「すごい……二体が揃っていれば合体機能が使えるって話、本当だったんだ!!」
合体状態であるマスタービートルは二機分の攻撃を同時に充填し、一度に攻撃を放つ。
近づいて来た敵機に対し、突進してブロウアウェイで吹き飛ばした後、ロングショットが炸裂。一瞬で撃破せしめる。
ノアは呆然とその姿を見ながら、困惑しつつも声をかけた。
「あの……その格好、一体……」
「さぁ少年! 今の内にビーストマスターを倒してしまうんだ!」
「いや、だから」
「がんばれよ見知らぬ少年たち! ハーッハッハッ!」
「……ダメだ、この大人たち……完全にふざけてる」
額に青筋を立てて頭を抱えながらも、しかし彼らの言う通りだと感じ、ノアは改めてビーストマスターに向き直る。
破壊兵器は再び大口を開いて、再びデスブラストを使おうと構えていた。
しかしそれよりも前に、既にノアの指示を受けていたキバマルが、左腕の鎖分銅を頭部と脚のコードに巻き付ける。
「あっ!?」
「ホールド攻撃の術で御座る、大人しくしていて貰おうか」
「……クソがぁ……っ!!」
そうして身動きが取れずもがいているビーストマスターの前に、バスターマグナムの充填を終えたフリントが立ち塞がった。
「いっけぇぇぇ! フリントォォォ!」
「おっしゃあ任せろ! ここで決めなきゃ、男じゃねぇぜ!」
フリントは拳を握り込み、ビーストマスターの顔面目掛けて思い切り突き出す。
それと同時に全身兵器の拘束も解け、大きな口が再び開かれる。
両雄激突――。
最後の最後に戦いを制したのは、フリントの方だった。開いた口に右腕を突っ込み、重力砲の発射口を殴り抜けながら銃撃。
これによりダメージを負った上で砲口が歪み、重力砲が暴発、自らその強大なエネルギーを浴びて機能停止した。
さらに大物がやられたのを好機とみて、残存戦力を倒すべくファーストとブレイヴが動き出す。
「今だ! 発動、マスタービーム!」
「ブチかませ、マスターサンダー!」
ヘラクレスの角から放たれた極大の赤いビームと、オオクワガタのアゴから発せられた青い稲妻が、全ての敵機を焼き払う。
呼び出したメダロット軍団は全滅、さらに周りをフリントやキバマルたちが包囲する。
ボーラは舌打ちし、深い溜め息の後に、天を仰いで大口を開けた。
「あぁもう、結局……誰も食べられなかったぁぁぁ~~~……っ!!」
その叫びが夜空と地面を震わせ、口から大きな黒い靄が吐き出されて煙が周囲を覆うと、ボーラはそのままバタリと倒れる。
一同はあまりの事態に目を見張り、そして先程まで戦っていたはずの敵メダロットも全て消失していることに気付いた。
「お、おい。どうなったんだ? 急にブッ倒れたぞ?」
「メダロットたちはどこかに転送された、のか?」
言いながらアスカはフリントと共にボーラの方に駆け寄り、レインコートのボタンが外れて全開になったその姿を目にして、再び驚愕の声を発する。
「えっ!?」
「
そこに転がっていたのは、パーツがひとつも付いていない、女型ティンペット。しかも、背中を調べてみればメダルも入っていなかった。
一体彼女は何者だったのか。先程まで、確かに人間だったはず。
そう思っていると、ノアがポツリと一言漏らした。
「やはりそうか、ヤツは……」
「オイ待て! やっぱお前、何か知ってんだな!?」
すかさずフリントが突っ込み、ノアはグッと言葉をつまらせる。
アスカはそんなフリントを制しつつ、真剣な眼差しを送りながら、問いかけた。
「教えて、早総くん。彼女は一体……何なの? 君は、本当は何者なの?」
「……それは……」
じっと自分を見つめる彼に対し、ノアが答えるのに躊躇していると、その様子を見ていた宇宙メダロッターが口を挟む。
「それは我々から説明しよう!」
「宇宙メダロッターさん!?」
「ファーストと呼んでくれたまえ!」
「ファーストさん、どういうことですか!?」
カブト仮面のファーストは、もう一度木に登り直してからノアを指し、こう告げる。
「何を隠そう、彼は我々宇宙メダロッターの協力者なのだ!」
「え?」
「察するに、君たちに対し今まで素っ気なかったり少し怪しい態度を取っていたのかも知れないが、それは全部君たちをこの件に巻き込みたくないという彼の優しさなんだ! 許して欲しい!」
「え?」
ポカン、とノアの表情が何度目かの唖然としたものに変わり、頭上に疑問符が浮かぶ。
そしてそんな話を信じるワケがないだろう、と考えたのも束の間。
