禪院甚爾に「私で童貞捨てたくせに」って言いたい欲求がある 作:らっきー(16代目)
励みになったので早めに更新出来ました。
「姉さん、そんなところに居たんだ」
「ん? 別に逃げも隠れもしていたつもりは無いのだけれど……」
弟──悟は、この家で唯一マトモに私に話しかけてくる。それが良いことか悪いことかというと……どちらかというと、悪い方だろうか。今更私への扱いなんてどうでもいいのだけど、使用人のヒソヒソ話(フィジカルギフテッドの私には容易に聞き取れる)が増えるのは五条家という群体から見ればいいことではないだろう。
「なんて言うか……存在が薄いんだよ姉さんは。他の人はすぐにどこに何人いるとか分かるのに」
「ああ。呪力が無いからね。人と言うよりは物に近く感じられるんじゃないかな。その眼なら余計にね」
呪力の流れが見えるという六眼では呪力が無い物は見づらいだろう。かといってどうしてあげることも出来ないけど。大体ぼんやりと庭を眺めて過ごしているからその辺を探してみればどうせすぐ見つかると思う。
それを伝えてやると、しかし納得はされずに頬を膨らませていた。
「でも姉さん、時々一人で外に行ってるじゃん」
「あー……まあ、友達……? 友達なのかな……? まあ、そんな感じの人に会いにね。わざわざ私の行動に文句付けてくる暇人も居ないからさ」
なにせ家中の人と言えば悟様悟様とそればかりだ。出来損ないに余計な注意を払うだけ労力の無駄だと思っているのだろう。まあ実際六眼と無下限術式の併せ持ちは私という例外からしても反則だと思うし。殺そうとしたら完璧な不意打ちを決めるぐらいしかないんじゃないかな。まあ弟を殺す機会なんて無いだろうけど。
「狡い」
「え? うーん、そんな事言われてもな……」
「俺には全然構ってくれないのに」
「あ、そっち? だって悟と居るところ見るとみんな嫌な顔するじゃん」
ちょっと意外な反応だった。普段使用人に囲まれている時は超然とした態度で、自分以外の人間なんてここには存在しません、みたいな感じで澄ましているのに。年頃からしたら誰かに甘えたがるのは別におかしくは無いのだけれど。
「姉さん別にそんなの気にしないだろ?」
「まあ……うん、そうだねえ……」
出来損ないと次期当主様が仲良くするなんて! という視線をしばしば感じるのは事実。今更そんなものどうでもいいというのも事実。ある程度したら適当な呪具でも盗んで家出するつもりだし。
ただ、そういう人間の悪意みたいなものを、悟に受けて欲しく無いというワガママがあるだけだ。私さえいなければ傅いている人達に囲まれて過ごすわけだし……それはそれで教育に良くなさそうかな……? なんか、情緒みたいなものが育たなそうだ。
「じゃあ今度一緒に戦闘訓練でもする? 私は知っての通り術式ないから素手だけど」
「する! 姉さんが見てないうちに、俺だって色々叩き込まれてるからね!」
無下限呪術に六眼の併せ持ちに叩き込むことなんてあるのだろうか……? 呪力のコントロールも天性の感覚に任せた方が絶対上手くいくだろうに。基礎的な体捌きとかそういう部分かな。
「じゃあ約束ね……って言っても、口うるさい人達に見つからない時になるだろうけど。それまでは……こうしてのんびり話してようか」
「なんて事があったんですよ甚爾君。私の弟可愛いと思いません?」
今日も今日とて不法侵入。最近では身体能力の活かし方も分かってきて、門やら塀やらを飛び越えて侵入している。修繕費がかからなくなって禅院家の皆様も喜んでいるだろう。
「知るか。あと離れろ鬱陶しい」
「そう言いつつ引き剥がそうとはしませんよね? もしかして本当は嬉しいんじゃないですか?」
「ぶん殴るぞ」
「お、今度は負けませんよ! フィジカルギフテッド同士正々堂々やり合おうじゃないですか!」
ちなみに今のところ私の全敗。同じ天与呪縛の呪力無し同士だから身体能力は同レベルのはずなのに。さらにちなみに言っておくと別に男女差とかそういう部分では無い。どっちも人外だから。ただ私には勝負事への執念というか、そういう部分がやけに欠けている……というのは甚爾君の評だ。私自身はそうは思わないのだけど。
「それで、甚爾君の方は? なんか面白いこととかありました? 禪院の当主が階段から落ちて死んだとか。甚爾君を虐めてた人が肥溜めに落ちたとか」
「お前が鏡を見るより面白い事は何もねぇな。いつも通りのクソみたいな家だよ」
「もしかして私バカにされてます?」
「自分で判断出来ないなら相当のバカだな」
自分ではかなりの美少女だと思うのだが。そりゃ弟の方が眼は綺麗だけど。胸も最近大きくなり始めたし。もしかしてこんなところもフィジカルギフテッド?
