ミリしら転生者がアドステラで好き勝手やるだけの話   作:冬に生まれたかも

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焼きとうもろこし

 

 

 

 今でも鮮明に覚えている。

 彼が僕を見つけだしてくれた日のことを。

 僕は忘れない。

 あの日々を、あの感覚を、世界に色が付くような……僕に足りなかった何かが埋まっていくような……心が動き始めた、あの瞬間を……。

 

 

 

 

 

 すっかり朝日も昇るころ、エランと4号は、見送りに来たベルメリアと眠っているミオリネと別れ、海を超えると、流れる様に空港から足を踏み出し、商店街へと突撃して行った。

 まず初めに買ったのは、現地の服だった。

 長い布を筒状に縫って作られたそれは、男性用ではあるがロングスカートに似ていて、買って直ぐに身につけたエランは、慣れない感覚が楽しいのか足をバタバタさせて(はしゃ)いでいた。

 そして笑顔でもう1着を買うと、それを着るのが当然と言うように4号に差し出してくるので、流れで4号も同じく現地の衣装を身に纏うことになったのだ。

 スペーシアンと変わらない普段着で過ごす人が多い街の中で、2人は確実に浮いていた。

 そして次にエランがそこで働いている従業員の1人に声をかける。

 

「こんにちは」

「コンニチワ」

 

 話しかけるのに選んだ相手は、片言でコミュニケーションが取りづらい人間だった。

 4号が聞き取れたのはここまでで、その続きは現地の言葉で行われた。

 ただ、その相手が慌てた様子で店を飛び出して、車に乗って目の前に現れたことで何を交渉していたのかが分かった。

 エランは移動手段を入手したのである。

 後部座席からエランは運転手に1週間はこの地域ならハッピーに暮らせる額を受け渡していた。

 

 

 そして、彼らは郊外からも離れた土地へと向かって行った。

 そんな2人の少年は、サングラスと帽子が手伝ってか、纏う雰囲気の違いからか兄弟と言えば通じる程に成っていた。

 

 2人は環境が整備された商業圏を離れ、その地域の人々が実際に生活を営む場所を目指して移動している。

 この地域の中でも一部のエリート──アーシアンの中でも恵まれた者たちや、出張に来ているスペーシアン──だけが住まう街を離れれば離れる程に、変わっていく風景をエランはボーッと見つめている。

 車窓に映し出される流れる景色は、皮肉の混ぜられた作品のようであった。

 ある地点を(さかい)に、そこまでに有った繁栄が嘘の様に思える景色が現実として顔を出すのだ。

 ガタガタのアスファルトは割れた隙間から雑草が顔を出している。

 そういった悪路に車のサスペンションは役割を全うせずに、座席はガタガタと振動し、現地人の運転手は舌打ちをしていた。

 想定以上の劣悪な環境で4号は涼しい顔で読書をしていたが、エランは酔わないために窓を開けて風を浴びようとする。

 そうすると高い気温による不愉快な風と共に異臭が流れて来た。

 おそらく、少し遠くに見えるゴミ捨て場の影響だろう。腐った梅干しに似た匂いが車内に漂うと、運転席からバックミラー越しに睨まれて、素直に窓を閉めた。

 

 地獄のような移動時間を終えて、青褪めた表情のエランと無表情な上に変装用のサングラスで表情の読めない4号のために、鼻を摘みながらドアを開けた運転手は、辺りを蔑んだ目で見渡してから「2度トお前タチハ乗セナイゾ」と言って、サッサと都心へと帰って行った。その態度の悪さは恵まれた場所で働けているが故の自負からだろう。

 

 ほんの少しの間、道端に座り込み息を整えたエランは今宵の寝床の確保と目的の人材確保のためへと、近くに見える農場へと足を踏み出した。

 

 交渉はアッサリと済んでしまった。

 ここらで一際大きな農場を所有する老夫婦は、明るい顔で満面の笑みで契約書を見つめている。

 最初はこちらを訝しんだ目で見ていた癖に、話の内容を聞くうちに、夫婦の子供たちの中で、跡取りにはなれない子供を雇いたいと言うと顔色が変わり、金額を提示するころには、随分と乗り気な態度に変わっていた。

 

 そんな彼らの表情が、後を継がせられなくて困っていた息子たちへの愛情から来るものなのか……これから自分たちに入って来る金額を思ってのものなのか……。

 4号には分からなかった…………。

 

 

 

 その晩、彼らに用意された部屋で眠るために目を閉じていると隣のベッドから、4号はエランに話しかけられる。

 

「まだ、寝てないだろ?」

「用件は?」

「いや、別に大したことじゃないんだけどさ。昼から落ち込んでただろ?どうした?」

 