「そ、そうだったのか……すまねぇ! オレ誤解してた!」
「ノアくんはやっぱり良い子だったんだ!」
「え?」
フリントが頭を下げ、アスカが感激した様子で瞳を輝かせて見つめている。
もはやノアは言葉すら出て来ない様子で、それを肯定と勘違いしたのか、自称宇宙メダロッターたちはさらに話を続けた。
「ヤツらは宇宙の果てからやって来た、この地球を狙う悪しき闇の宇宙人だ! ESCという組織を作って隠れ蓑にし、今も暗躍している!」
「そして俺たち宇宙メダロッターは、アイツらから地球の自由と平和を守るために戦うエージェントだぜ! よろしくな!」
アスカは二人を見上げながら、手を上げて声を張り上げる。
「あの! 俺に、何かお手伝いできることは!?」
ファーストはそれを聞き、やや悩んだような素振りを見せると、人差し指を立てて返答する。
「我々はヤツらの目的を阻むため、各地で動いている……ちゃんと目を光らせているつもりだが、君たちの前にESCが現れたら、連絡して欲しい」
「俺も戦えます!」
「オレもだぜ! オレは、アスカの相棒なんだからな!」
フリントも拳を掲げ、力一杯に意気込む。
しかし、ファーストは考え込んだ後、首を左右に振った。
「君たちも知恵と勇気には自信があるようだ。しかし、ヤツらはそんなに容易い相手ではない」
「……そう、ですか……」
「だが、もし君たちが本気でヤツらに立ち向かいたいと願い、そしてそのための力をつけたなら、その時は……私の方から声をかけよう。新たなエージェント候補として、ね」
エージェントの候補にスカウトする。
その一言に胸を高鳴らせて、アスカは「はい!」と元気良く返した。
『また会おう、少年たち! ハーッハッハッハッハーッ!』
宇宙メダロッター二人は自分たちの相棒を連れ、高笑いと共に去っていく。
その背中に眩いばかりの憧憬の眼差しを送りつつ、アスカはノアの方に向き直った。
「早総くん、元々そのつもりだったけど……俺、地方統一戦では負けないよ。さっきのファーストさんの話だけじゃなくて、君の本当の力を間近で見たからこそ、全力でぶつかって掴み取りたい!」
「……シャドーレギオンを見た上でそんな言葉を吐けるとは。やはり、ボクはキミをまだ少し見くびっていたようだ。つまらない大会になると思っていたけど、少し興味が湧いたよ」
でも、と続けて、ノアは僅かに唇を釣り上げながら、キバマルたちを戻してメダロッチを掲げる。
「絶対に手は抜かないし、こっちこそ負ける気はない」
「うん!」
ほんの少しノアと距離が縮まったのを感じながら、アスカは頷き、ひとまずこの日は別れることとなった。
「それはそれとして……あのふざけた大人ども、後で文句言ってやる……」
「?」
同日、深夜。
『……はぁ~、えらい目に遭った~』
千葉県アッカ市の某所、羊と『ESC』の文字が描かれた赤いネオンボードだけが光源となっている暗闇の中に、黒い靄が立ち込める。
そこに投げ込まれるのは、女型メダロット用のティンペット。闇の中に、一人の男が立っていた。
紫の礼服を纏う、緑髪の男だ。
「まさか、君までやられるとはね。相手は誰だ? 油断でもしていたとか?」
『それがさぁ~、アークビートルダッシュとティレルビートルが出て来てさぁ~。あんな強いヤツがいるなんて思わなかったよマジで。
ティンペットの背に靄が流れ込み、ハッチの中で『黒いメダル』が形作られると、ひとりでに蓋が閉じてティンペットの目が点灯する。
そして今度はティンペットの全身から靄が溢れ出し、徐々に手足や胴体などを構築していく。
ただし形状も頭身も明らかにメダロットのそれではなく、むしろ人間に近いものだった。
やがて完成したのは、素裸の女。艶めかしい凹凸のハッキリとした体型で、人目で大人と分かる姿であり、黄色いレインコートを男から受け取ってそれを素肌の上から羽織る。
「ふぅ〜、しばらくはこっちの体型にしとこうかなぁ〜」
「お疲れ様。少し休むといい」
男はそう言いながら、闇の中を歩いていく。
「我らに抵抗できる者が増え始めている……たかが辺境の惑星の塵芥どもが、余計なことをするものだ」
溜め息と共に、男は目の前の壁を――正確には、そこに描かれた壁画を見上げる。
「次のプランで完膚なきまでに叩き潰す、我ら『黒き民』がな」
男は『空の上から"黒い煙"のようなものを放つ、ヒトに似た何かが降りてくる壁画』に向かって、祈り崇めるように指を組んで膝を折り、そう口にするのであった。