「うーん……それじゃあ、今度私の家来ます? 似たような境遇ですからもてなしたりは出来ませんけど」
「なんでわざわざ……いや、そうだな。行ってみるか」
「あれ? 断らないんですね。てっきりいつもみたいに『興味ねぇな』って言われるかと」
似てない声真似に小突かれる。抗議の視線を向けても甚爾君は何処吹く風だ。
「お前の弟……六眼のガキを見てみたくてな。別に五条の家に興味はねぇが、そいつにはある」
「……甚爾君、もしかして男色の方です……? 私に冷たいのってそういう……?」
「殺すぞ」
本気で嫌そうな顔をするあたり本当にそういうわけではないらしい。それならもうちょっと私に反応してくれてもいいのに。甚爾君の甚爾君が反応してるところ見たことない。こんなにベタベタ美少女が引っ付いているというのに。あ、もしかして……
「お互い、嫌な家に産まれて大変ですよね……よし、少しでもストレスが減るように身体でも動かしますか……!」
「あ? なんだ急に。別にいいが……泣くなよ?」
この歳でEDなんて可哀想に……私が五条の家で受けているよりよっぽど酷い扱いでも受けているのだろうか。それほどのストレスの解消になるのなら多少サンドバッグにされるぐらいは安いものかもしれない。
「今日…はあれですけど、今度久々にお互い全力を出しましょうか……家を抜け出すのは?」
全力で暴れるのは流石にお互いの家では出来ない。単純な問題としてスペースが足りないから。
「余裕に決まってんだろ。アイツら俺に興味ねぇし、そもそも気づいたところで何もしねえよ」
「それもそっか。私も似たようなもんだからここに居るわけだしね」
どこに行っていたんだ、なんて叱られるのはその場所に居て何かしらの意味が発生する人間だけ。術式が無い人間が産まれたことをなんとしてでも隠したいというなら幽閉するということもあるかもしれないが、別にそんな扱いを受けているわけでは……少なくとも私は、無い。ただ蔑みの対象として体のいいガス抜きに使われている気はするけど、それぐらいだ。
「それじゃあ、また明日とか?」
「おう。ああ、そうだ。暇になったらそっちの家遊びに行くわ」
普通の友達のようなやり取りがなんとも心地いい。家でマトモに話せるのなんて悟だけだし、それも血の繋がりのある相手だから、あまり他人というような気もしない。甚爾君との関係は貴重なものなのだ。イケメンだし。
甚爾君が家に来るのは思ったより早かった。家に来る、と言っても私と同じで、お行儀よく正面から来るなんてことはなくどこかしらからこっそり忍び込んだみたいだけど。呪力を感知するタイプの結界って私たちにはほんと無力だなあとしみじみ実感する。
「姉さん、あいつ」
彼が来た時私は悟と一緒に過ごしていたのだけど、侵入に気がついたのは悟の方が先だった……というか、私は全く気が付かなかった。聴覚や嗅覚といったものも天与呪縛で強化されているはずなんだけど……それをやり過ごせるのは天与呪縛同士だからいいとして、なんで悟は気づけるんだ。天才故の化け物じみた勘の良さか。じゃあしょうがないな。
「ん? ……お、甚爾君じゃないですか。遊び来てくれたんですね」
「……ああ、気まぐれだ。暇してたからな」
「? あ、紹介しますね。弟の悟です。ほら、あいさ……なんで二人ともそんな嫌そうな顔してるんです?」
まるで将来自分の死因になる相手と出会ってしまったかのようなリアクション。いやそんなリアクションをしている人は別に見たこと無いけども。別に仲悪くなるような要素……あ、もしかして禪院の悪口とか吹き込まれてるのかな。ウチの教育係とかろくでもなさそうだし……ってのはちょっと被害者ぶりすぎかな。私にだけ厳しいだけかもしれないし。
「五条悟。五条家の次期当主で、姉さ……空の弟です」
「ああ、飽きるほど話は聞かされてるよ。……禪院甚爾。クウの……親友だ」
「!? 言いましたね!? 取り消しは利きませんよ!! これからはこっちも親友として接しますか──むぐ」
絶対悟をからかうために言った言葉だろうけど、それはそれとして言質としてとってしまえと騒ごうとしたら口を塞がれた。嘘だってわかっていても嬉しい言葉だったのに。こちとら友達という存在に憧れをずっと拗らせていたんだぞ。
「ははっ。揶揄って悪かったよ。だからそんな殺気立つなって。別にお前の姉ちゃんを盗ったりしねえよ」
そんな言葉にちらりと悟の方を見てみれば確かに今まで見たことのない顔をしていた。嫉妬……なのかな? 確かに悟以外の人間とこんな風に接してる姿を見るのは初めてなわけだしね。
「じゃあ、今日は帰るわ」
「え、もうですか? もっとこう……一緒にお茶飲んだり殴り合ったりしていきません?」
「お前の価値観おかしいだろ……今回の目当ては見れたからな」
甚爾君はそう言うと踵を返して本当に帰ろうとする。もっと一緒に居たかったけど、無理に引き留めるのも嫌なので今回は諦める。
「うーん、それじゃあ、また。……嫌だって言っても遊びに行きますからね! 親友として」
返事は無く、無言で手を挙げるだけが返答だった。
拒否されなかったのも、親友を否定されなかったのも、うれしかった。