鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第一話 黒船襲撃

 嘉永7年(1854年)、月明かりと星空のみが照らす闇夜。

 その闇に溶け込むかの如く屹立する六隻の漆黒の巨船。新興国家であるアメリカ合衆国政府が誇る、東インド艦隊。

 太平洋の最西にしてユーラシア大陸の極東に位置する島国・200、年以上に渡って他国との繋がりを断ってきた鎖国国家である日本を開国させるべく送り込まれたそれらが、浦賀の沖に周囲を圧するかの如く鎮座していた。

 彼らは既に目的である日本の開国を確約する条約(日米和親条約)を日本国政府である徳川幕府と締結することに成功し、後は再び万里の波頭を超えて帰国するだけだったのだが、六隻の船の内の一隻、蒸気外輪フリゲート「ポーハタン号」にて問題が発生していた。

 二人の日本人青年が小舟にて漕ぎ寄せ、アメリカに留学させて欲しいと頼み込んで来たのだ。

 

 

 

 国策として他国との関りを立っていた国を、六隻の最新鋭軍艦の軍事的圧力を以て強制的に開国させようというのだ。

 東インド艦隊としても当然反発は予想していたし、最悪戦争になることも覚悟していた。 

 浦賀に寄港中は常に奇襲を警戒し、いつでも外輪を回し船を動かせるよう窯は常に温めておいたし、大砲には弾を込め海兵たちにはライフル銃を配備していた。

 それは条約締結という一つの山場を越えた後でも変わらない。 

 警戒は怠っていなかったし、銃も配備したままだった。

 故に小舟に乗って密航を願い出てきた怪しげな二人の日本人青年に対し、乗員たちが一斉に銃を構え取り囲んだのは当然のことであった。

 

 「……では、どうあっても我々の貴国への留学は認めてもらえないと?」

 

 多数の銃口に取り囲まれているにも関わらず、小柄で痩身、一見すると虚弱そうにも見えるその色白の青年は冷や汗一つかかず穏やかな態度で清国人の通訳に筆談で尋ねた。

 青年の書いた文字を確かめた清国人の通訳は傍らに立つアメリカ人の船長と二言三言言葉を交わすと、申し訳なさそうな顔でただ一言、「その通りだ」と漢文で答えた。

 

 「そうですか……残念です」

 

 教本に載せたいほど綺麗な姿勢の正座を微塵も崩さず、しかし俯き顔を曇らせ心底残念そうに、色白の青年は呟いた。その間、傍らの青年は乗船した時から変わらずこの日ノ本の国で言うところの土下座の姿勢のまま微動だにしない。

 色白の青年の名は吉田松陰。

 長州と呼ばれる日本の一区画を統べる大名家の家臣であり、その地にて天才とも言われている軍学者にして学徒である。

 

 「残念だが……この日本という国の政府は、今だ自国民が国外へと出ることを許していない。君たちを乗船させれば貴国の法を我らが一方的に破ることになり、せっかく結んだ条約が破棄される危険性も出てくる。申し訳ないが、君たちをアメリカに連れていくことは出来ない」

 

 ポーハタン号船長は、憐憫に満ちてはいるが断固とした声で松陰に告げた。

 彼らの目的は日本国との開国条約の締結。

 それを危険に晒しうる行為は全て慎まねばならなかったし、なにより無いとは思うが、目の前の青年二人が日本政府である幕府の送り込んだスパイでないという保証はどこにもない。

 彼らが条約破棄の口実として送り込まれた可能性は拭えないのだ。

 無論日本の国内法において、国外に出ようとした自国民が死罪になるということは知っている。

 仮に彼らが幕府とは何の関わりもないただの勉強熱心な学生であった場合、この判断によって前途有望な青年が殺されてしまうだろう。

 だがそれでも、軍人である船長は任務の達成を最優先に行動しなければならないのだ。

 

 「では、仕方がありませんね」

 

 とはいえ船長の発した言葉は英語である。

 清国人の通訳が漢文に書き起こしてはいるが、松陰に言葉として伝わることは無かったし、当然言葉の中に込められた憐憫の情など感じ取れるはずもない。

 

 「私は西欧の世界というものを直に感じて見たかったのですが、本当に心の底から残念です」

 

