3つの大国と7つの小国。この10の国々に
とある著名な賢人はそんな迷宮が当たり前になったこの世界を
しかしそんな迷宮が人類にもたらしたのは害悪だけではなかった。迷宮から漏れ出る未知の力に適応する事によって、その中を探索できるようになった人類に待っていたのは数多の富で溢れ返った迷宮の恩恵であった。
大きな外傷を手間なく治せる
これらの迷宮の恩恵は10の国々の文明の進歩に大きく貢献した。
病気や外傷に効力を発揮するポーションのお陰で人の命が助かり平均寿命を底上げした。また体力を増やす指輪・一日中灯る
そして質の高い迷宮産の金銀の財宝は、国から粗悪な亜貨幣を一掃した。さらに迷宮から溢れた未知の力に適応した超人たちが振るう御業は、
迷宮の力に適応する人間が増えた結果、井戸の水の一日の使用量を気にしなくても良くなりまた大量の生活水を確保するために町の外の川や池を往復する重労働さえ無くなる。
これにより国の衛生管理面も向上し、いわゆる道徳心と言った倫理観念もそれぞれの場所で少しづつではあるが根付くようになっていった。
これらの迷宮の恩恵は人類の生活水準を100年向上させたと言われる程だ。
文明の発達は文化への貢献につながり、文化のある国の生活は豊かになる。実った豊かさは人々に余裕を与え人の心を育てる。心が育った人間は他者に対して優しくなれるのだ。
そのお陰か、迷宮が出来る以前は常に睨み合い火花を散らしていた3つの大国とそれに付随する7つの小国の間柄は徐々に緩和し安定していった。あくまで50年に比べればと言う話ではあるが。
皮肉な事であるのだが、10の国々は迷宮が現れて初めて人類同士での争いが減ったのだ。
迷宮が現れて50年。10の国々は迷宮による害を抑え、与えられる恩恵によって自国の発展にこそに主軸を置き力を注ぐようになっていったのであった。
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世界が
鶏が上げる大音声を合図に多くの人々が1日の生活を開始する一方で、その生活基盤から外れたものもいる。
太陽がほぼ真上に到達し、時間にして昼食手前と言った頃。どこにでもある宿の1つの部屋のベッドで男が目を覚ます。
くあ、とあくびを1つ溢し目を数度擦りながら寝床から起き上がった男の名はホロウ。3つの大国内の1つ、ハイリーナ帝国で活動をしている冒険者の一人だ。
ホロウは真っ黒な自分の髪の毛ごと手で頭を掻きながらのそのそと部屋にある洗面所に歩いて行く。そして水の溜まった桶でぱしゃりと一度自分の顔を洗い、布で張り付いた水滴を拭う。桶の水面には髪の色と同じ黒の目を持った30代前半程の男の顔が映っていた。
水で顔を洗い、眠気を多少飛ばしたホロウに訪れた次なる衝動は生物の三大欲求の1つ。
ホロウが利用しているこの宿は3階建ての造りとなっており、2階と3階は客を泊める小部屋の寝室で1階はラウンジを兼用した食事処であった。
ぎしぎしとそれなりに年季が入った階段を下りてくるホロウの姿を一番初めに確認したのはこの宿の主であった。
「おーおー、寝坊助野郎がようやく起きて来たか」
「んあー、おはようさん」
「もう昼前だっての」
彼の名前はダズリー。親の代から冒険者専用の宿の経営をしているここの主だ。妻と子供が1人ずつの3人家族の大黒柱で歳は40半ば程。腕に纏った太い筋肉が示す通り、まだまだ働き盛りの大男だ。
宿屋の仕事とは多岐にわたり、朝昼晩食の準備から客の止まっている部屋の手入れや入居者の受け入れなどそれなりに忙しい。
そんなダズリーからすればいくら冒険者家業に身を置くとはいえ、こんな時間帯まで寝こけている
「こんな時間までグースカと、冒険者様ってのは良いご身分だな?」
「・・・大目に見てくれよダズリーさん。昨日は色々と大変だったんだからさ」
「ハハハ、みたいだな」
ダズリーが半ば笑いながら投げ掛けて来る言葉にホロウは背を少し丸めながら辟易する。思い出すのは昨日の出来事だ。
いつものように一人で迷宮に潜っていたホロウはそこそこの儲けを以て帰路に付いていた。しかしちょっとした気の迷いから迷宮に入っていったルートと違う近道をしようとしたのが運の尽き。迷宮に住む
そこを何とか潜り抜けたものを迷宮からホロウが抜け出したのは夜中も暮れであった。そこから迷宮の事柄を一手に担う
自分のドジのせいとは言え、流石に昨日の探索は体に堪えた。
「で、ホロウ。飯は今から食うのか?」
「用意してほしい、ダズリーさん。もう腹が減って死にそうなんだ」
「はいよ。すぐに持ってくるから適当に座って待ってろ」
しんどそうに右手で腹を摩るホロウを尻目にダズリーは厨房に入りスープとパンを皿によそっていく。
「ほらよ。おまちどうさん」
「おー、パンにスープ。美味そうだ」
「あったりめーよ。しっかり噛んで食えよ」
母親のような小言を漏らすダズリーに苦笑いを少し溢しながらホロウは目の前の食事に手を付ける。
たっぷりと野菜と肉が入った
そして舌がスープの味に慣れてきたところで少々甘みを感じる白パンを齧る。香ばしい匂いに包まれた白パンはスープで少しむつ濃くなった口内の油を拭い去り胃袋へと持って行く。続くようにまたスープを食する事によって無限に味が楽しめるのだ。
白パンとレッドスープのセット。ダズリーの宿が誇るシンプルイズベストの王道な献立だ。
すきっ腹であったホロウはあっという間にダズリーが用意した昼食を完食してしまった。
「あー旨かった」
「たく、ゆっくり食えっつったのにかき込む様に食いやがってよ。まあお粗末さん」
あっと言う間に食事を終えたホロウに小言を漏らしながらも、まんざらではない表情でダズリーは食器を片付ける。
「で、今日はこのまま迷宮に行くのか?」
「いやー昨日の今日でそれはちょっとしんどいかなぁ」
「年寄りみてーなこと言ってんじゃねーぞホロウ」
「俺、もう30超えてるんだけど」
「30代なんてまだまだ若造だろうがよ。働けよ若人」
顔を若干引きつらせながら言い訳をするホロウにダズリーは情け容赦ない言葉で突っ込む。実際、40半ばのダズリーからすれば30代のホロウは十分若者扱い出来る年齢であった。
「まあ、”ギルド”にはこの後、顔を出すよ。昨日の探索の換金がまだ終わってないしな」
「そーかい。ま、ほどほどに稼いでこれからもほどほどにうちに還元してくれや。お前は付けも借金も無いありがたい常連のお客さんだからな」
「それならもうちょっと宿代負けてくれてもよいのでは?」
「それとこれとは話が別だバカ」
ホロウはそれから十分ほど食後の会話をダズリーと続けたのち、食事のため座っていた椅子から腰を上げる。
「それじゃあ、そろそろギルドに行ってくるわ」
「おう、気ぃつけてなー」
こうしてホロウはダズリーの宿を後にし、ギルドに向かって歩いて行くのであった。