禪院甚爾に「私で童貞捨てたくせに」って言いたい欲求がある   作:らっきー(16代目)

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家だけが世界の全てじゃない

 ある日の帰り際。禪院の家を出ようと思う、と甚爾君から聞いた時、それはもう驚いた。耳元でえっ!? とでかい声を出して頭をぺしんと叩かれるぐらいには驚いた。

 

「どうしたんですか急に? とうとう出てけって言われたんですか? もういっそウチ来ます?」

 

「まずは1回落ち着け。お前ん家なんか行ったら今以上に針のむしろになるだろうが」

 

 確かにそれもそうか。五条と禪院は昔から仲悪いみたいだし。まあ私は五条の家全員(悟は除く)と仲悪いし甚爾君は禪院の全員(激ウマギャグ)と仲悪いけど。そりゃ家出もしたくなるな。

 

「それでそれで、家を出るってどういうことなんですか!? 一時的な家出? それとも外で暮らすんですか?」

 

「だから落ち着けっての。説明してやるから」

 

 家を出てどう暮らすのかとか、どうして今まで何も相談してくれなかったのかとか、もしかしてもう会えなくなるのかとか。聞きたいことはいっぱいあったのだけど、説明してくれるというので黙ることにする。甚爾君は冗談は言うけど嘘をつく人ではないから。

 

「呪術師の数が不足してるって話は……初めて聞いたって顔してるな。呪霊が見える人間は限られてるってことぐらいは分かるだろ? だから、そういう案件に対応出来る人材ってのは需要があるんだよ」

 

 インチキ霊媒師とかも多いけどな、と一息。言われてみればなるほどその通りだろう。どこか特定の場所に数人配置しておけばいい、とかならともかく、日本中に強さもまちまちな呪霊が生まれるのだから、呪術師なんていくらいても余るなんてことは無いはずだ。見える人ですらひと握りなのに影響は誰でも受けるのだから尚更。

 

「禪院も五条もそういうのを請け負ったりしてない訳じゃないんだけどな。まずは在野の呪術師だったり学校に通ってる見習いだったり、そういうところからだ」

 

「じゃあそういうことして生きていくってことですか?」

 

「まあ簡単に言えばそういうことだな。仕事のアテもついてる。散々な目に合わされたんだ。これぐらい禪院の名前を使わせてもらっても文句は言えねえだろ?」

 

 やはり御三家ともなればそういったコネもあるということなのだろうか。同じ立場ではあるはずなのに私にはさっぱり。

 ただ、自分の立場を嘆いて精々抜け出して遊びに行くぐらいの、つまらない反抗ぐらいしかしなかった自分と違って、そこまで将来のことを考えていたのかと。少しばかり眩しく思う。

 

「そっか……それじゃあ、今までみたいには会えなくなっちゃうんですかね……」

 

「あ? 一緒に来ればいいだろうが」

 

 そうするのが当然とばかりのその言葉に、少々思考が固まった。

 

「どうせお前だって家に居てもしょうがねえだろうが。……いや、自分の力で生きていきたいとか言うなら止めはしねえがよ」

 

 いいんですか!? と大声を出してまた頭をはたかれる。人の頭をなんだと思ってるんだ。

 

「声がでけえ。どうせお前一人じゃ生きていけねえだろうから、俺が居なくなったら家で一人だろ? その方が良いならいいけどよ」

 

「ぐう……!」

 

 ぐうの音も出ない。いや出たけど。悟がいるからギリギリ一人じゃない……けど。周りの目を盗んで会うのにも限界がある。『次期当主の天才術師』と『出来損ない』が関わっていることを知られればどうなることか。天与呪縛のフィジカルギフテッドも別に無敵というわけではないのだ。

 

「嫌に決まってるじゃないですかあんな家! 私もつれてってください!」

 

 素直な私の思いはそんなもの。あんな家に未練は何一つ……いや、悟と物理的な距離が空くのはちょっと寂しいけど、別に今生の別れというわけではないのだし。会いたくなったら会いに行けばいいだろう。

 

「了解だ。準備が出来たら手紙でも……いや、直接行った方が良いな。とりあえず住むところがあればなんとかなんだろ」

 

「待ってますからね! 忘れちゃだめですよ!」

 

「はいよ」

 

 そう言って終わった、その日の禪院家からの帰り道。甚爾君からの誘いを反芻する。

 

 楽しみ──そう、楽しみだ。なにせ新しい人生が始められそうなのだから。そこに親友も居るとなれば猶更だ。別に持っていきたいものなんて何一つ無いことだし、ただ待っていればいいだろう。いや、呪霊とは今後も関わることになるだろうし呪具は必要になるか。それは家を出る時に倉をこじ開けて適当に貰っていくとしよう。手切れ金ってやつだ。ああ、でも……

