鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第十一話 試合

 新選組の屯所が置かれる西本願寺。

 そのほぼ中央に位置する、本堂前の広場。

 そこに、見回りに出ている者や警備の者を除くほぼ全ての新選組隊士達が集まっている。

 それは局長近藤勇を初め総長山南敬助、副長土方歳三、そしてそれぞれの隊を纏める隊長達も例外ではない。

 彼ら幹部格は皆、本堂前の縁側に座り眼前に立つ二人の男女を見つめている。

 今代の柳生十兵衛たる鬼武者と、新選組三番隊隊長を務める斎藤一。

 この二人の立ち合いが、今まさに始まろうとしているのだ。

 

 「う~ん、大事になっちゃったなぁ」

 

 その様子を一人本堂の屋根瓦の上から眺める、鴉天狗の少女阿倫。 

 

 「――ですが侍同士の尋常な立ち合い! 拙者、思わず心が奮い立ってしまいますぞ!」

 

 そんな彼女の後ろか突如響く、快活な少年の声

 

 「……ああ、みの吉。どう、幕府中枢の御歴々の様子は。やっぱり、混乱してる?」

 

 特に驚いた様子も無く、背後に現れた少年をみの吉と呼ぶ阿倫。

 その名の通りまるでミノムシのように、空の何処かから垂れてきた綱から逆さ向けに宙ぶらりんになった少年は、顔以外の全身を覆う袋を掴みながら答える。

 

 「はい、相当混乱し、そして怒り狂っておりました。将軍と自分たちを守ることこそが鬼武者の使命であるのに、鬼武者殿はそれを放棄した逆賊だと。追ってを差し向け厳罰に処すべきとまで宣う輩まで出る始末! 鬼武者殿が今までどれほど、この国のため働いてきたと思っているのか!」

 

 憤懣やるかたないという風に顔を紅潮させ、その怒りを表すように左右に激しく揺れながらみの吉は憤る。

 

 「まあ、大方予想通りの反応だね。それで? 幕府には今の京に来れる程に気概のある捕物の役人はいたかい?」

 

 答えは聞くまでも無いが、という顔の阿倫に若干怒りを落ち着かせたみの吉が答える。

 

 「……まあ、おりませんでしたな。それにそういう煩く騒いでいた幕閣たちは、勝安房守殿が上手く抑えてくれたでござる。ついでに事後承認という形で、鬼武者殿の京行も正式に認められる形にしてくれたでござる」

 

 「ああ、海舟のおっちゃん、また頑張ってくれたんだ。新選組への事前連絡もおっちゃんが根回ししてくれたし、ああいう人間がいるから幕府もまだまだやってけるんだよねぇ」

 

 実年齢は遥か年下の人間をおっちゃん呼ばわりしながら、阿倫は安房守こと勝海舟の姿を想起する。

 細長の顔に意志の強い瞳を光らせる、小柄ながらも逞しい男だ。

 

 (確か、何かの流派の免許皆伝も持ってるんだったっけ。基本は役人なんだけど、下級造魔とタイマンなら勝てるぐらいには鍛えてるんだよね、あのおっちゃん)

 

 長い太平の世に惰弱と成り果てた幕府の役人には珍しく気骨と気概にあふれ、幕府がメリケンに送った使節の一員に選ばれるほどに優秀で、その海外渡航経験もあってか広く深い知見を持っている。

 頭の出来が良すぎるせいで読み切れず理解できないところは多々あるが、それでも能力は勿論人格も信頼できる、阿倫達にとって心強い味方だ。

 

「――そんなことより阿倫殿! そろそろ、始まるようですぞ!!」

 

 みの吉の興奮した声に、阿倫の思考が目の前の光景に引き戻される。

 境内の広場では遂に十兵衛と斎藤が互いに刀を抜き、構えをとった所だった。

 

 「……ま、面倒な政治のあれやこれやは勝のおっちゃんに丸投げして、私たちは現場で幻魔達と戦うだけだね!」

 

 頭を切り替え破顔し、阿倫もみの吉と同じように眼下の戦いに見入る。

 京で幻魔達と戦うには新選組隊士達からの信頼が必要であり、この戦いはその信頼を勝ち取るためのもの。

 その戦いにて、自慢の娘がどう力を見せ付けるのか。

 阿倫としても、それが楽しみで仕方ないのだった。

 そしてそれは、二人を囲む新選組の隊士達も変わりない。

 京の最前線にて幻魔達と戦って来た自分たちの実力を、雲の上の幕府の実力者に見せ付けてやる。

 そういった反骨心が熱気となり歓声となり、普段は静かな境内を騒がしく沸かせている。

 二人の真剣勝負への熱狂は、最高潮に達していた。

 

 

 ――そうやって観戦者たちが盛り上がる一方、実際に立ちあう二人は。

 

 互いに真剣を構えている事もあり、その表情は硬く二人の間に流れる空気は重い。

 

 「……鬼武者。今更だが、本当に真剣でやるつもりか」

 

 そんな空気の中、新選組三番隊隊長斎藤一が口を開く。

 

 「立ち合いを持ちかけたのはこっちだが、真剣で戦うつもりは無かった。分かってるのか? 真剣で戦う以上、勝敗の如何に関わらず互いに只では済まないぞ」

 

 重い口調。

 そこからは今からでも真剣勝負を止めたいという思いが溢れており、実のところそれは盛り上がる平隊士達とは裏腹に、他の新選組幹部達も同様だった。

 十兵衛は幕府の重鎮や頂点である将軍とも面識のある、雲の上の身分の存在。

 それを求められたからと言って真剣勝負で万が一にも殺してしまえば、新選組の存続自体が危うくなる。

 なので十兵衛が真剣勝負を提案し、あまつさえ強行されてしまった時点で、斎藤はワザと一方的に負けることも考えていた。

 

