鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第十三話 会合

 

 「いやぁ、しかし本当に鬼武者殿はお強い! 次はぜひ、この近藤とお手合わせ願いたいですな!!」

 

 巨大な盃に並々と注がれた大酒を一息に飲み干し、焼き魚を丸ごと口に放り込んでバリバリと噛み砕きながら、新選組局長近藤勇は呵々大笑する。

 

 「でしょ~? うちの娘、強いでしょ!」

 

 その空いた盃に、阿倫が笑顔で腕に抱えた徳利を傾け酒を注ぐ。

 

 「おお、これは申し訳ない! トシ、サンナン! お前たちも飲んでるか?!」

 

 再び酒が並々と注がれた盃を片手に、近藤が土方に抱き着き肩に手を回す。

 

 「……悪ィが近藤さん、俺はあんたほど飲めない」

 

 「僕も、酒はあまり。――鬼武者殿も、あまり飲まないのですね?」

 

 小さなお猪口を傾けながら、肴の香の物を齧る土方と綺麗な手つきで箸を持ち山菜の天麩羅をつまむ山南。

 そんな山南に問われた十兵衛は、鯉の刺身を食べる手を止め答える。

 

 「うん、私もお酒はあまり得意じゃないから」

 

 「この娘はね~、お酒よりも甘いモノの方が好きなんだよね。甘酒とか、お汁粉とか。私としてはもっと一緒に、お酒を楽しみたいんだけどな~」

 

 抱えていた徳利を傾け、注ぎ口から直に酒をカブ飲みしながら阿倫は十兵衛にしな垂れかかる。

 その行為に十兵衛は迷惑そうに顔を顰めるが、特に注意はしない。

 日常茶飯事なのだ。

 

 「おお、阿倫殿もいける口ですな!」

 

 「まあね~。私、これでも鴉天狗だから。酒量に関しては、人間の比じゃないよ~?」

 

 「なんと、天狗様でしたか! ですが私も、酒に関しては負けませんぞ!!」

 

 そう言うと近藤は盃の酒を一気に飲み干して大笑し、つられて阿倫も笑いだす。

 呑ン兵衛同士、奇妙な絆が生まれていた。

 

 「――楽しんでいるところ悪いが、近藤さん。そろそろ本題に入らせてくれ。これからの事についてだ」

 

 有無を言わせぬ強さを込められた、土方の鋭い声。

 それを聞いた近藤は表情を硬くし、居住まいを正して座り込む。

 その姿を見た阿倫もまた、十兵衛から体を離しその傍らに座る。

 

 「それじゃあ未来の事を話すにも、まずは俺たち新選組の現状から話していきたいが……そういった話を理路整然と話せるのは俺よりもサンナンだ」

 

 そう言って山南を顎でしゃくり、話の続きを促す土方。

 それに対し山南も分っているとばかりに頷き、話を切り出す。

 

 「それでは、僕から話をさせてもらいましょう。――まず我々新選組は幻魔に支配された今の京の街における唯一の幕府側の勢力と言われていますが、状況は非常に苦しいです」

 

 山南の言葉に、近藤も重々しい顔でウムウムと何度も頷く。

 

 「まず資金面です。幕府の下部組織である我々の活動資金は当然幕府から払われているのですが、これが非常に少ない。急な開国に伴う混乱や西洋式軍隊の設立などで幕府財政自体が火の車なのはあるでしょうが、それでも幕府から我々への資金援助は非常に乏しい。――そのため隊士への給金や武器の購入などのための資金は、大阪の大商人などからかなり無理な借財をすることで何とか切り盛りしているというのが現状です」

 

 「……幕閣の有力者たちは、新選組を信用していないんだよ。所詮は氏素性も定かでない浪人上がり、大して役には立ちはしないってね。そういう自分たちはどれだけ世の中の役に立ってるんだか」

 

 山南の言葉に、阿倫が吐き捨てる。

 幕府を動かす幕閣たちに嫌気がさし、飛び出して来たのが彼女たち。

 思うところが多々あるのは同じだった。

 

 「俺らに金を出さず、幕閣連中は京をどうするつもりだ。幻魔共にくれてやるつもりなのか?」

 

 激しい怒気を孕んだ、土方の言葉。

 それに対し阿倫が答える。

 

 「今整備してる西洋式軍隊が完成すれば、京から幻魔達を追い払うことなんて容易いと考えているんだよ。戦いを知らない、学ぼうともしない幕閣連中の頭ン中は御目出度いもんさ。勝てないかもしれない手遅れになるかもしれないなんて、考えもしないんだからさ」

 

 「……話を続けましょう。問題なのは、資金面だけではないのです」

 