 いつも通りの無表情で過ごしていたはずなのに、感情が伝わってしまったらしい。

 だけど、自分の考えていることを上手く咀嚼できずに、言葉にすることもできず、エランの問いに答えることもできない。

 

「別に……落ち込んでないよ」

「そっか……なら良いんだ。おやすみ」

 

 それだけ言うと、こちらに踏み込んでくることもせずに顔を反対へと向けてしまった。

 今までのグイグイと歩み寄ってきた態度とは違って、すぐに折れてくれた彼に少しの安堵と僅かな不満を覚えた。

 そんな自分の内面に戸惑って、嫌気がさして、頭を抱えて丸く蹲った。

 

 

 

 翌朝になると、一宿一飯の恩義にあずかった老夫婦と別れ、また別の家へと向かって行く。

 そして同じことの繰り返しだ。

 交渉して、人を雇って、別れて、また違った家へと向かい、たまに泊めてもらって、また別れる。

 そんな生活の中で、4号の自分の身への無関心ゆえか、エランの確認不足ゆえか、日焼け止めを忘れていた4号の肌は、今だけであろうが浅くではあるが、焼けてしまった。

 そんな4号を見て、エランは「何故か焼きとうもろこしを食べたくなった」と笑った後に、申し訳なさそうな顔をして、日焼け止めを投げ渡して謝った。

 

 そんな繰り返しの日々の中で見える相手の表情は様々だった。笑顔で円満に交渉を済ませられる人間も多かったが、「家族を引き離そうとしている」と怒りだす人間もいたし、涙を呑んで渋々といった様子で一縷の望みに掛けるかのように契約金を受け取る人間もいた。

 

 4号には分からない。

 金を受け取った彼らの笑顔の意味を……涙の意味を……怒りの理由を……。

 あるいは理解しそうになる心を、必死に押し留めていたのかも知れない。そうしようとする自分の気持ちにも気づかないままに……。

 

 そんな日々は、割と直ぐに終わることになった。この地域、村あるいは集落と呼べるかもしれない此処での狭いコミュニティ内での活動は、あっという間に噂話として広がって、そうなってしまえば自分を雇って欲しいと言う人間が向こうからやって来る。

 

 だから2人は、そこに(とど)まる目的も早々に無くなってしまったが、宇宙に帰る予定日までには、まだ大分余裕があった。

 

 そんな時に、エランは出会って間もない(はず)なのに肩を組み合って笑い合えるくらいには、いつの間にか打ち解けていた現地人の1人と交渉して、エランと4号の2人をある場所まで送り届けてもらう約束を取り付けた。

 取り付けたは良いが、その運転手の顔色はよろしくなく、さっきまでの笑顔が嘘のように引き攣っている。

 だけれども目的地には絶対に入らないということで受け入れてくれた。

 

 車に揺られている間に、どこへ向かうのか4号はエランに聞こうとする。

 無表情ではあったが、もはや何事にも関心を持たない人間だった面影が大きく薄れてきている。

 

「オレたちが今まで居た場所はスペーシアンからの復興計画区には選ばれない。なんでだか分かるか?」

「助けが無くても生活を維持できているから?」

「そう、正解だ。そしてこれから行くのはその逆の場所さ」

「逆?」

「そ。つまり、マイナスの理由で復興計画区に選ばれない場所」

 

 なんでそんな場所を自分と行こうとしているのか4号には分からない。

 分からないが、なにも見落とさないようにと4号は外の景色をジッと見つめるのだった。

 

 そうして外を眺めている内にどれくらいの時間が経ったのだろうか、酷い悪臭とともに目的地らしきものが見えてきた。

 長屋が並んで建っている。

 そういう景色が見える場所までは近づいて来たが、運転手はそれ以上はその場所に寄ろうとはしない。

 ただ不快感を顔に滲ませながら、気まずそうに、後ろめたい感情を抱えているように、見たくないものを見せられたと言いたいような顔をして黙っている。

 それを不思議に思っていると、横からエランがそれがどんな所なのか説明を始める。

 

「ここに住んでいるのは、もう何処にも行けるところが無い者たちだけ。救済の列の最後尾だ」

「最後尾?」

「彼ら彼女らには何も無い。明日の食糧も、決まった仕事も、安寧の棲家も、希望さえも」

 

 そう言って、エランが指を差す先には1人の人間が歩いていた。

 だけれども、とても無事なようには見えない。その人物は足を引き摺って歩いている。胸を丸めた猫背で、右腕は肘から先は無い。

 更に言えば、強化人士として性能を上げられた視力によって4号は彼の顔も見ることができた。

 その顔は窶れていて、両目は同じ方向を向かずに、別々の方向に視線をやっている。

 また、眼球の白い部分、強膜は黄色く変色している。

 薬物中毒だった。

 

