禪院甚爾に「私で童貞捨てたくせに」って言いたい欲求がある   作:らっきー(16代目)

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訳の分からない女

『家』というのは、どうやら居心地のいいものであるらしい。

 

『家族』というのは、どうやら暖かいものであるらしい。

 

 じゃあ少なくとも俺にとっては。ここは家でも無いし、家族と呼べる人間も居ないのだろう。

 

 御三家なんて御大層な呼ばれ方をしている禪院の家では、術式という才能がその個人の価値を決める絶対的な基準だった。

 術式を持っていなければ人間としてまず認めない、クソみたいな特権意識。身体能力、知性、外見、そういった物も当然優劣を付ける際の基準にはなっているが、その前提として術式が優れているかどうかがあるという話。

 

 父親──少なくとも血縁上は──が、俺に術式が……それどころか呪力が一切無いと知った時の反応は傑作だった。

 私の胤からそのような出来損ないが産まれるはずはないとヒステリックに怒鳴り散らし、呪力が目覚めていないだけだと主張し訓練という名の懲罰を行う……いや、行いすらしていないな。

 

 しょぼい呪具1本持たせて低級呪霊の群れに放り込む。そんなもの術式があったところで関係無く死ぬだろう、なんてマトモな思考はハナから期待しちゃいない。

 

 幸い、いや、不幸かもしれないが。低級呪霊如きが殺すことが出来るほど俺の体はヤワじゃなかった。呪力が無い俺には素手で呪霊を祓うことこそ出来ないが、なんであろうと呪具があるならなんとかなる。

 

 今ほど上手く身体を使えていなかったから多少の手傷は負ったが、ある程度祓ってやったところで呪霊共は引っ込んで襲ってこなくなった。

 

 だが、そんな結果は何一つ立場を好転させなかった。

 

 呪霊を祓える、というのと術式を持っている、というのは別の話だ。そしてこの家で評価されるのは当然後者。仮に特級呪霊を1人で祓ったとしても、家での立場は何一つ上がらなかっただろう。

 

 成長するに従って、俺の身体能力はどんどん人間離れしていった。単純な腕力、反射神経、視力や聴覚といった五感に、純粋な体力。

 

 ククルタイだったか? 術式を使えない出来損ないが自分の胤から産まれた事を隠したかった親父は俺をそこに関わらせなかったが、やろうと思えばそいつら全員素手で皆殺しに出来る自信はあった。周囲からの評価は、どちらも術式を持っていない出来損ないの男共だが。……いや、分家で術式を持っていないぐらいなら俺よりは扱いはマシなのか? 知ったことじゃねえが。

 

 俺以外に似たような存在が居ると知ったのは、ただの偶然だった。俺にわざわざ話しかけてくるような奴はそうそう居ないから、それを聞いたのは単純に聞こえてきた、という、ただそれだけ。

 

 1つは五条の家に期待通りの術式……六眼と無下限術式を併せ持った男が産まれたと。それはどうでもいい。興味を全くそそられない訳では無いが、今回興味があるのはもう1つの方。

 

 その長男より先に、出来損ないの女が産まれていたらしい。術式を持たず、呪力を持たず、身体能力は何も評価されず。俺と同じような存在に、興味が湧いた。

 

 どんな女なのだろうか。俺と同じように腐っているのだろうか。それなりに上手くやっているのだろうか。もしかしたら。同じ景色を見ることが出来る相手なのだろうか。

 

 そんな淡い期待を抱いていた相手は、ある日急に目の前に現れた。

 

 人間相手よりマシだろうという判断と、いくら八つ当たりに使っても誰も文句を言わないという利便性から呪霊を狩って苛立ちを紛らわせていた時に、急に姿を現した。

 

 クウと名乗ったその女。空色の瞳に、夏の日の雲のような色の髪をしたその女は、噂通り俺と同じ『出来損ない』だった。

 才能が無い、というのは俺達のような家に産まれてきてしまった人間にはどうしようもなく残酷な事実で、そのくせその女は妙な振る舞いをする女だった。

 

 甚爾君甚爾君と鬱陶しいぐらいにベタベタと近寄ってきて、振り払われることなど考えてもいないかのよう。やたら人懐っこい大型犬が自分のサイズを考えずに人に構っていく姿を想像すれば、それが大体あの女の日常だ。

 