 そしてそれは、アメリカ人である船長と清国人の通訳も同じであった。

 彼らには松陰の語る日本語の内容など理解できず――――その言葉の中に膨れ上がっていく殺意にも、気付くことが出来なかった。

 

 「ですが、連れて行って貰えないというのなら仕方がありません。 ……貴方がたには、来る攘夷戦争のための実験戦闘の生贄となっていただきます」

 

 故に船長たちが認識できたのは、目の前で話していた青年の目が突如として赤く輝き出したこと。

 そして松陰の隣で平伏していた男の体が希少な音を立てながら肥大化し、やがて巨大な鋏に毒針の付いた尾、そして人骨のような顔の付いた巨大な蠍に姿を変えた事だけだった。

 

 「a…………」

 

 想像だにしなかった異常な事態に海兵たちが銃を撃つことも忘れて呆けてしまったのと、巨大な蠍が鋏を振るい船長と通訳、そして数人の海兵を巻き込んで切り裂いたのはほぼ同時であった。

 

 ――――舞い上がる血しぶきの中、悲鳴ではなく怒声を挙げ引金を引き銃声を響かせたことは、海兵たちの練度の高さを示すものだっただろう。

 

 だが残念なことに、この巨大蠍の持つ外殻の固さは鋼鉄にも匹敵するものだった。

 彼らの持つライフル銃では蠍の外殻は撃ち抜けず、やがて船上は一方的なまでの屠殺場と化していった。

 

 

 とはいえ、銃声を響かせたことは無駄ではなかった。 

 その轟音は警戒態勢を続けていた他の船にも聞こえ、銃を手にした海兵たちが甲板上に集まって来たからだ。

 彼らは巨大な蠍が暴れまわり同僚たちが殺される様にしばし絶句したが、やがて正気に戻ると指示を飛ばし配置に付き始め、仲間を救うべく行動を始めた。

 これもまた、彼らの練度の高さを示すものだっただろう。

 

 ――――だが、銃声を合図に動き出したものは彼らだけではなかった。

 

 最初に気付いたのは、隣の船で仲間たちを殺し続ける蠍に銃を撃ちかけていた若い海兵の一人だった。

 何か、闇夜の中に羽ばたくような音を聞いたのだ。 

 それも通常ならば有り得ない様な、それこそ帆船の帆ほど大きな羽が羽ばたくような音を。

 しかも、その音はだんだんと近づいてくるようだった。

 

 ――――音のする方向を見上げた時、そこには化物がいた。

 

 エイの様な平べったく長い尾、そして鮫の様な鋭い歯を持った四枚羽の空飛ぶ怪物。それが三匹、こちらに向かって飛んできているのだ。

 若い海兵の傍らで銃声が響いたのは、彼と同じように怪物の接近に気が付いた仲間の誰かが反射的に銃を撃ったからだろう。 

 やがて怪物の接近に気付いた者が増えたのか響く銃声の数が増え、若い海兵もそれに倣った。

 怪物が近づけば酷いことになる。

 それだけは確信が持てたからだった。

 だが巨体の怪物はライフル弾が多少当たった程度では止まらずやがて五隻の船の上を順次通り過ぎて行き、そしてその背と腹から何かを落としていった。

 それが手に刀を持った四つ足の奇妙な鎧武者、そして同じく手に刀を持ち鎧を着たワニの怪物だと理解したのと、それらに切り付けられ若い海兵が殺されたのはほとんど同時であった。

 怪物たちはそのまま他の海兵たちにも襲い掛かり、ポーハタン号を除く五隻の船全てで怪物と海兵たちの戦いが始まったのだった。

 

 

 ――――数刻後。

 

 殺された海兵たちの流した血で真っ赤に染まったポーハタン号甲板の上。

 むせ返るような血臭の中、松陰は遠方に遠ざかっていく五隻の艦をその瞳を妖気で赤く輝かせたまま見つめていた。

 

 「あまり、芳しい結果ではありませんね」

 

 「そう? この黒船は手に入ったじゃない。 十分な戦果だと思うけど」

 