 幕閣への不満を噴出させそうな阿倫を制し、山南が話を続ける。

 

 「むしろこちらの方が大きく、そして最大の問題と言っていい。――最大の問題は、人員です。新選組は、慢性的な人手不足に悩まされています」

 

 山南の言葉に、近藤が多いに頷き語る。

 

 「まったく、その通り! 京の街に蔓延る幻魔の数に対し、我々新選組は圧倒的に数が足りない。嘆かわしい事です」

 

 「……そんなに、人手が足りないの?」

 

 「殉職率が、高いんだ」

 

 十兵衛の問いに、土方が答える。

 

 「腕利きの隊長格はともかく、平隊士が幻魔と戦うのは厳しい。三体一でようやくといったところだが、それでも死者が出ることは多い。うちは志願制だからな、殉職率が高いとなれば応募は減るんだ。――それに、この間はうちで一番の使い手と言われた一番隊隊長の沖田が殺されたからな。人材不足は深刻だ」

 

 「沖田の名は私も聞いたことがあるよ、新選組一の剣客だって幕閣の間でも評判だったからね。それが殺されたって聞いた時は内心驚いたもんさ」

 

 暗い顔で話す土方に阿倫はステイツのエージェント、ジョージに聞いた話を思い出す。

 殺したのは河上彦斎、幻魔についた人間の中でも最上位に危険な人斬りだ。

 

 「……最初にお会いした時も言いましたが、鬼武者殿。あなたにはその沖田が率いていた一番隊隊長の役目を引き継いでいただきたい。――そして出来ることならば新選組最強の剣客、沖田総司の名も引き継いで欲しいと思っています」

 

 山南の言葉に、十兵衛が困惑した表情を浮かべ問う。

 

 「え、なんで?」

 

 「新選組の名を落とさないためだ。幕閣にも名が知れた新選組一の使い手が負けて殺されたとなれば、新選組の威名は地に落ちる。そうなれば幕府からの資金援助は減り隊士になろうとする志願者も減って、新選組は組織として成り立たなくなる。だから対外的には沖田総司は死んでおらず幻魔と戦い戦果を挙げ続けている、という形にしたいんだ。――くだらねぇ小細工だとは、思うけどな」

 

 「くだらない小細工でも、意味があるならやらないよりはマシさ。それにそんな小細工を弄さなくてはならいほど、僕たちの懐事情は厳しいんだ」

 

 不満げに吐き捨てる土方を宥めると、山南は十兵衛に向き直り頭を下げる。

 

 「お願いいたします、鬼武者殿。誇りある名を隠し偽りの名を名乗って欲しいなど、無礼極まりない事だと理解しております。ですが我ら新選組を助けるため、そしてこの京の街を幻魔の手から取り戻すためにも、どうか沖田総司の名を継いだ上で一番隊の隊長に就任していただきたい」

 

 「拙者からもお願い申し上げる、鬼武者殿。――そら、トシ。お前も頭を下げろ」

 

 山南に続き、深々と頭を下げる近藤。

 土方もまた、近藤に促され深々と頭を下げる。

 

 「え……、っと」

 

 新選組の頂点に立つ三人から深々と頭下げられ懇願されるという事態に、十兵衛はオロオロと狼狽する。

 助けを求める様に阿倫に視線を向けるが、阿倫は肩をすくめるだけだった。

 

 「貴女の好きにしたらいいよ。十兵衛の名だって、ほとんど形骸化した里の伝統で名乗ってただけだしね」

 

 放任、といった体の阿倫。

 どうしても自分で決めなければならないという事を理解し、十兵衛は腕を組んで考え込む。

 

 十兵衛の名は、好きだった。

 戦国の世で幻魔と戦った伝説の鬼武者達が名乗っていた、誇り高く格式高い名前。

 それを捨てるというのは、耐えがたい哀しみだ。

 だが沖田総司の名を継いで欲しいと頼む三人の思いは無碍に出来ず、そうする必要があるということも理解できる。

 ならば自分の個人的な感情は脇に置いておき、彼らの願いを聞き入れるべき。

 そう頭では理解しているのだが、やはりどうしても心が納得できない。

 

 思い悩み、答えを出せないでいる十兵衛。

 そんな少女を助ける声が、突如として十兵衛の後ろからかけられた。

 

 「別に良いのではござらんか? そもそも十兵衛の名は幼名、以前の鬼武者殿たちもそれとは別の名を名乗っておられた。たとえば柳生十兵衛宗厳、柳生十兵衛茜など。もともと柳生の名は名乗っておられないのですから、沖田十兵衛総司でも全然かまわんと思うでござるよ」

 

 声を掛けたのは、みの吉。

 異空間より逆さ吊りで現れ、声をかけたのだ。

 

