新背組局長近藤勇、そして新たに一番隊隊長の任と新選組最強の剣客沖田総司の名を継いだ十兵衛が、京の街の大通りを礼服に身を包んで堂々と歩いて行く。
その後ろには尼僧の姿をした阿倫が、ピョコピョコと跳ねながら続く。
一見普段と変わらないが尼僧姿だが、その実、僧の最高位を示す紫色の袈裟を纏いキッチリと身なりを整えている。
――彼らは、会談に向かっているのだ。
幻魔の支配する京の街において、新選組の他に唯一勢力を維持する人間側の組織。
日ノ本最強の軍事国家、薩州は島津家の京都における本拠地。
京都薩摩藩邸を差配する西郷吉之助、大久保一蔵の両巨頭との会談に。
「すごいね。ここに来るまで一切幻魔に襲われなかったし、姿も見なかった。やっぱり、薩摩の侍が事前に処理しておいてくれたのかな」
「……でしょうな。京の街における反幻魔の両巨頭などと呼ばれる我々新選組と薩摩ですが、やはり戦力には大きな差がある。我々は飽く迄有志が集って組織された集団、対してアチラは島津家という大名家お抱えの組織。装備も人員の質も、なにもかもが違う」
十兵衛改め沖田の疑問に、近藤が答える。
その顔には、何とも言えない歯痒さと悔しさが滲み出ている。
組織の長として、やはりライバル組織の強壮さには思うところがあるのだろう。
「張り合えてるだけ、十分凄いよ。それに本来なら幕府の麾下にある新選組こそ装備や人員の面で優ってないといけないのに、そうなって無いのは幕府のお偉いさんである幕閣連中が不甲斐ないせいさ。あんた達は良くやってるよ」
「有難うございます、阿倫どの」
阿倫の言葉に、はにかむ様に微笑みを返す近藤。
――薩摩から提案された、同盟の提案。
それに応えるため彼ら三人は、薩摩側から指定された日時、経路のまま、薩摩の京都における本拠地たる藩邸へと向け歩みを進めているのだ。
「それにしても薩摩の西郷と話をすることになるなんて、時流の変化ってのは分からないもんだねぇ」
護衛の役を命じられているのだろう。
歩哨として街路に立つ薩摩武士に対して手を振り挨拶を返されながら、阿倫がそんなことを呟いた。
「阿倫殿は、これから会う西郷という男を知っているのですか?」
「……直接会ったことは無いよ。でも名前なら、私だけじゃなく十兵衛――いや、総司も知ってるはずだよ。何しろあの、島津斉彬の腹心だったんだからね」
「…………」
阿倫の言葉に、沖田は何とも言えない複雑な顔を浮かべる。
島津斉彬。
一代前の島津の大名にして、幻魔王吉田松陰の口車に乗せられ幻魔を薩摩軍の一部に組み込んだ男。
――そして少女が、初めて暗殺した人間。
「……斉彬は、幻魔と化してこそいなかったけど、幻魔を受け入れた人間だった。――ヒトを斬ったことは、アレまでにも何度かあった。松陰と、幻魔の信奉者たち。……だからアレは、正しい行いだった、ハズ」
自らに言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
そうしなければならない程、島津斉彬という男は、それまで斬った他の信奉者達とは異なる人間だった。
他の信奉者たちは皆熱に浮かされたようで、幻魔を讃え幻魔を否定する鬼武者を憎悪し、少女を殺さんと襲い掛かってきた。
だからこそ、何の躊躇いも無く斬ることが出来た。
――だが、斉彬は違った。
冷静で、少女が殺しに来た時にすら、話し合おうと自ら招き入れてきた。
動揺したが、それでも問答無用で斬った。
事前に大老井伊直弼から、口の回る斉彬と話せば言い包められてしまう恐れがあるので、何も話さず斬れと命じられていたからだった。
命じられた時は何とも思わなかったが、いざ斬った後に酷く後悔した。
何か、重大な間違いを犯してしまった気がしたからだ。
――その罪悪感のせいで逃げるのが遅れ、斉彬の護衛に斬られ重傷を負ってしまった。
井伊直弼が幻魔に殺されたのは、その時負った傷の療養中のことだった。
「十兵衛……」
沖田に名を変えたことも忘れ、阿厘は硬い顔で俯く少女を心配そうに覗き込む。
一方の近藤はそんな少女の複雑な心境などには気付きもせず、ズンズンと先に進みながら言う。
「その通り、鬼武者は正しい事を成された。斉彬めは幕府を侮り、あまつさえ将軍様を武力で脅そうなどとした。誅されて当然の、極悪人でござる」
一切の迷いなく、近藤はそう言い切る。
幕府直轄の天領に生まれ育った近藤は、徳川将軍に対する崇敬の念が強い。
そんな近藤にしてみれば、斉彬などは死んで当然の罪人でしかなかった。
「……それ、絶対に西郷や他の薩摩の人間の前で言っちゃ駄目だよ。薩摩の人間の間では、今でも斉彬の人気は絶大なんだ。それを悪く言ったりしたら、同盟なんて結べないからね」
「無論分かっておりますぞ、阿倫殿。この近藤、公の場で私憤を巻き散らすような愚は犯しませぬ――っと、そろそろ着くようですな」
まるで城門のような、大きく頑丈な京都薩摩藩邸の門扉が見えてきた。
扉全体に銃弾すら通しそうもない鉄板が埋め込まれており、門の両端には西洋から輸入したのだろう最新式の長銃を携えた数人の兵士が歩哨に立っている。
「敵地、とまでは言いませぬが幕府と将軍様を軽んじる者共の巣窟です。気を引き締めて、参りましょう」
そう言うと一人先に進み、歩哨に立つ兵士に話しかけ事前に届けられていた紹介状を見せる近藤。
兵士たちは紹介状を確認し何事かを話し合うと、しばらくして大きく――開門!!――と叫んだ。
その声に合わせ、ギギギと音を立てて開き始める扉。
「では、行きましょう」
表情を引き締め、藩邸の中へと歩を進める近藤。
二人の少女もまた、同じように表情を引き締めその後を追うのだった。