 ポツリと呟いた松陰に、頭上から軽やかな言葉が投げかけられる。

 松陰が上を向くと、純白の長髪を海風に靡かせた色白な少女が、何もない空間にまるで腰掛けるように鎮座し足をブラつかせていた。

 

 「そんなことはありませんよ、コーディリア君。 高等幻魔であるエドマンドさんが暴れたこの船は手に入りましたが、オズワルド君の作った造魔たちでは敵を全滅させられず船を手に入れることが出来なかった。 戦というものは、武に優れた一個人だけで勝てるものではありません。 優れた多くの一兵卒の存在こそが肝要なのですよ」

  

 柔和に微笑み、まるで教師が愛弟子に教えるかの如く優し気に語る松陰。

 そんな松陰の言葉に、コーディリアと呼ばれた白い少女は顎に手を当て、その三つある目を遠くにやって考え込み始めた。

 

 「ふーん、そういうものなんだ」

 

 「ええ、そういうものなのです」

 

 考え込むコーディリアの姿に、松陰の微笑みはますます深くなる。

 生徒に知識を与え、その知識を基に生徒が思考を深めることほど教師にとって嬉しいことは無いのだから。

 

 「も、ももも、申しわ、訳、ありません。 げ、幻魔王、吉田松陰様」

 

 そんな笑みを深める松陰に、コーディリアとは別の声が背後から掛けられる。

 

 「い、いいいい古の造魔博士、ギルデンスタン様の記録を基に創り上げた、ジェイド三十三体、ゾルム三十八体。 に、にに人間の兵士如き相手には十分と思ったのですが、た、足りませんでした。 ふ、船を、奪えませんでした。 どうか、お、お許しを」

 

 松陰の背後から声を掛けたのは、まるでアンモナイトに人間の脳と能面が張り付いたかのような異様な怪物だった。

 いかなる力によるものか白い少女同様に宙に浮いており、能面の下から無数に生えた触手をこすり合わせ、吃音気味に、言葉を続ける。

 

 「も、もっと大量に用意しておけば。 い、いや、そうでなくても、あのマーセラスを作り出せるほどに私の技術が進歩しておれば、き、きっと、船を奪えたのに! こ、こここ、この失態は、必ずや更なる進歩を以て、挽回を……!」

 

 「そんなに気にする必要はありませんよ、オズワルド君」

 

 更に言葉を続けようとするオズワルドを、松陰は優しく窘める。

 

 「造魔の数については仕方ありません。 現状、造魔を作り出せる技術者は君だけですし、今の我々の立場では素体である人間を用意することも簡単ではありません。 用意できる素体が少ない以上、技術の進歩にも制約が付きますしね。 このあたりが個人の限界というものでしょう」

 

 「――――では、どうなさるので?」

 

 更なる声。

 ポーハタン号の船員を殺し尽くした人骨の頭を持つ大蠍、エドマンドの問いに松陰は笑って答える。

 

 「無論、この戦果を以て幕府を説き伏せます。 幕府が手も足も出ず頭を下げ平伏し、唯々諾々と従わざるを得なかった海外列国の蒸気帆船。 しかし、貴方がた幻魔の力を以てすれば追い返すことが出来ました」

 

 瞳の輝きを更に深め、松陰は確信をもって断言する。

 

 「この結果を見れば幕府の老中たちも気付くでしょう。 幻魔を廃した神君家康公は間違っていた。 幻魔の力を借り、世界に漕ぎ出そうとした信長公そして太閤様こそが正しかったと。 ええ、幕府の援助を得られれば造魔の増産も製造技術の向上も、全てが格段に飛躍します。 その力があれば、必ずやこの日ノ本を救えるでしょう」

 

 一片の私欲も野望も無く、ただひたすら愛国と救国の志のみを胸に語る松陰。

 そんな彼の言葉に、三体の高等幻魔たちはただ沈黙を以て返した。 

 その心の内にあるものは、救国の目的に向かいただ真っすぐ歩いていくだけの松陰には分からないし関心も無い。

 

 ――――人の主を失い魔の支配する幽霊船と成りは果てたポーハタン号は、そんな怪物たちの思惑を乗せたまま夜の波に揺られるだけだった。

 




次回投稿予定は明日、11月3日、金曜日です。
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