禪院甚爾に「私で童貞捨てたくせに」って言いたい欲求がある 作:らっきー(16代目)
呪術師の世界では、術式という才能がすべてだ。それは実力を象徴するものだからであり、呪霊と戦う術であり、自身の象徴のようなものでもあるのだから当然のことで、それは歴史が長いいわゆる名門の家ではより濃く反映される考え方だ。
そんな呪術師の世界で、御三家と呼ばれるほどに名門の家に産まれた私に術式が全く宿っていないというのはもはや喜劇の一つと言って良いだろう。
歴史が古い癖に大した才能を持つ人物がここしばらく出ていないというのは、最早血も薄まった証明なのではないかと思うのだが、家のお偉いさん達にはそんな思考は無いらしい。
術式が宿っていない……どころか、呪力が全くないといい加減に判明した、ようやく小学校に入るぐらいの歳になった私にすら無駄な期待をかけて、まだ目覚めていないだけだとか身勝手な理屈を押し付けて修練という名の虐待を行ってくる。
嫌になったなんて言葉は許されない。逃げ出すことも許されない。ただ耐えて、耐えて、耐えて──ある日、急に終わった。
何故か、なんていうほどに高尚な理由は無い。術式を持った第二子が生まれたというだけの話。六眼だとか無下限術式だとか……よくわからないけど、ともかく期待通りの子供が。
一応弟ということにはなるのだけれど、正直に言ってあまり実感は無い。なにせ目当ての子供が出来たから胎としての価値すら無くなった私と、次期当主確定の長男だ。住む世界が違う。
残ったものと言えば無駄に優れた身体能力と、普通の人には見えない呪霊が見えるという利点にもならない利点ぐらい。多分適当に呪霊狩りでもさせられるのが関の山の人生、運が良ければ呪術高専にでも行かせて……いや、家の恥を外に出すはずも無いか。そうなると都合よく家に使われるだけだろう。
そんな風に考えていたころ。ある一つの噂……噂? 自慢話? を使用人達の世間話から盗み聞いた。
「それにしてもウチはちゃんとした跡取りが産まれて良かったわねぇ」
「本当に。禪院のところの話聞いた?」
「ええ。あそこも術式が無い子供が産まれたんでしょう?」
「身体が頑丈だとかなんだとか言っても、結局才能が無いんじゃねえ」
「うちのところのアレと同い年だっけ?」
「ええ。ウチには悟様が産まれてくれて本当に良かったわよねぇ」
その会話は、私の支えになった。
自分と同じような人が居る。もしかしたら同じ苦しみを分かち合えるかもしれない。理解者になってくれるかもしれない。そんな淡い希望のおかげで、家での冷遇に耐えてきたと言ってもいい。
最早嫌がらせとしてさせられる呪霊との戦闘訓練も(人間相手なら私に勝てる者は五条家に存在しない。悟が成長したらどうなるのかは知らないけど)、わざと聞こえるように言われているのであろう陰口も、彼(もしくは彼女)のことを考えていれば気にならなかった。
どんな人なんだろう。どんな顔なんだろう。何が好きで何が嫌いなんだろう。それはきっと、ある種の恋心にも似たようなもので、だからこそ衝動をある日抑えられなくなった。
御三家、などとまとめて呼ばれてはいるものの、別に家同士の仲がいいという訳では無い。だから玄関に行って禪院甚爾君と遊びに来たんですけど〜なんてことを言っても門前払いされるに決まってる。
だから、蹴り破った。天与呪縛なんてものを背負わされたこの身体からすれば頑丈な門も板チョコぐらい簡単に砕けるし、呪術による結界は私を感知出来ない。
つまりゴリ押しで禪院甚爾さんに会いに行ける……のだけど、困ったことがひとつ。
「うん! どこにいるのか見当もつかない!」
仮に私に呪力による感知なんて芸当が出来たとしても私と同じである禪院甚爾の居場所は分からないだろう。かといって虱潰しに探すには禪院家は大きすぎる。さて、どうしたものか……なんて、頭を悩ませているうちに解決策は向こうからやってきた。
何事があったのかと様子を見に来た男、使用人なのか戦闘要員なのか使いパシリなのかは分からないしどうでもいいけれど、とにかく彼を物陰に引きずり込む。
「ねえ、禪院甚爾って人が何処にいるか知ってる?」
「なんだおま……五条の所の猿か!?」
「あら私って有名人? けどちょっとその言われようは腹立つかなぁ」
軽い復讐として軽く小突く。私にとっての軽くだから歯の数本は吹き飛んだけど、猿に気安く近づいちゃいけませんって授業料だ。あ、私から近づいたんだっけ。まあいいや。
「私と同じ猿を探してるんだけど、どこかな。もしかして知らない? それなら……」