「食べ物が無いんだ。より安価な薬物を使って生き延びるしかない。病院が無いんだ。怪我が治らないから薬物で痛みを誤魔化す他はない」

「そんな状態でどうやって……生きて……」

「まだ、動ける家族が出稼ぎに行ってるんだろうな。大半はテロ組織の一員となって」

 

 そこまで話すと4号は希望を見つけたような表情でエランに質問をした。

 

「僕たちが今日まで雇ってきた人たちは、こういう人たちの生活を安定させるために雇ったのか?」

 

 だけど、そんな希望もエランが首を横に振ることで、あえなく散った。

 

「彼ら彼女らには余裕が無い。余裕が無いから倫理観も無い。そんな危険な場所には雇った者の責任として行かせられないよ。オレの復興支援は、特定復興計画区には候補になったが選ばれなかった場所でやる」

「なら、ガンド技術なら……ガンド義肢なら彼らを救えるんじゃないか?ガンドは安価なんだろう?」

 

 そんな4号の搾り切ったように出した希望を求める声も、エランは首を横に振って否定した。

 

「いくら安価といっても彼らが手を出せる値段じゃあないし、仮に5体満足になった彼らがその後はどうなる?」

「どうって」

「今まで自分たちのために戦っていた家族の元に合流するだろうな。安価でテロリストの1人が完成だ。ベルメリアテクノロジーズが『呪い』を振り撒く『魔女』の再来になって、その先は破滅だけさ。そんなことにオレの仲間たちは巻き込めない」

「なら……なら……」

 

 4号は何度も喉を詰まらせて何か希望を探そうとするが、見つからない。

 

「言っただろ?ここは救済の列の最後尾なんだ。彼ら彼女らが本当の平穏を手にできるのは世界が平和になった後なんだよ」

 

 何も言えることが無くなって俯いてしまった4号にエランは、そっと胸ポケットから取り出したハンカチを手渡した。

 

「泣いてないよ……」

「それでもさ……」

 

 4号は涙を流さなかった。呻き声も上げなかった。

 それでも、何も目から落ちるものが無くても、頬を濡らさなくても……。

 

 それでも、泣いていた。

 

 

 

 

 

 その夜、4号は隣で寝そべるエランに気付かれないように外に出て行った。

 星空の下をそれ見ることもせずに、下を向いて歩く。

 そして、開けた場所に出るとそこに座りこんだ。そこで、丸まって考え込んだ。

 今日見た……あの、足を引き摺って歩く彼が自分と重なって見えた……。

 顔の変わる前の記憶は殆ど全て無くしているが、それでも自分も恵まれない生まれだったことは理解している。

 もしも、自分がペイルに利用されることもなければ、あそこで歩いていたのは自分ではなかったのか?

 薬でエランに眠らされたあの日……見えた幻影の中に見えたあの女性は……多分だけれども自分の家族は、今はどんな暮らしをしているのか……?

 そもそも生きているのか……?

 答えの出ない問いだけが頭の中でグルグルと回る。

 

 どれだけの時間をそうしていただろうか。

 夜とはいえ、まだまだ暑い気温が肌から汗を流れさせる。

 それを拭おうとエランから受け取ったハンカチをポケットから取り出そうとしていると、後ろから声をかけられた。

 

「探したぜ、4号」

「どうしてここが?」

「見つかるまで探しただけださ」

 

 それだけ答えると、連れて帰ろうともせずに隣に腰を下ろす。

 

「何を考えていた?」

「別に……」

「ならさ……勝手に予想して話すけど家族のことを考えてた?」

「そうだったら何?」

「4号にはさ……これをいつかは渡さなきゃと思ってたんだけど、タイミングが分からなくてね」

 

 そう言ったエランは、4号は気付かなかったが此処に来る時から手に持っていた資料を手渡してきた。

 

「これは?」

「ん。4号の母親のことが書いてある。君をペイルテクノロジーズに受け渡した後のその後の暮らしについてとか」

 

 それを聞いて4号は震える手を押さえ込んで、覚悟を決めたような表情で読み始めた。

 どうしても知りたかった。自分をペイルに売った時の母の表情を……気持ちを……。

 

 ページが捲る手が震える。

 並んだ文字に目を通していく。

 止めることはできない。

 

 泣いてもいないのに、彼が背中を摩ってくれる。

 その手の平が暖かかった。

 

 簡素な文調で書かれたその報告書には、一切の感情を排して事実が並べられており、自分が望んでいた家族からの感情を読み取ることは、できなかった。

 

 それでも分かることはあった。

 彼女は生きていた。それも復興計画区だとかそういった厳しい環境ではなくて、アーシアンにしては恵まれた環境で生活することができていた。

 

「どうする?まだ日程には余裕があるし、会いに行ってみるか?」

 

 エランが何でもないことのように、4号がどんな返事でも答え易いように、軽い調子で聞いてくる。

 それに4号は首を振って答える。

 

 そっか……生きているのか……。

 安全な場所で暮らせているのか……。

 そこで会うことができたら聞けるだろうか?

