禪院甚爾に「私で童貞捨てたくせに」って言いたい欲求がある   作:らっきー(16代目)

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日常回


2人暮らしは色々大変

 五条の家の外に出て暮らす、なんて想像もしたことの無い私にとっては、何もかもが新鮮な毎日だった。

 誰かの顔色や気配に怯える必要のない日常も、古臭い家の外にあった多くの娯楽も、友達と過ごす日々も。

 

 アテはあると言っていた甚爾君の言葉は本当だったようで、閑散期の冬場はともかく(呪術師にも繁忙期というものがある。秋や冬に溜まった陰の気が、呪霊の形を取って夏頃に現れる、という理屈らしい)春から夏にかけては仕事に困ることも無く、それなりに安定した暮らしが出来ていた。

 

 と言っても、私はどうにもあの家の外での事というのが想像の余地の外側であるというのもあって、面倒な手続きのようなものは大体甚爾君に頼ることになっている。今住んでいる家も甚爾君が用意してくれたものだし。

 

「有難いことですねぇ……」

 

「なんだ急に」

 

「いえ、私一人だったら今でも五条の家に居ただろうなとふと思いまして……」

 

 思わず漏れ出た独り言の理由を説明すれば、ああとすぐに納得された。……あれ? これってもしかして私一人じゃ何も出来ないって納得されてる? 踏ん切りがついてなかっただろうな、ぐらいのつもりだったんだけど、妙に小馬鹿にした目をされている気がする。被害妄想ならいいんだけど。

 

 でも確かに、1人で色々な手続きが出来たかと言われれば否であるし、呪術関連の仕事の探し方だって分からなかったのはその通りだ。あれ? もしかして私って足でまとい? 

 

 そんな不安を抱えつつも日々は過ぎていく……先に言った通り、冬場はちょっと暇すぎるぐらいだけど。

 

 一年が過ぎる頃には、お互いの間に遠慮などが無くなってきたように思う。まあひとつ屋根の下で暮らしていれば当然と言えるのかもしれないけど。

 ……後々になって冷静に考えてみると、家を飛び出して即座に他人と同居し始めるというのは駆け落ちと呼ばれるような行為なのではとも思うのだけど、始めた時はそもそもそんな概念が頭になかったから照れ臭さも何も無かった。

 

 そして一年も経てばそれが当たり前になってきてしまうもので。だからやっぱり甚爾君と一緒に住むことへの照れ臭さとかは無いのだけれど。

 

「甚爾君、甚爾君」

 

「あ? なんだよ」

 

「私達なんで一緒に住んでるんでしたっけ?」

 

「その方が家賃が安上がりだからに決まってんだろ……なんだその不満そうな顔は」

 

 甚爾君のこういう態度はどうかと思う。可愛い美少女と一緒に住んでるのに。不能でも無かったくせに。合理主義なのも度を過ぎれば冷徹って言われるんですよ……なんて、口にしたことは無いけれど。

 

「べつにー? なんでもないでーす」

 

「なんかある時だろその言い方……」

 

 甚爾君は心底面倒くさそうな顔をしている。まあ面倒くさい絡み方をしているから至極当然な反応ではある。むしろ相手してくれているだけ優しいと言ってもいいのかもしれない。

 

「ただ甚爾君は合理主義者だなあって改めて思っただけですよ」

 

「否定はしねえが……」

 

「嘘でも、私と一緒に居たかったから、とかは言ってくれないんですねってちょっと拗ねただけです」

 

「嘘で言われて嬉しいか? それ」

 

 それはそうだけど……それはそうだけど! 正論では割り切れないものがあるのだ。複雑な乙女心をわかって欲しい。ただでさえこの人は親愛の情とかを示すようなタイプじゃないのに。甚爾君は絶対恋人が出来ても好きとか愛してるとかちゃんと伝えないタイプだと思う。子供が出来ても不器用な優しさしか示せなくて、それを理解してもらえなくて大っ嫌いだって言われそう。

 

「あの夜はちゃんと優しかったくせに……」

 

「は? 何言って──」

 

「私で童貞捨てたくせに……」

 

「な、おま、今関係ねえだろうが! 大体お前だって処女だっただろ!」

 

「うう……私の処女を奪って、私で童貞捨てたくせに甚爾君はそんなに冷たいんですね……」

 

 別に恋愛感情でそうなったわけじゃなく、寂しさとか不安とか怖さとか、情とか罪悪感とか色々なものが混ざりあった果ての行為ではあったのだけど、それはそれとして今は置いておく。ここまで甚爾君が狼狽える所なんて滅多に見られるものじゃない。

 

「……最初の理由はそんなもんだったが、今は友達と居たいから一緒に住んでるよ。これでいいか?」

 

 面倒くささ4割、照れ臭さ6割といった感じでそんなことを言ってくる。珍しく親愛の言葉を口にしてくれたのだから満足するべき──なのだけど。

 