 「ッ、何者?!」

 

 頭を下げていた姿勢から一瞬で飛び起き、刀を手に抜刀の構えで柄に手を掛ける三人。

 そんな臨戦態勢の三人を、阿倫が手を振って制する。

 

 「ああ、大丈夫だよ。この子の名は、みの吉。昔からの鬼武者の仲間だ」

 

 「……本当か?」

 

 阿倫の言葉にも警戒は解かず、三人は刀の柄に手を掛けたまま。

 そんな様子に憤慨したのか、みの吉が激しく左右に揺れながら抗議の声をあげる。

 

 「本当でござる!拙者は戦国の世よりずっと、鬼武者殿方の無二の仲間でござる! そもそもなぜ、拙者だけ歓迎の宴から除け者にされるでござるか?! 拙者、悲しいでござる!!」

 

 子供のように泣き叫ぶその姿に毒気を抜かれたのか、近藤が気を抜き刀の柄から手をはなす。

 

 「トシ、サンナン、刀から手を離せ。阿倫殿の言葉を信じよう」

 

 そうして近藤はドカッと床に座り込むと、刀から手を離し畳の上に置いた。

 その姿を見た土方と山南もまた、畳の上に座り刀から手を離す。

 もっとも土方は、いまだ鋭い目でみの吉を睨んではいたが。

 

 「……十兵衛の名は、捨てないでいいの?」

 

 一方の十兵衛は、縋るような眼で阿倫に問う。

 そのような目で問われた阿倫は、バツが悪そうに頭を描きながら答える。

 

 「……そんな風に考えてたの? ごめんね、気付かなくってさ。――もちろん、捨てる必要なんてないよ。この人達だって、そんなつもりで頼んできたわけじゃない。この新選組にいる間だけ、沖田総司の名を名乗って活動して欲しいってだけさ。もちろん貴方が十兵衛の名で活動したいっていうなら、それでも全然いいんだよ?この人達だって無理強いはしないさ」

 

 「その通りですぞ、鬼武者殿」

 

 阿倫の言葉を、近藤が継ぐ。

 

 「貴殿が十兵衛の名を広めたい、高めたいと願うのでしたら我らは決して無理強いなどしない。沖田の名を継いで欲しいというのは、飽く迄我らの窮地を救ってほしいというお願いに過ぎないのですからな」

 

 近藤の言葉に、十兵衛はホッと一息つく。

 そしてしっかりと前を向くと、はっきりとした口調で言った。

 

 「――わかりました。沖田総司の名、継がせていただきます。新選組最強の剣客の名に恥じない働きを、お約束いたします!」

 

 ――パンっと、柏手が響く。

 

 近藤が破顔大笑して、手を叩いたのだ。

 

 「これは目出度い! 有難うございます、鬼武者殿!! 鬼武者殿が名を継いでくれるなら、きっと沖田も浮かばれることでしょう。さあ、祝い酒です。グーっとイって下さい、グーっと!」

 

 十兵衛改め沖田総司へとにじり寄り、手にした大盃へ酒を並々と注いで差し出す近藤。

 

 「え、えーと……」

 

 「近藤さん、さっき聞いただろ。ソイツ、酒はあまり得意じゃねぇんだよ。無理強いは良くねえ」

 

 差し出された盃に困惑する沖田に、土方が助け舟を出す。

 

 「そうですね。それに、もう少し真面目で重要な話をしたい。酒で鬼武者殿の頭が酩酊してもらっては困ります。近藤さん、控えてください」

 

 副長と総長。

 二人からのダメ出しに、近藤は残念極まりないといった悲しそうな顔で盃に注いだ酒をチビりチビりと舐めながら元居た席へと戻っていく。

 

 「では話を続けさせてもらいます。よろしいでしょうか? 鬼武……いえ、これからは沖田君と呼ばせていただきたい。敬称を付けないなど無礼極まりないとは思いますが、構わないでしょうか?」

 

 山南の問いに、沖田はコクリと頷く。

 元々敬称の有無など気にしないし、むしろ煩わしいと思っていたのだ。

 

 「では沖田君、話を続けさせてもらうよ? ――さて、先程までの話の通り我々の懐事情は非常に厳しい。はっきり言って、このままでは遠からず幻魔の勢力に押し負ける形で京の街から撤退せざるを得なくなるでしょう」

 

 そこで山南は言った言葉を切り、溜めの間を作ってから言葉を続けた。

 

 「しかし先日、その状況を一変させうる申し出が我々に対して為されました。この幻魔に支配された京の街において我々以外に唯一、確固たる勢力を維持していいる人間の組織。――京都薩摩藩邸から、同盟の申し出が届きました」

 

 

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