鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第十話 新選組

 門前の新選組隊士達に葵の御紋の付いた印籠を見せた阿倫と十兵衛は、丁重な態度で屯所たる西本願寺の中に招かれる。

 刀に槍、そして外来の長銃まで携えた隊士達が整列する中。

 彼らの視線を感じながら二人は進み、やがて寺内で最も大きく広い本堂へと通された。

 

 ――金色に輝く御仏たちが高台から見守る眼前、畳敷きの大広間の中央。

 

 品の好い刺繡が施された二つの座布団が敷かれており、二人はそこに座る。

 するとそれを見計らったように、本堂の脇から十人ほどの男たちが大広間へと入ってくる。

 皆一癖も二癖もありそうな男たちであり、数多の修羅場を潜ってきた歴戦の空気を放っている。

 彼らは二人の少女を囲むように前に三人横に四人ずつ座り、一拍置いて二人の正面に座った三人の内の一人、中央に座った男が口を開いた。

 

 「よくぞ御出で頂きました、鬼武者とその従者殿。新選組局長、近藤勇で御座います」

 

 岩石の様にがっしりとした頭を深々と下げ、神妙な面持ちでお辞儀をする近藤。

 周りの男たちもそれに倣い、深々とお辞儀をする。

 十兵衛と阿厘。彼女たち二人が背負う徳川将軍家の威光に対する敬意故だろうが、幕威が衰えた今頃珍しい程に恭しい態度。

 しかしそんな余所余所しいまでに礼儀正しい態度なのに、お辞儀をする近藤からは親しみやすさの様な空気が放たれている。

 

 (……近藤勇、英傑って奴だね。元は農夫に近い身分だったらしいのに、此処まで成り上がっただけはある。世の中が混乱するとこういうのが必ずと言っていいほど出てくるんだから、人間ってのは凄いよねぇ)

 

 永き年月、人を見続けてきた阿倫は内心で感嘆する。

 一方、十兵衛は周囲の人間たちの力量を推し量っていた。

 

 (この近藤って人を含めて、幻魔化した人間相手に勝てそうなのは五人くらいかな。他の人たちも道中で襲って来た下級造魔程度には負けそうにないし、一般の隊士達も幻魔相手に十分戦えそうな侍達ばかりだった。――こんな、本当の武士の集団を見たのは松陰を探して薩摩に行った時以来かも)

 

 もう、五年近くも昔のことを思い出す。

 幻魔王吉田松陰を追い、全国各地で幻魔と化した人間やその信奉者である攘夷浪士たちと戦っていた頃。

 当時の大老井伊直弼から直接の指令を受け、日ノ本の最南にあたる薩摩へ向かった。

 

 ――指令の内容は、薩摩国主島津斉彬の暗殺。

 

 元より西洋列強の脅威に対し強い危機感を持っていた斉彬が、同じ危機感を共有する松陰と結びつき幻魔の軍団を組織し始めたという情報を得たのだ。

 情報を確かめるべく現地に赴くと軍団は既に形を成し、幕府にも同様に幻魔を受け入れ外国に対抗するよう圧力をかけるべく、京や江戸に向けて進軍を始める寸前という危機的状況だった。

 故に暗殺は、即座に実行した。

 幻魔を加えた薩摩軍の練兵を視察するため、斉彬が城を出た隙を狙って強襲を掛けた。

 その時見た薩摩武士団の統率の取れた動き、そして斉彬を守るために命を投げ出して向かって来た薩摩隼人の侍達。

 敵ながらその姿は、幕府の惰弱な侍達の姿に幻滅していた十兵衛には輝いて見えた。

 

 (流石に装備と数は劣るけど、新選組はあの薩摩軍にも匹敵する侍達だ。この人達と一緒になら、きっと京に巣食う幻魔共を一掃できる!)

 

 寝物語で効いた過去の鬼武者達と同じように、本物の侍達と共に戦えると気分が高揚する十兵衛。

 

 そんなそれぞれの考えに思いを巡らせる少女たちに、近藤の右隣に座る男が声を掛ける。

 

 「初めまして、お二人とも。私はこの新選組で総長を務めさせて頂いております、山南敬助と申す者です。鬼武者殿の活躍の話は、かねがね耳にしております。この度は我ら新選組にご助力賜るべくいらして頂いたこと、心から嬉しく思います」

 

 柔和な顔に穏やかな言動、山南と名乗った男は一見ただの優男に見える。

 だが十兵衛には分かる。

 その体躯は逞しく鍛え上げられており、幻魔化した人間には敵わずとも下級造魔程度は容易く屠れるほどの実力を持っていることが。

 