 

 彼女は自分をどう思っていたのか……。

 

 他にも聞いてみたいことは沢山ある。

 

 その地でどんな暮らしをしているのか……。

 

 病気はしないで過ごしているかな?

 

 どんな食べ物が好きなのかな? 

 

 どんな本が好きなのかな?

 

 僕たちはどんな家族だったのかな?

 

 会いたいな……会ってみたいな……。

 

 

 

 でも、会えるわけないじゃないか。自分の顔も、本当の名前も覚えていないのに……。

 

 彼女は今は安全に暮らせているとしても、心までもが健やかに過ごせているなんて、とても思えなかった……。

 

 そうじゃないかもしれないけれど、自分の子供をペイルに売るような真似をして、それでも前を向いて生きていけるような人間なのかも知れないけれど……。

 

 でもケーキをくれた時の笑顔の暖かさを覚えている……。

 

 僕は此処で沢山見てきた。

 子供を遠くに離す親の表情を……。

 

 笑ってる親も居た。

 泣いている親も居た。

 怒っている親も居た。

 

 僕の親はどうだったかな?

 

 泣いてくれたのかな?

 

 もし……そうだったなら……そうだったのなら……顔も知らない、記憶もない子供が、自分の息子だと言って目の前に現れてどんな気持ちになるだろうか……。

 

 後ろめたいに決まっている……。

 

 今がもし幸福だったのなら……僕のことを忘れて……幸せに暮らせていたのなら……。

 

 それを壊してしまう……。

 

 会えるわけないじゃないか……。

 

 それでも……それでも……。

 

 生きているなら良かった……。

 

 安全に暮らせているなら良かった……。

 

 僕には何も無いと思ってた……けど、そうじゃなかった……なかったんだ……。

 

 僕にも居たんだ……誕生日を祝ってくれる人……。

 

 僕にも居たんだ……それと同じ様に……僕も幸せに暮らしていて欲しいと思える人が……。

 

 

 

 4号はエランの問いに首を横に振って答えた。

 

「そっか……」

「うん……会わなくても良いよ……僕にはこれだけで十分だよ」

 

 2人の間に無言の時間が流れる。

 流れていく。

 夜空には幾つもの星が瞬いていた。

 その中でも一際輝く南十字星が2人を照らしていた。

 沈黙を4号が破る。

 

「今日見た……あの暮らしの人たちを、最後尾の人たちを、君はどうしたいの?」

「なんでそれを聞く?」

「いいから、答えて欲しい」

 

 そんな問いにエランは、こう言った質問をされた時はいつも同じ顔で答えている。

 

「もちろん。助ける」

 

 星空に照らされた4号と同じ色の瞳は、銀河のように輝いている。

 

「オレがいつか、この宇宙で天辺に立って、全員が幸せに暮らせる世界を作る」

 

 こんな滅茶苦茶な子供の我儘みたいな夢なんて、少し前までの4号ならば「くだらない」と否定していただろう。

 でも、それでも、今ならば信じてみたいと思った。

 

「それにはお前の助けが必要なんだ。だから、オレと来い4号」

 

 その言葉に目を逸らすことも、できない。エランの澄んだ瞳があまりに真っ直ぐだったから……。

 自分のことを信じていると、必要としていると、その眼が言わずとも語っていたから……。

 

「もう1回言うぜ、オレと来いよ4号」

 

 4号は首を縦に振って答えた。

 

 

 

 僕は忘れない。

 この感覚を、世界に色が付くような……僕に足りなかった何かが埋まっていくような……心が動き始めた……僕の物語が始まったこの瞬間を……。

 

 こんなことを言えば夢の見過ぎと言うかも知れないけれど……。

 

 それは1人の男が陰謀渦巻く広大な銀河で頂点に立ち、万民を救うまでの物語だ……。

 

 その1人の男を支えることが、僕の物語……。

 

 僕が彼を頂点に連れて行く。

 

 そう……この……『エラン・ケレス』を……。

 

 

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