「ま、待て! 修練場だ! 呪霊を飼ってるあそこでいつもの修練をしているはずだ!」
「急に素直になったね。よきかなよきかな。嘘だったら殺しちゃうけど……だいじょぶそ?」
ちょっと茶目っ気を出しただけなのに真っ青な顔でコクコクと頷いているあたり嘘は無いだろう。もう既に移動しているということはあるかもしれないが。
「うん、ありがと。ああ、私のことは好きに報告しといていいよ」
もう怯えてるソイツのことはどうでもよくなった。これでようやく会えるのかもしれないという期待に胸が躍る。
走って、走って。道中で何人か脅して詳しい場所へと修正して、ようやく辿り着いた。
「……あ? 誰だ……いや、何だ?」
「は、初めまして! 五条空と言います! 空と書いてクウです!」
「いや、そういうことは聞いてねぇが……」
どうしよう。思っていたよりよっぽどカッコイイ。単純に顔の造形もそうだし、何より世の中を諦観したような目がたまらない。きっと私と同じような目にあってきたのだろうと思えるから。同類だと直感できたから。
「あの、禪院さん、えっと、その」
どうしようどうしよう。いざ会ってみたら何話せば良いのか全然分からない。よく考えたら家では虐待同然の扱いしか受けてなかったし、悟が産まれてからは居ないものとして扱われたから人間とコミュニケーションを取ったことが無さすぎる。どっかに選択肢とか表示されてくれないかな?
「とりあえず、これ片付けてからでいいか?」
「あ、じゃあ手伝いますよ!」
修練場に居た呪霊を指しての彼のセリフだったのだが、私の返事もおかしくないか? ある意味訓練を邪魔しますね! と宣言しているような気もする……けど、早く話したいし、しょうがないね。
「いや、要らねえ。もう終わった」
流石、と言うべきなのだろうか。視界に居た低級呪霊達は一瞬で払われ、残りも隅っこに引っ込んで行った。というか、よく考えたら呪具持ってきてないし私呪霊相手には無力だったな。禪院さんが呪具を使ってるのを見てようやくそこに思い至った。
「それで? 何の用だ」
殺気、なのだろうか。威圧感とでも表現すべきものを感じる。天与呪縛のフィジカルギフテッドという点では彼も私も同等ではあるのだけど、私にこれは出来そうにない。
「何の用って言われると……その……」
不信感が露骨に伝わってくる。何か言わなければと焦燥感が込み上げてきて、出てきたのはこんな言葉だった。
「お、お友達に……なってください……」
一瞬、空気が固まって。帰ってきたのは呵呵大笑だった。
「友達? 五条の所のお嬢様と禪院の出来損ないがか?」
「……どうせ知ってるんでしょう? 私だって出来損ないですよ。家に居場所が無いのは同じです」
思ったより好感触だったから、相手の言葉に少しだけ拗ねてみせる。卑屈にならない程度の自虐はそこまで悪印象ではないだろう。
「へえ? 傷の舐め合いでもしたいのかよ?」
「場合によっては。同じ景色が見える相手が欲しくなる気持ち、少しぐらいは分かりません?」
「……まぁ、な。ここは少し」
「息苦しい、ですよね?」
きっと同じ感覚を持っていると思っていた。きっと分かり合えると思っていた。
「ああ。どいつもこいつも見下しやがる。俺達には理解の出来ない基準で。鬱陶しいったらありゃしねぇ」
「あー……そう考えると私の方が少しはマシかもしれませんね。最早相手にもされてないので」
そうしていざ話してみれば、思ったよりも話しやすい相手で。自分と同じだと思った直感は外れてはいないようだった。
「……長々とこんな所で話すものでもありませんね。禪院さんは、修練場に居ない時は何処に?」
「部屋。身体動かしてる時の方が多いけどな」
「じゃあ次はそっちで会いましょう。また来ますからね」
「……またな。それと、甚爾でいい。禪院なんて呼ばれ方は虫唾が走る」
「私は……まあ、好きに呼んでください。お姉ちゃんでもいいですよ?」
誰が呼ぶか馬鹿という声を最後に初めての邂逅は終わりを告げる。帰宅の際にまた数人ぶちのめしたが些細なことだろう。どうせ猿にやられたなんて恥ずかしくて言えないから五条の家にも迷惑はかからないだろうし。
さて、実際に禪院甚爾という天与呪縛の自分と同じ、ある種の恋心を抱いていた人物に会ったわけだが、感想としては──
(格好良かったな)
私とは違う、誰に寄る必要も無い無頼といった雰囲気が。
(寂しそうだったな)
傷だらけの狼が必死で威嚇をしているような雰囲気が。
また会いに行こう。それだけは、心に誓った。