 「実は先日、隊内でも随一の実力を持ち一番隊の隊長を任せていた者が殉職致しました。……ああ、まずは説明すべきでしたね」

 

 既にジョージから聞かされていたことを改めて聞き、表情を硬くする二人。

 それを説明不足故と解釈したのか、山南が申し訳なさそうに話を続ける。

 

 「我ら新選組は一から十の隊に分かれて活動しており、お二人に左右に居並ぶ者たちもその隊長達なのですよ。この新選組の幹部たち、と思っていただいて構いません。――話を戻しますが、そのような理由で現在、一番隊隊長の役職が空いているのですよ」

 

 そこまで言うと山南な言葉を斬り、深く頭を下げる。

 

 「無礼とは存じますが鬼武者殿にはどうか、この一番隊隊長の任に就いて頂きたい。本来ならば我ら新選組一同、将軍様直参たる鬼武者殿の下に就くべきではありますが、いきなり隊の頂点に立つ者が変わっては隊士達が動揺します。この新選組は幻魔に支配された今の京における幕府唯一の砦、隊に混乱が生じれば敵に利するだけです。――どうか鬼武者殿には寛容な心で、この提案を呑んで頂きたい」

 

 深々と頭を下げる山南の姿に思わず呆けた顔をしてしまう十兵衛だったが、やがておずおずと口を開く。

 

 「……そんな、頭を下げなくていいよ? 山南さん」

 

 「そうだね、そんな格式張らなくていい。他の人たちも、もっと砕けた感じでいいよ? 幕府のお偉いさんと繋がってる私たちに委縮しちゃう気持ちは分かるけど、今まで京で幻魔達と戦ってきたのは貴方たちなんだからさ」

 

 十兵衛の言葉に続けて笑顔で話しかけながらも、阿倫は失敗したな、と心の中で頭をかく。

 人外ゆえの人間社会の機微への疎さから葵の御紋の印籠、そしてその背後にある幕府の威光というモノを軽く考えていた。

 近藤たちの元の身分は武士というより農夫に近く、それも徳川将軍の直轄領たる天領の出身だ。

 幕府や将軍を軽んじる攘夷浪士ばかり相手にしてきたせいもあって忘れていたが、そんな彼らにとって将軍様は畏れ敬うべき天の上の存在。

 そんな将軍様に直接の繋がりを持つ自分たちが尋ね、共に戦いたいと言って来れば委縮しない方がおかしかったのだ。

 

 「一番隊隊長の件、喜んで引き受けさせてもらうよ。近藤さんに、山南さんだったね? 私たちは貴方たちの指揮下に入る。十兵衛もそれで良いね?」

 

 阿倫の問いに、十兵衛は近藤に対し深々と頭を下げることで答える。

 将軍直属の権威を笠に着る事など無く従うという、明確な意思表示の姿勢。

 その姿に近藤はどこか硬かった表情を柔らかくし、肩の荷が下りたような朗らかな笑顔を浮かべる。

 やはり阿倫の想像通り、雲の上の存在である将軍に近い二人に対し緊張していたのだ。

 

 「――俺たちの指揮下に入るってんなら、まず命じたいことがある」

 

 緊張の緩和からどこか緩んだ空気が流れ始めていた広間に、その空気を断ち切るような鋭い声が響く。

 声を発したのは、近藤の左隣に座る男。

 端正な顔立ちをしているが、その内面から来るのであろう苛烈さと冷徹さが、近寄り難い雰囲気を醸し出している。

 

 「新選組副長、土方歳三だ。お前が一番隊隊長になったのなら、俺は直属の上司ということになる」

 

 厳しく鋭い視線を十兵衛に向け、土方は言葉を続ける。

 

 「お前が強いという話は聞いている、成し遂げてきたという実績もな。だが、あくまで聞いただけだ。此処にいる連中も外にいる隊士たちも、全員が実戦からの叩き上げだ。実際に目で見たものした信じられない、命を預けて共に戦う間柄になるなら猶更だ」

 

 そこで言葉を切ると土方は、その鋭い視線を居並ぶ隊長達の中でも最も年若い青年へと向ける。

 

 「――斎藤!」

 

 土方の言葉と共に立ち上がる、斎藤と呼ばれた青年。

 その立ち上がるまでの動きそしてその立ち姿から、青年の実力の高さが推し量れた。

 

 「そいつの名前は、斎藤一。この新選組でも随一の実力者を持つ一人だ。鬼武者、お前には俺たち隊長格と全隊士達の前で、こいつと立ち合い実力を見せてもらう」

 

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