 

「悟に、なんて説明しようかなぁ……」

 

 思わず口からこぼれるぐらいには悩みどころ。『男できたから家出てくね!』いやいやそんな関係じゃないし。『もうこの家に居るの限界だから家出するね』事実と言えなくはないけどちょっと気に病まれそう。悟のことはちゃんと好きだから傷つけたくは無い。

 

「うーん……」

 

 なかなか良い説明は思いつかない。それは家に帰ってからも答えは用意できなくて。

 

「姉さん、変な顔してどうしたの?」

 

「あ、悟。いや、ちょっと悩み事がね……」

 

 準備ができる前に本人に見つかってしまう始末だった。気配は殺していたつもりだったのだけど、そんなに気が疎かになっていたかな。

 

「家のこと?」

 

「うーん……まあ、そうとも言えなくはないかな?」

 

「……また誰かに嫌がらせされた? ……そいつ、殺そうか」

 

「こら、そんな簡単に殺すとか言わないの」

 

 叱るついでに私と同じ白い髪をわしゃわしゃと頭をかきまわしてやる。やめろよ、なんて言っているけど、この反応は嫌そう、というよりは照れ臭そうかな? 

 

「なんだよ。姉さんだって嫌いだろこの家の連中」

 

「まあねえ……だけど、悟は別に嫌なことされてないでしょ? 殺す理由に、他人を使っちゃだめだよ」

 

 なんか私説教臭い? ここからどうやって家を出る話に繋げよう……もういっそ日を改めようかな……? なんて。それは流石にちょっとな。甚爾君の準備がどのくらいかかるのかも聞きそびれちゃったし、もし明日にでも迎えが来たら困る。

 

「ねえ悟はさ、私が居なくても大丈夫?」

 

「は? なんだよ急に。どういう意味?」

 

 もう素直に伝えることにした。元々頭を使うのが上手な訳でもないし。

 

「流石にそろそろ家を出て外で暮らそうと思っててね。幸いにも、その辺を友達が手配してくれるらしいし……いい機会だからさ」

 

 悟は黙って私の話を聞いている。

 

「あんまここにいて胎としての役割とか言われるのも……いや、これはまだ聞かせるような話じゃないね。まあとにかく、ちょっと寂しい思いをさせることになっちゃうことになるかもしれないけど……ごめんね? も変かな? なんだろ」

 

「……別に、寂しくねえし。今だって、姉さんとはあんま話せないんだから。変わんねえよ」

 

「う……それは、ごめんね?」

 

 話したいと言ってくれるのなら出来るだけ応えてあげたいのだけど……人目を忍んで会うのも大変なのだ。夜中に気配を消してぼーっとしているところに、同じように気配を薄くした悟が来て会話が始まることの方が多いぐらいには。

 

「いいよ別に。……姉さんはさ、気つかいすぎ。苦しいんだろ? この家。だったら、俺の事なんか気にしてんなよ」

 

「……ありがとね、悟」

 

「ところで、さ」

 

 話を変える悟の顔は、さっきまでと違って少しだけ膨れっ面をしていて。

 

「友達って、前来てたあの男?」

 

「え、うん」

 

「どういう関係なの?」

 

「え」

 

 どういう関係もなにも、さっきから言っている通り友達……いや、少しばかり調子に乗らせてもらえば親友なのだけど、それはもう悟も知ってるはずで。なのになんでそんなジトっとした目を向けてくるのだろう。綺麗な瞳をしている分ジト目が辛い。助けて甚爾君。

 

「まあいいや、別にそんなに知りたかったわけでもねーし」

 

 そんな沈黙をどう捉えたのか、悟はそんなことを言って一人納得していた。まあでも確かに、悟からしたら禪院と五条でそんな風に仲良くしているのが信じられないのかもしれない。私達としても『出来損ない』同士でなければ接点も無かっただろうし。

 

「悟」

 

「なに?」

 

「たまには帰ってくるつもりなんだけど、お土産何がいい?」

 

「甘いヤツ!」

 

 この家に産まれたことは、正直今でも恨んでいる。勝手に産んだくせに『出来損ない』としてマトモに扱わなかった両親も、才能の無さを嘲笑う為にしか関わってこなかった親戚筋も、そんなお家の事情に従って、何一つしてくれなかったどころか積極的に差別に加担してきた使用人達も、全部、全部嫌いだ。甚爾君という理解者がストレスを減らしてくれていなかったら、家中皆殺しにしてしまいたいと何度か考えただろうなというぐらいには。

 

 それでも。たった一人、この可愛い弟が居てくれるだけでも。この家での思い出は悪いものだけじゃなかったなと。

 

 そう思えるんだ。

 

 

 

 





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