鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第十二話 隊長

 最長の間合いを誇る十文字槍を手にした左之助を中心に、斎藤と永倉の両隊長が十兵衛を囲むように広がる。

 三人一組で敵に当たる、一般隊士でも幻魔相手に必勝可能な新選組必殺の対人陣形。

 それを一人一人が達人級の実力を誇る隊長達が行うのだから、その圧たるや鬼の力を覚醒させた十兵衛をして気圧されるほどである。

 

 (――でも、だからこそ楽しい)

 

 先程まで怒りで顔を紅くしていた三人だったが、戦いに移行した瞬間その顔は感情の消えた無の表情となり、強い意志の宿った瞳だけがギラギラと光っている。

 そこには殺意も憎悪も無く、ただ眼前の敵を倒すという決意だけがある。

 

 「本物の、侍だ」

 

 阿倫やみの吉から昔語りで聞いて憧れた、本物の侍。

 憧れに出会えた喜び、それに挑めるという興奮。

 

 ――高まる胸の鼓動を表すように、十兵衛は人の背よりも高く跳んだ。

 

 鬼の力を使った、大跳躍。 

 刀を振り被り、十文字槍を構える左之助に向かって上空から斬りかかる。

 迎撃しようと槍を上げたりと判断を誤れば、即死。

 しかし流石は新選組の隊長、通常の立ち合いならば有り得ない大跳躍に慌てることなく素早く後ろへと飛び退き、振り下ろされる刀の間合いから外れる。

 それだけではなく何とまだ中空にいる十兵衛めがけて十文字槍を引き、鎌の部分で刈り取ろうとしてきた。

 地に足を着けていなけば躱せない受けるしかないと思った時、更に二筋の線が見えた。

 斎藤と永倉もまた、十兵衛に斬撃を浴びせんと迫っていたのだ。

 この段階でここまで踏み込んでくるという事は、十兵衛が飛び上がった時点でこう斬り結ぶことを三人が暗黙の裡に決めていたのだろう。

 三人の達人による、躱せない斬撃。

 

 (うん、仕方ないね)

 

 体を丸め急所だけを守り、本物の侍の一撃を受ける。

 十文字槍の鎌によりもたらされる灼熱の裂傷と、二振りの刀により与えられる骨が砕けんばかりの衝撃。

 あくまで仕合という前提を忘れていなかった三人は、急所を外して切り裂き刀の峰を叩き込むだけで済ましてくれた。

 命を刈り取ることは無い攻撃、しかし人間ならば重傷を負い数カ月は療養付けになること請け合いな攻撃。

 しかしそれを受けた十兵衛は、あっさりと立ち上がる。

 

 「痛ったぁ~……これが、本物の侍の一撃か~。――うん、いいね!」

 

 顔こそ痛みに歪んでいるものの、声は明るく行動に支障は見られない。

 

 「さあ、どんどんいこうか」

 

 笑みさえ浮かべ、刀を構える十兵衛。

 その姿に三人、特に原田左之助は戦慄する。

 左之助の十文字槍の鎌は、命にこそ関わらないものの確かに十兵衛の腕の健を切り裂いたのだ。

 手ごたえは確かにあったし切り裂いた傷口からは血も流れている、刀を構え握りしめることなど出来るはずが無いのだ。

 にも拘らず十兵衛は構えを取っている。

 それはつまり、既にそれが可能なほど傷が治っていることを意味している。

 

 ――殺さなければ、この女は止められない。

 

 三人は、そう理解した。

 

 「そこまでにしてくれ、鬼武者殿」

 

 そしてそれを理解したのは、三人だけではない。

 

 ――新選組副長、土方歳三。

 

 刀を手に縁側から降りる彼の右腕には、宝玉の嵌った異形の籠手が装着されている。

 

 「貴方の実力は、良く分かった。我々の実力も、理解してもらえたと思っている。これ以上は双方ともにタダでは済まない。――故に、我々新選組の切り札を見せて終わりにしたいと思う」

 

 籠手の付いた右腕を高く掲げ、土方は背後を振り返る。

 

 「いいよな? 近藤さん」

 

 「ああ、やってくれ。トシ」

 

 重々しく頷く近藤の姿を確認した土方は、右腕を胸の前に掲げ目を閉じる。

 

 ――輝き始める、籠手。

 

 その輝きに引き寄せられるように無数の光の玉が本堂の中から飛び出し、そのまま籠手に備え付けられた宝玉へと吸い込まれていく。

 光の玉を吸い込むたびに籠手の輝きは増していき、やがてその輝きは土方の体全体へと広がっていく。

 

 

 「鬼の籠手、かぁ。――あるとは聞いてたけど、まさか本当に使ってるとはねぇ」

 

 その光景を、阿倫は本堂の屋根より見下ろしている。

 その表情には、微かな驚きが滲んでいる。

 

 「凄いでござる! カッコイイでござる! 新たな鬼武者に出会えるとは、拙者大感激でござる!!」

 

 一方のみの吉は、子供のように大喜びで大興奮している。

 ぴょんぴょん飛び跳ねるその姿に微笑みを浮かべながら、阿倫は呟く。

 

 「鬼の血を引く人間がその血に宿る鬼の力を解放するための道具、鬼の籠手。それが使い手と共に現れるなんてね。――混迷し幻魔の跋扈する時代が、鬼を求めているのかな」

 

 

 体全体に広がった光が、土方の姿を変えていく。

 瞳は白く輝き肌は蒼くなり、纏めていた髪は止め紐が切れ総髪となり白く長くなっていく。

 

 ――そして遂に角が無い以外は十兵衛と変わらぬ姿となった土方は、手にした刀を引き抜いた。

 

 「一太刀だ。互いに刃を合わせ、切り結ぶ。それで仕舞いとする。……文句はないな?」

 

 有無を言わせぬ迫力で宣言する、土方。

 十兵衛は多少不満そうな顔をするも、本堂の屋根に座る阿倫が土方の言葉に従うよう合図を送ってくるので、しぶしぶ頷く。

 

 「分かった、一太刀だね」

 

 刀を天高く大上段に構える土方、十兵衛もまたそれに続く。

 互いに刀を大上段に構えたまま、呼吸を合わせ機会を伺う二人の鬼。

 一時流れる、静寂。

 

 ――そして互いに踏み込み、振り下ろさえる刃。

 

 鬼の力で強化された刀を、鉄をも砕く鬼の膂力をもって全力で振るいぶつけあった結果発生する音。

 その轟音、金属が激しく磨りあい発せられる甲高い金切り音。

 それは歴戦の新選組隊士をして尻もちをつき、その場でへたり込ませる程のモノだった。

 

 「……やるな」

 

 ギリギリと金属音を響かせながら続く、鍔迫り合い。

 先に言葉を発した土方は、そう言って素早く後方に飛び退いた。

 

 「一番隊隊長として、貴方を迎え入れる。共に、この京から幻魔を追い払おう」

 

 刀を納め鬼化を解き、髪や肌を元に戻す土方。

 十兵衛もまたそれに合わせるように鬼の血の覚醒を止め戦闘態勢を解いて刀を鞘に戻す。

 そして破顔し、笑みを浮かべて右手を差し出した。

 

 「うん、ありがとう。これからよろしくね、副長」

 

 差し出された右手に対し、怪訝な表情を浮かべる土方。

 その姿にますます笑みを深めると、十兵衛は無理やり土方の右手を取り力強く握りしめた。

 

 「シェイクハンド、っていうんだよ。西洋の挨拶で、親愛の証なんだって。――一度、やってみたかったんだ。それじゃ改めて、これからよろしくね、土方副長」

 

 

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