 だから最初は同じ『出来損ない』でも随分と違う扱いを受けているのかと思って、家でもそんな風なのかと聞いてみたことがある。返ってきた答えは確か「いや、私家では存在してない事になってますし。こんな事するの甚爾君だけですよ。うちの人にこんな事……あ、すみません。ちょっと吐き気が……吐いてもいいです?」だった。ダメに決まってるだろと小突いた覚えがある。

 

 こんな振る舞いは俺だけ、という事実は、何故か心のどこかに刺さって。地に足が着いていないような、上手く表現出来ない心地にさせた。

 きっと、俺に対してこんな振る舞いをする人間を見たことが無かったから面食らっていたのだと思う。

 

 話題はお互いの家の愚痴が多かった。たった1つの才能がないだけで他の何一つ見てもらえずに『出来損ない』の烙印を押される屈辱。マトモに話をすることも出来ない孤独感。そんな事を共有できる相手が居るというのは……嬉しかったのだと思う。

 

 だが、ある時からクウの話に別の話題が増え始めた。

 五条悟。五条家に産まれた六眼持ちの長男。俺達とは違って、才能に恵まれた、産まれることを望まれていた男。

 

 そいつが産まれたおかげでクウの扱いがマシになった(期待という名の虐待が終わり無視になった)という点では存在に感謝してもいいのだが、そいつの話題が増えてくるのはなんとなく面白くない。何故かと言われれば……共通の話題では無いから、だろう。恐らく。

 

 ただ、弟の話をするクウの姿は本当に嬉しそうで。なんとなく面白くない程度の理由でやめろとも言いにくかった。別にそいつに不快にさせられた経験がある訳でもなし。話したいのなら好きにさせておけばいいと。

 

 ……それはそれとして、息がかかる距離で会話をするコイツの距離感はイカれているのではないだろうか。男として見られていないのか、自分が女だと思っていないのか。どうせこの女のことだから後者だろうが。

 

 

 

 悟、悟とあまりにも自慢が多いから、そこまで言うのならと見に行くことにした。六眼のガキというのがどのようなものなのかという興味もあったし、いつもいつもクウにこちらに来させているからたまには逆もいいかと思ったから。

 

 少しばかり驚かせてやろうと思って、可能な限り気取られないように近づく。よくガキが後ろから大声をかけて驚かせるアレだ。

 

 ……後にも先にも、本気で気配を消した俺が気取られたのはこの時だけだった。

 

 術式持ちだとか、六眼持ちだとか、そんなものとは関係ない天性の勘の良さ。クウに気取られるのなら、同じ天与呪縛だからで納得出来た。だがその弟に気取られるとは……才能もあって、勘の良さもあって、話を聞く限り身体能力もあって。全てを持った人間というのは居るものだ。

 

 ただ、てっきりもっと超然としていると思っていたそのガキは、少しクウを弄ってやるだけで露骨に機嫌を損ねる、年齢通りのガキでしかなかった。

 

 その時の言葉として『親友』と持ち出してしまった理由が、自分でも分からない。

 俺とクウは同類というだけであって、そんな関係じゃないと思っていたのに。俺とクウは、そこまでじゃないと思っていたのに。

 

 その言葉の効果はガキと……ついでにクウにも覿面で、ガキは露骨に『俺の物を獲るな』って雰囲気を漂わせてきたし、クウは大喜びして……少しうるさかったから口を塞いで黙らせた。

 

 まあそれで……なんというか、満足してしまった。俺と親友だなんて言われて、こんなにも喜んでくれるのはコイツだけだろうとは思うが、一人だけでもこんなに喜んでくれるならそれでいいと、そう思えたから。

 

 もう少し一緒に居たいという誘いを断ったのは、ガキに悪いと思ったから。そんな気遣いが出来るぐらいには、暗い優越感を覚えたから。クウは俺には会いに来てくれるという、そんな確信のようなものがあったから。

 

 気がついてしまえば単純な話で、俺はとっくにあのやたらと懐いてくる変な女に、絆されてしまっていたのだろう。

 

 禪院の家に産まれた事は今でも不幸だと思っている。あの家はゴミ溜めだし、あの家に居る連中は揃いも揃ってクズ共だ。

 クウにとっての五条の家も同じようなものだろう。弟という存在はあっても、居場所にはなっていない。どちらかと言えばクウの方へガキが依存(言い過ぎだな)している方に近い。

 

 親友として遊びに行きますからね! という後ろから聞こえてきた声に手を上げるだけで済ませたのは面倒だったからじゃない。

 

 ただ、口角が上がっているのを隠せそうに無かったからという、あまりにもつまらない、普通の男みたいな理由だ。

 

 

 

 

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