「うわ、言わせといてアレですけど全然友達ってセリフ似合いませんね──痛い痛い痛い!」

 

 頬をつねられた。でもなんか如何にも一匹狼で、毎日女をとっかえひっかえしてそうな顔をした甚爾君の口から友達という言葉が出ると面白くなってしまって……こんなこと考えてるのバレたらもっと酷い目にあわされそう。

 

「お前が、言わせたんだろうが」

 

「ごめんなひゃい! ごめんなひゃ……うう……」

 

 謝ったことで解放してもらえた。まったく。美少女の顔が歪んだらどうしてくれるんだ。甚爾君みたいに傷が付いた方がプラスになるような顔立ちはしてないんだぞこちとら。

 

「酷い目にあいました……」

 

「自業自得だろうが」

 

 不満を込めて目線を送ったが今度は無視された。妥当な反応なのかもしれない。

 

「そういえばこの流れなので聞きますけど、甚爾君恋人とか作らないんですか? 浮ついた話聞きませんけど。女の影も見えないんですけど」

 

「あ? 興味ねえよ」

 

「まあ甚爾君の興味ってギャンブルばっかですもんねえ……弱いくせに……」

 

 あ、顔を背けた。競馬に競艇、パチンコやらスロット。知らないけど雀荘とかも行ってそうだし負けてそう。甚爾君、ギャンブル好きなくせに弱いから……もしかしてお金を溶かすのが趣味なだけなのかと疑うぐらいには勝ってるところを見た事がない。

 

「恋人作ってもパチンコ代とかたかっちゃダメですよ? そんなことし始めたらヒモ野郎って呼びますからね?」

 

「……今使ってるのだって、ちゃんと俺が自分で稼いだ金だろうが」

 

「そうですね。『私と一緒に』呪霊を狩ったり呪詛師をひっ捕らえたりして稼いだお金ですね」

 

「……単独の時だって──」

 

「ありますね、低級呪霊とかだと2人で行ってもしょうがないですし。でもそういうのって報酬も少ないですよね?」

 

 都合が悪くなるとすぐに顔を背ける。私も大概ザルな金銭感覚だけど、完全にどんぶり勘定な甚爾君よりはまだマシな方だ。

 

「まあ、そもそも甚爾君のコネで私も仕事貰ってるんで、別に文句とか言うつもりは全く無いんですけど。でもギャンブルはやめた方がいいと思いますよ? 飲む打つ買うが揃い出し……は、しませんね」

 

 打つ……ギャンブルはそれはもうどハマりしている甚爾君だけど、後の2つは多分大丈夫。フィジカルギフテッドの身体はアルコールも毒物と判定して無効化でもするのか、いくら飲んでも全く酔えないのだ。この暮らしが始まった頃に2人で試したのは文字通りの苦い思い出。

 

 買うのは……まあ私を抱いたことだしその辺の女を買う程度で満足出来はしないだろう。こんなレベルの美少女で私レベルに体力があるような人が相手してくれるならむしろ私が買いたい……何を考えてるんだ私は。

 

 もしかしてその辺の欲を全部ギャンブルで発散してるのだろうか? それならそれで……良くは無いな。もっとお金のかからない趣味でも見つけて欲しい。

 

「ということで甚爾君! 今度どっか遊び行きましょう!」

 

「なにが、ということなんだ……? いや、お前の話が段階飛ばすのはいつもの事か……」

 

「私のこと分かってくれてて何よりです。どっか美味しいものでも食べいきましょうよ。ほっとくと甚爾君肉しか食べないんですから」

 

 私は当然健康に気を使って3食バランスよく……なんてことは無い。お肉美味しいです。甚爾君お金に任せて高い肉ばっか買うし。

 

「どこでもいいが、飯が美味い所にしてくれ」

 

「了解です。どっか調べときますね。まだちょっと寒いですし、温泉でも探しましょうか」

 

 本当に、五条の家で独りだった時はこんな生活は夢にも思わなかった。あの息苦しい家で、精々優秀な術師を作るためか、縁を結ぶためにどこかしらに嫁がされるのが関の山だと思っていた。それが今では、皮肉屋だけど何も隠し事だとか、遠慮だとか要らない親友と生活している。

 

 いつまでも続けばいい……というものでもないのだけど。例えばそれこそ甚爾君に恋人でも出来たら流石に一緒に住み続ける訳にもいかないだろうし、逆もまた然りだ。悲しいことに私にもそんな気配は微塵もないが。人を好きになるってこと自体よく分かっていないし。

 

 ただまあぼんやりと、暫くはこの生活が続いたらいいなあ、とは思っていた。

 

 ちょっとした変化が訪れたのは、呪霊が活発になってくる、初夏の頃だった。

 

 

 

 

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