 「試すようなことを言った副長の言葉が気に障ったなら、後で幾らでも謝罪する。だからこの場はお前が引いてくれ、頼む。幕府の重鎮に等しいお前に真剣で斬りかかることは、新選組そのものを危うくする。それは攘夷浪士と幻魔に利するだけだ。――だから、頼む」

 

 周囲の隊士達には聞こえないよう、小声で懇願する斎藤。

 そんな斎藤の言葉に目を見開き驚いた顔をする十兵衛だったが、すぐにどこか悲しそうな顔で話し出す。

 

 「――また、政治の話? 此処でまでそんな話を聞くのは、もう嫌なんだけど」

 

 京の街が幻魔を有する勤王党に占拠された時、十兵衛は動けなかった。

 更にはその後三年近く、将軍とその近辺の護衛を命じられ現場に赴く事が許されなかった。

 最高権力者たる大老井伊直弼への白昼堂々の暗殺、桜田門外の変。

 それが幕府中枢に驚愕と混乱を齎し、胆を潰した幕閣たちは最高戦力たる十兵衛を自分たちの身辺に侍らし、決して離そうとしなかった。

 その結果十兵衛は現場に出れなくなり、その隙に京は幻魔に占拠され魔都と化した。

 

 「武士同士、何も考えず戦おう」

 

 その言葉と共に十兵衛の体が淡く光り出し、肩までだった髪が伸びていく。

 紅い両目は更に輝きを増し、額からは二本の角が生える。

 その変貌に斎藤が驚き目を見開くのと、十兵衛が地面より僅かに浮き上がり刀を構えて滑空を始めたのは、ほぼ同時であった。

 距離を詰め、下段より刀を振り上げる十兵衛。

 対する斎藤も虚より覚め、その一振りを自らの刀で受け止めながら後ろへと飛び退く。

 斎藤としては、それで威力を殺したつもりであった。

 だが十兵衛の振るう刀の衝撃は凄まじく、斎藤の体は大きく吹き飛ばされる。

 後頭部から地面に打ち付けられそうになった斎藤であったが、そこは斎藤も一流の使い手。

 僅かに頭をそらして肩からぶつかり、そのまま転がって受け身をとり無傷で立ち上がり再び刀を構える。

 

 「流石だね、無傷で受け身を取られたのは初めてだよ」

 

 嬉しそうに笑う十兵衛、対する斎藤の表情は驚愕と焦りに満ちている。

 二人を囲んで騒いでいた隊士達も、驚愕から目を見開いて黙ってしまった。

 この場にいる者たちは皆、歴戦の戦士たち。故にこの一幕だけで理解してしまったのだ、十兵衛の実力の高さを。

 

 

 「うん、まあこうなるよね」

 

 そしてその様子を、阿倫は屋根より満面の笑みで見下ろす。

 自慢の娘の実力が周囲に認められる、親としてこれ以上に嬉しい光景など無い。

 

 「流石は鬼武者殿でござる、凄いでござる!」

 

 そしてもう一人の親代わり本人の認識としては弟分のみの吉は、見た目通り子供のようにはしゃいで喜んでいる。

 

 「とはいえ天下の新選組、これで終わりじゃあないよね」

 

 十兵衛もこれで終わらすつもりは無いだろうし、と呟こうとしたところで眼下の十兵衛が行動を起こす。

 縁側に座る幹部たちを指差し、何事かを言い始めた。

 

 「おっと、始まったみたいだね。―-さぁて、どうなるかな?」

 

 

 「そことそこの二人、貴方たちも降りてきなよ。新選組の戦いは三対一が基本だって聞いた、それで五分の戦いになるよ」

 

 指差された二人の幹部の顔が真っ赤に染まる。

 侮られた、と感じたからだ。

 だが理性が罵声を上げ立ち上がろうとする体を諫め、代わりに血走った眼を縁側の中央に座る副長へと向ける。

 その瞳は明確に物語っていた、この思い上がった小娘を叩きのめす許しをくれと。

 その望みに、彼らに負けない程に怒りで顔を紅潮させた副長が頷きをもって返す。

 

 「永倉君、原田君。客人の望みを叶えて差し上げろ」

 

 「ひ、土方くん?!」

 

 近藤を挟んで対面に座る総長山南が、青い顔で止めようとする。

 だがそれを唯一人、顔を紅くも青くもしていない近藤が手で制する。

 

 「近藤さん――」

 

 山南が言葉を続けるよりも早く、十兵衛に指名された二人は本堂の中へと飛び入り真剣と抜き身の十文字槍を手に飛び出して来た。

 そして縁側から飛び降り、斎藤の左右に並び立ち名乗りを挙げる。

 

 「新選組二番隊隊長、永倉新八!」

 

 「同じく十番隊隊長、原田左之助!!」

 

 刀と槍を構え、堂々と名乗る二人。

 その姿に斎藤はしばし呆然とするが、何かを待っているようにチラチラと自分を見る二人。そして期待に満ちた目を向けてくる眼前の鬼の姿に、軽く溜息を吐く。

 だがすぐに凄絶な笑みを浮かべると刀を構え、声を張り上げる。

 

 「三番隊隊長、斎藤一!!!」

 

 そして三人声を揃えて、叫ぶ。

 

 「参る!!!!」

 

 その芝居がかった姿に十兵衛は満面の笑みを浮かべ、みの吉は歓声をあげ阿倫は仕方のない子を見る母のように溜息を漏らした。

 武士同士の仕合が、始まったのだ。

 

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